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Stage5 「あぅぅ……」 氷の樹海の中心部――すなわち、その樹海を創り出した魔法陣の中央にあたる場所。 そこにいた術者であるエミリアは、呪文を発動させた直後から、ぐったりと仰向けという形で地面に倒れこんでいた。 先程まで身につけていた白いドレスは消え、彼女が普段から身につけている黒い衣装が代わりに現れている。 メンタルの枯渇で身動きはほとんどとれない状態のようだが、どうやら意識はまだあるらしい。 「おつかれさま。 それにしても疲れる仕事請けたものだね」 そんな彼女に話しかける声。 ……エミリアが所属するギルドの長、ティールだった。 「青のエメトの欠片と、儀式魔法用の魔導石。 さらに上位魔法陣による魔力効率の増幅に、精霊宮の能力解放……と」 今回の魔法に使った要素を連ねるティールだったが、それはまさに「言うのは簡単」な内容であり、実際に使われたエメトの欠片や儀式用魔導石という魔術触媒はそれなりに高価な品にも関わらず相当な数に上る。 また値段的な話を抜きにしても、それらをこの膨大な魔法陣の上に特定の法則に則って配置し、加えて術者はそれら全てに均等にメンタルを行きわたらせるという高次の制御を要求されるという、肉体的にも精神的にもかなりの労力をふりしぼる必要がある仕事だった。 ……まあ道具についてはスポンサーが用意したものなので気にするものでもないが、ここまで大掛かりな魔術をお祭りのためだけに使うというのが、なにやら非常にもったいないような気がしてならない。 「……あっちこっちで風の気配が動いてるね。 レースはどうなるのやら」 ティールはこの魔法に使われた労働力の事を考えつつ、この樹海に差し掛かったライダー達の様子を、周囲に渦巻く風のメンタルの流れで感じ取っていた。 ---- 樹海に飛び込んで、三十秒も経っていないだろう。 だが、リューガはこの空間が自分のスタイルに不向きな場所である事は理解していた。 ……いや、最初からそれは分かりきっていた事なのだが、何の法則もなく並んでいることで、箒の機動を決して安定させない無数の氷樹という障害物が、さらには太陽の光を乱反射させる事で視界に制限をかけている。 落ち着いて散歩でもする分には美しい場所と言えるのかもしれないが、この状況ではただ邪魔な要素がこれでもかとばかりに詰め込まれているようにしか感じられなかった。 「これで限界か……っ!?」 機動の制御には向かないチューニング。 不規則な障害物を避けて進もうと思えば、得意なはずの速度をかなり落とさなければならない。 素直に外周を周った方が速かったのは確実だが、彼の性格的にそれはできなかったようだ。 『――紅の揺らぎを纏う精霊達よ――』 「!?」 そんな中で、背後からわずかに聞こえてくる声。 後ろを振り返っている余裕は無いが、その言葉の内容と、周囲のメンタルの流れで何をしようとしているのかは大体察する事が出来る。 ――まちがいなく、火属性の攻撃呪文。 どこにでも、よからぬ連中というものはいるもので……それも、どうやら複数のようだ。 「ファイアランス!!」 氷の気配が満ちる中の、炎の槍。 リューガ自身が炎を得意としているということもあるが、闇の中を光る物体が飛んでいるように、メンタル流れでその軌道はかなり読みやすかった。 「よっと」 少し位置を調整し、その炎の槍の軌道上から抜ける…… が、そこで一つの違和感を覚えた。 後方から迫る気配は、自分を狙っているようにはまるで感じられない。 でなければ、こんな状況で機動力に劣る自分が、こんな簡単に回避することなどできるはずが無い。 まぁ、それでも避けきる自身はあるのだが。 「――!」 そんなことを思っていると、自分の左右をすり抜けて前方へと飛んでいった炎の槍が、目の前にあった氷樹のうちのいくつかに着弾した。 この樹海の氷の樹は、一本一本はそれほど太くなく、強い衝撃を与えれば簡単に折れてしまいそうな気さえしてくる。 そしてその予感は的中し、魔法を受けた数本の樹は、そのままリューガの進行を妨害するかのように倒れこんできた。 「……っのやろ!!」 その光景を目にして、考えるよりも先に速度を上げるリューガ。 直撃を受ける前に倒れてくる樹の下をすりぬけ、崩落を回避することに成功した。 ……今の自分の速度では、この樹海を抜けるのにもう少しかかるだろう。 推測した距離だけを言うならばいつもの速度なら10秒とかからないのだが、無数にある障害物に飛行スピードが極端に落とされているのがその理由。 そして、もう少しこの空間を飛び続けると言う事は、その間同じ手を何度も繰り返される可能性が高い。 さっきのように加速で切り抜けることはできるが、下手に加速が出来ないこの状況では、そう何度も繰り返したくない手段でもある。 「猛し紅を纏う火精、我が下に集いし風の衣と交わりて――」 だとすれば、残された手は”反撃” 黙っていればこちらからは手を出さなかったのに――などと考えつつ繰り出す呪文は、彼の中にある”奥義”の一部となる魔法の一つ。 「――焦熱の翼を織り成さん!!」 ―フェニックスウイング― 彼の箒を軸に、左右に大きく展開する紅蓮の炎。 それはその名が示す通りに不死鳥の翼を思わせる姿で、やや乱暴で大雑把な普段の彼からは考えづらいような美しさも秘めているかのようだった。 ……だが、それはれっきとした攻撃魔法。 左右に展開した炎の翼は、触れた氷樹の幹を次々と砕き、気がつけば先ほどの背後からの攻撃とは比べ物にならない数を薙ぎ倒していた。 「うわああぁぁぁあ!!?」 無数に倒れくる樹々を避けようとしてバランスを崩し、あるものはそのまま樹の下に埋まり、またある者は全く別の方向に投げ出されていく。 リューガは彼らの叫び声を耳にして脱落を確認すると、改めて前方へと意識を集中させようとした……が、 「荒っぽいことするわね」 無数に倒れて砕けた氷樹の欠片と、炎で溶けて発生した水煙の中から飛び出してくる影。 それは案の定というか予想通りに、翼のような飾りのついたボードで宙を駆ける、一人の少女……クリエだった。 さすがと言うべきだろうか。自ら得意と言うだけに、見事なまでの機動性で、殆ど速度を変えることなく樹の間を縫って飛行している。 「ちっ……またお前かよ」 密集地帯を抜けてから随分と引き離したと思っていたが、この樹海をぬけるのに随分と手間をかけてしまっていたようだ。 「ここで事故でもすれば、考えも変わると思ってたけど」 「はっ! この程度でどーにかなる俺じゃねーよ」 併走しながらの口ゲンカ。 巧みな操縦で自在に駆けるクリエと、可能な限り直線に近い道を探しつつ飛ぶリューガ。 スタイルは真っ向から対立しているものの、どちらも瞬間の判断力と高度な技術を要求される機動である。 「……まあ、この状況で速度を緩める判断はできるのね。 少し安心した」 「…………何か言ったか?」 「別に」 ぼそり、と呟くように口にした言葉は、飛行による空気の流れに掻き消されてリューガには全く届いていなかった。 とはいえ、元より聞かせる気などクリエにはありはしなかったのだが……その瞬間にわずかに浮かんだ表情には、なにやら深い想いのようなものが滲み出ていた。 もっとも、互いに前方の障害物に視点を集中させているため、その表情を読み取ることも不可能なものではあったのだが―― 「――! 抜ける!!」 「……」 次の瞬間には二人の意識は会話から状況の変化へと移り、互いに速度を上げる瞬間に備え、体勢を整えていた。 目の前には氷樹海の切れ目……再び訪れる平原コース。 『――《&ruby(アクセル){加速}》!!』 クリエが一瞬早く飛び出したものの、加速宣言はほぼ同時。 二人を中心に、文字通りに爆発的に広がる”飛翔の風” ――単なるスピードレースでは無い。 リューガは確かにそれを感じ取っていたが、駆け出した後の今、スタイルなど変えようもなく、変えるつもりもない。 それだけが、自分の駆けるべき道だと信じているから。 ---- [[<<前へ>Stage4:至りし者達]]
Stage5 「あぅぅ……」 氷の樹海の中心部――すなわち、その樹海を創り出した魔法陣の中央にあたる場所。 そこにいた術者であるエミリアは、呪文を発動させた直後から、ぐったりと仰向けという形で地面に倒れこんでいた。 先程まで身につけていた白いドレスは消え、彼女が普段から身につけている黒い衣装が代わりに現れている。 メンタルの枯渇で身動きはほとんどとれない状態のようだが、どうやら意識はまだあるらしい。 「おつかれさま。 それにしても疲れる仕事請けたものだね」 そんな彼女に話しかける声。 ……エミリアが所属するギルドの長、ティールだった。 「青のエメトの欠片と、儀式魔法用の魔導石。 さらに上位魔法陣による魔力効率の増幅に、精霊宮の能力解放……と」 今回の魔法に使った要素を連ねるティールだったが、それはまさに「言うのは簡単」な内容であり、実際に使われたエメトの欠片や儀式用魔導石という魔術触媒はそれなりに高価な品にも関わらず相当な数に上る。 また値段的な話を抜きにしても、それらをこの膨大な魔法陣の上に特定の法則に則って配置し、加えて術者はそれら全てに均等にメンタルを行きわたらせるという高次の制御を要求されるという、肉体的にも精神的にもかなりの労力をふりしぼる必要がある仕事だった。 ……まあ道具についてはスポンサーが用意したものなので気にするものでもないが、ここまで大掛かりな魔術をお祭りのためだけに使うというのが、なにやら非常にもったいないような気がしてならない。 「……あっちこっちで風の気配が動いてるね。 レースはどうなるのやら」 ティールはこの魔法に使われた労働力の事を考えつつ、この樹海に差し掛かったライダー達の様子を、周囲に渦巻く風のメンタルの流れで感じ取っていた。 ---- 樹海に飛び込んで、三十秒も経っていないだろう。 だが、リューガはこの空間が自分のスタイルに不向きな場所である事は理解していた。 ……いや、最初からそれは分かりきっていた事なのだが、何の法則もなく並んでいることで、箒の機動を決して安定させない無数の氷樹という障害物が、さらには太陽の光を乱反射させる事で視界に制限をかけている。 落ち着いて散歩でもする分には美しい場所と言えるのかもしれないが、この状況ではただ邪魔な要素がこれでもかとばかりに詰め込まれているようにしか感じられなかった。 「これで限界か……っ!?」 機動の制御には向かないチューニング。 不規則な障害物を避けて進もうと思えば、得意なはずの速度をかなり落とさなければならない。 素直に外周を周った方が速かったのは確実だが、彼の性格的にそれはできなかったようだ。 『――紅の揺らぎを纏う精霊達よ――』 「!?」 そんな中で、背後からわずかに聞こえてくる声。 後ろを振り返っている余裕は無いが、その言葉の内容と、周囲のメンタルの流れで何をしようとしているのかは大体察する事が出来る。 ――まちがいなく、火属性の攻撃呪文。 どこにでも、よからぬ連中というものはいるもので……それも、どうやら複数のようだ。 「ファイアランス!!」 氷の気配が満ちる中の、炎の槍。 リューガ自身が炎を得意としているということもあるが、闇の中を光る物体が飛んでいるように、メンタル流れでその軌道はかなり読みやすかった。 「よっと」 少し位置を調整し、その炎の槍の軌道上から抜ける…… が、そこで一つの違和感を覚えた。 後方から迫る気配は、自分を狙っているようにはまるで感じられない。 でなければ、こんな状況で機動力に劣る自分が、こんな簡単に回避することなどできるはずが無い。 まぁ、それでも避けきる自身はあるのだが。 「――!」 そんなことを思っていると、自分の左右をすり抜けて前方へと飛んでいった炎の槍が、目の前にあった氷樹のうちのいくつかに着弾した。 この樹海の氷の樹は、一本一本はそれほど太くなく、強い衝撃を与えれば簡単に折れてしまいそうな気さえしてくる。 そしてその予感は的中し、魔法を受けた数本の樹は、そのままリューガの進行を妨害するかのように倒れこんできた。 「……っのやろ!!」 その光景を目にして、考えるよりも先に速度を上げるリューガ。 直撃を受ける前に倒れてくる樹の下をすりぬけ、崩落を回避することに成功した。 ……今の自分の速度では、この樹海を抜けるのにもう少しかかるだろう。 推測した距離だけを言うならばいつもの速度なら10秒とかからないのだが、無数にある障害物に飛行スピードが極端に落とされているのがその理由。 そして、もう少しこの空間を飛び続けると言う事は、その間同じ手を何度も繰り返される可能性が高い。 さっきのように加速で切り抜けることはできるが、下手に加速が出来ないこの状況では、そう何度も繰り返したくない手段でもある。 「猛し紅を纏う火精、我が下に集いし風の衣と交わりて――」 だとすれば、残された手は”反撃” 黙っていればこちらからは手を出さなかったのに――などと考えつつ繰り出す呪文は、彼の中にある”奥義”の一部となる魔法の一つ。 「――焦熱の翼を織り成さん!!」 ―フェニックスウイング― 彼の箒を軸に、左右に大きく展開する紅蓮の炎。 それはその名が示す通りに不死鳥の翼を思わせる姿で、やや乱暴で大雑把な普段の彼からは考えづらいような美しさも秘めているかのようだった。 ……だが、それはれっきとした攻撃魔法。 左右に展開した炎の翼は、触れた氷樹の幹を次々と砕き、気がつけば先ほどの背後からの攻撃とは比べ物にならない数を薙ぎ倒していた。 「うわああぁぁぁあ!!?」 無数に倒れくる樹々を避けようとしてバランスを崩し、あるものはそのまま樹の下に埋まり、またある者は全く別の方向に投げ出されていく。 リューガは彼らの叫び声を耳にして脱落を確認すると、改めて前方へと意識を集中させようとした……が、 「荒っぽいことするわね」 無数に倒れて砕けた氷樹の欠片と、炎で溶けて発生した水煙の中から飛び出してくる影。 それは案の定というか予想通りに、翼のような飾りのついたボードで宙を駆ける、一人の少女……クリエだった。 さすがと言うべきだろうか。自ら得意と言うだけに、見事なまでの機動性で、殆ど速度を変えることなく樹の間を縫って飛行している。 「ちっ……またお前かよ」 密集地帯を抜けてから随分と引き離したと思っていたが、この樹海をぬけるのに随分と手間をかけてしまっていたようだ。 「ここで事故でもすれば、考えも変わると思ってたけど」 「はっ! この程度でどーにかなる俺じゃねーよ」 併走しながらの口ゲンカ。 巧みな操縦で自在に駆けるクリエと、可能な限り直線に近い道を探しつつ飛ぶリューガ。 スタイルは真っ向から対立しているものの、どちらも瞬間の判断力と高度な技術を要求される機動である。 「……まあ、この状況で速度を緩める判断はできるのね。 少し安心した」 「…………何か言ったか?」 「別に」 ぼそり、と呟くように口にした言葉は、飛行による空気の流れに掻き消されてリューガには全く届いていなかった。 とはいえ、元より聞かせる気などクリエにはありはしなかったのだが……その瞬間にわずかに浮かんだ表情には、なにやら深い想いのようなものが滲み出ていた。 もっとも、互いに前方の障害物に視点を集中させているため、その表情を読み取ることも不可能なものではあったのだが―― 「――! 抜ける!!」 「……」 次の瞬間には二人の意識は会話から状況の変化へと移り、互いに速度を上げる瞬間に備え、体勢を整えていた。 目の前には氷樹海の切れ目……再び訪れる平原コース。 『――《&ruby(アクセル){加速}》!!』 クリエが一瞬早く飛び出したものの、加速宣言はほぼ同時。 二人を中心に、文字通りに爆発的に広がる”飛翔の風” ――単なるスピードレースでは無い。 リューガは確かにそれを感じ取っていたが、駆け出した後の今、スタイルなど変えようもなく、変えるつもりもない。 それだけが、自分の駆けるべき道だと信じているから。 ---- [[<<前へ>Stage4:至りし者達]]     [[次へ>>>Stage6:折り返し地点の一幕]]

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