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3・練習(個人)編 ヒュン! と風を斬るかのように一本の木刀が空を走る。 どこか荒々しくも速く、勢いのあるその振りは、眼前に立つ者を軽く圧倒するだけの力があるだろう。 「ふぅー……」 青年――ヴァイは、ひととおりの殺陣を終えると深く呼吸をしながら木刀を下ろした。 この演舞の観客は三人だけ。 一人は、この練習のきっかけとなった少女、ティール。 二人目は、彼の幼い頃からの親友であるケルト。 ……そしてもう一人は、学園の近くの剣道場の師範を勤めている、竜泉空也という名の青年。 「飲み込みが速くて逆に教え甲斐が無いな。 世が世なら、歴史に名を残す剣士になっていたかもしれん」 ヴァイの殺陣を一通り見ていた空也は、はははと笑いながらそう口にする。 実際、何かを教え始めて数日もせずにモノにできる相手などそういるものではなく……本当にたったの数日で荒削りながらも剣術をそれなりのレベルで習得してしまった相手に感服しているようだった。 「ヴァイの場合は身体の基礎が出来てるし、あとは技術の問題だったってことかな」 「そのようですね。 でも、やっぱり飲み込みが早いのはヴァイ自身の才能だと思いますよ」 その横で、機嫌よさそうに笑いながら口を挟むティールとケルト。 確かに、ヴァイは学内の運動部から何度もお呼びがかかるほどの運動神経と運動能力を持ち合わせていて、特に足捌きに関しては一級品である。 その上反射神経とカンも鋭いときているので、空也の先の一言もあながち冗談ではないのかもしれない。 「とはいえ、舞台上で行う殺陣と実際に険を交えるのは違うが――まぁ今回教えたのは前者だ。このレベルの立ち回りができるなら問題ないだろう」 「ああ――たかだか劇の練習に付き合わせて悪かった」 「いやいや、私も楽しかったよ。 文化祭の舞台で時代劇をやったのを思い出した」 もう一度ははは、と笑ってそう答える空也。 ……そもそもこの剣術の訓練は、『TOV』の劇中の斬り合いのシーンに相応の迫力を加えたい、というティールの提案が発端で、ヴァイ自身は多少渋っていたものの、『剣道』ではない『剣術』に多少の興味はあったのか、なんだかんだと言いつつも空也の下で殺陣の訓練をこなしていた。 「それにしても、この平和な時代に実戦向けの剣術を伝えてる道場なんて少ないんじゃない?」 そこで、ふとティールがそんな一言をこぼす。 とは言っても、実際に門下生に教えているのは礼儀と自己鍛錬のための『剣道』であり、表向きは数々の大会における優秀者を輩出している、程度の付加価値がつけられた剣道場。 古来より伝えられている実戦剣術――『空牙』の技を知るのは、竜泉家直系の者のみとされている。 まぁ、ティールやヴァイのように、一部の身近な者には、その裏の姿も知られているのだが。 「……ふむ、確かにそうかもしれないな。 使う者によっては、今の世では危険極まりない技だ」 「…………」 「だが、今の世も表に出ないだけで知で収めきれぬ乱はどこにでも潜んでいる。……より多くを護るため、こういった技も伝えられるべきだと私は思う」 「ま、世間がどう見るかは別だけどね」 「人というものは、他者の考えを完全に知ることはできませんからね」 「ははは、確かにそれも道理だ」 真剣な瞳で語る空也の言葉を、終わったその場で斬りおとすティールとケルト。 その一方で、空也は一切動じることなく爽やかな笑みを浮かべて言葉を返し―― 「……ついていけん」 そしていまいち他人に調子を合わせるのが苦手であるヴァイは、一人そのテンションの変化から置いてけぼりを食らっていた。 「まぁ、ヴァイの方は……後は全体練習で合わせるようにすれば大丈夫そうだね」 とりあえずもう少し続ける、と言うヴァイとケルト、そして空也に別れを告げ道場を後にしたティールは、後の事を考えつつスタスタと学園のとある教室に向かって歩いていた。 「……ていうか、ケルトもあっちこっち顔だしてるって感じだけど、自分の練習大丈夫なのかな」 そろそろ文化祭に向けての準備も本格化し、一部ではすでに大道具も持ち込まれたり組み立てが始まっているその空間は、着々と祭りに向けての準備が進められている、という事を実感できる。 まぁその分、自分達の準備も急いで進めなければならないという状況でもあり、他のメンバーの練習の様子を見て回ったり、手伝ったりばかりしているケルトは少々気がかりだった。 今日のようにヴァイの練習の様子を見ていたり、その前にはエルナと打ち合わせていて、さらに前にはグリッツ、その前にはリスティの演技を見てあげていた、という光景を見た記憶がある。 根本から真面目な性格なので、自分のこともしっかりとしているとは思ってはいるのだが…… 「他の舞台発表組も、練習で切羽詰ってるなぁ……」 今日は日曜日だと言うのに、ほぼ全ての教室が準備やら練習やらで賑わっているのは、ちょっとした異世界に迷い込んだような気分にさせられた。 普段の授業もこれほど熱心にとりくめれば、さぞかし成績が上がるだろうに、と教師陣が愚痴っているのを耳にした事があったりするのはナイショだったり。 『ねぇシア、わりと壮大っぽい劇だから、オープニングに歌でもつけてみない? シアの作詞作曲アンド歌手兼任で』 そんな事を考えていたその時、ふと耳に入ってきた聞きなれた声。 それはどこか軽いノリで話すもので、彼女を知る者が聞き間違えるはずは無い、一人の教師の声だった。 「いきなり呼び出したかと思えばそんな理由ですか……さすがにそれは無理がありますよ…?」 とりあえず、自分の目的地もその声が聞こえてきた教室であるし、特に構えるような事も無くドアを開けるティール。 直後に聞こえてきた声は、先ほどの声の主――エルナの親友である、シア・スノーフレークのもの。 「うーん、面白いと思うんだけどなぁ」 こういう情景だけを見ていれば、この二人の関係性の主導権はエルナが握っている、と思われがちだが、実際のところはいろんな意味で持ちつ持たれつ――つまりは、状況次第である。 まぁ、両者の性格のせいか、対外的にはエルナの方が力関係で上、と見られがちなのは否定できない要素ではあるのだが。 「そうですね……楽しそうなのは確かなので、エンディングの……このシーンで賛美歌でも歌いましょうか? 合唱部のコーラス隊も参加できますし……」 「あ、それいいわねぇ。 いざ新たな門出を! って感じで盛り上がるわー」 「それじゃむしろエンディングテーマって感じですね。悪く無いけど」 言葉通り――というか勝手に頭の中でその情景が浮かんでいるのか、一人でわくわくと盛り上がっているエルナに向けて、ティールは冷静にそう声をかけた。 彼女が一人でテンションを上げるというのはもはや慣れたことであるし、彼女にとっては特に慌てるような要素でもないのだろう。 「あら。 ティールさん、こんにちわ」 「こんにちわ、シア先生。 なんだかつきあわせる形になっちゃったみたいですけど、合唱部は当日大丈夫なんですか?」 エルナと同様に、シアに対しても校内ではとりあえず敬語を使うようにしているらしいティール。 シアも特にその言葉の使い分け方に異論を感じるような事もなく、いつもの穏やかな微笑みで突然の来訪者を向かえていた。 「ええ、合唱部の発表は一日目ですし、この演劇は二日目の予定ですから」 「そのへんは抜かりないわよー。 ほかのメンバーのクラスも、ちゃんと時間がバラけるように仕組んだから♪」 「仕組んだって……」 まぁ、そのへんのスケジュール管理はどちらかといえば実行委員と教師陣の仕事であるから、意味合い的にはあっているのかもしれない。 しかし、こう口にするとどうも悪巧みをしているように聞こえるのがフシギなものである。 「……ま、いいか。 それより、リスティもここで練習してるって聞いたんですけど?」 とりあえずエルナの演技に大してはそれほど心配していないらしく、きょろきょろと周囲を見回すティール。 ……と、教室の隅に視線が向いた時、必死の表情で叫ぶリスティの姿がその目に映った。 「馬鹿な真似は止めて、直ぐにわたくしの魂を昇華しなさい! でなければ、貴方は……!」 十字架にかけられた聖女の器。 その身に『聖女』と呼ばれる者――アルティアの意識を宿され、その魂が彼女の身体を動かしている……という場面。 それゆえに、ある意味彼女は一人で二役をこなさなければならず、その演じ分けに苦戦しているようだった。 「あの子、セリフ自体はもう全部憶えちゃってるのよ。 ただ、声と演技に思い切りが足りないのよね」 「まぁ大体予想通り。 セリフを覚える事自体は心配して無かったけど、リスティはやっぱりそっちか……」 「一生懸命なのは伝わってくるのですが……元々控えめな子ですから、演技でも――いえ、演技だからこそ強く出る事ができないんでしょう」 「そりゃね、心の底からの叫びならリスティも大きな声くらい出るだろうけど……」 ……などと3人で目の前の少女の演技を見ながら話し込んでいると、そのシーンの一通りのセリフを終えたリスティが、トタトタとこちらにむかってきていた。 その顔は見るからに真剣な表情で、一生懸命に練習している事はそれだけでも伺い知れる。 「先生、どうでしたか……?」 「うーん、悪くは無いんだけどね。 こことここのセリフ、もちょっと大きい声のほうが必死さがでていいかしら」 ティールが隣にいることなど全く気がついていないかのように、振り返る事も無くエルナに台本を突き出して問いかけるリスティ。 エルナも軽く微笑みながら、台本のリスティ――特にアルティアが乗り移っているシーンのあたりを指差しながら、指示を口にしている。 「というかリスティ、ちょっと力入り過ぎじゃない? どっちかというと、必死すぎて声が出きらない感じだったけど」 「え? ……あ、てぃ、ティールさん! いつからそこに……」 「今の練習中から。 とりあえず全員の仕上がりの状態を見たくて、回ってるところだよ」 どうやら本気で入って来ていた事に気付いていなかったようで、ティールは軽く苦笑しながらその問いに答えた。 集中するのが悪いわけでは無いが、それで結果的に誰かを無視してしまい失礼に繋がる事がある、ということを憶えておく必要があるかもしれない。 もっとも、彼女ならその分別を持ち合わせているのは分かっている。 が、実際の行動に繋がらなければ意味もないだろう。 まぁ今更そんな事を気にする間柄でもなく、ティールは特に追求する事も無かった。 「…………この私が『アルティア様』になるシーンなんですけど……私なんかがそんな立派な人を演じられるのか不安で……」 「らしい、と言えばリスティらしい悩みだね」 アルティアと言えば、この学校の教会でも祭られている女神の名。 というか世界的に最も一般的な宗教の名でもあるので、それを『演じる』重圧は確かに大きいだろう。 「なに言ってんのよ、見る側にしてみればたかが学園祭の演劇よ? アルティア様って名前が出たとしても、そこまで気にするやつなんていないって」 「……ちょっとエルナ、色々な方面から怒られそうなセリフは控えて……」 嫌な汗をにじませつつ、シアがエルナの肩を叩きながらそんな一言を口にしていたが、エルナはそれでも構わず言葉を続ける。 「それにそんな長いシーンでも無いから、そんな気負う事ないでしょ? というかアナタ自身が……」 『はい?』 エルナのセリフに、思わず声をそろえるシアとリスティ。 その横ではティールが『ふっ』とでも聞こえてきそうな感じに口元を動かして視線を逸らしていた。 「……っと、何でも無いわ。 まぁ気持ちは分かるけど、それだけ真剣に出来るならだいじょぶじょぶ♪」 「は、はあ……?」 (……エルナ、アナタも十分危ないよ) (てぃひ♪) とりあえずごまかしたように言葉を繋げるエルナと、まだ何かがひっかかるらしいリスティ。 ……直後に口パクで何かを言い合うティールとエルナだったが、その行動は残る二人の目に入る事は無かった。 「……ま、とりあえずエルナ先生、シア先生、リスティは任せますね」 「あら、もう行っちゃうの?」 「はい、次の合同練習までに全員把握しときたいですからね。 ……っとそうだ、リスティは役に飲まれてるのが問題っぽいから、下手に演じ分けずにやった方がいいと思うよ」 「……そ、そうなんですか?」 「まあ、そんなに緊張せずにってこと。 それじゃ、またねー」 言うだけ言った後に、そのままスタスタと教室のドアをくぐって出て行くティール。 そして、とりあえずは最後の一言だけでフォローは終わり、とでも言うかのように、特に何かを気にすることなく別の教室へと向かっていった。 ティール達の演劇のために――いや、厳密に言えば3~4グループ程度の大道具を纏めて置く場所としてあてがわれた空き教室。 一応ビニールテープでそれぞれのグループが使用できる範囲が区切られているが、実際はそれぞれ微妙に侵食していたりして、それほど意味を成しているようには見えなかった。 「二人は練習はいいの? 一応出番あったはずだけど」 そんな中で、劇中のクライマックスで使う十字架のオブジェを作るエミリアとディン、そして手伝いを買って出たミリエラの三人。 ティールの言葉通り、エミリアとディンには劇中に登場するシーンが存在している。 それなのに、その練習もせずに大道具作りに手を貸しているのは少し気になる要素だろうが…… 「私もディンも、もう完全に暗記しておるよ。 なんなら、この場で演じてやろうか?」 「つーかちょい役だしな。 ヴァイとリスティ……エルナ先生と比べれば、楽なもんだ」 事実、現状の台本では二人は酒場のワンシーンのみの登場で、それ以降は主人公であるヴァイとは全く関る事の無い別の街へと旅立っている設定になっている。 もとより記憶力もそれなりにある二人であるし、ティール自身もそれほど心配はしていなかった。 まぁ、先の質問は、主催者としての責務といったところだろう。 「……正直、大道具製作って間に合うかどうか怪しいですから、ディンさんとエミィさんが手伝ってくれてるのは有り難いです」 「いやいや、なんとか間に合いそうなのはミリエラの協力のおかげじゃよ。 正直裏方はギリギリしか集まらなかったからのぉ……」 「恐縮です」 基本的に、大道具で絶対に必要と思われるモノといえば、まず現在製作している儀式台となる十字架。 酒場のカウンター……は、シーンが変わるたびに出したり引っ込めたりが必要なので、しっかり作るとかえって本番で重くなり扱いづらいので、見た目だけそれっぽければいい。 クライマックス手前で出現する大型のモンスター……のきぐるみは、最悪『腕利きの兵士』に差し替えてもストーリー上問題ないので後回し。 あとは、背景に使う絵を描いたパネルといったところで、多少時間に不安はあるものの、まだ間に合う範囲ではあった。 「……そういえばティール、衣装や小道具は大丈夫なのか? 誰かに頼んでるとか言ってたが……」 それゆえに目下の心配は大道具よりも小道具の用意。 劇の世界観的に剣や衣装は不可欠で、それらが無ければ見た目的にもかなり御粗末なものになりかねない――というかまちがいなくなるだろう。 しかし、ティールは小道具の製作は知り合いに頼んだ、と言っただけで、これといって焦っている様子も無い。 それは、それだけ信頼できる相手に頼んだということの裏返しではあるのだが、やはり目の前に無いだけに、不安なものは不安である。 「そだね。 でもまぁそれは安心して、あの人ならギリギリになっても絶対に遅れないから」 「……」 それは安心していいのか? というディンの声は、ティールのあまりに確信に満ちた表情に圧され、発せられることなく飲み込まれていた。 まぁ確かに当日までに道具が揃っていればいいのだが、一回くらいは本番と全く同じ条件――つまりは小道具も実際に使うもので練習しておきたいものである。 「まぁとりあえず二人も大丈夫そうだし、そろそろ行くよ」 そんなディン達の頭の中を知ってか知らずか、微笑みながらそう口にするティール。 もうこうなれば彼女の言葉を信用するしかないし、そこまで確信があると言うのならまぁ大丈夫なのだろう……と、二人は思う事にした 「まぁ落ち着いたら私も大道具手伝うよ。 それじゃ!」 「はーい、がんばってくださいね」 「……ふぅ……とりあえずエミィとディンはOK。ジュリアの様子も見ときたいけど、今日はフェンシング部の出し物手伝うって言ってたから明日にして……」 そのままスタスタと歩きながらメモ帳を開いて、そこに書き込まれた出演者の名前に○印をつけていく。 欄外には今日の日付が書き込まれており、名前の書かれていないスペースには『備考』という文字に続いて、各自の練習状況と大道具の仕上がり具合が記録されていた。 「やっぱり確定できないのはノアか……」 そうしてしばらく歩いたところで、一覧の一番下に書かれている『ノア』という名前にシャーペンの先を当てるティール。 基本的に身体が弱く、毎日のように学園で顔を見る、という事とは無縁のノア。 安定している時は1~2週間は休み無く登校してくるのだが、そうでない時は滅多に顔を出せないという状態なので、当日のことを考えると代役を用意しておく必要がある。 「私がどうかしたの?」 「ん? アナタの体調が心配だなって話だけど……」 突然耳に飛びこんできた声に、特に驚いた様子も無く、冷静にメモ帳を閉じながら返事をするティール。 そして振り返った先には、予想通りリスティにどこか似た雰囲気を持つ少女の姿があった。 「ノア、来てたんだ」 「うん。 やっぱり、当日出られるかどうかわからないからって、みんなと練習しないのは違うと思うから」 少女――ノアは、屈託の無い微笑みでそう答える。 彼女は気質もリスティにどこか通じるところがあり、自分ができる事には一生懸命取り組むタイプの人間。 できないことでも、とにかくできるところまでやってみる、という性格の持ち主である。 こうして来たということは、今日は体調がいいのだろう。 「ヴァイは来てるの? 私、ヴァイと二人きりのシーンばっかりだし、合わせてみたいんだけど……」 「……あー、今日は殺陣の練習で空也の道場に行ってるよ」 「そうなの? じゃありーちゃんもそっち?」 『りーちゃん』とは、ノアがリスティを呼ぶ時の愛称らしい。 小学校時代に知り合って、その数日後にはそう呼んでいて、まぁその程度に仲がいいのは確かである。 ……また、ヴァイとリスティが関係を持ってからは、面白がってからかっていたりする光景微笑ましいのだが…… 最初の頃は、影で失恋に泣いていた事実を知る人は少ない。 「ううん、リスティは教室でエルナ先生と練習中。 ……まぁ、リスティのところにいればヴァイも迎えに来ると思うし、その時に打ち合わせたらどう?」 「そうだね。 そうするよ」 とりあえずメンバーの気になるところは一通り確認できたのだろう。 ティールはメモ帳を制服のポケットにしまい、リスティがいた教室へと足を向け、ノアもそれに従って歩を進める。 「……で、練習はできてるの?」 「あ、うん。 でも台本をなんとか憶えてるくらいかな……叫んだりするシーンも多いし、ちゃんと声に出したりするのはまだだよ」 その間、そんな風にお互いの練習の進行具合を確認する二人。 ――着々と近付いてくる文化祭当日……それまでに、なんとか劇を完成させよう。 それは、劇にのぞむ誰もが目指している事だった。 ---- 4:当日編 ――そして、文化祭当日。 今舞台の上では一つ前の出しものが行われていて、それもなかなか観客に好評を得ているらしく、並べられた椅子はほぼ埋まっているようだ。 そんな中、ティール達は大道具、小道具の全てを舞台袖まで持ち込み終え、あとは待機部屋で現在行われている出し物が終わるのを待つのみとなっている。 と言っても、衣装やらセリフやらの最終チェックに忙しい面々もいるのは確かで、それはそれで騒がしい空間がそこに広がっていた。 「……それにしても……剣も鎧も杖も、何度見てもすごい出来ですね」 ふと、リスティが一本の剣の模型を手に取って、そんな一言を口にする。 その剣は劇中ではフェルブレイズと名付けられた『西洋剣の柄の日本刀』で、ヴァイ扮する主人公の武器。 基本的にただの小道具であるために、ディテールに関してはそこまで期待していなかった一同だったが、それは恐ろしいまでに美しい芸術品のような……まさに刀剣の輝きを宿していた。 まさかホンモノなのでは、という疑いも持たれた程だったが、実際に手にとってみると金属のような重さは無く、小さな子供でももてる程に軽い上に、刃もしっかりと丸めてあるので、『剣の形をした棒』であることはすでに証明されている。 「たしかにのぉ……この杖の先のアクアマリンも、まるでホンモノのようじゃし……いったいどんなヤツに頼んだのじゃ?」 その完成度は、先のリスティと今のエミリアの言葉通り、他の装飾品に対しても当てはめられる。 ディンが持つ事になる160センチ超の大剣も、エミリアの杖も……そして各自が身につける衣装も、まさに『その世界』から持ち込んだのではないかと思える程の完成度だった。 「んー……私の知り合い、としか言えないかな。 そういう道具とか”つくる”のが得意だって言って――」 「やほーティール。 それとみんな、準備出来てる?」 ……なにやら取り繕うようにしてエミリアの問いに答えていたティールだったが、そのセリフの途中で、ポンと彼女の頭に手をおきながら現れる人影が一つ。 「――っ!!?」 そしてその声を耳にしたとたんに、今まで誰も見た事が無いような表情で突然の来訪者へと振り返るティール。 周囲にいた一同も、普段動揺など欠片も見せる事の無い彼女らしからぬそのリアクションに、軽く驚きを覚えていた。 ……まぁ、グリッツだけは、また違った意味の反応をしていたようではあるが。 「ふふっ♪ 私が”ここ”に来たのがそんなに意外かな?」 膝まであろうかと言うピンク色の髪をみつあみにし、その先端は空色のリボンで纏められている。 上着は、胸元に小さく真っ直ぐに、裾部分に大きくナナメに描かれた十字架マークがあしらわれたタートルネックのトレーナーを身につけており、下は濃いブルーの地にホワイトラインが走るスカートに、黒いニーソックス。 ……そんな姿と、悪戯っぽい微笑みを見せる顔立ちから与えられる印象は、どこにでもいそうなちょっとかわいい普通の少女。 それは、ティール……ともう一名を除いた、全員の第一印象だった。 「ひずみ!? 私以外の前で姿見せるなんて……!?」 「別に禁止されてるわけじゃないし、……&ruby(こういうとき){外伝}でないと出づらいしね。 勘違いしてるのはアナタよ♪」 「…………このっ……」 クスクスと笑うその少女……ひずみに対し、どこか悔しそうな目を向けるティール。 彼女がこれだけ感情を――それも苛立ちや怒りをあけっぴろげにする光景は、はっきり言って珍しいの一言である。 それができるだけ親しい相手なのか、逆にそうせざるを得ないほど嫌な相手なのか……他のメンバーは図りかねていたのはまだ別の話。 「……ティール、知り合いみたいだが……誰だ?」 「そうだ、誰なんだ、この美しい女性は!!?」 とはいえ、正体不明であることには変わらないということもあり、少々気が引けている様子ながら、ディン……とついでにグリッツはそう問いかけた。 「……今回の脚本と小道具用意してくれた人、ってところかな」 「始めまして、ひずみです。 あ、念のため言っておくけど、私は脚本持ってきただけで、書いたのは別の人だからね」 不機嫌そうに視線をそらしつつも、とりあえず紹介はするティールと、笑顔のまま挨拶となにかの弁解をするひずみ。 その簡潔すぎる自己紹介には、グリッツの一言に対する配慮など全く持ってこめられてなどいない。 とはいえ、ぱっと見た程仲が悪いわけでもないようで、ティールは頭に乗せられた――というか頭を撫でているひずみの手を払いのけようとまではしていなかった。 「……え、えっと……じゃあ、小道具も……?」 「ううん、そっちは私が作ったよ。 いいできでしょ?」 「いや……”いい”出来なんてレベルじゃない気がするんだが……」 「うむ、私も触るまでホンモノかと思わされたほどじゃからな」 エミリアの目をごまかすレベルだと言うのなら、他の者が見ても分からないのは当然だろう。 周囲の一同は、揃ってそんな一言を心の中で口走っていた。 ……彼女の鑑定眼は、珍しいモノに目が無いという趣味が高じて、この年でプロの鑑定士顔負けのレベルなのだから。 (ま、ホンモノの外見データをトレースしたモノだしね……) そんな様子を、ひずみは微笑みながら眺めていたが……ティールだけは、彼女の頭の中の考えが読めているかのように、苦笑いのような表情を浮かべていた。 「――あ、そうそう。 出番の前に渡しておくものがあったんだった」 「……まだ何かあるの?」 「うん。 まぁ終わったら返して貰うけどね」 と言って、ごそごそとスカートのポケットからピンクの生地に白い円系の模様があしらわれた巾着袋を取り出し、その中から小さな何かを出し、一同の手に一つづつ渡していく。 よく見ると、イヤホンをスピーカー部分だけにしたような形をしているが…… 「みんな、それどっちかの耳に入れておいて。 劇の最中にセリフにつまったり、アクシデントがあったら指示が聞こえるようにしてあるから」 「無線スピーカーってわけね。 さすがと言うべきかしら……変わったものを持ってるわね」 「ま、ね」 エルナの言葉に簡単に返事をすると、今度は逆のポケットから黒い携帯電話を取り出し、どこかへと通話を始めるひずみ。 ここまでの言動と行動から、すでに全員が彼女の行動は読む事が出来ないモノだと判断していた。 あの電話の先が誰なのかも、もはや興味の一部でしかなくなっていることだろう。 ……が、しかし。 直後にその口から出た名前はティール達にとっても既に馴染みのある名前だった。 「アリス、照明と音響、それといざってときの役者への指示、任せたわよ」 「「……アリス!!?」」 そう、いつもなにかとティールの傍にいる事の多いアリスが、彼女の電話の相手。 しかもその会話の内容から、今は体育館の音響&照明の管理室にいるという可能性が高い。 『――うん。 私も精一杯がんばるから、みんなもがんばってね!』 直後、とりあえず耳に取り付けてみたスピーカーから、全員にアリスのそんな一言がかけられていた。 アリス自身特に動揺しているようすも無い事から、すでに承諾済みの事項らしい。 「彼女の空間認識能力と指示能力、判断力は折り紙付きだからね。 照明室から台本でチェックして、なにかトラブル時にはうまく劇を誘導するように指示を出すように言ってあるよ」 「……いや、ホント何者なんだお前……」 「アリスとも知り合いだったのか……?」 「…………ひずみ、口出ししすぎだよ」 さすがにストレートにアリスに対して指示を出していた事や、彼女の才能をよく知っているような口ぶりに、さらなる驚きを余儀なくされた一同。 そんな中、その全員の心の底の一言を代弁するようにディンとエミリアの声が飛んできたが、ティールの苦笑いとも取れる笑顔で、その話は片づけられていた。 「それとノア……だったね?」 「あ、はい。 私ですか?」 アリスへの電話を切り、その直後に何かを操作したかと思うと、パタンと携帯を閉じて何事もなかったかのようにノアへ声をかけるひずみ。 ――その瞬間、閉じた携帯のランプが妙な点灯を見せていたのだが…… 誰も気がつかなかったのだろうか? その瞬間に、それに対して呼びかけるような者は一人としていなかった。 「体調はどう? ティールから色々と話は聞いてるけど」 「えっと……大丈夫だと思います。 今日はなんだか、いつもより調子がいいですから」 「そう、だったら安心した。 私が持ちこんだ劇で、倒れられても困るしね」 そう言って、お互いに笑い出す二人。 これまでのやりとりから、とりあえず悪い人間では無い、と認識されたのは確かだろう。 ……ティールにあれだけ苦手意識を持たせる理由についてだけは、未だに謎のままではあるのだが。 「あの、そろそろ準備お願いします」 とその時、文化祭実行委員の生徒の一人が顔を出し、それだけ口にして出て行くのが目に入った。 直後にエルナが”こっちの返事くらい聞いて行きなさいよね”と言っていたのも耳に入っていたが、他の一同は苦笑するのみで特に口を挟む事は無かった。 「それじゃ、ヴァイ、ノア。 最初のシーンがんばってね」 「うむ、何事もつかみが大切じゃからのぉ」 「あ、あまりプレッシャーかけないで下さい……私、舞台に立つなんて始めてですから……」 「……しくじらないようにはするつもりだ」 そして、ポンポンと二人の肩を叩きながら呼びかけるティールと、少し悪戯っぽい笑みを浮かべながらそれに続くエミリア。 ノアの一言の通り、エミリアに関してはわざとプレッシャーをかけるように言っているのが見て取れる。 ……ヴァイについては、特に重圧を感じる事も無く、練習通りにやってくれるだろうという期待を周囲は抱いており、主役としてのつとめは果たしてくれると信用されている。 「とにかく、行きましょうか。 観客なんて野菜が並んでると思えばいいのよ♪」 「よく言う対処方だが、実際にそう思えるヤツはそういないと思うぞ」 「結局舞台なれしてるかどうかの問題じゃからな。 あとは神経の太さかのぉ?」 「その辺、グリッツは大丈夫そうだな……」 「なんだと!? この俺のガラスのハートを前に何を言う!!」 先陣をきって出て行くエルナに続き、ぞろぞろと待機部屋から舞台袖へと移動していく一同。 グリッツの一言に対しては、全員が”そんな調子だからもてないんじゃ……”などと思っていたようだが、誰もそれを口に出さなかったのはご愛嬌と言うべきかどうか。 「…………」 そして、リスティが外に出たところで、部屋に残されたのはティールとひずみの二人。 ティールは相変わらずどこか不機嫌そうな表情をみせてはいるが…… 「さっき、ノアに何をしたの?」 ……ひずみがノアに話かけた時、彼女の携帯電話のランプが妙な点灯を見せていた。 ”それ”が一体何を意味するのか、ティールは知っていた。 ―情報制御権限― ひずみは、魔法などの超常現象などとは無縁のはずのこの世界で、それができる立場にある『創造者』のひとり。 彼女の能力を行使するためのデバイスが、その手に持っている携帯電話『WMR-H』。 またその事実は、ティールとエルナだけが知っている事でもあった。 「この劇の間だけでも、彼女が体調を崩さずに元気にやりとおせるように――それだけだよ」 何も大それた事はしていない、と言うようにそう口にするひずみ。 確かに、それはどこかに抱いている不安を取り除く、ありがたいと思う助け舟ではあるのだが…… 「どうせなら、治してあげればいいのに」 「私にそこまでの権限がないのは承知してるでしょ? 世界をどうにかする力をもっていても……許容値を超える勝手は許されないのよ、私はね」 「……ま、それはそうだけどね」 ティールは、はぁと深く溜息をついて、それだけ答える。 正直、ひずみというこの少女は、自分にとっては色々と苦手なタイプである。 が、同時に色々と信用できる相手でもあり、好感がもてないわけでもない。 「ほら、そんな事より主催者が行かなくてどうするの。 私に『愛娘』のいいところ見せなさいよ」 「なにが『愛娘』なんだか…… 言われなくても私は全力だよ。 いつだってね」 「それでよし。 私は観客席に回っとくから、がんばりなさい」 最後にそれだけ口にすると、ひらひらと手を振りながら、スタスタと廊下へと出て行くひずみ。 ……取り残されたティールは、色々と考え込むトコロもあったのだが…… 「ティールさん、どうしたんですか?」 直後にひょっこりと顔をだしたリスティの姿を目にして、頭のなかに渦巻いていたどうでもいいコトは霧散していった。 今は、この『ToV』という劇を成功させることこそが自分の役目。 やると決めた以上、何事にも全力投球。 「なんでもない。 今行く」 舞台の幕開けは、すぐそこまで迫っていた。 END ---- あとがき と、いうわけで本番直前の終了となりますが、最初からそういう予定でしたのでご勘弁を。 色々ありまして予定より1か月遅れの完成となりましたが、何が山場だったのかわからないグダグダ感でしたな(汗 最後に僕の代理人であるひずみを出したのは、単に別世界の外伝だから多少は――というだけのお遊びですw が、やっぱりなぜか彼女に対してだけは険悪になるティール。 実際仲はいい設定のはずなんですけど、何故かこうなるんですよね(汗
3・練習(個人)編&anchor(gakusai_ryusi_03) ヒュン! と風を斬るかのように一本の木刀が空を走る。 どこか荒々しくも速く、勢いのあるその振りは、眼前に立つ者を軽く圧倒するだけの力があるだろう。 「ふぅー……」 青年――ヴァイは、ひととおりの殺陣を終えると深く呼吸をしながら木刀を下ろした。 この演舞の観客は三人だけ。 一人は、この練習のきっかけとなった少女、ティール。 二人目は、彼の幼い頃からの親友であるケルト。 ……そしてもう一人は、学園の近くの剣道場の師範を勤めている、竜泉空也という名の青年。 「飲み込みが速くて逆に教え甲斐が無いな。 世が世なら、歴史に名を残す剣士になっていたかもしれん」 ヴァイの殺陣を一通り見ていた空也は、はははと笑いながらそう口にする。 実際、何かを教え始めて数日もせずにモノにできる相手などそういるものではなく……本当にたったの数日で荒削りながらも剣術をそれなりのレベルで習得してしまった相手に感服しているようだった。 「ヴァイの場合は身体の基礎が出来てるし、あとは技術の問題だったってことかな」 「そのようですね。 でも、やっぱり飲み込みが早いのはヴァイ自身の才能だと思いますよ」 その横で、機嫌よさそうに笑いながら口を挟むティールとケルト。 確かに、ヴァイは学内の運動部から何度もお呼びがかかるほどの運動神経と運動能力を持ち合わせていて、特に足捌きに関しては一級品である。 その上反射神経とカンも鋭いときているので、空也の先の一言もあながち冗談ではないのかもしれない。 「とはいえ、舞台上で行う殺陣と実際に険を交えるのは違うが――まぁ今回教えたのは前者だ。このレベルの立ち回りができるなら問題ないだろう」 「ああ――たかだか劇の練習に付き合わせて悪かった」 「いやいや、私も楽しかったよ。 文化祭の舞台で時代劇をやったのを思い出した」 もう一度ははは、と笑ってそう答える空也。 ……そもそもこの剣術の訓練は、『TOV』の劇中の斬り合いのシーンに相応の迫力を加えたい、というティールの提案が発端で、ヴァイ自身は多少渋っていたものの、『剣道』ではない『剣術』に多少の興味はあったのか、なんだかんだと言いつつも空也の下で殺陣の訓練をこなしていた。 「それにしても、この平和な時代に実戦向けの剣術を伝えてる道場なんて少ないんじゃない?」 そこで、ふとティールがそんな一言をこぼす。 とは言っても、実際に門下生に教えているのは礼儀と自己鍛錬のための『剣道』であり、表向きは数々の大会における優秀者を輩出している、程度の付加価値がつけられた剣道場。 古来より伝えられている実戦剣術――『空牙』の技を知るのは、竜泉家直系の者のみとされている。 まぁ、ティールやヴァイのように、一部の身近な者には、その裏の姿も知られているのだが。 「……ふむ、確かにそうかもしれないな。 使う者によっては、今の世では危険極まりない技だ」 「…………」 「だが、今の世も表に出ないだけで知で収めきれぬ乱はどこにでも潜んでいる。……より多くを護るため、こういった技も伝えられるべきだと私は思う」 「ま、世間がどう見るかは別だけどね」 「人というものは、他者の考えを完全に知ることはできませんからね」 「ははは、確かにそれも道理だ」 真剣な瞳で語る空也の言葉を、終わったその場で斬りおとすティールとケルト。 その一方で、空也は一切動じることなく爽やかな笑みを浮かべて言葉を返し―― 「……ついていけん」 そしていまいち他人に調子を合わせるのが苦手であるヴァイは、一人そのテンションの変化から置いてけぼりを食らっていた。 「まぁ、ヴァイの方は……後は全体練習で合わせるようにすれば大丈夫そうだね」 とりあえずもう少し続ける、と言うヴァイとケルト、そして空也に別れを告げ道場を後にしたティールは、後の事を考えつつスタスタと学園のとある教室に向かって歩いていた。 「……ていうか、ケルトもあっちこっち顔だしてるって感じだけど、自分の練習大丈夫なのかな」 そろそろ文化祭に向けての準備も本格化し、一部ではすでに大道具も持ち込まれたり組み立てが始まっているその空間は、着々と祭りに向けての準備が進められている、という事を実感できる。 まぁその分、自分達の準備も急いで進めなければならないという状況でもあり、他のメンバーの練習の様子を見て回ったり、手伝ったりばかりしているケルトは少々気がかりだった。 今日のようにヴァイの練習の様子を見ていたり、その前にはエルナと打ち合わせていて、さらに前にはグリッツ、その前にはリスティの演技を見てあげていた、という光景を見た記憶がある。 根本から真面目な性格なので、自分のこともしっかりとしているとは思ってはいるのだが…… 「他の舞台発表組も、練習で切羽詰ってるなぁ……」 今日は日曜日だと言うのに、ほぼ全ての教室が準備やら練習やらで賑わっているのは、ちょっとした異世界に迷い込んだような気分にさせられた。 普段の授業もこれほど熱心にとりくめれば、さぞかし成績が上がるだろうに、と教師陣が愚痴っているのを耳にした事があったりするのはナイショだったり。 『ねぇシア、わりと壮大っぽい劇だから、オープニングに歌でもつけてみない? シアの作詞作曲アンド歌手兼任で』 そんな事を考えていたその時、ふと耳に入ってきた聞きなれた声。 それはどこか軽いノリで話すもので、彼女を知る者が聞き間違えるはずは無い、一人の教師の声だった。 「いきなり呼び出したかと思えばそんな理由ですか……さすがにそれは無理がありますよ…?」 とりあえず、自分の目的地もその声が聞こえてきた教室であるし、特に構えるような事も無くドアを開けるティール。 直後に聞こえてきた声は、先ほどの声の主――エルナの親友である、シア・スノーフレークのもの。 「うーん、面白いと思うんだけどなぁ」 こういう情景だけを見ていれば、この二人の関係性の主導権はエルナが握っている、と思われがちだが、実際のところはいろんな意味で持ちつ持たれつ――つまりは、状況次第である。 まぁ、両者の性格のせいか、対外的にはエルナの方が力関係で上、と見られがちなのは否定できない要素ではあるのだが。 「そうですね……楽しそうなのは確かなので、エンディングの……このシーンで賛美歌でも歌いましょうか? 合唱部のコーラス隊も参加できますし……」 「あ、それいいわねぇ。 いざ新たな門出を! って感じで盛り上がるわー」 「それじゃむしろエンディングテーマって感じですね。悪く無いけど」 言葉通り――というか勝手に頭の中でその情景が浮かんでいるのか、一人でわくわくと盛り上がっているエルナに向けて、ティールは冷静にそう声をかけた。 彼女が一人でテンションを上げるというのはもはや慣れたことであるし、彼女にとっては特に慌てるような要素でもないのだろう。 「あら。 ティールさん、こんにちわ」 「こんにちわ、シア先生。 なんだかつきあわせる形になっちゃったみたいですけど、合唱部は当日大丈夫なんですか?」 エルナと同様に、シアに対しても校内ではとりあえず敬語を使うようにしているらしいティール。 シアも特にその言葉の使い分け方に異論を感じるような事もなく、いつもの穏やかな微笑みで突然の来訪者を向かえていた。 「ええ、合唱部の発表は一日目ですし、この演劇は二日目の予定ですから」 「そのへんは抜かりないわよー。 ほかのメンバーのクラスも、ちゃんと時間がバラけるように仕組んだから♪」 「仕組んだって……」 まぁ、そのへんのスケジュール管理はどちらかといえば実行委員と教師陣の仕事であるから、意味合い的にはあっているのかもしれない。 しかし、こう口にするとどうも悪巧みをしているように聞こえるのがフシギなものである。 「……ま、いいか。 それより、リスティもここで練習してるって聞いたんですけど?」 とりあえずエルナの演技に大してはそれほど心配していないらしく、きょろきょろと周囲を見回すティール。 ……と、教室の隅に視線が向いた時、必死の表情で叫ぶリスティの姿がその目に映った。 「馬鹿な真似は止めて、直ぐにわたくしの魂を昇華しなさい! でなければ、貴方は……!」 十字架にかけられた聖女の器。 その身に『聖女』と呼ばれる者――アルティアの意識を宿され、その魂が彼女の身体を動かしている……という場面。 それゆえに、ある意味彼女は一人で二役をこなさなければならず、その演じ分けに苦戦しているようだった。 「あの子、セリフ自体はもう全部憶えちゃってるのよ。 ただ、声と演技に思い切りが足りないのよね」 「まぁ大体予想通り。 セリフを覚える事自体は心配して無かったけど、リスティはやっぱりそっちか……」 「一生懸命なのは伝わってくるのですが……元々控えめな子ですから、演技でも――いえ、演技だからこそ強く出る事ができないんでしょう」 「そりゃね、心の底からの叫びならリスティも大きな声くらい出るだろうけど……」 ……などと3人で目の前の少女の演技を見ながら話し込んでいると、そのシーンの一通りのセリフを終えたリスティが、トタトタとこちらにむかってきていた。 その顔は見るからに真剣な表情で、一生懸命に練習している事はそれだけでも伺い知れる。 「先生、どうでしたか……?」 「うーん、悪くは無いんだけどね。 こことここのセリフ、もちょっと大きい声のほうが必死さがでていいかしら」 ティールが隣にいることなど全く気がついていないかのように、振り返る事も無くエルナに台本を突き出して問いかけるリスティ。 エルナも軽く微笑みながら、台本のリスティ――特にアルティアが乗り移っているシーンのあたりを指差しながら、指示を口にしている。 「というかリスティ、ちょっと力入り過ぎじゃない? どっちかというと、必死すぎて声が出きらない感じだったけど」 「え? ……あ、てぃ、ティールさん! いつからそこに……」 「今の練習中から。 とりあえず全員の仕上がりの状態を見たくて、回ってるところだよ」 どうやら本気で入って来ていた事に気付いていなかったようで、ティールは軽く苦笑しながらその問いに答えた。 集中するのが悪いわけでは無いが、それで結果的に誰かを無視してしまい失礼に繋がる事がある、ということを憶えておく必要があるかもしれない。 もっとも、彼女ならその分別を持ち合わせているのは分かっている。 が、実際の行動に繋がらなければ意味もないだろう。 まぁ今更そんな事を気にする間柄でもなく、ティールは特に追求する事も無かった。 「…………この私が『アルティア様』になるシーンなんですけど……私なんかがそんな立派な人を演じられるのか不安で……」 「らしい、と言えばリスティらしい悩みだね」 アルティアと言えば、この学校の教会でも祭られている女神の名。 というか世界的に最も一般的な宗教の名でもあるので、それを『演じる』重圧は確かに大きいだろう。 「なに言ってんのよ、見る側にしてみればたかが学園祭の演劇よ? アルティア様って名前が出たとしても、そこまで気にするやつなんていないって」 「……ちょっとエルナ、色々な方面から怒られそうなセリフは控えて……」 嫌な汗をにじませつつ、シアがエルナの肩を叩きながらそんな一言を口にしていたが、エルナはそれでも構わず言葉を続ける。 「それにそんな長いシーンでも無いから、そんな気負う事ないでしょ? というかアナタ自身が……」 『はい?』 エルナのセリフに、思わず声をそろえるシアとリスティ。 その横ではティールが『ふっ』とでも聞こえてきそうな感じに口元を動かして視線を逸らしていた。 「……っと、何でも無いわ。 まぁ気持ちは分かるけど、それだけ真剣に出来るならだいじょぶじょぶ♪」 「は、はあ……?」 (……エルナ、アナタも十分危ないよ) (てぃひ♪) とりあえずごまかしたように言葉を繋げるエルナと、まだ何かがひっかかるらしいリスティ。 ……直後に口パクで何かを言い合うティールとエルナだったが、その行動は残る二人の目に入る事は無かった。 「……ま、とりあえずエルナ先生、シア先生、リスティは任せますね」 「あら、もう行っちゃうの?」 「はい、次の合同練習までに全員把握しときたいですからね。 ……っとそうだ、リスティは役に飲まれてるのが問題っぽいから、下手に演じ分けずにやった方がいいと思うよ」 「……そ、そうなんですか?」 「まあ、そんなに緊張せずにってこと。 それじゃ、またねー」 言うだけ言った後に、そのままスタスタと教室のドアをくぐって出て行くティール。 そして、とりあえずは最後の一言だけでフォローは終わり、とでも言うかのように、特に何かを気にすることなく別の教室へと向かっていった。 ティール達の演劇のために――いや、厳密に言えば3~4グループ程度の大道具を纏めて置く場所としてあてがわれた空き教室。 一応ビニールテープでそれぞれのグループが使用できる範囲が区切られているが、実際はそれぞれ微妙に侵食していたりして、それほど意味を成しているようには見えなかった。 「二人は練習はいいの? 一応出番あったはずだけど」 そんな中で、劇中のクライマックスで使う十字架のオブジェを作るエミリアとディン、そして手伝いを買って出たミリエラの三人。 ティールの言葉通り、エミリアとディンには劇中に登場するシーンが存在している。 それなのに、その練習もせずに大道具作りに手を貸しているのは少し気になる要素だろうが…… 「私もディンも、もう完全に暗記しておるよ。 なんなら、この場で演じてやろうか?」 「つーかちょい役だしな。 ヴァイとリスティ……エルナ先生と比べれば、楽なもんだ」 事実、現状の台本では二人は酒場のワンシーンのみの登場で、それ以降は主人公であるヴァイとは全く関る事の無い別の街へと旅立っている設定になっている。 もとより記憶力もそれなりにある二人であるし、ティール自身もそれほど心配はしていなかった。 まぁ、先の質問は、主催者としての責務といったところだろう。 「……正直、大道具製作って間に合うかどうか怪しいですから、ディンさんとエミィさんが手伝ってくれてるのは有り難いです」 「いやいや、なんとか間に合いそうなのはミリエラの協力のおかげじゃよ。 正直裏方はギリギリしか集まらなかったからのぉ……」 「恐縮です」 基本的に、大道具で絶対に必要と思われるモノといえば、まず現在製作している儀式台となる十字架。 酒場のカウンター……は、シーンが変わるたびに出したり引っ込めたりが必要なので、しっかり作るとかえって本番で重くなり扱いづらいので、見た目だけそれっぽければいい。 クライマックス手前で出現する大型のモンスター……のきぐるみは、最悪『腕利きの兵士』に差し替えてもストーリー上問題ないので後回し。 あとは、背景に使う絵を描いたパネルといったところで、多少時間に不安はあるものの、まだ間に合う範囲ではあった。 「……そういえばティール、衣装や小道具は大丈夫なのか? 誰かに頼んでるとか言ってたが……」 それゆえに目下の心配は大道具よりも小道具の用意。 劇の世界観的に剣や衣装は不可欠で、それらが無ければ見た目的にもかなり御粗末なものになりかねない――というかまちがいなくなるだろう。 しかし、ティールは小道具の製作は知り合いに頼んだ、と言っただけで、これといって焦っている様子も無い。 それは、それだけ信頼できる相手に頼んだということの裏返しではあるのだが、やはり目の前に無いだけに、不安なものは不安である。 「そだね。 でもまぁそれは安心して、あの人ならギリギリになっても絶対に遅れないから」 「……」 それは安心していいのか? というディンの声は、ティールのあまりに確信に満ちた表情に圧され、発せられることなく飲み込まれていた。 まぁ確かに当日までに道具が揃っていればいいのだが、一回くらいは本番と全く同じ条件――つまりは小道具も実際に使うもので練習しておきたいものである。 「まぁとりあえず二人も大丈夫そうだし、そろそろ行くよ」 そんなディン達の頭の中を知ってか知らずか、微笑みながらそう口にするティール。 もうこうなれば彼女の言葉を信用するしかないし、そこまで確信があると言うのならまぁ大丈夫なのだろう……と、二人は思う事にした 「まぁ落ち着いたら私も大道具手伝うよ。 それじゃ!」 「はーい、がんばってくださいね」 「……ふぅ……とりあえずエミィとディンはOK。ジュリアの様子も見ときたいけど、今日はフェンシング部の出し物手伝うって言ってたから明日にして……」 そのままスタスタと歩きながらメモ帳を開いて、そこに書き込まれた出演者の名前に○印をつけていく。 欄外には今日の日付が書き込まれており、名前の書かれていないスペースには『備考』という文字に続いて、各自の練習状況と大道具の仕上がり具合が記録されていた。 「やっぱり確定できないのはノアか……」 そうしてしばらく歩いたところで、一覧の一番下に書かれている『ノア』という名前にシャーペンの先を当てるティール。 基本的に身体が弱く、毎日のように学園で顔を見る、という事とは無縁のノア。 安定している時は1~2週間は休み無く登校してくるのだが、そうでない時は滅多に顔を出せないという状態なので、当日のことを考えると代役を用意しておく必要がある。 「私がどうかしたの?」 「ん? アナタの体調が心配だなって話だけど……」 突然耳に飛びこんできた声に、特に驚いた様子も無く、冷静にメモ帳を閉じながら返事をするティール。 そして振り返った先には、予想通りリスティにどこか似た雰囲気を持つ少女の姿があった。 「ノア、来てたんだ」 「うん。 やっぱり、当日出られるかどうかわからないからって、みんなと練習しないのは違うと思うから」 少女――ノアは、屈託の無い微笑みでそう答える。 彼女は気質もリスティにどこか通じるところがあり、自分ができる事には一生懸命取り組むタイプの人間。 できないことでも、とにかくできるところまでやってみる、という性格の持ち主である。 こうして来たということは、今日は体調がいいのだろう。 「ヴァイは来てるの? 私、ヴァイと二人きりのシーンばっかりだし、合わせてみたいんだけど……」 「……あー、今日は殺陣の練習で空也の道場に行ってるよ」 「そうなの? じゃありーちゃんもそっち?」 『りーちゃん』とは、ノアがリスティを呼ぶ時の愛称らしい。 小学校時代に知り合って、その数日後にはそう呼んでいて、まぁその程度に仲がいいのは確かである。 ……また、ヴァイとリスティが関係を持ってからは、面白がってからかっていたりする光景微笑ましいのだが…… 最初の頃は、影で失恋に泣いていた事実を知る人は少ない。 「ううん、リスティは教室でエルナ先生と練習中。 ……まぁ、リスティのところにいればヴァイも迎えに来ると思うし、その時に打ち合わせたらどう?」 「そうだね。 そうするよ」 とりあえずメンバーの気になるところは一通り確認できたのだろう。 ティールはメモ帳を制服のポケットにしまい、リスティがいた教室へと足を向け、ノアもそれに従って歩を進める。 「……で、練習はできてるの?」 「あ、うん。 でも台本をなんとか憶えてるくらいかな……叫んだりするシーンも多いし、ちゃんと声に出したりするのはまだだよ」 その間、そんな風にお互いの練習の進行具合を確認する二人。 ――着々と近付いてくる文化祭当日……それまでに、なんとか劇を完成させよう。 それは、劇にのぞむ誰もが目指している事だった。 ---- 4:当日編&anchor(gakusai_ryusi_04) ――そして、文化祭当日。 今舞台の上では一つ前の出しものが行われていて、それもなかなか観客に好評を得ているらしく、並べられた椅子はほぼ埋まっているようだ。 そんな中、ティール達は大道具、小道具の全てを舞台袖まで持ち込み終え、あとは待機部屋で現在行われている出し物が終わるのを待つのみとなっている。 と言っても、衣装やらセリフやらの最終チェックに忙しい面々もいるのは確かで、それはそれで騒がしい空間がそこに広がっていた。 「……それにしても……剣も鎧も杖も、何度見てもすごい出来ですね」 ふと、リスティが一本の剣の模型を手に取って、そんな一言を口にする。 その剣は劇中ではフェルブレイズと名付けられた『西洋剣の柄の日本刀』で、ヴァイ扮する主人公の武器。 基本的にただの小道具であるために、ディテールに関してはそこまで期待していなかった一同だったが、それは恐ろしいまでに美しい芸術品のような……まさに刀剣の輝きを宿していた。 まさかホンモノなのでは、という疑いも持たれた程だったが、実際に手にとってみると金属のような重さは無く、小さな子供でももてる程に軽い上に、刃もしっかりと丸めてあるので、『剣の形をした棒』であることはすでに証明されている。 「たしかにのぉ……この杖の先のアクアマリンも、まるでホンモノのようじゃし……いったいどんなヤツに頼んだのじゃ?」 その完成度は、先のリスティと今のエミリアの言葉通り、他の装飾品に対しても当てはめられる。 ディンが持つ事になる160センチ超の大剣も、エミリアの杖も……そして各自が身につける衣装も、まさに『その世界』から持ち込んだのではないかと思える程の完成度だった。 「んー……私の知り合い、としか言えないかな。 そういう道具とか”つくる”のが得意だって言って――」 「やほーティール。 それとみんな、準備出来てる?」 ……なにやら取り繕うようにしてエミリアの問いに答えていたティールだったが、そのセリフの途中で、ポンと彼女の頭に手をおきながら現れる人影が一つ。 「――っ!!?」 そしてその声を耳にしたとたんに、今まで誰も見た事が無いような表情で突然の来訪者へと振り返るティール。 周囲にいた一同も、普段動揺など欠片も見せる事の無い彼女らしからぬそのリアクションに、軽く驚きを覚えていた。 ……まぁ、グリッツだけは、また違った意味の反応をしていたようではあるが。 「ふふっ♪ 私が”ここ”に来たのがそんなに意外かな?」 膝まであろうかと言うピンク色の髪をみつあみにし、その先端は空色のリボンで纏められている。 上着は、胸元に小さく真っ直ぐに、裾部分に大きくナナメに描かれた十字架マークがあしらわれたタートルネックのトレーナーを身につけており、下は濃いブルーの地にホワイトラインが走るスカートに、黒いニーソックス。 ……そんな姿と、悪戯っぽい微笑みを見せる顔立ちから与えられる印象は、どこにでもいそうなちょっとかわいい普通の少女。 それは、ティール……ともう一名を除いた、全員の第一印象だった。 「ひずみ!? 私以外の前で姿見せるなんて……!?」 「別に禁止されてるわけじゃないし、……&ruby(こういうとき){外伝}でないと出づらいしね。 勘違いしてるのはアナタよ♪」 「…………このっ……」 クスクスと笑うその少女……ひずみに対し、どこか悔しそうな目を向けるティール。 彼女がこれだけ感情を――それも苛立ちや怒りをあけっぴろげにする光景は、はっきり言って珍しいの一言である。 それができるだけ親しい相手なのか、逆にそうせざるを得ないほど嫌な相手なのか……他のメンバーは図りかねていたのはまだ別の話。 「……ティール、知り合いみたいだが……誰だ?」 「そうだ、誰なんだ、この美しい女性は!!?」 とはいえ、正体不明であることには変わらないということもあり、少々気が引けている様子ながら、ディン……とついでにグリッツはそう問いかけた。 「……今回の脚本と小道具用意してくれた人、ってところかな」 「始めまして、ひずみです。 あ、念のため言っておくけど、私は脚本持ってきただけで、書いたのは別の人だからね」 不機嫌そうに視線をそらしつつも、とりあえず紹介はするティールと、笑顔のまま挨拶となにかの弁解をするひずみ。 その簡潔すぎる自己紹介には、グリッツの一言に対する配慮など全く持ってこめられてなどいない。 とはいえ、ぱっと見た程仲が悪いわけでもないようで、ティールは頭に乗せられた――というか頭を撫でているひずみの手を払いのけようとまではしていなかった。 「……え、えっと……じゃあ、小道具も……?」 「ううん、そっちは私が作ったよ。 いいできでしょ?」 「いや……”いい”出来なんてレベルじゃない気がするんだが……」 「うむ、私も触るまでホンモノかと思わされたほどじゃからな」 エミリアの目をごまかすレベルだと言うのなら、他の者が見ても分からないのは当然だろう。 周囲の一同は、揃ってそんな一言を心の中で口走っていた。 ……彼女の鑑定眼は、珍しいモノに目が無いという趣味が高じて、この年でプロの鑑定士顔負けのレベルなのだから。 (ま、ホンモノの外見データをトレースしたモノだしね……) そんな様子を、ひずみは微笑みながら眺めていたが……ティールだけは、彼女の頭の中の考えが読めているかのように、苦笑いのような表情を浮かべていた。 「――あ、そうそう。 出番の前に渡しておくものがあったんだった」 「……まだ何かあるの?」 「うん。 まぁ終わったら返して貰うけどね」 と言って、ごそごそとスカートのポケットからピンクの生地に白い円系の模様があしらわれた巾着袋を取り出し、その中から小さな何かを出し、一同の手に一つづつ渡していく。 よく見ると、イヤホンをスピーカー部分だけにしたような形をしているが…… 「みんな、それどっちかの耳に入れておいて。 劇の最中にセリフにつまったり、アクシデントがあったら指示が聞こえるようにしてあるから」 「無線スピーカーってわけね。 さすがと言うべきかしら……変わったものを持ってるわね」 「ま、ね」 エルナの言葉に簡単に返事をすると、今度は逆のポケットから黒い携帯電話を取り出し、どこかへと通話を始めるひずみ。 ここまでの言動と行動から、すでに全員が彼女の行動は読む事が出来ないモノだと判断していた。 あの電話の先が誰なのかも、もはや興味の一部でしかなくなっていることだろう。 ……が、しかし。 直後にその口から出た名前はティール達にとっても既に馴染みのある名前だった。 「アリス、照明と音響、それといざってときの役者への指示、任せたわよ」 「「……アリス!!?」」 そう、いつもなにかとティールの傍にいる事の多いアリスが、彼女の電話の相手。 しかもその会話の内容から、今は体育館の音響&照明の管理室にいるという可能性が高い。 『――うん。 私も精一杯がんばるから、みんなもがんばってね!』 直後、とりあえず耳に取り付けてみたスピーカーから、全員にアリスのそんな一言がかけられていた。 アリス自身特に動揺しているようすも無い事から、すでに承諾済みの事項らしい。 「彼女の空間認識能力と指示能力、判断力は折り紙付きだからね。 照明室から台本でチェックして、なにかトラブル時にはうまく劇を誘導するように指示を出すように言ってあるよ」 「……いや、ホント何者なんだお前……」 「アリスとも知り合いだったのか……?」 「…………ひずみ、口出ししすぎだよ」 さすがにストレートにアリスに対して指示を出していた事や、彼女の才能をよく知っているような口ぶりに、さらなる驚きを余儀なくされた一同。 そんな中、その全員の心の底の一言を代弁するようにディンとエミリアの声が飛んできたが、ティールの苦笑いとも取れる笑顔で、その話は片づけられていた。 「それとノア……だったね?」 「あ、はい。 私ですか?」 アリスへの電話を切り、その直後に何かを操作したかと思うと、パタンと携帯を閉じて何事もなかったかのようにノアへ声をかけるひずみ。 ――その瞬間、閉じた携帯のランプが妙な点灯を見せていたのだが…… 誰も気がつかなかったのだろうか? その瞬間に、それに対して呼びかけるような者は一人としていなかった。 「体調はどう? ティールから色々と話は聞いてるけど」 「えっと……大丈夫だと思います。 今日はなんだか、いつもより調子がいいですから」 「そう、だったら安心した。 私が持ちこんだ劇で、倒れられても困るしね」 そう言って、お互いに笑い出す二人。 これまでのやりとりから、とりあえず悪い人間では無い、と認識されたのは確かだろう。 ……ティールにあれだけ苦手意識を持たせる理由についてだけは、未だに謎のままではあるのだが。 「あの、そろそろ準備お願いします」 とその時、文化祭実行委員の生徒の一人が顔を出し、それだけ口にして出て行くのが目に入った。 直後にエルナが”こっちの返事くらい聞いて行きなさいよね”と言っていたのも耳に入っていたが、他の一同は苦笑するのみで特に口を挟む事は無かった。 「それじゃ、ヴァイ、ノア。 最初のシーンがんばってね」 「うむ、何事もつかみが大切じゃからのぉ」 「あ、あまりプレッシャーかけないで下さい……私、舞台に立つなんて始めてですから……」 「……しくじらないようにはするつもりだ」 そして、ポンポンと二人の肩を叩きながら呼びかけるティールと、少し悪戯っぽい笑みを浮かべながらそれに続くエミリア。 ノアの一言の通り、エミリアに関してはわざとプレッシャーをかけるように言っているのが見て取れる。 ……ヴァイについては、特に重圧を感じる事も無く、練習通りにやってくれるだろうという期待を周囲は抱いており、主役としてのつとめは果たしてくれると信用されている。 「とにかく、行きましょうか。 観客なんて野菜が並んでると思えばいいのよ♪」 「よく言う対処方だが、実際にそう思えるヤツはそういないと思うぞ」 「結局舞台なれしてるかどうかの問題じゃからな。 あとは神経の太さかのぉ?」 「その辺、グリッツは大丈夫そうだな……」 「なんだと!? この俺のガラスのハートを前に何を言う!!」 先陣をきって出て行くエルナに続き、ぞろぞろと待機部屋から舞台袖へと移動していく一同。 グリッツの一言に対しては、全員が”そんな調子だからもてないんじゃ……”などと思っていたようだが、誰もそれを口に出さなかったのはご愛嬌と言うべきかどうか。 「…………」 そして、リスティが外に出たところで、部屋に残されたのはティールとひずみの二人。 ティールは相変わらずどこか不機嫌そうな表情をみせてはいるが…… 「さっき、ノアに何をしたの?」 ……ひずみがノアに話かけた時、彼女の携帯電話のランプが妙な点灯を見せていた。 ”それ”が一体何を意味するのか、ティールは知っていた。 ―情報制御権限― ひずみは、魔法などの超常現象などとは無縁のはずのこの世界で、それができる立場にある『創造者』のひとり。 彼女の能力を行使するためのデバイスが、その手に持っている携帯電話『WMR-H』。 またその事実は、ティールとエルナだけが知っている事でもあった。 「この劇の間だけでも、彼女が体調を崩さずに元気にやりとおせるように――それだけだよ」 何も大それた事はしていない、と言うようにそう口にするひずみ。 確かに、それはどこかに抱いている不安を取り除く、ありがたいと思う助け舟ではあるのだが…… 「どうせなら、治してあげればいいのに」 「私にそこまでの権限がないのは承知してるでしょ? 世界をどうにかする力をもっていても……許容値を超える勝手は許されないのよ、私はね」 「……ま、それはそうだけどね」 ティールは、はぁと深く溜息をついて、それだけ答える。 正直、ひずみというこの少女は、自分にとっては色々と苦手なタイプである。 が、同時に色々と信用できる相手でもあり、好感がもてないわけでもない。 「ほら、そんな事より主催者が行かなくてどうするの。 私に『愛娘』のいいところ見せなさいよ」 「なにが『愛娘』なんだか…… 言われなくても私は全力だよ。 いつだってね」 「それでよし。 私は観客席に回っとくから、がんばりなさい」 最後にそれだけ口にすると、ひらひらと手を振りながら、スタスタと廊下へと出て行くひずみ。 ……取り残されたティールは、色々と考え込むトコロもあったのだが…… 「ティールさん、どうしたんですか?」 直後にひょっこりと顔をだしたリスティの姿を目にして、頭のなかに渦巻いていたどうでもいいコトは霧散していった。 今は、この『ToV』という劇を成功させることこそが自分の役目。 やると決めた以上、何事にも全力投球。 「なんでもない。 今行く」 舞台の幕開けは、すぐそこまで迫っていた。 END ---- あとがき と、いうわけで本番直前の終了となりますが、最初からそういう予定でしたのでご勘弁を。 色々ありまして予定より1か月遅れの完成となりましたが、何が山場だったのかわからないグダグダ感でしたな(汗 最後に僕の代理人であるひずみを出したのは、単に別世界の外伝だから多少は――というだけのお遊びですw が、やっぱりなぜか彼女に対してだけは険悪になるティール。 実際仲はいい設定のはずなんですけど、何故かこうなるんですよね(汗

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