まだ空が明るくなり始める時間、モモは既に目を覚まして自室のベッドの上でごろごろしながら考えていた。
美柑さんがあんな風になるなんて…
ヤミを落としてハーレム計画に障害は無くなったと思っていたモモにとっては完全に誤算だった。
ため息をひとつつき、上体を起こす。
考えてみれば、今まで誰が一番長くリトのそばにいたのだろう。
今まで誰が一番長くリトのことを好きでいたのだろう。
今まで誰が一番リトとお互いを支え合ってきたのだろう。
「…馬鹿ね、私…」
美柑がリトのことを好きなのは知っていた。
だがそれが仇となり、今や自分の計画も空中分解しそうになっている。
リトが美柑のことで立ち直れないようならばもうどうしようもない。
「…ふう…朝食の準備をしよう…」
しばらく頭を悩ませていたモモだが、時計を見て一階に下りていった。
モモが階段を下りると、キッチンには既に人がいた。
モモが覗いてみると、林檎が朝食の用意をしているところだった。
「…お母さん…」
「あら、おはよう」
林檎はモモに笑いかけた。
「おはようございます…」
モモは挨拶だけして目を伏せてしまう。
リトと美柑をあの状況に追い詰めた元凶は自分、彼らの親に会わせる顔などあるわけがなかった。
林檎もモモの気持ちを察したのか、それ以上は何も言わなかった。
 
 
夕方、ララは美柑の部屋をそっと覗いてみた。
今日も美柑は必要な時以外は閉じこもったまま、林檎の用意した食事も齧る程度にしか食べていなかった。
だがそれはリトも同じだった。
ララはキョーコからもらったチケットをリトと美柑に渡そうとも考えていたが、美柑の様子を見る限りでは今それをやるのは逆効果な気がした。
「…美柑…」
ララはそっと美柑の部屋のドアを閉め、リトの部屋に入っていった。
「リト…」
「ララか…」
リトはぼんやりとした目でララのほうを見た。
ララにとっても今のリトを見ているのは辛かったが、リトに少しでも元気になってもらいたかったララはリトをライブに誘うことを決心する。
「ねえリト。ルンちゃんとキョーコちゃんから二人のライブのチケットもらったんだ。今夜なんだけど、一緒に行こ?」
ララは必死に作った明るい笑顔で言った。
「…そっか。でも俺は…」
リトは断ろうとした。
だがララはリトからの返事を待たずにリトの手を取ってリトを部屋から連れ出そうとした。
『ごめんリト。私これ以上このままのリトを見てられない…』
ドタドタとけたたましい音がしてララとリトが下りてきた。
「ララさん?」
「いったいどうしたんだ?」
その様子に驚いた林檎と才培がララに声をかけようとするが、ララは玄関で靴を履いてリトにも靴を履かせた。
「ごめんリトママ、リトパパ!今日はルンちゃんとキョーコちゃんのライブに行くの!帰りは多分遅くなる!」
一目散に駆け出すララを林檎と才培は呆気に取られた様子で見つめていた。
 
 
同じ頃、場所は変わって彩南公園、春菜はマロンの散歩のためにこの公園に来ていた。
リトと美柑がどうなったのか気にはなっていたが、美柑の前でリトとの4Pを繰り広げた一人である自分が結城家に直接様子を見に行くのは気が引けた。
あのときの美柑のショックを受けた目と絶叫は今でも強烈に心に焼き付いている。
浮かない顔で歩く春菜の目に、公園の木陰のベンチで本を読んでいる少女の姿が映った。
「…ヤミちゃん…」
「あ、こんにちは」
挨拶をしたヤミは春菜が浮かない顔をしていることに気付いた。
「…どうかしたんですか?なんだか浮かない顔をしていますが…」
「そう見える?」
春菜はとぼけて笑って見せたものの、ヤミは以前里紗に言われたのと同じ台詞を言った。
「…作り笑いしたってわかりますよ…」
「そっか…、そうよね…」
春菜はそのままヤミの隣に腰を下ろす。
自分でもどうしていいのかわからなかった春菜はついヤミにリトと美柑のことを話してしまった。
ヤミは自分が恐れていたことが現実になったことを知り、手に持っていた小説を地面に落した。
「…私たちがいくら電話してもリトくんは出ないの。きっと美柑ちゃんに何かあったんじゃないかと思うの…」
ヤミは一度ララの発明で美柑と人格を入れ替えたことがある。
そのときのリトを見ていれば美柑がいかにリトに大切にされているかわかる。
そして美柑もリトを大切に思っていることも。
「…行かなきゃ…」
ヤミはぼそっとそう呟いて立ち上がった。
「ヤミちゃん?」
「…教えてくれてありがとうございました…」
ヤミは春菜に背を向け、結城家に向かって走り出した。
 
 
「来るかなあ、リトくん…」
ステージ衣装に着替えたルンは控室でそわそわしていた。
「ルン、気になるのはわかるけど、今はステージに集中しないと。ララちゃんを信じよう?」
同じく控室にいたキョーコもそう言いながらも落ち着かなかった。
気になって居ても立ってもいられないルンはバッグからケータイを取り出してリトに電話をかけた。
会場の前のベンチに座っていたララは、隣に座るリトのポケットのケータイが鳴っていることに気付いて声をかけた。
「リト、ケータイ鳴ってるよ」
「…」
リトは出る気はないようだった。
「…もう!」
ララはリトのポケットからケータイを取り出す。
ララがケータイを開いて発信者を確認すると、それはルンだった。
「あ、リトくん?」
「ごめん、ルンちゃん。私だよ」
ララの声を聞いてルンは安心したような、ちょっとがっかりしたような複雑な気持ちになる。
「あ、でもリトもちゃんと一緒だから」
「そう…。あのさ、ララちゃん、ライブ終わっても帰らないでいてくれるかな?リトくんに会っていきたくてさ…」
「…うん。わかった」
「ありがと」
ルンはそう言って電話を切った。
「…リトくんに会うの?」
電話を終えたルンにキョーコが話しかけた。
「うん…」
「…私も会ってみていいかな?」
意外なキョーコの言葉にルンは少し驚く。
「今日ライブに誘ったことでちょっとでも元気になってもらえたかどうか知りたいしさ…」
キョーコは自分のしたことの結果を見届けたいらしい。
「そうだね…。二人で会いに行こう」
ルンは控室の時計を見て立ち上がる。
「そろそろ始まるよ、キョーコ」
「うん!」
二人のライブが始まる。
「ほらリト!始まるよ!」
ライブ会場にリトを連れ込んだララが明るい声を捻り出す。
派手なライトとホールの中いっぱいに響く曲、二人の少女の歌声、それを盛りたてるオーディエンスの歓声、リトにとってはまるで遠いどこかの出来事のようだった。
 
 
「なあ林檎。おまえ、どうしてあのときリトに相手を誰か一人に絞って普通の恋愛しろって言わなかったんだ?」
結城家のリビングで才培はビールを飲みながら林檎に尋ねた。
「その質問、パパにもそのまま聞いてみたいわ…」
林檎は紅茶を一口飲んでふっと息をついた。
「…俺達ってさ、自分の好きなこと仕事にして、リトと美柑を家に置きっぱなしにしてたろ?二人が小さい頃は俺もちょくちょく様子見に家に帰ってたけど、最近は連載も増えてそういうことも少なくなってさ…」
林檎は才培の話を聞きながらもう一口紅茶を飲む。
「ララちゃんたちがやってきて、リトと美柑に友達…いや家族と言った方が近いかな、が増えて、この家はがらっと明るくなった」
林檎はララが自分たちを連れて来てくれた結城家のクリスマスパーティーを思い出していた。
あのときの自分の言葉、「美柑、いつも寂しい思いをさせてごめんね」…いったいどの面を下げてあんな言葉が言えたのだろう。
自分たちがちゃんと家にいれば状況をひっくり返すとまではいかなくとももう少し違った結果になっていたはずだ。
「そんなララちゃんたちを、そして美柑だけじゃなくリトだって寂しかったはずなのに、自分たちのこと棚に上げて一方的には責められねえよ」
才培の言うとおりだと林檎は思った。
だから今朝元凶であるモモに何も言わなかった、いや言えなかった。
モモの顔を見ると二人に対して本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
あれは本来自分たちにこそ相応しい顔だったのかもしれない。
「…そうね…」
林檎がさらに一口、冷めた紅茶を口にしたそのとき、結城家のチャイムが鳴った。
「誰かしら…」
林檎が玄関に出ると、そこにはヤミがいた。
「ヤミちゃん…」
自分を迎えたのが二人の母親だったことにヤミは驚きながらも言葉を発した。
「こんな時間にすみません…。あの…リトと美柑は…」
「リトはララさんと出かけてる。美柑は部屋にいるわ。心配して様子を見に来てくれたんでしょ?」
林檎はヤミを招き入れる。
「…すみません。お邪魔します」
ヤミは階段を上っていった。
林檎はヤミの後ろ姿を少し見つめてからふと夜空を見上げた。
「綺麗ね…」
今日も満天の星空だった。
だが今日の星空は昨日のそれとどこか違っていた。
 

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最終更新:2011年04月28日 16:10