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その1 教会において『聖術』と呼ばれている奇跡の力は、今では聖術始祖とも呼ばれているエルナン・フロリアが独自に作り上げた魔術様式の一つである。 その理屈は『人を攻撃する能力があるならばその対になる癒す能力もあるはず』という考えから始まったと言われているが、その真偽は定かではない。 とはいえ、マージナルやネクロマンサから見れば、聖術は方向性が違うだけであくまで自分たちと同じ『魔法』に変わりないと言うだろう。 教会では、その主張を認めずにあくまで『奇跡』であることを強調する人間もいるが、多くの人は議論するような問題でもないと黙殺しているのが現状だった。 ……実際、議論したところでどうなるという問題でもないのだが。 「エミィさん、お時間いただいてよろしいですか?」 リエステール市外の端に本拠をおく支援士ギルド『Little Legend』。 支援士である彼らとて依頼に走るばかりではなく、時には自宅でゆったりと過ごすような日も当然のように存在している。 ……これは、そんなけだるい休日の昼下がりに始まったできごと。 「シアか。 今日は教会の仕事はないのか」 エミリアはぱたん、と今まで読んでいた小説にしおりを挟んで閉じ、そのまま机の上に放り出す。 彼女に声をかけた来訪者は、教会の吟遊詩人にしてこのギルドのメンバーである、シア・スノーフレーク、その人だった。 彼女は教会に自室があり、さらに年に何度かあちこちの町の教会へと顔を出さなければならないという立場上、メンバーでありながらギルド内でその姿を見かけることはあまりなかった。 ……本職が教会のシスターなので仕方がないといえばそれまでなのだが…… 「はい。 教会を回るのは半月後からですし、教員も今は手が足りているそうですので」 「ふむ、なら久々にゆっくりできるのじゃな」 「そうですね。 たまには、町をゆっくり見てみようと思います」 にこり、と微笑んでそう答えるシア。 和やかに流れる空気は彼女独得のもので、その笑みにはすべてを包み込むようなやさしさが感じて取れる。 彼女ほどの聖人君子はいないのではないか……エミリアは、彼女のその微笑を目にするたびに常々そう思っていた。 「それでエミィさん、一つ相談したいことがあるのですが…」 ……ふと、その一言と同時にシアの顔から笑みが消える。 彼女がこういった真剣な表情を見せるのは、本当に重要なことを口にしようとしている時。 それをわかっているエミリアは、軽く佇まいを正して、シアの目を見るように視線を動かした。 「ふむ?」 ――本来人から相談されるべき立場にあるカーディアルトが、一般人に相談を求めるという状況は基本的に皆無である その理由としては、悩みを聞く立場として、他人に悩みを見せるのはよくないこと……などという、要約すれば単なるプライドのようなものもあるかもしれないが、所詮人は人である。 もっとも、それでも多くの場合は同じ教会関係者に相談するのが普通であり、やはり一般人に対して相談を求めることは少ない。 「実は……」 表情を変えず、真剣な目のまま再び口を開くシア。 エミリアは、教会の人間のそんなプライドに関しては察していたのか、すこし怪訝そうな顔を見せていたが、同時にどんな相談が飛び出してくるのか楽しみにもしていた。 ……もっとも、シアはそんな”プライド”などという単語からは、知りうる限りではもっとも縁遠い人物であるような印象ももってはいるのだが。 「……実は、ユキが教会に入ると言ったんです」 「ユキが? それは……お主にとってはよろこぶ事ではないのか?」 ―真白 雪 (ユキ・マシロ)、9歳。 彼女は十六夜生まれで5歳の時に親をなくし、十六夜の孤児院で7歳の誕生日まで育てられていた。 その後はシアが引き取って母親代わりをしているのだが、引き取るに至った経緯はさておき、この二人はかなり仲のいい姉妹のような関係である。 そんな相手が自分の後を追いたいとでも言うようにそう言ったのならば、姉、もしくは母親としてはよろこぶべき事で、とても一般人に相談を持ちかけるような問題とは思えない。 「……はい。 その決意自体は私もうれしく思いますが……ただ、ユキが教会に入るとなれば、ひとつ問題が……」 「……ほう?」 「教会に入る、ということはつまり……アリスキュアになるということです」 「そりゃま、そうなるじゃろうな……ユキの性格なら、将来的にはカーディアルト……いやまて…………たしかユキは……」 突如、エミリアはなにかに気がついたのか、顔を伏せてぶつぶつと考え込み始める。 シアはその様子に特に何か言うわけでもなく、彼女の結論が出るのを待っているようだった。 「……声が出せぬ身では呪文の詠唱ができない。 そして詠唱ができなければ……」 ……そう、ユキは生まれつき声帯に障害を持ち、一切声を発することができない身体で…… 詠唱というのは魔法においても聖術においても、メンタルを術という形に変換するために必要不可欠のもので、それを欠いては一切の術は使えない。 つまり声を出せないユキは、たとえ修行を積んでもアリスキュアの基本中の基本の術である、”リラ”すらも満足に使えないということになる。 「なるほど。 お主が悩んでる理由と、私に相談を持ちかけてきた理由もわかった」 そこまで考えを進めたところで、エミリアはふぅ、とひとつ溜息をつくと、おもむろに羽織っていたカーディガンを脱ぎ始める。 その下に着ていたのは半袖のシンプルなワンピースで……その袖の内側に見える二の腕に、なにか文字のようなものが刻みこまれているのが目に入る。 「普段はわざわざ見せるような事は無いのじゃが……」 そしてその袖をもまくり上げ、その下に隠れていた紋様が全貌を現す。 それは、彼女の二の腕をぐるりと一周するかのように刻まれていて、シアは目にした事も無いような様式の紋章だった。 「お主が私を相談相手に選んだのは、”詠唱破棄能力”を見こんで、といったところじゃな?」 「あ……はい」 エミリアは、本来魔法を行使する際に必要である詠唱を、小呪文に限定されているが完全に破棄されていて、それは”短縮(ショートカット)”ではなく、”除去(リムーブ)”の域に達している。 ……かの『フロリア』は長い詠唱も一言で片付けてしまう能力があったと伝えられているが、その方法が記述されている書物は知りうる限りでは存在しないし、それでも”一言”必要なためにユキに適用する事はできない。 彼女に適用できる方法があるとすれば、エミリアの”&ruby(スペルリムーブ){詠唱破棄}”だけなのだ。 「この紋章は”式紋”と言って、私の詠唱の代わりを担っている」 「……式紋…?」 袖をまくり上げた腕を突き出すように前に出し、そう口にしながらシアにその紋章を見せるエミリア。 それでも、”式紋”と呼ばれたそれはシアの知識の範疇を越えたものには変わらず、説明を待つばかりの状態だった。 「言葉として発音する呪文詠唱を、記号化した文章で表現していると考えてくれればよい。 私はこの紋章を通して呪文を使っているに過ぎぬからな」 「…………でも、事実上”言葉”は不要なんですね?」 「……それはそうじゃが、教会でイレズミまがいのことをするのは都合が悪いのでは無いか?」 やれやれ、とばかりに溜息をつくエミリア。 それに対して、今気が付いた、とでも言うような顔を見せるシア。 ……確かにたとえ必要だとしても、格式を重んじる面も多くある教会では、こんな行為は決してよい目で見られないだろう。 「まぁ、身体に直接刻まなくても、リングとかの装飾品に刻んでおいても、杖や書物を通して術を使う要領で可能と言えば可能じゃが……教会は”物欲の禁止”とかで、アリスの時代はロザリオ以外のアクセサリーは所持できないのでは?」 「……あまりこういう言い方はしたくありませんが……それがなければリラも使えない、という理由であれば、容認してくださるでしょう」 「ふむ……」 その言葉を聞き、ひとまずは表情を和らげるエミリアだったが……その一瞬の後には再び難しい顔を表に出していた。 これ以上に、まだなにか問題があるのだろうか。 「――それなら、地味めのブレスレッドにでも刻んでおけば大丈夫じゃが、難点がまだ二つある」 「二つ……ですか?」 「うむ、まず一つめ」 シアの問う言葉を聞き、そう口にしながらぴん、と指を一本立てて見せるエミリア。 「式紋の長さは呪文が高位になればなるほど伸びていき、ブレスレッド程度では、リラとラリラくらいしか使えないこと」 そこまで答えると、また一本指を立て”チョキ”のような状態にして見せ……さらに、返答を続ける。 「術者が呪文を使えなければ――もっと正確に言えば、”呪文を使うという感覚”を知っていなければならないこと、じゃ」 「……か、感覚……?」 「そうじゃな……魔法とは自身のメンタルの流れを自身の意識で操り、詠唱の力を借りて発言するもの。 詠唱が担う部分は式紋の力でなんとかなるが、詠唱の役割はそれだけではないのじゃ」 「……と、言いますと……」 「簡単に言えば、詠唱には言葉に出す事で、体内を巡るメンタルの”流れ”を無意識下で調整する側面もある。 一度でも実際に魔法を使った者は、その瞬間の感覚を覚え、その後は詠唱無しでもその流れを調節できるというが……」 「……」 言っている事は、なんとなく理解できる。 自分も、実際に始めてリラを使った時に、”聖術を使う”という感覚を始めて覚え、その感覚を意識的に引き出す事で、より効率的、効果的に聖術の力を引き出す事ができるようになっていった。 ……その使う事で始めて覚えるという感覚が必要だというのならば…… 「……無詠唱でも感覚を覚えさえすれば、あとは式紋の力で魔法は引き出せる。 問題は、その感覚を詠唱無しで引き出せるかどうかじゃ」 「……やはり、言葉が無くては不可能なのですか?」 「そうは言っておらん。 ただ、乗馬の経験の無い相手に、誰一人の助けも受けず、手綱すらもない暴れ馬に乗れと言うくらいのものじゃな」 「…………そうですか……」 見るからに気を落とすシアだったが、その胸中ではむしろエミリアに感謝していた。 変に言葉をぼかされるよりも、こうしてはっきりと口にしてくれた方がまだ気持ちがいい。 「練習する間だけでも、ユキに声をあたえてやれればよいのじゃが……」 「…いえ、大丈夫です。 ……聖術は使えなくとも、教会でできることはたくさんありますから」 それこそ、カウンセリングなど意思一つあれば役割そのものはどうとでもなる。 ただ、ジョブとしての『カーディアルト』を望めないのは残念以外の何者でもなく…… シアは、見るからに気落ちした様子で、辛そうな微笑みを浮かべていた。 ……そして、そのままお辞儀をひとつして部屋を立ち去ろうとするシア。 ……しかし、ドアに手をかけたその時、エミリアの呼び止める声が耳に飛びこんできた。 「……少々気は進まぬが……一つだけ手があった」 [[次へ>>>その2.]]
その1 教会において『聖術』と呼ばれている奇跡の力は、今では聖術始祖とも呼ばれているエルナン・フロリアが独自に作り上げた魔術様式の一つである。 その理屈は『人を攻撃する能力があるならばその対になる癒す能力もあるはず』という考えから始まったと言われているが、その真偽は定かではない。 とはいえ、マージナルやネクロマンサから見れば、聖術は方向性が違うだけであくまで自分たちと同じ『魔法』に変わりないと言うだろう。 教会では、その主張を認めずにあくまで『奇跡』であることを強調する人間もいるが、多くの人は議論するような問題でもないと黙殺しているのが現状だった。 ……実際、議論したところでどうなるという問題でもないのだが。 「エミィさん、お時間いただいてよろしいですか?」 リエステール市外の端に本拠をおく支援士ギルド『Little Legend』。 支援士である彼らとて依頼に走るばかりではなく、時には自宅でゆったりと過ごすような日も当然のように存在している。 ……これは、そんなけだるい休日の昼下がりに始まったできごと。 「シアか。 今日は教会の仕事はないのか」 エミリアはぱたん、と今まで読んでいた小説にしおりを挟んで閉じ、そのまま机の上に放り出す。 彼女に声をかけた来訪者は、教会の吟遊詩人にしてこのギルドのメンバーである、シア・スノーフレーク、その人だった。 彼女は教会に自室があり、さらに年に何度かあちこちの町の教会へと顔を出さなければならないという立場上、メンバーでありながらギルド内でその姿を見かけることはあまりなかった。 ……本職が教会のシスターなので仕方がないといえばそれまでなのだが…… 「はい。 教会を回るのは半月後からですし、教員も今は手が足りているそうですので」 「ふむ、なら久々にゆっくりできるのじゃな」 「そうですね。 たまには、町をゆっくり見てみようと思います」 にこり、と微笑んでそう答えるシア。 和やかに流れる空気は彼女独得のもので、その笑みにはすべてを包み込むようなやさしさが感じて取れる。 彼女ほどの聖人君子はいないのではないか……エミリアは、彼女のその微笑を目にするたびに常々そう思っていた。 「それでエミィさん、一つ相談したいことがあるのですが…」 ……ふと、その一言と同時にシアの顔から笑みが消える。 彼女がこういった真剣な表情を見せるのは、本当に重要なことを口にしようとしている時。 それをわかっているエミリアは、軽く佇まいを正して、シアの目を見るように視線を動かした。 「ふむ?」 ――本来人から相談されるべき立場にあるカーディアルトが、一般人に相談を求めるという状況は基本的に皆無である その理由としては、悩みを聞く立場として、他人に悩みを見せるのはよくないこと……などという、要約すれば単なるプライドのようなものもあるかもしれないが、所詮人は人である。 もっとも、それでも多くの場合は同じ教会関係者に相談するのが普通であり、やはり一般人に対して相談を求めることは少ない。 「実は……」 表情を変えず、真剣な目のまま再び口を開くシア。 エミリアは、教会の人間のそんなプライドに関しては察していたのか、すこし怪訝そうな顔を見せていたが、同時にどんな相談が飛び出してくるのか楽しみにもしていた。 ……もっとも、シアはそんな”プライド”などという単語からは、知りうる限りではもっとも縁遠い人物であるような印象ももってはいるのだが。 「……実は、ユキが教会に入ると言ったんです」 「ユキが? それは……お主にとってはよろこぶ事ではないのか?」 ―真白 雪 (ユキ・マシロ)、9歳。 彼女は十六夜生まれで5歳の時に親をなくし、十六夜の孤児院で7歳の誕生日まで育てられていた。 その後はシアが引き取って母親代わりをしているのだが、引き取るに至った経緯はさておき、この二人はかなり仲のいい姉妹のような関係である。 そんな相手が自分の後を追いたいとでも言うようにそう言ったのならば、姉、もしくは母親としてはよろこぶべき事で、とても一般人に相談を持ちかけるような問題とは思えない。 「……はい。 その決意自体は私もうれしく思いますが……ただ、ユキが教会に入るとなれば、ひとつ問題が……」 「……ほう?」 「教会に入る、ということはつまり……アリスキュアになるということです」 「そりゃま、そうなるじゃろうな……ユキの性格なら、将来的にはカーディアルト……いやまて…………たしかユキは……」 突如、エミリアはなにかに気がついたのか、顔を伏せてぶつぶつと考え込み始める。 シアはその様子に特に何か言うわけでもなく、彼女の結論が出るのを待っているようだった。 「……声が出せぬ身では呪文の詠唱ができない。 そして詠唱ができなければ……」 ……そう、ユキは生まれつき声帯に障害を持ち、一切声を発することができない身体で…… 詠唱というのは魔法においても聖術においても、メンタルを術という形に変換するために必要不可欠のもので、それを欠いては一切の術は使えない。 つまり声を出せないユキは、たとえ修行を積んでもアリスキュアの基本中の基本の術である、”リラ”すらも満足に使えないということになる。 「なるほど。 お主が悩んでる理由と、私に相談を持ちかけてきた理由もわかった」 そこまで考えを進めたところで、エミリアはふぅ、とひとつ溜息をつくと、おもむろに羽織っていたカーディガンを脱ぎ始める。 その下に着ていたのは半袖のシンプルなワンピースで……その袖の内側に見える二の腕に、なにか文字のようなものが刻みこまれているのが目に入る。 「普段はわざわざ見せるような事は無いのじゃが……」 そしてその袖をもまくり上げ、その下に隠れていた紋様が全貌を現す。 それは、彼女の二の腕をぐるりと一周するかのように刻まれていて、シアは目にした事も無いような様式の紋章だった。 「お主が私を相談相手に選んだのは、”詠唱破棄能力”を見こんで、といったところじゃな?」 「あ……はい」 エミリアは、本来魔法を行使する際に必要である詠唱を、小呪文に限定されているが完全に破棄されていて、それは”短縮(ショートカット)”ではなく、”除去(リムーブ)”の域に達している。 ……かの『フロリア』は長い詠唱も一言で片付けてしまう能力があったと伝えられているが、その方法が記述されている書物は知りうる限りでは存在しないし、それでも”一言”必要なためにユキに適用する事はできない。 彼女に適用できる方法があるとすれば、エミリアの”&ruby(スペルリムーブ){詠唱破棄}”だけなのだ。 「この紋章は”式紋”と言って、私の詠唱の代わりを担っている」 「……式紋…?」 袖をまくり上げた腕を突き出すように前に出し、そう口にしながらシアにその紋章を見せるエミリア。 それでも、”式紋”と呼ばれたそれはシアの知識の範疇を越えたものには変わらず、説明を待つばかりの状態だった。 「言葉として発音する呪文詠唱を、記号化した文章で表現していると考えてくれればよい。 私はこの紋章を通して呪文を使っているに過ぎぬからな」 「…………でも、事実上”言葉”は不要なんですね?」 「……それはそうじゃが、教会でイレズミまがいのことをするのは都合が悪いのでは無いか?」 やれやれ、とばかりに溜息をつくエミリア。 それに対して、今気が付いた、とでも言うような顔を見せるシア。 ……確かにたとえ必要だとしても、格式を重んじる面も多くある教会では、こんな行為は決してよい目で見られないだろう。 「まぁ、身体に直接刻まなくても、リングとかの装飾品に刻んでおいても、杖や書物を通して術を使う要領で可能と言えば可能じゃが……教会は”物欲の禁止”とかで、アリスの時代はロザリオ以外のアクセサリーは所持できないのでは?」 「……あまりこういう言い方はしたくありませんが……それがなければリラも使えない、という理由であれば、容認してくださるでしょう」 「ふむ……」 その言葉を聞き、ひとまずは表情を和らげるエミリアだったが……その一瞬の後には再び難しい顔を表に出していた。 これ以上に、まだなにか問題があるのだろうか。 「――それなら、地味めのブレスレッドにでも刻んでおけば大丈夫じゃが、難点がまだ二つある」 「二つ……ですか?」 「うむ、まず一つめ」 シアの問う言葉を聞き、そう口にしながらぴん、と指を一本立てて見せるエミリア。 「式紋の長さは呪文が高位になればなるほど伸びていき、ブレスレッド程度では、リラとラリラくらいしか使えないこと」 そこまで答えると、また一本指を立て”チョキ”のような状態にして見せ……さらに、返答を続ける。 「術者が呪文を使えなければ――もっと正確に言えば、”呪文を使うという感覚”を知っていなければならないこと、じゃ」 「……か、感覚……?」 「そうじゃな……魔法とは自身のメンタルの流れを自身の意識で操り、詠唱の力を借りて発言するもの。 詠唱が担う部分は式紋の力でなんとかなるが、詠唱の役割はそれだけではないのじゃ」 「……と、言いますと……」 「簡単に言えば、詠唱には言葉に出す事で、体内を巡るメンタルの”流れ”を無意識下で調整する側面もある。 一度でも実際に魔法を使った者は、その瞬間の感覚を覚え、その後は詠唱無しでもその流れを調節できるというが……」 「……」 言っている事は、なんとなく理解できる。 自分も、実際に始めてリラを使った時に、”聖術を使う”という感覚を始めて覚え、その感覚を意識的に引き出す事で、より効率的、効果的に聖術の力を引き出す事ができるようになっていった。 ……その使う事で始めて覚えるという感覚が必要だというのならば…… 「……無詠唱でも感覚を覚えさえすれば、あとは式紋の力で魔法は引き出せる。 問題は、その感覚を詠唱無しで引き出せるかどうかじゃ」 「……やはり、言葉が無くては不可能なのですか?」 「そうは言っておらん。 ただ、乗馬の経験の無い相手に、誰一人の助けも受けず、手綱すらもない暴れ馬に乗れと言うくらいのものじゃな」 「…………そうですか……」 見るからに気を落とすシアだったが、その胸中ではむしろエミリアに感謝していた。 変に言葉をぼかされるよりも、こうしてはっきりと口にしてくれた方がまだ気持ちがいい。 「練習する間だけでも、ユキに声をあたえてやれればよいのじゃが……」 「…いえ、大丈夫です。 ……聖術は使えなくとも、教会でできることはたくさんありますから」 それこそ、カウンセリングなど意思一つあれば役割そのものはどうとでもなる。 ただ、ジョブとしての『カーディアルト』を望めないのは残念以外の何者でもなく…… シアは、見るからに気落ちした様子で、辛そうな微笑みを浮かべていた。 ……そして、そのままお辞儀をひとつして部屋を立ち去ろうとするシア。 ……しかし、ドアに手をかけたその時、エミリアの呼び止める声が耳に飛びこんできた。 「……少々気は進まぬが……一つだけ手があった」 [[次へ>>>その2.指輪再び]]

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