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 キーンコーンカーンコーン……

 
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
今日は始業式なので学校は午前中で終わりだ。
「結城くん、ちょっといいかね」
「はい?」
帰り支度をしていたところで骨川先生に声をかけられる。
一体何の用事だろう。
「宝条くんに校内の案内を頼みたいんじゃが」
「オレがですか?」
普通こういうのは学級委員長の仕事だと思うんだけど。
って、そういえば委員長に決まった春菜ちゃんは早速集会に呼び出されたんだっけ。初日なのに大変だよなぁ。
「席も近いし頼まれてくれんかね」
「わかりました、いいですよ」
急いで帰る用事も無かったし、休み時間は学校中のやつが宝条を見に来ていてロクに話も出来なかった。
これから隣の席で世話になるかもしれないし、いろいろ話すいい機会だ。
それ以外の意味はない。それでも、
「よろしくね♪」
宝条がにぱっと笑う。
それを見るとやっぱり自分にも下心があるんじゃないかと思ってしまう。
だって、こんなに可愛い女の子に笑いかけられて嬉しく思わない男がいるはずがない。
挨拶のときも思ったけど、この子のこういう笑顔は反則だと思う。
猿山達の気持ちも少しはわかる気がする。
「学校案内なら私もいっしょに行こうか?」
そう言ってオレの背後から顔を出すのは籾岡。話聞いてたのか。
「別にオレだけでも十分だぞ」
「なぁに?ララちぃを独り占めしようったってそうはいかないわよ」
「そ、そんなんじゃないっての!」
オレの反応を見てケタケタと笑う籾岡。こいつにはいつもからかわれてばっかりだ。
いつかは見返してやりたいもんだけど、生憎オレは口も上手くないし冗談も下手なのでやめておく。
「結城ってやっぱからかい甲斐あるよねー♪それはそうと、私今日はバイト入ってるの忘れてたわ。残念」
そう言って籾岡は鞄を肩に背負うと教室の入り口までパタパタとかけていく。
廊下に出たところでこちらを振り返って、
「バイトない日は一緒に帰ろっ!じゃーねララちぃ」
人差し指と中指をピシッと立ててあっという間に消えてしまった。
「ばいばーい、リサ~」
「……オレへのあいさつは無いんだな」
わかってたけどさ。
教室にはもうオレ達以外はほとんど人がいなくなっていた。
しつこく宝条に付きまとってた連中も、みんな各々の部活やバイトに繰り出していったようだ。
「じゃ、そろそろ行くか?」
「うんっ」
 
「籾岡と仲良くなったんだな」
学校内を案内する間、自然と話題に上がるのはやはり宝条のことだ。
今日のことを尋ねると宝条は頬を緩めとても嬉しそうに話してくれた。
「うんっ。リサだけじゃなくて、ミオや春菜や唯ともお話したよっ」
唯?唯ってたしか、古手川唯だっけ?風紀委員の。
堅そうなイメージがあるけど、転校生の相手するなんて思ったより面倒見いいのかな。
宝条の穏和な雰囲気も影響しているのかもしれない。
「学校は楽しめそうか?」
「みんな優しくていい人達だから、話しててすごく楽しかったよ♪あ、でも……」
宝条はなぜかそこで一度言葉を切り、困ったように目を伏せる。
そして苦笑いを浮かべながら、
「ちょっとだけ疲れちゃったかも」
「ああ……そっか、そうだよな」
宝条が疲れたと言っているのは、おそらく休み時間にひっきりなしに行われていた質問攻めのことだろう。
人垣に阻まれてその表情はあまり見えなかったけど、聞こえてくる声色から困っているのは伝わってきた。
特に男子による、メアド教えて!好きなタイプは?下着の色は?(セクハラだろこれ)といった類の質問にはかなり辟易しているように見えた。
チャイムが鳴っても自分の席やクラスに戻らないやつが多数いて先生に怒鳴られてたっけ。
「まぁ転校生が宝条みたいな可愛い子だったらある程度は仕方ないけどな」
みんなそう思ってるから宝条を追っかけ回すんだろう。
ここまで可愛い子は学校中、いや日本中を探してもなかなかいない。
だからオレも何の気なしにそう言っただけなんだけど。
なぜか立ち止まった宝条の顔を見て思わず固まってしまった。
「……」
鼻先から耳にかけて熟したリンゴのように真っ赤になっている。
特に深い意味を込めたつもりはなかったのに、明らかに宝条は照れていた。
というか、あんだけチヤホヤされてもこんな反応はしてなかったから、言われ慣れてるもんだとばかり思ってたのに。
なんだかこっちまで恥ずかしくなってきてしまった。
「わ、悪い……変なこと言っちまって」
「ううん……その、そんなの初めて言われたから」
可愛いって?初めて?そんなバカな。
街を歩いていたら5秒に一度はそんな呟きが聞こえてきそうなほどの美少女なのに。
「……リトに」
「……そりゃそうだろ。今日初めて会ったんだから」
からかっているんだろうか?でも、本気で照れてる姿を見るとそうは思えない。
じゃあオレが言ったから……?いやいやまさか。それこそ会ったばっかりなのにあり得ない。
でもそれっきり俯いてしまった宝条にこれ以上踏み込んで訊くことなど出来ず、微妙な空気のまま校内の案内を続けていった。
 
「ひとまずこんなもんだな。校内は」
「ありがと、リト♪時間とらせちゃってごめんね」
オレ達の教室に戻ってきたところで宝条に礼を言われる。
話をしながら回ったため大分時間が経ってしまった。
「気にすんなよ。それより学校の中はちゃんと覚えられたか?」
「バッチリだよ♪」
うん、いい返事だ。これなら大丈夫そうだ。
転校生ということで不安なんじゃないかと思ったけど、宝条はもうずいぶんこの学校に馴染んでいるみたいだった。
さっきはちょっと変な感じになったけどオレにも気兼ねなく話しかけてくれるし、それでいて馴れ馴れしさがない。
少々子どもっぽいところはあるけど、素直で親しみやすい子……というのが宝条に対するオレの第一印象だ。
隣の席のクラスメイトとして楽しくやっていけそうだ。
「リト、もう帰るの?」
教室を出る前に支度を終えた鞄を担ぐと宝条が尋ねてきた。
「そうだけど。宝条は?」
「いっしょに帰ってもいい?もうちょっとリトとお話したいの♪」
「い、いいけど」
女の子といっしょに下校という点で一瞬迷ったけど、この流れで断るのも変だ。
オレなんかと話して楽しいのかは疑問だけど、途中まで道は一緒らしいということでオレは了承した。
 
「え、宝条って1人で日本に来たのか!?」
「うん。そうだよ」
西陽の差す帰り道。
オレは肩を並べる宝条との会話に花を咲かせていたが、この事実には驚きを隠せなかった。
「両親は?」
「パパは前いた国で仕事してるよ。ママは、えっと……」
言いにくそうに口をつぐむ宝条。
何か事情があるのかもしれない。
「えっと、悪い……」
「あ、ううん。気にしないで」
にぱっと笑ってひらひらと手を振る宝条。
何となくいたたまれなくなってしまったオレは慌てて話題を切り替えようとする。
「でもすげーよな、宝条は。たった1人で外国なんてさ」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。オレだったら転校ってだけでもめちゃくちゃ嫌なのに」
住み慣れた街や友人と離れること。そこにどんな孤独感があるのか、転校したことのないオレには想像もつかない。
大半の人間は同じなんだろうけど。
宝条はそれらどころか家族とすらも離れてやって来たのだという。
どんな事情があったのかわからないけど、寂しくないわけがないと思う。
「前の学校の友達とは連絡とか取ってるのか?」
「それは……」
宝条の表情が暗くなるのが一瞬でわかる。
まずい、さっき下手を踏んだばかりなのにまた地雷を踏んでしまったんだろうか。
「あの」
「会えるけど……もう会えないの。みんなとは」
フォローしようとしたオレの言葉を宝条が遮る。
その意味がわからなかった。会えるけど会えない?
困惑しながら宝条の表情を見ると、会ってから初めて見せるような寂しげな笑顔を浮かべていた。
「だから……今度はずっとそばにいられたらいいな」
「宝条……」
なぜかその言葉と笑顔はオレの胸に深く突き刺さった。
どこかで失くしたものが形を変えてやっと見つかったような、安堵と切なさが入り交じったような感覚。
それが具体的に何なのか表現することは出来なかったけど、言うべきことはすぐに見つかった。
「心配しなくても、オレはずっとそばにいるよ」
なんたって席が隣同士なんだからな。
オレの言葉に宝条は驚いたように目を丸くする。
そして頬を桜色に染めながら、
「……優しいね、リトは」
「べ、別にそんなんじゃねーって!宝条とは席が隣なんだから助け合うのが当たり前だろ!?」
「ふふ。そーだね♪」
夕陽を背に浴びて宝条が微笑む。
まったく……急にドキッとさせるようなことを言わないでほしい。
宝条の言葉に動揺した心を落ち着けていたせいで、
『でもそんな言われ方したら勘違いしちゃうよ……』
宝条が小声で呟いた言葉は聞き取ることが出来なかった。
なんて言ったんだろう?
思案するオレをくるっと振り返り、今度はさっきと対照に満面の笑みになる宝条。
「あのね、リト。お願いがあるんだけどいい?」
「お?おう。オレにできることだったら何でも言ってくれ」
「んとね、私のことなんだけど……名前で呼んでくれないかな?」
 
「え!?」
何でもとは言ったものの、これは予想外だった。
名前で呼ぶというのはつまり、『宝条』ではなく下の名前の『ララ』で呼べということだ。
今日会ったばかりの、それも女の子を。
「え、えっと……ら……ら……」
「(じ~~)」
「……~~っ、やっぱ無理だって!いきなりそれは難易度高すぎるぞ!」
「えー、そうかなぁ。私が前いたところはみんな名前で呼んでたよ?」
そりゃ外国ならそれが普通なのかもしれないけど……。
「もうちょい慣れてきたら、名前で呼べるように努力するから……」
「むー……わかった!はやく呼んでもらえるように私も頑張るね♪」
何をだよ。
さっきは泣きそうな顔をしていたのにもう楽しそうにしている。
完全に宝条にペースを握られている気がするけど、無邪気な笑顔を見ているとそれも悪くないと思えてしまうから不思議だ。
「それでね。実は、もうひとつお願いしたいことがあるの」
微笑みを浮かべたまま宝条が言う。
「……とりあえず聞くけど」
さっきみたいなことになると困るので、とりあえずYESとは言わない。
「私、日本に来たばっかりでまだこの街のことよくわかんなくて。だから、今日のついでじゃないけど案内してほしいの。ダメかな?」
「街の、案内?」
「うん。今度の休みとか、ヒマなときでいいから」
これは……困った。
さっきのような予想外の頼みではないけど、休みの日に女の子と会って街を案内……
名目上は案内でも端から見れば立派なデートじゃないか。
考えただけで顔が熱くなってしまう。
「やっぱりダメ?」
「だ、ダメじゃないけど……」
どうしたものだろう。
困ってる宝条の力にはなってあげたいけど、いきなりデートなんて出来るわけないし女の子が行きたがるような場所を知ってるわけでもない。
こんなとき美柑がいたら心強いのに。
……ん?美柑?
頭を抱えて悩むオレにある名案が浮かんだ。
「そうだ!オレ、妹がいるんだけどさ。そいつにも一緒に来てもらっていいか?」
「m……妹?」
「小学生だけど、結構大人びてるとこもあってさ。宝条みたいな年上の友達が出来たら喜ぶと思うんだ」
宝条はどっちかというと子どもっぽいけど。
オレの申し出に宝条は快く笑顔で応えてくれた。
「もちろんいいよ♪リトの妹にも会ってみたいしね」
「そうか、よかった。じゃあ美柑……妹にも伝えとくよ」
「よろしくね♪」
その後の話し合いで、待ち合わせは今度の日曜日ということになった。
時間も決めたところで、いつの間にか家の近くまで来ていたことに気が付いた。
「あ、私こっちだから。今日はこの辺でね」
「ああ、うん。気を付けてな」
「ありがと♪それじゃまた明日ね!」
「おう」
曲がり角で手を振って宝条と別れる。
どれくらいぶりだろう、女の子とこんなにたくさん話したのは。
前はあんなに女の子が苦手だったのに、宝条とはすぐに自然に話せるようになってしまった。
自分でも驚いてしまう。
少し歩いて振り返ると、彼女はまだ笑顔で手を振っていた。
なんだか少し笑ってしまいながら手を振り返す。
「……あれ?そういえばどうしてオレの家がこっちだってわかったんだろ」
もしかして話に夢中になってる間に別れ道を通りすぎてしまったんだろうか。
だったら悪いことをしたな。あとで謝っとかないと。
「……でもなんか引っ掛かるような……気のせいか」
考えても難しいことはよくわからない。
ただ、宝条とはこれからも仲良くやっていける気がする――それだけは自信を持って言えた。