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「体力が落ちてるところにそれまでの張り詰めた気持ちが一気にほぐれて反動が来た…。そんなところかしら」
美柑が倒れた翌日の朝、御門は結城家にやってきて美柑の診察をしていた。
「特に感染症とか病気の類じゃないわね。安静にして体力を回復させるしかないわ」
「そう…。ありがとう、御門先生」
リトはとりあえず美柑が大丈夫だったことにほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、私は診療所の方があるから戻るわね」
御門はそのまま自分の家兼診療所に帰っていった。
「…ごめんねリト。心配かけて…」
力の無い声で美柑が申し訳なさそうに言った。
「いいんだよ。元はと言えば俺のせいなんだし」
リトはそう言って美柑の頭を軽く撫でる。
「あ、そうだ…」
リトは何かに気付いたような声をあげた。
「腹減ってないか?俺何か作ってくるよ」
「え?いや別に…」
美柑は特に空腹は感じていなかった。
だがリトはさらに続ける。
「でも、ここんとこ何も食べてないも同然だったよな?少しずつでも何か食べたほうがいいと思うんだ。だから…」
「まあ、それはそうかも…」
「じゃあ、ちょっと待っててくれよな」
リトはそう言ってキッチンへ下りていった。
 
一階にはララがおり、リビングの掃除をしていた。
「あ、リト。美柑は?」
ララは美柑の様子を尋ねる。
「病気じゃなくて体力が落ちてるだけだってさ」
「そっか…」
リトの言葉にララはほっとする。
リトはそのまま冷蔵庫へと向かい、中を確認する。
「美柑に何か作るの?」
「まあな。前に美柑が風邪ひいたときに作ったスープでも…」
リトがそこまで言って、ララはそのときのことをふと思い出していた。
 
「…ねえリト」
「うん?」
「そのスープさあ…、美柑おいしくないって言ってなかった?」
「……」
ララが痛いところをついてくる。
だが美柑の今の状況を生み出した張本人である彼は責任感に駆られて反論する。
「こ…今度こそ大丈夫だって!…多分…」
実は美柑が飲んだ後自分でも味を見てみたのだが、確かに不味かった。
本の通りに作ったはずなのにである。
そのことでリトは料理に対して自信を失くしていたのだが、今は美柑のために引き下がれなかった。
「とにかく大丈夫だから」
自信がないくせに意地を張るリトを見てララは呆れたようにため息をついた。
「やれやれ…。助っ人呼んであげよっか?」
「助っ人?」
「うん。あ、リト、ケータイ貸して」
ララはリトからケータイを借りると、リビングから玄関の方へ出ていった。
「あ、おいどこ行くんだよ?」
「助っ人は来てのお楽しみだよ~」
ララはそう言ってリトが自分についてこないよう牽制する。
いったい誰を呼ぶのだろう?
リトはララの言う助っ人のことが気になったが、仕方なくその場に留まることにした。
 
ララの呼び出しで結城家にやってきたのは春菜だった。
「春菜ちゃん…」
リトは春菜がやってきたのを見て少し驚いていた。
「ララさんから電話をもらってね。私も美柑ちゃんのために何かしたいなって思って…」
春菜が頬を掻きながら照れたように笑った。
「春菜のご飯おいしいんだよ?春菜が手伝ってくれれば料理の苦手なリトでもなんとかなるんじゃないかな?」
春菜の後ろからひょっこりとララが笑顔をのぞかせた。
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、美柑は俺のせいで…」
リトは春菜に感謝しながらも春菜の協力を断ろうとした。
だが春菜の言葉がリトの意志を砕く。
「リトくん一人だけのせいじゃないよ。一人で背負い込まないで、ね?」
ララから電話がかかってきたとき、実は春菜は結城家に行くのを躊躇していた。
美柑の目の前でリトと交わり、彼女にショックを与えた一人である自分が美柑のために何かしようなんておこがましいとさえ思っていた。
だがララからの言葉で気持ちが揺らいだ。
「あのね、私つい最近家を飛び出したことがあってさ、そのときリトが私を必死に探してくれて、すごく嬉しかったんだ。だから私はリトを大切にしたいって思った。
リトも美柑のことで塞ぎ込んでたけど、私やルンちゃんやキョーコちゃんが必死に励ましたら立ち直ってくれた。
誰かを大切にしたいっていう心は、きっと伝わるんじゃないかなあ」
 
 
それを聞いて春菜ははっとする。
心を伝えようともせずに逃げるなんて、それこそおこがましいのではないだろうか。
ララは自分に心を伝えて欲しいからリトに協力するよう自分に電話をかけてきたのだろう。
「…わかった。行くよ」
春菜の決意の返事にララはにっこりと笑った。
電話越しにもララの笑顔が伝わって来るような気がした。
 
リトと春菜は協働でスープを作り始めた。
だがリトは言った。
「春菜ちゃん、作業は全部俺にやらせてくれないかな?春菜ちゃんには手順や味付けのアドバイスをしてほしいんだ」
リトはそこは譲りたくないようだった。
「もう…わかった」
春菜は意外と頑固なリトの一面に少し呆れながらも、その申し出を承諾した。
野菜を危なっかしい手つきで切っていくリト、自分の指をいつ切ってもおかしくなかった。
さすがに春菜も心配になってリトに声をかける。
「リトくん、本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。前にも一度作ってるし…」
そこまでリトが言った瞬間だった。
「いてっ」
春菜の心配していたとおり、リトの指に包丁の刃が襲いかかった。
「…やっちまった…」
「もう…」
春菜は救急箱を持って来て手当てをする。
「ありがとう…」
指に巻かれた絆創膏に血が滲む。
だが春菜は自分が作業を代わろうとは言わなかった。
ララは二人のそんな様子をリビングから見ながら笑みをこぼしていた。
 
「よしっ、できた」
リトはできあがったスープを持って美柑の部屋に行った。
「美柑、できたぞ」
「ありがとう、リト…。うっ…」
美柑はリトが持ってきたものを見て顔を少し引きつらせた。
以前自分が風邪をひいたときにリトが作ってくれたスープと同じものだったからだ。
あの味は悪い意味で今でも忘れられなかった。
「そ…そんな顔しなくたっていいだろ…。今度は大丈夫だからさ」
リトは美柑の様子に慌てながらもスープを勧める。
美柑は兄の指に巻かれた絆創膏を見てはっとする。
私のために慣れない料理をがんばったわけか…。
「じゃあ…いただきます…」
美柑がスプーンにスープを掬い、口に運んだ。
「…おいしい…」
美柑が驚きに目を丸くするのを見てリトはほっとする。
春菜の味付けに間違いはなかったようである。
よかった…
 
美柑がスープを飲み終わると、リトは片付けのために食器をキッチンに持って行こうとした。
すると、階段を下りた先に里紗と未央の姿があった。
「あれ?里紗に未央…、おまえらいつの間に…」
リトが驚いていると、里紗が答えた。
「ついさっきよ。春菜から電話もらってね。私たちも美柑ちゃんのために何かしたいなって思って」
「そっか。でも今食事も済んだし、特には…」
ここで未央が口を開いた。
「あ、そうだ里紗。体拭いてあげたりしたらいいんじゃない?ずっと閉じこもってたって言うし、多分お風呂も入ってなかったんじゃないのかな?」
「未央、ナイスアイデア!こればかりはいくらお兄ちゃんでも…ねえ?」
里紗がにやりと笑ってリトの方を見た。
「な…なんだよその目は?でもサンキューな」
「じゃあ、早速用意しようか。行くよ未央」
「オッケ~」
と、ここでリトは二人が女子に対してのセクハラの常習犯であることを思い出す。
「おまえら、美柑に変なことするなよ」
「心配しなさんなって、お兄ちゃん」
里紗と未央はひらひらと手を振りながら浴室に入っていった。
 
キッチンに戻ると春菜がリトを迎えた。
「どうだった?」
春菜はスープを飲んだ美柑の感想を聞く。
「おいしいって言ってたよ。春菜ちゃん、里紗と未央も呼んでくれたんだね」
「うん。美柑ちゃんと…あの二人自身のためにもね。あ、食器は私が片付けとくよ」
「ごめん、じゃあ頼むよ」
リトは春菜に食器を預けると、リビングのソファに座りこんだ。
大きくため息をつき、彼にようやく安堵の時が訪れる。
あれ…
急に目眩がして、リトはソファに倒れ込んだ。
 
 
「…俺は…」
リトが気がつくとそこは自分の部屋のベッドの上だった。
「…ったく、かっこつけた挙句それじゃあ締まらないね、リト」
パジャマ姿の美柑が枕元に座って自分を見下ろしている。
「美柑…。部屋に戻って安静にしてろよ…」
「ちょっとくらい平気。自分だってここのところろくに食べないで体力落ちてたくせに、無理に頑張るからそうなるんだよ」
美柑は笑って言った。
そう言えば俺はソファに倒れ込んで…
「リト。あのスープ、リトが一人で作ったやつじゃないでしょ?」
美柑に突然そう言われてリトは少し驚く。
「どうしてわかるんだ?」
「だって、料理苦手なリトがいきなりあんなおいしいの作れるなんて、おかしいじゃん?」
美柑に見抜かれていても別に嘘をつく理由も無かった。
「春菜ちゃんがいろいろアドバイスくれたんだ。あ、でも作業そのものは全部俺がやったんだぜ?」
それを聞いて美柑は遠くを見るような目をして呟いた。
「そっか。リトと春菜さん、二人分の心が詰まってたから、あんなにおいしかったのか…」
「美柑…」
リトが美柑の横顔を見つめていると、不意に美柑が口を開いた。
「ごめんね皆。もう入ってきていいよ」
「?」
美柑のその言葉とともにララ、春菜、ナナ、モモ、唯、ヤミ、里紗、未央、お静、ルン、キョーコが部屋に入って来た。
 
 
「皆、どうして…」
「リトのこと心配してに決まってるじゃない」
美柑がリトに向かってにっと笑う。
「リト、よかった~」
ララが安堵の言葉を口にする。
「あんたを運ぶの結構大変だったんだからね?私とララちぃに感謝しなさいよ?」
里紗が首をこきこきと言わせながらそう言った。
「あ、御門先生が多分リトさんも倒れるだろうからって薬をくれましたよ」
お静が持ってきた薬の袋には御門からの手紙も添えられていた。
『多分あなたも倒れるんじゃないかと思うので、滋養強壮の薬を少しばかり入れておきます。これを飲めばあっちもギンギンになって楽しいひと時を過ごせると思うので、用法、用量を守って飲んでね』
リトは苦笑いを浮かべながら薬を受け取った。
「…ありがとう、お静ちゃん。御門先生にはあとで電話でお礼を言っとくよ」
ここで美柑が皆のほうに向き直り、そして口を開いた。
「あのさ…。私のお兄ちゃんは、かっこつけて無理しちゃって、最後にはこんな感じに締まらない人だけど…」
皆黙って美柑の言葉の続きを待つ。
「でもすっごく優しくて、とってもいい人だから…、だから皆…お兄ちゃんのことよろしくお願いしますっ!」
美柑がぺこりと頭を下げた。
リトの部屋にしばしの沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは唯だった。
「大丈夫よ、美柑ちゃん。結城くんがそういう人だってことはこちらも百も承知だから」
「そうだね。でも、だから私たちはリトくんと一緒にいたいと思ったんだよ?」
これはルン。
「美柑…」
「美柑さん…」
ナナとモモが驚いたように呆然としているところに今度は里紗と未央が口を開く。
「こんなにかわいい義妹の頼みじゃ断れないね」
「だね~」
「美柑さんも、これからもよろしくお願いしますね」
里紗と未央に続くのはお静。
「美柑…、美柑がいてくれて、本当に良かったです」
お静の次にヤミが続いた。
「こちらこそよろしくね。リトくん、美柑ちゃん」
キョーコがそう言って美柑に笑いかける。
 
「…よかったね、春菜」
皆が美柑の言葉にそれぞれ思い思いの言葉を返す中、ララは春菜の耳元で囁いた。
「心が…伝わったね」
春菜はそれを聞いて心からの笑みをこぼした。
「うん!」
 
リトの部屋がそのままにぎやかな喧騒に包まれていく。
リトはその中で幸せを噛みしめていた。
皆の心がくれた幸せを。
少年は少女たちと歩き出す。
思い出と彼女たちの心がくれた幸せを胸に、未来の思い出と幸せのために…。