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その3 「あ、え、い、う、え、お、あ、お。 はい、続けて」 「あ…あー、えーい、う、え、お、あ、お……」 そもそも発声という行動自体を行ったことのない子が、いざ声を出せるようになってもまともに発音することができないのは明白なことだった。 とはいえ、他人が音として認識できないレベルではあるが、大きく驚いた時や必死な時に”ほんのわずかこもれでる”程度には出していた事実もある。 そんな瞬間のうろ覚えな感覚を思い出させることで、ユキは発声そのものはわずかな時間で習得していた。 ……問題は、「あいうえお」など基本50音に濁点、半濁点、そして「ゃ」や「ょ」などを織り交ぜた、発音の区別である。 こればっかりは本人に感覚で覚えてもらうしかなく、シアはつきっきりで一音づつ発声を繰り返させる訓練から始めることにした。 「うん、まだ少しムラがあるけど…あ行は大丈夫そうね。 それじゃ、次いくよ」 「……ぅ、ん……」 とりあえず、練習中は手話は使わずに、できるだけ声で話すこと、という課題を課している。 元々聞く耳は悪くない上に、音を聞き分ける能力は絶対的なものを持ち、単純な記憶力と感覚も鋭いユキ。 喉や口、舌などをどう動かせば、どんな音が出るか……それに関しては、一度発音さえできれば、ほぼ余すことなく記憶しているようだった。 自然に言葉を連ねるレベルにはもう少しかかるかもしれないが、1音づつの発音は間もなく覚えるだろう。 「また出せなくなるのはわかってるだけに、空しい訓練だな」 その間、他の者達はリビングに集まり、ユキのたどり着く末を、それぞれが案じていた。 ……今おこなっている訓練は、しゃべるためのものではなく、最終的に聖術を使えるようにするための前提に過ぎない。 一度でも詠唱で聖術を使う感覚を覚えれば、あとはエミリアが用意したスペルリングで言葉を使わずとも聖術の発現はできるようになる。 「……仕方あるまい。 これが一番の近道じゃからな」 ヴァイが口にしたその点に関しては、エミリアも多少危惧していた。 一度言葉を口にすることができるようになれば、それを手放すのはきっとはばかられるだろう。 とはいえ、それはリスティの身体によるものであり、この先も使い続けさせる事は、可能ではあるがとてもできた事ではない。 【大丈夫です。 ユキちゃんは、そんなことを考える子じゃありません】 二人のその言葉を聞き、リスティはテーブルの上に用意された紙に、さらさらと自分が言いたいと思う言葉を書き連ねる それはヴァイとエミリアには手話が通じず、リスティ自身が文字板を使い慣れていない、ということで取られた、緊急的な会話手段だった。 「確かにそう思うが……それでも、万一ユキがこのままでいたいって聞かなかったらどうする気だ?」 ふむ、と漏らした後に続けるように、ディンがそう一言。 他人を思いやる心を持ち合わせているのは確かだが、なんだかんだといっても、ユキはまだ子供である。 自分本位にしか考えられない部分も、少なからずあることには間違いない。 その言葉を聞き、リスティは再びペンを走らせる。 【私はそれでも構いません。 戻るにしても、ユキちゃんの気が済むまで待ちます】 ……それは、なによりも彼女らしい一言だった。 だがしかし、『彼』には気の重い一言であることには変わらず、表情には見せていないが、ヴァイの纏う空気に、わずかに動揺のようなものが含まれているのが感じられた。 リスティはそれを察し、また一枚言葉を書き出して、ヴァイに手渡す。 【ヴァイさんは、私がこのままなら、私から離れようと思いますか?】 「……姿は関係ない。 リスティは、リスティだろう」 その言葉の内容に、ヴァイはその表情に一瞬かげりを見せたが……間もなくして、何かに気づいたようにそう口にする。 外見は別人でも、意識は確かにリスティのものなのだと。 リスティは、その言葉を耳にして、安心を織り交ぜた柔らかな微笑を浮かべていた。 「…………会話は美しいものなのかもしれぬが……これでは、ぱっと見ただのロリコンにしか見えんな」 「……なんだよそれ」 ―ロリータ・コンプレックス この言葉は、発生当初は年長の男性を愛する少女の心理を指したが、この意味ではさほど普及を見なかった。 現在では、一般に幼女から未成年(とりわけ思春期)の少女への性嗜好を表す場合が多いという。 ……などという言語学的な説明はさておき、普通の神経をしていたら、そう呼ばれても決していい気分にはならないだろう。 「たしか、ユキってまだ9歳だったよね。 で、ヴァイは19歳で……」 「うむ、そのまま二人で出歩けば、かなり危険なことになるのぉ」 それでも、半ば容赦なく言葉を続けるティールとエミリア。 本人達は二人に対する忠告のつもりで口にしているのだが、傍から聞けば単なる嫌味にしか聞こえないかもしれない。 「ははは……まぁ、その話はそこまでにしとこうか。 とりあえず、今はうまくいくことを祈るしかない」 二人の言葉は、現状をそのまま突いている言葉だけに、言われる相手に対する精神的なダメージはかなり大きくなっているかもしれない。 さすがにそろそろ止めたほうがいい、と判断したのか、苦笑いしながらディンが二人の間に口を挟んでいた。 「そうじゃな。 ……それにしても、これでカーディアルトにでもなったら”静寂の聖母”とでも呼ばれそうじゃな」 「通り名なんて、わざわざ考えるものでもないと思うが……」 とはいえ、実際そんな風に称されたとしても、納得はできる。 普通、詠唱もなしに聖術や魔法を使うことはありえないこととされていたので、何かしら噂は立つことに間違いはないだろう。 「まあまあ。 こういうのは騒いでるうちが楽しいんだし、私たちが心配ばっかりしててもしかたないと思うよ」 ディンの一言に、ティールは笑ってそう答えていた。 …確かに、自分たちがどうこういったところで結局すべてはユキ自身の選択である。 それならば、自分たちは心配するよりもいつもどおりに過ごしていたほうが、ユキに気を使わせる事もないだろう。 「それよりエミィ、気になることがひとつあるんだけど」 そして、ひとまず会話が収まったのを確認して、ティールが改めて口を開く。 その疑問は、ユキがカーディアルトとして本当にやっていけるのか、という問いからくるもので…… 「エミィの話を聞く限りじゃ、用意してるブレスレッドじゃ、リラとラリラくらいしか使えないんでしょ?」 「うむ」 「アリスキュアならともかく、カーディアルトになった後もそれじゃ、問題あるんじゃないかなーって」 まあ、これも至極当然な疑問なのかもしれない。 カーディアルトともなれば、上位治癒呪文の”ラリラル”や”レ・ラリラ”くらいは使えて当たり前の世界である。 加えていえば、各種能力の増減を司る補助系の聖術も関わってくるので、基礎治癒呪文だけではさすがに無理が出るだろう。 「安心せい。 その点に関しても、ちゃんと対処法はできておる」 しかし、エミリアは特になんの躊躇もなく、そんな言葉を口にしていた。 ……もっとも、最後に”まだ完成はしておらぬがな”と付け加えたことで、信憑性はかなり落ちることとなったのは別のお話。 [[<<前へ>その2.指輪再び]]     [[次へ>>>その4.]]
その3 「あ、え、い、う、え、お、あ、お。 はい、続けて」 「あ…あー、えーい、う、え、お、あ、お……」 そもそも発声という行動自体を行ったことのない子が、いざ声を出せるようになってもまともに発音することができないのは明白なことだった。 とはいえ、他人が音として認識できないレベルではあるが、大きく驚いた時や必死な時に”ほんのわずかこもれでる”程度には出していた事実もある。 そんな瞬間のうろ覚えな感覚を思い出させることで、ユキは発声そのものはわずかな時間で習得していた。 ……問題は、「あいうえお」など基本50音に濁点、半濁点、そして「ゃ」や「ょ」などを織り交ぜた、発音の区別である。 こればっかりは本人に感覚で覚えてもらうしかなく、シアはつきっきりで一音づつ発声を繰り返させる訓練から始めることにした。 「うん、まだ少しムラがあるけど…あ行は大丈夫そうね。 それじゃ、次いくよ」 「……ぅ、ん……」 とりあえず、練習中は手話は使わずに、できるだけ声で話すこと、という課題を課している。 元々聞く耳は悪くない上に、音を聞き分ける能力は絶対的なものを持ち、単純な記憶力と感覚も鋭いユキ。 喉や口、舌などをどう動かせば、どんな音が出るか……それに関しては、一度発音さえできれば、ほぼ余すことなく記憶しているようだった。 自然に言葉を連ねるレベルにはもう少しかかるかもしれないが、1音づつの発音は間もなく覚えるだろう。 「また出せなくなるのはわかってるだけに、空しい訓練だな」 その間、他の者達はリビングに集まり、ユキのたどり着く末を、それぞれが案じていた。 ……今おこなっている訓練は、しゃべるためのものではなく、最終的に聖術を使えるようにするための前提に過ぎない。 一度でも詠唱で聖術を使う感覚を覚えれば、あとはエミリアが用意したスペルリングで言葉を使わずとも聖術の発現はできるようになる。 「……仕方あるまい。 これが一番の近道じゃからな」 ヴァイが口にしたその点に関しては、エミリアも多少危惧していた。 一度言葉を口にすることができるようになれば、それを手放すのはきっとはばかられるだろう。 とはいえ、それはリスティの身体によるものであり、この先も使い続けさせる事は、可能ではあるがとてもできた事ではない。 【大丈夫です。 ユキちゃんは、そんなことを考える子じゃありません】 二人のその言葉を聞き、リスティはテーブルの上に用意された紙に、さらさらと自分が言いたいと思う言葉を書き連ねる それはヴァイとエミリアには手話が通じず、リスティ自身が文字板を使い慣れていない、ということで取られた、緊急的な会話手段だった。 「確かにそう思うが……それでも、万一ユキがこのままでいたいって聞かなかったらどうする気だ?」 ふむ、と漏らした後に続けるように、ディンがそう一言。 他人を思いやる心を持ち合わせているのは確かだが、なんだかんだといっても、ユキはまだ子供である。 自分本位にしか考えられない部分も、少なからずあることには間違いない。 その言葉を聞き、リスティは再びペンを走らせる。 【私はそれでも構いません。 戻るにしても、ユキちゃんの気が済むまで待ちます】 ……それは、なによりも彼女らしい一言だった。 だがしかし、『彼』には気の重い一言であることには変わらず、表情には見せていないが、ヴァイの纏う空気に、わずかに動揺のようなものが含まれているのが感じられた。 リスティはそれを察し、また一枚言葉を書き出して、ヴァイに手渡す。 【ヴァイさんは、私がこのままなら、私から離れようと思いますか?】 「……姿は関係ない。 リスティは、リスティだろう」 その言葉の内容に、ヴァイはその表情に一瞬かげりを見せたが……間もなくして、何かに気づいたようにそう口にする。 外見は別人でも、意識は確かにリスティのものなのだと。 リスティは、その言葉を耳にして、安心を織り交ぜた柔らかな微笑を浮かべていた。 「…………会話は美しいものなのかもしれぬが……これでは、ぱっと見ただのロリコンにしか見えんな」 「……なんだよそれ」 ―ロリータ・コンプレックス この言葉は、発生当初は年長の男性を愛する少女の心理を指したが、この意味ではさほど普及を見なかった。 現在では、一般に幼女から未成年(とりわけ思春期)の少女への性嗜好を表す場合が多いという。 ……などという言語学的な説明はさておき、普通の神経をしていたら、そう呼ばれても決していい気分にはならないだろう。 「たしか、ユキってまだ9歳だったよね。 で、ヴァイは19歳で……」 「うむ、そのまま二人で出歩けば、かなり危険なことになるのぉ」 それでも、半ば容赦なく言葉を続けるティールとエミリア。 本人達は二人に対する忠告のつもりで口にしているのだが、傍から聞けば単なる嫌味にしか聞こえないかもしれない。 「ははは……まぁ、その話はそこまでにしとこうか。 とりあえず、今はうまくいくことを祈るしかない」 二人の言葉は、現状をそのまま突いている言葉だけに、言われる相手に対する精神的なダメージはかなり大きくなっているかもしれない。 さすがにそろそろ止めたほうがいい、と判断したのか、苦笑いしながらディンが二人の間に口を挟んでいた。 「そうじゃな。 ……それにしても、これでカーディアルトにでもなったら”静寂の聖母”とでも呼ばれそうじゃな」 「通り名なんて、わざわざ考えるものでもないと思うが……」 とはいえ、実際そんな風に称されたとしても、納得はできる。 普通、詠唱もなしに聖術や魔法を使うことはありえないこととされていたので、何かしら噂は立つことに間違いはないだろう。 「まあまあ。 こういうのは騒いでるうちが楽しいんだし、私たちが心配ばっかりしててもしかたないと思うよ」 ディンの一言に、ティールは笑ってそう答えていた。 …確かに、自分たちがどうこういったところで結局すべてはユキ自身の選択である。 それならば、自分たちは心配するよりもいつもどおりに過ごしていたほうが、ユキに気を使わせる事もないだろう。 「それよりエミィ、気になることがひとつあるんだけど」 そして、ひとまず会話が収まったのを確認して、ティールが改めて口を開く。 その疑問は、ユキがカーディアルトとして本当にやっていけるのか、という問いからくるもので…… 「エミィの話を聞く限りじゃ、用意してるブレスレッドじゃ、リラとラリラくらいしか使えないんでしょ?」 「うむ」 「アリスキュアならともかく、カーディアルトになった後もそれじゃ、問題あるんじゃないかなーって」 まあ、これも至極当然な疑問なのかもしれない。 カーディアルトともなれば、上位治癒呪文の”ラリラル”や”レ・ラリラ”くらいは使えて当たり前の世界である。 加えていえば、各種能力の増減を司る補助系の聖術も関わってくるので、基礎治癒呪文だけではさすがに無理が出るだろう。 「安心せい。 その点に関しても、ちゃんと対処法はできておる」 しかし、エミリアは特になんの躊躇もなく、そんな言葉を口にしていた。 ……もっとも、最後に”まだ完成はしておらぬがな”と付け加えたことで、信憑性はかなり落ちることとなったのは別のお話。 [[<<前へ>その2.指輪再び]]     [[次へ>>>その4.カーディアルト]]

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