・橘署長
那須警察署の署長。
胡麻塩の短髪。
背はたかくないが、ずんぐりとして腹のつん出た、恰幅のいい人物。
狸というアダ名がある。
山のぼりは苦手。


・犬神佐兵衛
犬神財閥の創始者。犬神家の当主。
郷里、両親ともに不明。犬神という姓もほんとうのものかどうか明らかでない。
本人の述懐では幼くして孤児となり、各地を放浪していたという。
十七歳のとき信州那須にあらわれ、那須神社の拝殿の下に倒れているところを、神官の野々宮大弐に救われる。
以来居候とも奉公人ともつかぬ格好で那須神社に留まり、教育を受ける。
明治二十年頃、大弐の周旋で製糸工場に就職し、製糸業界の機構と商法とを修得する。
大弐の出資により自ら製糸会社を興し、時流を得て日本一流の大会社に育てる。
生涯正式な妻を持たず、三人の側室にそれぞれ娘を産ませている。
五十二、三歳の頃、工場の女工青沼菊乃を見初め、四人目の側室にする。
菊乃に家を買い与えて住まわせ、世間の風聞になるほど夢中になる。
昭和二十×年二月永眠 享年八十一歳。

野々宮大弐を終生の恩人として肝に銘じる。
若い頃は玉のような美青年であり、その美貌を愛でた大弐と衆道の契りを結ぶ。
人情にあつく情誼にもろいが、三人の側室やその娘達には異常に冷酷。
一族に血で血を洗う争いを引き起こさせるような奇怪な遺言状を残す。
一時日本刀の蒐集に凝る。


・犬神松子
犬神佐兵衛の長女。
五十の坂を二つ三つ越した。
先年夫を亡くした。
利かぬ気らしい。
しゃがれて低いながらも、どこかねつい、底意地の悪そうな声。
細いながらも竹のように強靭な体質。

気が強く、いったんこうといい出したが最後、ひとの言葉をききいれない。
一度つむじをまげると、手のつけられないほど片意地になる。
師匠について琴の稽古をしている。


・犬神佐清
松子の息子。
ビルマの戦線に従軍。
事件当時二十九歳。
十月に博多に復員し、東京の犬神別邸に滞在、十一月になって犬神本邸へ戻る。
かつてはたぐいまれな美貌だったが、戦争で顔にひどいけがをしたので、ゴムの仮面をかぶっている。

幼いころから東京の生活を喜ばず、那須湖畔の風物を愛している。
とても器用で機械いじりが大好き。
出征前は、珠世の懐中時計を度々修理してやっていた。


・犬神竹子
犬神佐兵衛の次女。
小太りに太って小山のような体。
二重あごで、いかにも精力的。
姉に負けず劣らず底意地の悪そう。


・犬神寅之助
竹子の夫。
五十がらみ。
赤ら顔の大男。
目つきのギロリとした横柄な男。


・犬神佐武
竹子の息子。
事件当時二十八歳。
小太りに太って、衝立のように四角な体つき。
ムッツリして、人を人とも思わぬ尊大な面構え。
髪は左分け。
戦時中はずっと内地勤務で、終戦時は千葉かどこかの高射砲隊に従軍。


・犬神小夜子
竹子の娘。
事件当時二十二歳。
十人並み以上の美人。


・犬神梅子
犬神佐兵衛の三女。
三人の異母姉妹のなかでいちばん美しく、いちばん底意地の悪そう。


・犬神幸吉
梅子の夫。
小柄で色の白い、一見柔和そうな顔つき。
よく動く目は腹の黒さをそのまま表現しているよう。
薄い唇にいつも薄ら笑いを浮かべたような男。


・犬神佐智
梅子の息子。
事件当時二十七歳。
ほっそりして華奢な体質。
ひとところにとどまっておらぬ目つき。
どことなく軽薄で狡猾そうな表情。


・野々宮大弐
那須神社の神官。
犬神佐兵衛を救った時、四十二歳。
佐兵衛の俊敏と美貌を愛で、教育を施すとともに衆道の契りを結ぶ。
佐兵衛の事業に出資したにもかかわらず利益の分け前にあずかろうとせず、神官として清い生活を送る。

那須神社の守り言葉として斧琴菊を考案し、金メッキ製の斧琴菊を作って神器にする。
佐兵衛創業の時、斧琴菊の神器を守り言葉とともに佐兵衛に贈る。
明治四十四年五月永眠 享年六十八歳。


・野々宮晴世
大弐の妻。
大弐が佐兵衛を救った時、二十二歳。
神のごとくやさしく、その美しさは神々しいばかり。
大弐が佐兵衛ばかり寵愛するため、一時実家に帰る。
佐兵衛が野々宮家を出て以後、野々宮家に戻り祝子を産む。


・野々宮珠世
祝子の娘。大正十三年生。
この時祖母の晴世は既に死亡。
二十歳になる前に両親ともに死別。
犬神家に引き取られ、主家のわすれがたみとして客分扱いを受ける。
事件当時二十六歳。

戦慄的な美人。
神々しいばかりの美しさは、実に、歯ぎしりが出るよう。
春の終わり頃から、何度も危険な目にあっている。
賢く、狡猾。


・猿蔵
犬神家の奉公人。珠世の守役。
珠世に対する献身的な奉仕には盲目的なところがある。

額が狭く、目がおちくぼんで頬がこけ、猿にそっくり。
挙動が誠実。
体はたくましく、岩のよう。
醜い巨人。

豊畑村出身。
本名は別にあるが、不明。
五歳の時両親に死別し、それを不憫がった祝子に引き取られた。
珠世といっしょに育てられ、珠世が犬神家に引き取られるときにいっしょについてきた。
終戦時は台湾におり、昭和二十年十一月に復員。

犬神家の菊畑の面倒をみていて、菊作りの名人。
網を打つのが上手で、かつては佐兵衛のお供で那須湖や天竜川まで網打ちにでかけていた。
手先が器用で、古い琴糸で網の修理をする。
少し足りないところもある。
怒らせさえしなければ、毒にも薬にもならない男。


・青沼菊乃
佐兵衛の四人目の側室。
おとなしいばかりの平凡な娘。
幼いときから孤児同然の身の上。
もとは犬神製糸工場の女工。
年齢は松子よりも若い。側室になった当時の年齢は十八、九。

静馬を身籠ると松竹梅の三姉妹にいびられて身の危険を感じ、逃げ出す。
その際佐兵衛から、犬神家の三種の家宝、斧琴菊を与えられる。
静馬分娩の後、松竹梅三姉妹に襲撃され、斧琴菊を奪われる。
その後静馬を連れて富山の遠い親戚津田家を頼る。
静馬をあずけ、津田家を出てからの消息は詳細不明。


・青沼静馬
菊乃と佐兵衛との間の息子。
名前は佐兵衛がつけた。
生きていれば事件当時二十九歳。

津田家の籍に入っている。
津田家から中学に通い、卒業後就職。
二十一歳の時に兵隊にとられ、その後数度の除隊と応召とを繰り返す。
昭和十九年の召集で金沢へ入隊。
以後消息不明。


・宮川香琴
琴の師匠。
那須地方を回っていた別の琴の師匠が中風で倒れたため、代稽古として犬神家に出入りするようになる。

片目は飛び出し、片目はひっこんでつぶれている。
額には大きな傷。
目が不自由だが全然見えないわけではない。
上品で、どことなく奥ゆかしい。


・大山泰輔
那須神社の神主。
髪を短く刈って、鉄ぶちの眼鏡をかけている。
どこといって特徴のない男。


・古館恭三
古館法律事務所の所長。
犬神家の顧問弁護士。
佐兵衛の遺言書を保管している。

色の浅黒い、一種きびしい表情をもった、初老の紳士。
職業的な鋭さを持ったまなざし。