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「リト…」
美柑…
 
暗闇の中で美柑の自分を呼ぶ声が聞こえる。
「リト…どうして…」
美柑、待って。俺の話を聞いて…
 
呼びかけも空しく美柑の姿が遠くなる。
美柑…美柑…
「美柑!…」
リトは美柑の名を呼びながらはっと目を覚ました。
まだ夜空がようやく明るくなり始めた時間、リトの背中は汗でびっしょりだった。
春菜、里紗、未央と複数で交わっていたところを美柑に目撃されてから二日経っていた。
 
リトは汗を吸った衣服を脱ぎ、新しい服に着替えると一階に下りた。
がらんとしたキッチン、美柑は今日もここに立つことはなさそうだった。
「あ、リトさん。おはようございます」
「おはよう、モモ…」
モモが二階から下りてきて冷蔵庫を開ける。
「今日も食事は私が用意しますね…」
あの日以来、美柑はショックで部屋に閉じこもっていた。
出てくるときと言えば部屋に持ちこんでいる飲み水がなくなったときとトイレのときくらいなもので、食事もろくに取っていなかった。
リトが昨日一度様子を見に行ったのだが、どんよりとした目に光は無く、全てを拒絶するような、肺が痛くなるような空気が部屋に満ちていた。
リトはそれでも話しかけようとした。
美柑からの返事は一言だけだった。
「…出てってよ…」
短い、だが心臓をえぐられるように重い、そんな一言。
リトはその言葉を発した美柑の目を見ていられず、部屋をあとにしたのだった。
 
 
「リトさん、食べないと体に毒ですよ…」
モモの声でリトははっと我に返る。
食卓についているララ、ナナ、セリーヌも心配そうな目で自分を見ていた。
気が付くとモモが用意してくれた朝食に自分だけ手をつけていなかった。
「ああ…悪い…」
リトは力なくそう答えると、のろのろと料理を口に運んだ。
モモの料理は味は十二分に良いと言えるものであったが、食欲は出なかった。
今の彼にはモモの料理の味を楽しんでいる余裕も無かったのである。
「まう…」
セリーヌがそんなリトを心配してか、リトの服の裾をくいくいと引っ張る。
「ん…?」
リトの目からも光が消えかけている。
セリーヌはそれを見て泣き出しそうになった。
「…美柑さんにはあとで部屋に持って行ってあげましょう…」
モモはそう言ってセリーヌを抱きあげ、元の席に連れて行った。
 
夕方、リトは一日誰にも会わずに部屋に閉じこもっていた。
春菜、未央、里紗が心配して電話をかけてきたがそれにも出なかった。
美柑の部屋の前にはモモが用意した食事が置かれていたが、美柑が手をつけた様子は無かった。
リトも今朝はモモの用意してくれた朝食をかなり残した上、昼食を取らずにいた。
リビングではデビルーク三姉妹が重い空気の中それぞれ分担した家事をやっていた。
モモは食事の用意、ナナは洗濯物の片付け、ララはこれから買い物に出るところだった。
「じゃ、行ってくるね」
「いってらっしゃい、お姉様」
「気をつけてね、姉上」
玄関から外の道に出たララは振り返って二階の二人の部屋を見上げた。
「リト…美柑…」
これからどうなってしまうのだろう。
ララはまだ昼間の暑さが残る道を歩き始めた。
 
 
スーパーで買い物を済ませたララは思いがけない人物の姿を目にした。
ルン、そしてキョーコである。
「あ、ルンちゃんにキョーコちゃん」
気づいたララは二人に声をかける。
「あ、ララちゃん」
「久しぶり」
ルンとキョーコの手には大きめの袋が下がっており、どうやら服を買いに行ってその帰りのようだった。
「奇遇だね。あ、お買いもの?」
キョーコがララの持っている買い物バッグを見てそう言った。
「うん」
「今日はリトくんは一緒じゃないんだね。あ、お父さんのお手伝いかな?」
ルンがリトのことを聞くとララは表情を曇らせた。
ルンはそれに驚いて慌てふためく。
「え?私何も言ってないでしょ?…もしかしてまたリトくんとケンカでもしたの?」
「そうじゃないよ。その…」
ララは少し俯いてリトと美柑のことを二人に話すべきか考えた。
ルンは以前自分の相談に乗ってくれたし、もしかしたら今回も助言をくれるかもしれない。
「あのね、実は…」
ララからの話を聞いた二人は深刻な顔をした。
「美柑ちゃんにそんな形でばれちゃったわけ…」
「…妹さんがショックで閉じこもっちゃった…か。リトくんは妹さんと話はしたの?」
キョーコもさすがに二人のことを心配する。
「だめみたい。美柑、誰とも話したくないみたいで、リトの話も私たちの話も聞いてくれないの。食事も取ってないみたい」
さすがのルンも今回ばかりはどうすればいいかなど思いつかなかった。
幼いころからずっと仲良く過ごしてきたからこそ、今回の件は反動が大きかったのだろう。
美柑がリトを拒絶し、リトがそれを思い詰めて塞ぎ込んでしまうという事態は誰も予想していなかった。
「…ララちゃん、手を出して」
「?」
キョーコにそう言われ、ララは右手を差し出す。
ララの上にチケットが二枚渡された。
「これは?」
「明後日彩南ホールである私たちのライブのチケットだよ。こんなことしかできないけど、もしよかったらリトくんと来てみて。ちょっとは気晴らしになるかもしれないから」
キョーコの心にララは心から感謝した。
「…ありがとう、キョーコちゃん」
 
 
ララが買い物から帰って来ると家の前でリトと美柑の父親、才培と鉢合わせした。
「あれ?リトパパ?」
「おう、ララちゃん」
才培はララに気づくと彼女に近づいていった。
「なあ…美柑もリトもどうかしちまったのかい?」
「え?」
「いや、今日は久しぶりに家で過ごそうと思って、美柑に俺の分の夕食も頼もうとしたら電話に出なくてさ。リトに伝えてもらおうと思ったらやっぱり出ねえし…」
豪快な性格の才培が珍しく不安でいっぱいな顔をしている。
やはり二人の父親なのだ。
ララはそんな才培を見ていられず、思わず目を背けてしまった。
ララの様子が明らかにおかしいことに才培も気づき、二人に何かあったのだなと察する。
「…ララちゃんからは言えねえことなのか?じゃあ直接確かめるよ…」
才培は玄関のドアを開けた。
見た目だけならいつもと変わりない結城家、だが流れている空気は張り詰め、呼吸すると吸った息が肺に刺さるような錯覚すら覚える。
「あ、お父さん…」
「リトパパ…」
モモとナナが結城家に入って来た才培を迎える。
「リトと美柑は?」
「…二階の、それぞれの部屋にいますよ…」
モモの言葉を聞いて才培は階段を上がる。
そしてしばらくして、家の電話から海外にいる林檎に電話した。
「はい…。あらパパ。珍しいじゃない」
「林檎、悪いけど出来るだけ早く家に戻れねえか?リトと美柑が…」
リトと美柑の様子を才培から聞いた林檎はすぐに飛行機に飛び乗って日本に向かった。
 
 
「リト!!美柑!!」
空港で捕まえたタクシーから飛び降り、林檎は結城家に飛び込んだ。
「おう、思ったより早かったな…」
才培は林檎を迎え入れた。
「二人は…」
「それぞれ自分の部屋にいるよ…」
林檎は階段を駆け上がって美柑の部屋に入った。
ベッドの上で生気の無い目で寝込んでいる美柑がいた。
こんな美柑を見たことがなかった林檎は思わず後ずさりしてしまう。
美柑は久しぶりに母親の姿を見たと言うのに全くの無反応だった。
林檎の声が届いているのかどうかも怪しい。
「美柑、いったいどうしたの…?」
林檎は美柑に駆け寄り、美柑の肩を揺さぶる。
ここまでやっても美柑は人形のようだった。
「…そうだ、リトは…」
林檎は異様な状態になっているのが美柑だけではなかったことを思い出し、今度はリトの部屋に駆け込む
「リ…」
リトもリトで生気の無い目でベッドの上に座り込んでいた。
美柑に比べればいくらかマシな状態のようだが、それでも人形のような自分の息子の姿に林檎は驚きを隠せなかった。
「…二人ともご覧の有様だ…」
いつの間にか林檎の後ろに才培が立っていた。
「…いったい何が…」
「それは俺にもまだわからん。美柑はちょっと梃子でも動きそうにねえから、リト、何があったのか知ってるなら言ってくれ…」
最悪の形で自分の秘密が美柑にばれたのだ。
両親にばれようと今更だった。
「…母さん、親父…ちょっとリビングに来てくれるか…」
リトは力の入らない足でふらふらと立ち上がって階段を下りていった。
才培と林檎はその後をついていく。
「あ、リト…」
リビングにはデビルーク姉妹がおり、ようやく部屋から出てきたリトを迎え入れた。
リトは父親と母親をテーブルを挟んで向かい側に座らせ、自分は正座をして両親に向き合った。
リトのただならぬ雰囲気を感じたララ、ナナ、モモもリト側の方で正座をする。
「…話してくれるんだな?」
才培が大きく息を吸い、そして吐いて気持ちを落ち着かせる。
「…実は…」
リトは語り始めた。
ことの始まり、自分がそれからどうしたのか、そして美柑はどうしてああなったのかを。
「…複数の女の子と関係を…」
さすがの栽培も驚いていた。
「…しかも複数の女の子とエッチしてるところを美柑に見られた…」
林檎のほうは肩をわなわなと震わせていた。
いつ二人からひっぱたかれてもおかしくない。
リトは覚悟した。
「あんたなんでそんな――」
林檎が怒鳴り声を上げてリトの頬を叩こうとしたその瞬間だった。
 
 
「あたしリトと別れるっ!!!」
その声の主はナナだった。
「あたし…リトと別れてデビルークに帰る…」
「ナナ?いきなり何を…」
モモがナナの顔を覗きこむと、ナナはぼろぼろと涙をこぼしていた。
「だって、このままあたしたちがリトに関わり続けたら美柑はあのままなんだろっ!!」
ナナの声に林檎は手を止めてしまっていた。
「そんなのいいわけねーよ!リトだって美柑のこと大切なんだろ?だったらもうやめにするしかないじゃんか!!」
林檎ははっとする。
ナナだけでなく、モモも目に涙を浮かべ、ララも膝の上で握り拳を作って泣いていた。
「――」
林檎は黙って元の体勢に戻った。
彼女たちは本気でリトを愛しているのだと十二分に伝わった。
それと同時に美柑のことも大切に思ってくれているのだということも。
才培は黙ったままだった。
リトがしてきたことは決して褒められたものではないが、だからと言って頭ごなしに否定できるものでもなかった。
「…俺…どうしたらいいんだろう…」
リトはぽつりと呟いた。
その問いに答えられる者はこの場にはいなかった。
しばしの沈黙の後、林檎が口を開いた。
「…リト。あんたが好きな子とどういう付き合い方をしても、それはあんたの自由だと思う」
リトははっとして母親の方を見る。
「でもそのために美柑が犠牲になるなら、私はあんたのやることを認めることはできないわ」
林檎はそのまま立ち上がった。
「これからどうするのか、よく考えなさい。私からはそれだけよ…」
それを見て才倍も立ち上がる。
「…俺も母さんと同意見だ。リト、俺たちにとって可愛いのはおまえだけじゃねえ。美柑もなんだ。それを忘れるなよ」
才培も歯切れの悪い様子でリビングから出ていった。
残された四人もそれぞれ立ち上がり、それぞれの部屋に戻っていく。
床に就く前、リトは美柑の部屋のドアをじっと見つめた。
明日も出てこないのだろうか。
リトは自分の心が再び闇に囚われていくのを感じた。
 
美柑…
彼女のことを考える度にどうしていいのかわからなくなる。
部屋のカーテンの外は満天の星が虚しく輝いていた。