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「ん? どした? セリーヌ」
「まうー」
セリーヌの指さす方へ目を向けると、二人の目にゲームセンターが映る
「もしかしてセリーヌちゃん、ゲームセンターいきたいの?」
「まう!」
ガヤガヤと賑やかな店内を見つめるセリーヌの瞳に、キラキラと輝くお星さまが浮かぶ
セリーヌはリトの顔をペチペチ触りながら、ゲームセンターに入るように促す
「まう! まうっ!」
「ああ、もう、わかった! わかったからやめなさい!」
「まうー♪」
「ったく、唯、ちょっと寄り道してもいいかな? たぶんすぐに気が済むと思うからさ」
「私は別にかまわないけど…」
と、一旦、言葉を切った唯の表情が微妙に曇る
「それよりセリーヌちゃんってゲームに興味あるの?」
「キョーミつーか、オレとかナナがやってるのマネして、一人で遊んでるだけだけどな! 
画面の中でいろいろ動いたりするのがおもしろいんだって、モモのヤツが言ってたよ」
頭の上のセリーヌを宥めながら苦笑を浮かべるリトに唯は、「ふ~ん」と気のない返事を返す
「って何だよ?」
「別に…。誰かさんみたいに、大好きなゲームばっかりになるんじゃないかって心配したのよ」
「……もしかしなくても、ソレ、オレのこと…?」
げんなりと呟くリトに唯は、胸のあたりで腕を組むと、ツンとそっぽを向いた
「…ま、まァ、とりあえず行ってみよーぜ? おもしろいのがあるかもしれねーじゃん」
「言っとくけど、おもしろい、おもしろくないに関わらず、すぐに出るわよ? こんな
ところ、セリーヌちゃんの教育に悪いんだからっ!」
「わかってる。ちょっと見るだけだよ」
そう言うとリトは、店内には入らず、入口にあるUFOキャッチャーコーナーに向かった
「な、ココなら心配いらねーだろ?」
「え、ええ…」
それでもキョロキョロ周りを見渡しながら、不審なモノや、教育上よくないモノがないか
どうか、唯のチェックは厳しい
まだムスっとしたままの唯に苦笑いしながら、リトは肩からセリーヌを下ろすと唯の腕に預けた
「なんか欲しいのあったら言ってみろよ。オレが取ってやるからさ」
「え…」
ムッとしていた顔が一変、唯の目が丸くなる
「い、いいわよそんなの…! 別になにか欲しいから来たわけじゃないし」
「そーじゃないって! オレが唯にプレゼントしたいんだって」
「え」
今度こそ唯の頬が真紅に染まる
「ぷ…プレゼントとか…こんなところで何言ってんのよっ!」
「いや、なんつーか……日ごろの感謝っつーか…その……と、とにかく! なんか欲しい
のあったら言ってくれ! 唯のために取ってやるからさ!」
「私のため……に」
リトの言った一言は、正確に唯の胸の奥を撃ち抜いた
セリーヌを胸に抱き直しながら、赤く染まった顔がもごもごと動く
「どれがいい?」
「そんなっ……ちょっと待って! ――――あ、アレ、がいいかな」
「ん?」
唯の視線の先には、ネコのぬいぐるみがいっぱい入ったUFOキャッチャー
白ネコや黒ネコのつぶらな瞳がジッとこちらを見つめている
「さすがネコ好き!」
「うるさいわね!!」
ツンとそっぽを向く唯に笑みをこぼしながらリトは、早速、お金を投入した

「だいじょうぶなの? ムリしないでよ」
「任せとけって! こーゆーのは…」
心配そうに見つめる唯の視線の先でリトは、どこか得意気な顔になってレバーを操る
「まうー」
ガラスケースに鼻をくっつけて見ているセリーヌの大きな目が、クレーンの動きに合わせてキョロキョロと動く
何回かレバーを動かすとリトは、レバーの横の赤いボタンをポチっと押した
「まう?」
興味津々なセリーヌの目の前でクレーンは、下降を始め、ピンポイントでネコを掴み上げていく
唯は安堵と呆れが入り混じった溜め息を口にした
「ホント、こんなどうでもいいコトだけは、上手なんだから」
「うっせー! ってあれ?」
クレーンの先の異変にリトは、眉を寄せた
「どうしたの?」
「いや、もう一個くっついてきてるんだよ」
「え?」
クレーンの先には、お目当てのぬいぐるみと、そしてもう一つ、ミニサイズのぬいぐるみが
ピッタリとくっついていた
「へー。ラッキーじゃん!」
ガタンと取り出しボックスの中に落ちてきた二体のぬいぐるみをリトは、屈んで取り出した
「ホラ、コレでよかったんだろ? っておまけもついてきたけど」
ニッと歯を見せて笑うリトから唯は、照れくさそうに頬を染めながら「ありがと…」と、
ぬいぐるみを受け取る
同じ色の、だけど大きさが違う、まるで親子のような二匹のネコ
手の中のぬいぐるみをうれしそうに見ていると、肩にしがみ付いていたセリーヌがぬいぐ
るみに身を乗り出し始めた
「まう、まうー!」
「えっ、セリーヌちゃん?」
大きい方のぬいぐるみをセリーヌの小さな手が掴む
「コラ、セリーヌ! コレは唯のだろ? お前のもちゃんと取ってやるからやめなさい!」
「まうー!」
セリーヌは手を離さない
「セリーヌ!」
「も、もういいわよ! こっちはセリーヌちゃんにあげるわ。はい、セリーヌちゃん」
「まうっ♪」
ぬいぐるみを手にニッコリとほほ笑むセリーヌにリトは溜め息を吐いた
「ったく…ゴメンな」
「別にいいわよ。私にはこっちがあるしね」
"あなたがプレゼントしてくれたモノ―――私、一生、宝物にするからね"
と、心の中で呟くと、唯は子猫のぬいぐるみを胸に抱きしめた

「じゃーそろそろ行くか?」
「そうね。ちょっと寄り道しすぎ―――」
その時、唯の頬にポツリと水滴が落ちてきた
「え…」
リトと唯は揃って空を見上げた
いつの間にか、どんよりと立ち込めている雨雲で空は、異様な雰囲気になっている
「マジかよ…」
「まう…」
リトの胸にしがみ付くセリーヌの顔も晴れない
そうこうしている内に、ポツリポツリと降っていた雨粒は、みるみるとその雨足を強め、
すぐにドシャ降りへと変わる
「ヤバッ」
「結城くん、セリーヌちゃんを!!」
「わかってる!」
セリーヌをギュッと抱きしめると、リトと唯は、雨宿りができるところを探して駆けだした


「だいじょうぶか? 唯」
「ええ…」
額に張り付いた前髪を指で払いながら、唯は沈みがちな声で応えた
三人が雨宿りにやってきたのは、近くにあった電話ボックス
すぐ近くにあったのと、遠慮せずに入れるという理由で咄嗟に選んだのだが――――
「セリーヌもだいじょうぶか?」
「まうー♪」
濡れた顔を両手で"ふきふき"するセリーヌに唯は、カバンの中からハンカチを取り出す
「にしても天気予報じゃ、今日は一日中、晴れだって言ってたのになァ…」
「ええ、たぶん一時的なモノじゃないかしら? すぐにやむと思うわ」
外はまだ雨
降り続ける雨に唯は、知らず知らずの内に小さな溜め息をつく
「それにしても…」
「え」
突然、ジト目になって睨みつけてくる唯にリトは息を呑む
「な、何?」
「結城くん…もうちょっと離れて。ちょっとくっつきすぎよ!」
狭い電話ボックスに押し込められる形になった三人の体は、それはもう、お互いを意識し
過ぎてしまうぐらいに近い距離になっていた
顔はすぐ近く、互いの息がかかる距離にあるし
唯の大きめな胸は、リトの胸板にあたっているし
リトの腰も唯の下半身に触れそうだし
「ってそんな事いわれても」
身動ぎを始めたリトの膝が唯の太ももに触れ、スカートを押し上げながら両ももの間に入っていく
「ちょっ、ちょっと!?」
「わ、わざとじゃねーって!」
慌てるリトの膝がますます唯の両ももを押し広げ、すこしずつ唯の腰がリトの膝の
上に落ちていく
「あ、あなたね…」
「ちっ、違うって! ホントだって!」
そうこうしている内、唯の股にリトの膝が食い込む
「ンっ…」
思わずおかしな声が出そうになるのを無理やり喉の奥にしまい込むと、唯はギリっと
リトを睨みつける
「ゆ、結城くん…」
「そんな事言われたって…!」
「まう♪」
そんな二人の様子にリトの頭の上にいるセリーヌは、どこまでも楽しそうだ
「セリーヌちゃんがいるって言うのにどこまでハレンチなわけ?」
「し、仕方ねーだろ! オレだって―――」
と、その時、ピカッと光が辺りを包み
そして一瞬のあと、すさまじい音が上空から降ってくる
「キャ―――!?」
「うわっ!?」
「まー♪」
唯はリトにしがみ付いたまま体を小さくさせた
ふるふると震えるその頭に、ポンっとあったかい感触が触れる
リトの手が唯の頭を優しく撫でる
「心配すんなって! ただのカミナリだからさ」
「雷…?」
空はまだゴロゴロとイヤな音を響かせている
時折、どこか遠くに落ちた雷の音に唯の小さな肩がピクンと跳ねる
濡れて冷たくなった肩に、リトの手がそっと触れた
「結城…くん」
呟きと同時に、唯の体がリトの両腕に包まれ、胸の中へ
「そーいえば唯もカミナリ苦手だったっけ? 美柑もカミナリ苦手でさ、一緒だな」
「そう…なんだ」
唯はリトに体を預け、顔を胸板にうずめた
グッショリと濡れたリトのTシャツは、胸のところだけ、唯のほっぺの熱で少しだけあったかくなる
トクントクンと、リトの胸の音を聞きながら、唯は両手をリトの背中に回した
「へーきか?」
「……っ」
「唯?」
「も…もう少し―――…」
キュッとしがみ付いたまま数秒
唯の口が何かを呟くよりもわずかに早く、セリーヌが二人の間に降りてくる
「まう!」
「!? せ、せせ、セリーヌちゃん!!?」
セリーヌは唯の目の前いっぱいに、雨の日に似合わない、お日様のような笑顔を咲かせる
唯は慌ててリトから体を離した
「ちっ、違うのよ! セリーヌちゃん! コレは…」
「まうー♪」
唯の肩にしがみ付きながら、セリーヌは唯の顔をジッと見つめる
唯の顔がいっぱいに映るキラキラの瞳は、唯の全てを見透かすかのように澄み切っていた
自然と、唯の頬に熱が灯っていく
「ちょ…ちょっとビックリしただけだからね!! それを結城くんが助けてくれたって言うか…」
などと必死の言いわけをしていると、電話ボックスの中に眩しい夕日が差し込んできた
「雨、あがったのか…?」
「そう……みたいね」

電話ボックスの扉を開けると、雨上がりの独特の匂いと一緒に、近くの街路樹に止まって
いるセミのうるさい鳴き声が耳に飛び込んでくる
狭い電話ボックスに閉じ込められていたせいか、リトは出てくるなり思いっきり伸びをした

「一時はどーなることかと思ったぜ」
「まったくだわ。本当にイヤな夕立だったわね。セリーヌちゃん、だいじょうぶだった?」
「まう…」
濡れた服の着心地にセリーヌの愛らしい顔が歪む
ハンカチでセリーヌの髪や顔を拭いている唯の隣で、リトは時計を確認した
「これからどーする? って言っても、もうちょっとで五時だけど」
「…そうね。今日はもう帰りましょっか? 買い物も終わったし、それに服とかも着替えたいしね」
「そうだな。オレもセリーヌを乾かしてやりたし」
そう言うとリトは、唯からセリーヌを受け取った
「まうー」
リトの腕の中からセリーヌは、手をうんと伸ばして唯の服を掴む
「セリーヌちゃん?」
「セリーヌ。もう帰らなきゃダメだろ?」
「まーうー!」
どんなに言ってもセリーヌの小さな手は唯の服から離れない
唯はクスっと笑うと、セリーヌの目線の高さに合わせるため膝を屈めた
「また三人で遊びましょ。今度はセリーヌちゃんの行きたいところでね」
「ま…ぅ」
お別れをする唯にセリーヌの大きな目がうるうると滲みだす
「せ…セリーヌちゃん?」
「どーしたんだ?」
初めて見せるセリーヌの表情にリトと唯は、思わず顔を見合わせた
セリーヌは唯の服を離さない
そればかりか、ますます力を込めて唯を引っ張る
「お、おい! セリーヌ、やめなさい! 唯が帰れないだろ?」
「まー! うー!」
まるで駄々っ子のように半ベソをかきながらセリーヌは、手足を振り回してリトの腕の中で暴れる
「セリーヌ!?」
「まうー!!」
まったく言う事を聞く気配のないセリーヌ
その頬に唯の手が触れる
「ま…う?」
セリーヌの動きがピタリと止まる
そしてセリーヌは、唯の服から手を離すと、自分の頬にある唯の手をその小さな手で握り締めた
「ごめん、唯。あとでちゃんと言っとくから…」
「いいわよ別に。それよりどうしたの? セリーヌちゃん」
「ま…ぅ…」
セリーヌの大きな瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれてくる
唯はその涙を指でそっと優しく拭き取っていった
「泣いたら、せっかくのカワイイ顔が台無しになるわよ?」
いつもよりもずっとずっと優しくて温かい笑顔を浮かべる唯に、セリーヌの嗚咽は止まらない
涙で顔をいっぱいに濡らしながらセリーヌは、唯の顔に手を伸ばした
「ま…ま…」
「え?」
セリーヌの言葉に唯の思考が一瞬、停止
そして、驚いた目でセリーヌの顔を見つめる
「い、今なんて…」
「まー…ま。まーま。まま」
「――――ッ!?」
リトと唯は互いの顔を見合わせ、目をパチパチと瞬かせた
「せ…セリーヌ…今、しゃべった…!?」
驚きを隠せないリトの腕の中からセリーヌは、両手いっぱい広げて唯に"抱っこ"とおねだりする
「…ッ…」
涙をいっぱいに湛えた、すがる様なセリーヌの視線に、唯の体が自然と反応した
本能とも理性とも違う、セリーヌと触れ合うたびに大きくなっていく、温かくて不思議な感情で
「ママ♪」
唯の胸に抱かれたセリーヌは、天使も敵わない笑顔を浮かべた
そして、両腕いっぱいを使ってぎゅ~っと唯の胸に抱きつく
「……っ」
セリーヌを抱っこしながら唯は、何て言っていいのかわからず、何をしていいのかもわからず、
うれしさと驚きでいっぱいになった自分の気持ちに、ただただ、戸惑ってしまっていた
珍しくオロオロする唯に、リトも同じような戸惑いを浮かべる
「セリーヌ…」
セリーヌは唯にぎゅ~~っと抱き付きながら顔を上げると「にぱっ」と笑った
そして、じーーっと唯を見つめる
言葉はない
ただ、見つめるだけ
「……ッ」
セリーヌに見つめられる時間だけ唯の中で生まれたモノは、大きくなり、広がり、そして
いつしか唯の胸をいっぱいにする
唯はセリーヌを今まで以上に強い想いで抱きしめると、リトの顔を見つめた
「あ、あのね結…」
「あのさ、唯。その――――」
リトは頭を掻きながら何を言うべきなのか、言葉を探しているようだ
ミーンミンミン、とセミの鳴き声の中で唯は、ジッとリトの言葉を待ち続けた
「その―――」
「何よ…」
「い…今からウチくる?」
「え…!?」
トクン、と胸の中で音がなった
セリーヌを抱きしめる手にほんの少しの力がこもる
濡れた服の気持ち悪さも忘れて、唯は喉を小さく鳴らした
「そ…それって――――どういう意味な…わけ?」
「ほ、ほら! セリーヌのヤツ、唯とバイバイしたくないみたいだしさ! このまま帰ると
またスゲー泣くと思うし。も、もちろん、お前が"いい"ってゆーなら…」
「……服は?」
「へ?」
「服はどうするのよ? まさか"このままのカッコでいろ"って言うわけないでしょうね?
私、代えの服なんて持ってきてないわよ?」
「…だよな」
ハハハ、と苦笑いを浮かべるリトに唯のジト目が飛ぶ
「どうする気なのよ? まさか本当に何にも考えなしに"ウチに来る?"なんて言ったわけ?」
唯はセリーヌを抱っこしたまま、ずいっとリトに詰め寄った
「結城くん!」
「そ、そーゆーワケじゃないんだ! なんつーか…」
「ジーーー」
「え、えと……お、オレの服でも着る?」
「え?」
リトの顔をいっぱいに映した唯の目がパチパチと瞬く
「結城くん…の?」
「ああ。オレの服。Tシャツとかだったらいいよな?」
「Tシャツ…? 結城くんの服…」
リトの言葉を反芻しているうち、頭の中ではいろんな妄想が怒涛の如く浮かんでくる
「――――!?」
リトの顔を見つめながら――――本当は固まってしまったワケなのだが
唯はコクンと小さく息を呑みこんだ
(だって、だって、そんな……結城くんの服だなんて――――ッ!!)
服はもちろん、濡れた下着の感触に嫌悪感が滲む
髪も乾かしたいし、何より今は、熱いお風呂に入りたい
それにセリーヌの事もある
だから、精一杯そう自分に言い聞かせながら、唯は消え入るような声でポソっと呟いた
「――――そ…それなら…別に……いいわよ」
「ホントか!? よかったな! セリーヌ!」
唯の胸のあたりをセリーヌの小さな手が握り締める
「それじゃあ、ちょっとセリーヌちゃんのおウチにお邪魔するわね?」
ハニカム唯をその目にいっぱい映しながらセリーヌは、お日様のような溢れる笑顔を浮かべた
「まう~!」


「じゃー、タオル持ってくるから、ちょっと待っててくれ」
「ええ」
セリーヌの濡れた髪や顔をハンドタオルで拭きながら唯は短く返事を返した
服や体から滴る雨水で、玄関の床に小さな水溜りができていく
リトはクツを脱ぐと奥へ走って行った
「まう…」
「すぐにお着替えできるから待っててね」
セリーヌの長い髪を手櫛で整えていると、奥からタオルを抱えたリトが戻ってくる
「はい、タオル」
「ありがと」
ふわふわのタオルでセリーヌの頭をゴシゴシ拭いていると、ふいに頬に感じた気配に唯は、
ハッとなって横を振り向く
見ると、タオル片手にリトが唯の頬を伝う水滴を拭き取ろうとしていた
「何よ?」
「い、いや、セリーヌばっかでお前の体、濡れたままだからさ…」
「私はいいわよ。それよりもセリーヌちゃんの方が大事でしょ? 早く乾かしてあげな
きゃ風邪でも引いたからどうするのよ?」
「そりゃまァ……でもさ」
リトは用済みになりかけたタオルを唯の頭にかぶせた
「キャ!? ちょ、ちょっとどういう…」
「セリーヌも大事だけど、お前のカラダだって大事だろ」
頭からタオルをかぶったまま、タオルの奥で唯は息を呑む
リトのちょっとカッコいい顔に
「セリーヌはオレに任せて、とりあえず早く着替えてこいよ」
「で、でも…」
「いいから! あとでフロも沸かしとくからさ。なんだったらセリーヌを入れてやってくれよな」
「まうー!」
"だいじょーぶまう!"とでも言うようにニッコリ笑うセリーヌに、唯の張り詰めていた
モノがふっと柔らかくなる
「―――じゃ、お言葉に甘えさせてもらうわ。セリーヌちゃんの事お願いね」
「ああ」
リトに手を引かれて脱衣所に向かうセリーヌの後ろ姿を見つめながら、唯は階段を上がっていった


コンコン
意味もなくノックをし、少し緊張気味に唯は、リトの部屋のドアを開けた
開けたドアの向こうには、もう見慣れてしまった光景
そして、部屋のにおい――――リトのにおい
思わず頬が熱くなるのを感じながら、唯はドアを後ろ手で締めると部屋の中を見回す
相変わらず所々、散らかったリトの部屋
腰に手を当ててムッとしそうになるが、今は服が最優先
「たしかベッドの上って言ってたわね…」
けれどベッドの上には、制服のシャツが一枚あるだけ
唯はシャツを手に顔を顰めた
「…もしかして……コレを着ろって言うの!?」
ソレはつい先日、衣替えを終えたばかりの冬用の制服のシャツ
「じょうだん……よね?」
窓から吹き込む風にゆらゆらと揺れるシャツをジッと見つめながら、唯の葛藤は続く

コンコン、とドアをノックする音に唯は、ハッとなって身動ぎする
「入ってもいいか?」
「え、ええ」
少し上ずった声で応えながら、唯はベッドの上にもじもじと体を捩る
「入るぞ?」
そぉっと部屋の中に入ってきたリトは、ベッドの方を見るなりその場で固まった
「へっ」
「な、何よ…」
リトの反応に唯のほっぺが赤くなっていく
「い、いや…」
「……っ」
唯はシャツ一枚だけの姿で、ベッドの上にいた
胸が苦しいのか、上のボタンはいくつか外され、大きな胸の谷間が覗いている
女の子座りをしているため丸見えになっている太ももや下着をなんとか見せまいと、唯は
必死に制服のシャツの裾を引っ張って下腹部をガードした
その刺激的な光景にドアの前で固まったままのリトを、唯の少し潤みを帯びた黒い
瞳がジッと見つめる
リトはゴクリと唾を飲み込んだ
「な、なんでオレのシャツ着てるんだ?」
「なっ!?」
唯は信じられないモノでも見たかのように目をパチパチさせた
「あ、あなたが着ろって言ったんじゃない!」
「え…」
「い、言っとくけど、私は喜んで着たわけじゃないわよ? あなたがコレを着ろって言う
から仕方なくなんだからねっ!」
一頻り声を荒げると、唯はまたムッと上目遣いでリトを睨みつける
その迫力に押されながらもリトは、慌てて反論を口にした
「いや、オレが言ったのはソレじゃなくて、もっとフツーのTシャツで…」
リトは視線を彷徨わせた。が、目当てのモノは、どこにも見当たらない

実は、Tシャツやその他の衣類は、美柑が出かける前に洗濯してしまっていたのだ
ベッドに残った制服のシャツは、美柑にしては珍しい取りこぼし

その事を知らないリトは、ただ眉を顰める
「あれ…? っかしいな…。ベッドの上に置いてたはずなんだけど…」
「さっきから何? だいたい、コレじゃなくて、何だっていうのよ?」
ベッドの上で唯の頬はますます膨らむ
「結城くん! どういうつもりなのかちゃんと説明しなさいよね!」
「せ…説明とか言われても…」
すっかりご機嫌を損ねてしまった唯にリトは、頬をポリポリ掻きながら、困った顔を
浮かべることしかできない
「え、えと…ソレでよかったらそのまま着てる?」
「え…!?」
「ってやっぱダメだよな。はは…」
「わ…私は別に…っ」
急にもじもじしだす唯の開いた胸元から、大きな胸の谷間がこぼれ落ちる
(うっ…てか目のやり場に困っちまうぜ…)
なるべく唯の方を見ないように見ないように、リトは部屋の中に入ると、クローゼットを開けた
「と、とりあえず、他に着れそうなの出すから、適当に選んで…」
「―――…いいわ」
「え?」
唯の小さな声にリトは、クローゼットの中をあさる手を止めた
ベッドの方に振り向くと、唯が相変わらず女の子座りしたまま、魅力的な両太ももの間で
組んだ両手をもじもじさせている
「今"いい"って聞こえたんだけど?」
「……っ」
唯の肩が小さく震える
そしてそれ以上に口を震えさせながら、唯はポソっと言葉を口にした
「…ええ。言ったわ…。このままでいいって」
"―――だって結城くんの匂いがいっぱいする服なんだもん"
という言葉を胸の奥にしまい込みながら、唯は赤くなった顔を俯かせた
「そー言われてもな…」
う~ん、と悩むリト
難しい顔をしながら唯の前にやってくる
「何よ…」
「いや、そんなカッコで風邪引かねーか心配でさ。ほら、お前、スゲー濡れてただろ?」
「そ、それは……ってあなたも同じじゃない」
唯は俯いていた顔を上げて声を上げたが、すぐ目の前にあるリトの顔にハッとなって、
慌てて視線だけを逸らした
「…その……結城くんは、寒くないわけ?」
「オレ? オレならへーきだって! つかさっきセリーヌのカラダを拭いたとき、オレも
服とか代えたしな」
「そ、そうよね」
さっきからキョドキョドと様子がおかしい唯に、さすがにリトも怪訝な表情になる
リトはまだ乾き切ってない頬に張り付いたままの唯の髪を手で払うと、無意識に少し顔を寄せた
「ホントにだいじょうぶか?」
「だ、だから…」
「でも、こんなに冷たくなってる」
リトの手が唯の頬に触れ、そっと包み込む
キュン――――と、唯の中で音が鳴った
リトの手の感触
ひんやりとした頬に、リトの手のぬくもりが染み込んでいく感覚
少しずつ、冷たくなった頬に温かさが戻ってくる
そして、恥ずかしさよりも、うれしく感じてしまう事にまた頬が熱くなる

ドキドキ…、ドキドキ…

リトの顔を真正面から見つめたまま唯は、固まってしまう
固まったまま、唯は自分の中のナニかが、ずっとそわそわしている事にすでに気づいていた

結城くんの部屋
結城くんのシャツ
結城くんの手
そして、結城くんの――――

胸の奥の気持ちはどんどん溢れ、胸の鼓動に変わって、大きくなる
(――――結城くんの手、あったかい…)

今すぐにでも、頬にあるリトの手に自分の手を重ねたい衝動を、最後に残った"理性"で
なんとか押し込めて、唯は会話を探す
「そ…そういえばセリーヌちゃんは?」
「セリーヌ? アイツならカラダ拭いて、服着せたら寝ちまった。たぶん疲れてたんだろうなァ。
今日、なんだかんだ言ってケッコウ歩いただろ?」
「そ、そうね」
会話はすぐに終わってしまい
そして、唯にまたむずがゆい時間が訪れる
ドキドキ…ドキドキ…、とやけに大きな胸の音に唯は、一人もじもじ、そわそわ

(な…なんかもう……何よコレはっ!? うぅ…結城くん、あなたのせいなんだからね!)

張り詰めたキモチは、すでにいっぱいに膨れ上がっていた
あとはもう、単純なキッカケだけ
「……ッ」
唯は下唇を噛み締めたまま、自分の手を握りしめた
俯いたままの、それもなんだか様子がおかしい唯に、リトはやっと口を開く
「なァ、唯。ホントにへーきか? なんかさっきからヘンっつーか…」
「そんな事、ないわよ…」
普段と変わらない声。だけど、どこかおかしな雰囲気にリトは眉を寄せる
「…やっぱりさ、服着替えるか、フロ入ってこいよ? その間にちゃんと服、用意して…」
「イヤ…」
「え?」
「…イヤ!」
いつの間にか唯の黒い瞳がジッとリトを見つめていた
手に伝わる唯の頬の温度が、さっきよりも温かくなっている
「このままでいいわよ」
「でも…こんな冷えたままだと…」
尚も喰い下がるリトに唯は一瞬、迷うように視線を逸らし、すぐにまた目を合わせた
小さな唇が一言二言、聞こえない言葉をこぼす
"何て言ったんだ?"と、小首を傾げるリトに、唯は軽く下唇を噛み締める
そして今度は、聞こえる声で、ぽそっと言葉を口にした
「……だったら…だったら、結城くんがあたためてくれたらいいじゃない?」
「――――え?」
たっぷり数秒をかけてリトはそう返した
手に伝わる頬の熱は、もう十分すぎるほど熱くなっている
「……っ」
再び唯は、視線を逸らした。視線はリトの唇へ
瞼がわずかに震え、長い睫毛がふるふると揺れ、そして黒い瞳が濡れる
唯の言った言葉の意味をリトは、ずっと考えていた
唯は言葉だけじゃなく、声で、顔で、仕草で伝えてきた
"あたためて"と
唯の声が頭の中をグルグルと駆け回り、そして、リトを容易に答えへと辿り着かせる
それは鈍いリトでもわかってしまうほど、とっても不器用な唯の"キモチ"だったから

そして――――