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「白いつばさの旅日記・１」(2011/10/13 (木) 19:42:03) の最新版変更点
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<p> </p>
<p> うっすらと目を開ける。</p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> なんということはない、何千、何万。あるいはそれ以上もの回数繰り返した行為。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そして目を開けた先に広がる光景も、もう何千、何万。あるいはそれ以上もの回数見続け</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">た同じ光景。そして、これからもずっと見続ける光景。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 青色の世界。それが唯一の光源によって薄暗く照らされた、私の世界。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
この世界に絶えず響く機械の重低音と、気泡が下から上へと移動する音によって、ここに</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
は静寂という概念が存在しない。ただそれと同時に、とても長い間ずっと聞き続けた結果、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それを音として認識しなくなった、静寂の世界。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 息をするとゴボリと口から気泡がこぼれ出て、そのまま上へと浮き上がる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 気泡の行方を見届けず、私は青色の世界をじっと見つめる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> なにも動かない、なにも変わらない世界。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
こうしていると、自分と世界との境目がどんどんと曖昧になっていく。自分という存在が</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">世界に溶けて消えていく。その不思議な感覚は、寂しくもあり、同時にとても安らかな気</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">分になれた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> だけど、これは、なんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
胸の中にふらりと灯った不思議な感覚。いつも感じていたものとはまた違う奇妙な気分。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">寂しさでもなく、安らぎとも少し違う。気持ちの高鳴り。気分の高揚。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> もう一度だけ視界に意識を戻す。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 誰もいない暗い部屋。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 何も変わらない世界で、私は再び目を閉じる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
暗い世界の中で、世界との境目が曖昧になっていた『自分』という存在が再び確立してい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
く。あの不思議な感覚も、確立していくにしたがってどんどんと薄くなっていった。これも</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつものこと。そしてこれからもきっと繰り返されること。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> でも、これは。なんでだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 胸の中に灯った不思議な感覚は、いつまで経っても消えることはなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なにかが始まろうとしているのだろうか。そして私は……それをどのように感じているの</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 徐々に混濁していく意識の中で、私は一言だけ呟いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「待っています」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 言葉は、ゴボリと気泡となって水の中に消えていった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「……ん？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
誰かに呼ばれた気がして、いままで寝そべっていた場所からむくりと半身だけ起こして辺</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">りを見回した。だが、周りを見てもそれらしき人はいない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そもそもこんな所に人なんていたらおかしいだろう。ちなみにそんな理由から俺は昼寝に</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">愛用しているのだが、安眠中に邪魔が入らないというのは素敵なことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
気のせいか？と首を捻り、まぁ別にいいかという結論を出して、俺は着ている黒いコート</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">にシワがよるのも気にせずに再び民家の屋根の上で横になった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「まぁいいや。寝よ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
今日の天気は雲ひとつない晴天。日差しは温かいが強烈すぎず、昼寝には絶好の環境だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">最高だ。こんな日に昼寝をしないなんてとんでもない。教会の連中みたいに言うならこれ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もアルティア様のお導きってやつだろう。と教会関係者が聞いたら激昂しかねないことを</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">適当に思いながら寝る位置を調整する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
これが真夏になると強烈な直射日光にむせ返るような熱気、そしてべたつくような湿気と</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこからともなく湧いてくる変な羽虫などで大変に不快な目を見るはめになるのだが、ま</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぁその時はその時。また別の場所に移動すればいいだけの話なので無問題だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「そんなことより睡眠、睡眠」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
とくに最近はあまりゆっくりと寝る機会がなかったのでその分までしっかり休もう。そう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思いながら瞼を閉じると、さっそく睡魔が襲いかかって来た。無論その襲撃に抵抗する理</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">由なんてない俺は、早々に降伏してしまおうとしたのだが―――。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「―――？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「……うん？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ふと風に乗って流れてきた声。まだかなり距離があるので内容は聞き取れないが、とても</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聞き覚えがある。というか間違いない。そしてそれは安眠終了を告げる知らせであり、現</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">在もっとも聞きたくない声だった。ああ、反撃の狼煙が上げられてしまった。睡魔軍の兵</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
士たちがどんどんと蹴散らされていく。睡魔め、成敗してくれる！うわぁ、やめてくれぇ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「――イ―？ラ――？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
どんどんと近くなってくる声に、俺は陰鬱な気分になって溜息をついた。睡魔軍はとうの</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">昔に壊滅状態だ。捕虜？いりませんよ。邪魔ですし。おのれ反乱軍、貴様は鬼か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
中途半端に睡眠を妨害された重い体を起して屋根の上から見下ろすと、遠くで見覚えのあ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">る少女が辺りを見回しながらこちらの方へ歩いてくるのが見えた。肩まであるライトブラ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ウンの髪が、陽の光を受けてキラキラと金色に輝いている。ちなみにそのうえにピンと備</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">えられているアホ毛は、今日も元気にピコピコと動いていた。あいつとは結構ながい付き</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">合いだが、未だにその原理がわからない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺はもう一度だけ軽く息をつくと、しぶしぶとだが屋根の縁に手をかけて下へと降りた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">近くを偶然通り過ぎていた通行人が数人、一瞬ぎょっとした顔をするがそれらを無視して</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少女の方へと歩いて行くと、少女もこちらに気づいたようで手を振りながら走ってきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> あっ、おい馬鹿。そんなに走ると……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
と、口にしようと思う間もなく、少女は唐突になにもないはずの地面で躓いてべちーんと</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">豪快にすっ転んだ。……顔面から。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
わずかに頭痛を覚えながらも、俺は何事だと注視する人々の間を縫ってその視線の中心で</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鼻を押さえ悶絶している少女に手を貸した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「まったく、なにをしてるんだよティラ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 声に反応して目に涙を滲ませたまま顔を上げる少女。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
顔は―――まぁ悪くはないだろう。童顔にすっきりとした顎。ちいさな唇はふっくらとし</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">た桜色で、前髪から覗く大きな青い瞳には柔和な光が宿っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
魔術師風の衣装に身を包み、その上から白い外套を羽織った少女―――ティラは、俺の姿</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">を目にするなり、にこーっと陽だまりのような笑顔を浮かべた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「あ、ライト。探したんだよー」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「探したんだよー。じゃねえよ。豪快に道の真ん中ですっ転びやがって。気をつけろって</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつも言ってるだろ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
とりあえず怪我らしい怪我がないのを確認して（鼻や額が若干赤かったが）、立ち上がらせ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ながらそう言うと、ティラは気恥ずかしそうに頬を赤らめた。こいつはドジなのかぼーっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">としているのかわからないが、平時にはよく転ぶ。いつでもどこでも転べるというのは、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もう一種の才能なのではないかと最近思い始めたくらいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「まぁいいや。それで？なんで俺を探してたんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
せっかく昼寝してたのに。と心の中で愚痴りながらそう聞くと、ティラはにこにこしなが</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ら言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「えへへー。実はさっき市でいい物を買ったから、ライトにも見て欲しくて」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「へぇ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ティラの話を聞いてわずかに関心を示す。街のところどころでやっている市場は、商人だ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">けでなく普通の人々にも開放されており誰でも露店を開くことができる。無論、支援士や</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">冒険者などもよく物を売っていたりするので、普通の店では買えないような雑多なものが</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">溢れていて、ガラクタなども多いが中には掘り出し物なども眠っていたりするのだ。そう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いったものを探すのもまた市場の醍醐味なだけあって、ティラが自慢げに見せようとする</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ものにも興味があった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「で、なんだよ？その見せたい物って」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「ええと、ちょっと待ってね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そう言ってごそごそと肩から下げた鞄の中を漁っているのを、少し期待を込めた目で見て</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いると、お目当ての物が見つかったのかそれを鞄から取り出してこちらに見せた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「じゃーん！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「なん……っ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> そう言ってティラが掲げたモノを見て、俺は絶句した。そして次に感じたのは頭痛だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ティラが掲げたそれは、10センチほどの長さの鉄製の鍵で、中心の軸となる棒にそれより</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">も細い鉄棒を何本か突き刺した……いかにも「手作りです！」と言わんばかりの代物だっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たからだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しかもご丁寧に値札まで付いており、チラリと見たそれには、思わず何回も値段を確認し</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">てしまったほどの信じられない額が書かれていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> つまり、こんなガラクタに払うにはありえないくらいの高い値段だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> ……何かが切れる音が頭から聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺は自慢げに鍵を見せるティラに向かって、「ちょっと頭さげろ」と笑顔で言うと、きょと</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">んとしながらも大人しくそれに応じて頭を下げたティラの脳天に、握り固めた拳骨を叩き</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">込んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「こんのアホ娘がぁあああああああ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「痛ったぁああああああああああ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 怒号と悲鳴と鈍い音が、重なって街中に響く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ちなみに市場で購入した品は基本的に返品不可だ。騙す方も騙す方だが、騙された奴が悪</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いというのが市場では暗黙の了解となっているので、買ってから後悔しても潔く諦めるし</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
とは言っても、自分の知らぬところで大金を捨てるような真似をされて「はいそうですか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なら仕方ないですね」などと言えるはずがない。俺は蔑視100％の目で頭を押さえてぷるぷ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">るうずくまるティラを睨みつけた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「さてティラさんよ。詳しい話を聞かせてもらおうか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
尋問口調で問う俺に、未だ現状が把握できずに座り込んだままのティラが困惑した上目づ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かいでこちらを見る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「え…えっと…？しょ、詳細とは何でしょうか……？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そんなの決まってるだろ？それがどういう鍵なのかと、なんでそんなガラクタを売りつ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">けられる羽目になったのかを俺は聞きたいんだ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ガラクタ。と言われてぎょっとしながら手の中の物を見るティラに、俺は催促するように</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">睨みつける。それに気づいたティラは引きつった笑顔で答えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「え…えっと…。これは何でも宝箱を開けるための鍵だそうで、まだ開けられていないか</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ら箱の中には宝物があるって……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 無言のままに俺は深い溜息とともに頭をがしがしと掻く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
手元に鍵があって、宝箱の場所も中身の有無も知っているはずの売人が箱の中に入ってい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">るはずの物を回収せずに鍵だけを売るはずがないだろう。そんな売り文句、今時こどもで</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">も騙されない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そんな怒り心頭な俺を見たティラは、慌てたように鞄の中を漁って今度は紙のようなもの</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">を引っ張り出して矢継ぎ早に言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「た、宝のある地図も貰いました！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
一応その地図を受け取るが、正直こちらも望み薄だろう。宝の地図というものはその殆ど</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
が偽物。万が一本物だったとしても、冒険者が流行ってからもう早20年は経つし、それ以</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">前にも冒険者というのは割と多かったのだ。もはや大陸に点在するダンジョンですら、前</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人未到の深部くらいにしか宝の存在する可能性はないと言われている。そんなものはとっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">くの昔に誰かに先を越されているだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
いらない物の処分に利用されたな。と思いながらざっと軽く地図を眺めると、なるほどい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かにもな感じの地図だ。結構古いのか紙自体が黄ばみ、擦り切れている。その上に宝の在</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">り処と思われる×印や、インクが滲んで読めない文字などが描かれていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
まぁ、今の時代古く見せた偽物の地図など珍しくもないので、やはり望み薄だろう。文字</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">が読めないのもどうせこの地図の仕様だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> ―――さて。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「……で、ティラ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「は、はぃい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 温度のない声に、正座したままティラが悲鳴にも似た滅茶苦茶うわずった声をあげる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「お前は、この鍵を、いくらで買った？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 一句一句区切りながらティラが持っている鍵を指さす。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「え、えっと。値段ならここに書いて……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「俺は、お前の口から、直接、聞きたいんだ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「…………ッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 顔面蒼白にしたティラの体が、痙攣したようにがたがた震えだす。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だが容赦はしない。再び催促するように睨みつけると、やがて観念したように俺から視線</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">を逸らし、虫の鳴くようなか細い声で呟いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「な…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「な？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「な、7万5000フィズ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> …………。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 気まずい沈黙が二人の間で流れる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
一方はまるでその言葉を口の中で吟味するように青空を仰ぎ、もう片方はまるで判決を待</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">つ罪人のように俯く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
空を仰いでいた俺は、深い深い溜息を吐きながら視線を戻すと、いまにも泣きそうな目で</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こちらを見ている少女に向かってサワヤカに笑いかけた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「うん。やっぱりもう一発殴らせろ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 「ごめんなさ――――――ッ！！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 謝罪の言葉は、鈍い打撲音と悲鳴にかき消された。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<p> </p>
<p> うっすらと目を開ける。</p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> なんということはない、何千、何万。あるいはそれ以上もの回数繰り返した行為。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そして目を開けた先に広がる光景も、もう何千、何万。あるいはそれ以上もの回数見続け</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">た同じ光景。そして、これからもずっと見続ける光景。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 青色の世界。それが唯一の光源によって薄暗く照らされた、私の世界。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
この世界に絶えず響く機械の重低音と、気泡が下から上へと移動する音によって、ここに</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
は静寂という概念が存在しない。ただそれと同時に、とても長い間ずっと聞き続けた結果、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それを音として認識しなくなった、静寂の世界。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 息をするとゴボリと口から気泡がこぼれ出て、そのまま上へと浮き上がる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 気泡の行方を見届けず、私は青色の世界をじっと見つめる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> なにも動かない、なにも変わらない世界。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
こうしていると、自分と世界との境目がどんどんと曖昧になっていく。自分という存在が</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">世界に溶けて消えていく。その不思議な感覚は、寂しくもあり、同時にとても安らかな気</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">分になれた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> だけど、これは、なんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
胸の中にふらりと灯った不思議な感覚。いつも感じていたものとはまた違う奇妙な気分。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">寂しさでもなく、安らぎとも少し違う。気持ちの高鳴り。気分の高揚。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> もう一度だけ視界に意識を戻す。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 誰もいない暗い部屋。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 何も変わらない世界で、私は再び目を閉じる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
暗い世界の中で、世界との境目が曖昧になっていた『自分』という存在が再び確立してい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
く。あの不思議な感覚も、確立していくにしたがってどんどんと薄くなっていった。これも</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつものこと。そしてこれからもきっと繰り返されること。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> でも、これは。なんでだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 胸の中に灯った不思議な感覚は、いつまで経っても消えることはなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なにかが始まろうとしているのだろうか。そして私は……それをどのように感じているの</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 徐々に混濁していく意識の中で、私は一言だけ呟いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「待っています」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 言葉は、ゴボリと気泡となって水の中に消えていった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……ん？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
誰かに呼ばれた気がして、いままで寝そべっていた場所からむくりと半身だけ起こして辺</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">りを見回した。だが、周りを見てもそれらしき人はいない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そもそもこんな所に人なんていたらおかしいだろう。ちなみにそんな理由から俺は昼寝に</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">愛用しているのだが、安眠中に邪魔が入らないというのは素敵なことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
気のせいか？と首を捻り、まぁ別にいいかという結論を出して、俺は着ている黒いコート</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">にシワがよるのも気にせずに再び民家の屋根の上で横になった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まぁいいや。寝よ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
今日の天気は雲ひとつない晴天。日差しは温かいが強烈すぎず、昼寝には絶好の環境だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">最高だ。こんな日に昼寝をしないなんてとんでもない。教会の連中みたいに言うならこれ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もアルティア様のお導きってやつだろう。と教会関係者が聞いたら激昂しかねないことを</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">適当に思いながら寝る位置を調整する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
これが真夏になると強烈な直射日光にむせ返るような熱気、そしてべたつくような湿気と</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこからともなく湧いてくる変な羽虫などで大変に不快な目を見るはめになるのだが、ま</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぁその時はその時。また別の場所に移動すればいいだけの話なので無問題だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなことより睡眠、睡眠」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
とくに最近はあまりゆっくりと寝る機会がなかったのでその分までしっかり休もう。そう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思いながら瞼を閉じると、さっそく睡魔が襲いかかって来た。無論その襲撃に抵抗する理</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">由なんてない俺は、早々に降伏してしまおうとしたのだが―――。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「―――？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……うん？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ふと風に乗って流れてきた声。まだかなり距離があるので内容は聞き取れないが、とても</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聞き覚えがある。というか間違いない。そしてそれは安眠終了を告げる知らせであり、現</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">在もっとも聞きたくない声だった。ああ、反撃の狼煙が上げられてしまった。睡魔軍の兵</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
士たちがどんどんと蹴散らされていく。睡魔め、成敗してくれる！うわぁ、やめてくれぇ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「――イ―？ラ――？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
どんどんと近くなってくる声に、俺は陰鬱な気分になって溜息をついた。睡魔軍はとうの</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">昔に壊滅状態だ。捕虜？いりませんよ。邪魔ですし。おのれ反乱軍、貴様は鬼か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
中途半端に睡眠を妨害された重い体を起して屋根の上から見下ろすと、遠くで見覚えのあ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">る少女が辺りを見回しながらこちらの方へ歩いてくるのが見えた。肩まであるライトブラ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ウンの髪が、陽の光を受けてキラキラと金色に輝いている。ちなみにそのうえにピンと備</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">えられているアホ毛は、今日も元気にピコピコと動いていた。あいつとは結構ながい付き</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">合いだが、未だにその原理がわからない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺はもう一度だけ軽く息をつくと、しぶしぶとだが屋根の縁に手をかけて下へと降りた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">近くを偶然通り過ぎていた通行人が数人、一瞬ぎょっとした顔をするがそれらを無視して</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少女の方へと歩いて行くと、少女もこちらに気づいたようで手を振りながら走ってきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> あっ、おい馬鹿。そんなに走ると……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
と、口にしようと思う間もなく、少女は唐突になにもないはずの地面で躓いてべちーんと</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">豪快にすっ転んだ。……顔面から。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
わずかに頭痛を覚えながらも、俺は何事だと注視する人々の間を縫ってその視線の中心で</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鼻を押さえ悶絶している少女に手を貸した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まったく、なにをしてるんだよティラ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 声に反応して目に涙を滲ませたまま顔を上げる少女。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
顔は―――まぁ悪くはないだろう。童顔にすっきりとした顎。ちいさな唇はふっくらとし</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">た桜色で、前髪から覗く大きな青い瞳には柔和な光が宿っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
魔術師風の衣装に身を包み、その上から白い外套を羽織った少女―――ティラは、俺の姿</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">を目にするなり、にこーっと陽だまりのような笑顔を浮かべた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、ライト。探したんだよー」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「探したんだよー。じゃねえよ。豪快に道の真ん中ですっ転びやがって。気をつけろって</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつも言ってるだろ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
とりあえず怪我らしい怪我がないのを確認して（鼻や額が若干赤かったが）、立ち上がらせ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ながらそう言うと、ティラは気恥ずかしそうに頬を赤らめた。こいつはドジなのかぼーっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">としているのかわからないが、平時にはよく転ぶ。いつでもどこでも転べるというのは、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もう一種の才能なのではないかと最近思い始めたくらいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まぁいいや。それで？なんで俺を探してたんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
せっかく昼寝してたのに。と心の中で愚痴りながらそう聞くと、ティラはにこにこしなが</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ら言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えへへー。実はさっき市でいい物を買ったから、ライトにも見て欲しくて」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へぇ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ティラの話を聞いてわずかに関心を示す。街のところどころでやっている市場は、商人だ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">けでなく普通の人々にも開放されており誰でも露店を開くことができる。無論、支援士や</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">冒険者などもよく物を売っていたりするので、普通の店では買えないような雑多なものが</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">溢れていて、ガラクタなども多いが中には掘り出し物なども眠っていたりするのだ。そう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いったものを探すのもまた市場の醍醐味なだけあって、ティラが自慢げに見せようとする</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ものにも興味があった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「で、なんだよ？その見せたい物って」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ええと、ちょっと待ってね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そう言ってごそごそと肩から下げた鞄の中を漁っているのを、少し期待を込めた目で見て</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いると、お目当ての物が見つかったのかそれを鞄から取り出してこちらに見せた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「じゃーん！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なん……っ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> そう言ってティラが掲げたモノを見て、俺は絶句した。そして次に感じたのは頭痛だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ティラが掲げたそれは、10センチほどの長さの鉄製の鍵で、中心の軸となる棒にそれより</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">も細い鉄棒を何本か突き刺した……いかにも「手作りです！」と言わんばかりの代物だっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たからだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しかもご丁寧に値札まで付いており、チラリと見たそれには、思わず何回も値段を確認し</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">てしまったほどの信じられない額が書かれていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> つまり、こんなガラクタに払うにはありえないくらいの高い値段だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> ……何かが切れる音が頭から聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺は自慢げに鍵を見せるティラに向かって、「ちょっと頭さげろ」と笑顔で言うと、きょと</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">んとしながらも大人しくそれに応じて頭を下げたティラの脳天に、握り固めた拳骨を叩き</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">込んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「こんのアホ娘がぁあああああああ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「痛ったぁああああああああああ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 怒号と悲鳴と鈍い音が、重なって街中に響く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ちなみに市場で購入した品は基本的に返品不可だ。騙す方も騙す方だが、騙された奴が悪</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いというのが市場では暗黙の了解となっているので、買ってから後悔しても潔く諦めるし</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
とは言っても、自分の知らぬところで大金を捨てるような真似をされて「はいそうですか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なら仕方ないですね」などと言えるはずがない。俺は蔑視100％の目で頭を押さえてぷるぷ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">るうずくまるティラを睨みつけた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さてティラさんよ。詳しい話を聞かせてもらおうか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
尋問口調で問う俺に、未だ現状が把握できずに座り込んだままのティラが困惑した上目づ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かいでこちらを見る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…えっと…？しょ、詳細とは何でしょうか……？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなの決まってるだろ？それがどういう鍵なのかと、なんでそんなガラクタを売りつ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">けられる羽目になったのかを俺は聞きたいんだ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ガラクタ。と言われてぎょっとしながら手の中の物を見るティラに、俺は催促するように</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">睨みつける。それに気づいたティラは引きつった笑顔で答えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え…えっと…。これは何でも宝箱を開けるための鍵だそうで、まだ開けられていないか</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ら箱の中には宝物があるって……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 無言のままに俺は深い溜息とともに頭をがしがしと掻く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
手元に鍵があって、宝箱の場所も中身の有無も知っているはずの売人が箱の中に入ってい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">るはずの物を回収せずに鍵だけを売るはずがないだろう。そんな売り文句、今時こどもで</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">も騙されない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そんな怒り心頭な俺を見たティラは、慌てたように鞄の中を漁って今度は紙のようなもの</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">を引っ張り出して矢継ぎ早に言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「た、宝のある地図も貰いました！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
一応その地図を受け取るが、正直こちらも望み薄だろう。宝の地図というものはその殆ど</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
が偽物。万が一本物だったとしても、冒険者が流行ってからもう早20年は経つし、それ以</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">前にも冒険者というのは割と多かったのだ。もはや大陸に点在するダンジョンですら、前</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人未到の深部くらいにしか宝の存在する可能性はないと言われている。そんなものはとっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">くの昔に誰かに先を越されているだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
いらない物の処分に利用されたな。と思いながらざっと軽く地図を眺めると、なるほどい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かにもな感じの地図だ。結構古いのか紙自体が黄ばみ、擦り切れている。その上に宝の在</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">り処と思われる×印や、インクが滲んで読めない文字などが描かれていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
まぁ、今の時代古く見せた偽物の地図など珍しくもないので、やはり望み薄だろう。文字</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">が読めないのもどうせこの地図の仕様だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> ―――さて。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……で、ティラ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「は、はぃい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 温度のない声に、正座したままティラが悲鳴にも似た滅茶苦茶うわずった声をあげる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お前は、この鍵を、いくらで買った？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 一句一句区切りながらティラが持っている鍵を指さす。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え、えっと。値段ならここに書いて……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺は、お前の口から、直接、聞きたいんだ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………ッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 顔面蒼白にしたティラの体が、痙攣したようにがたがた震えだす。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だが容赦はしない。再び催促するように睨みつけると、やがて観念したように俺から視線</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">を逸らし、虫の鳴くようなか細い声で呟いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な、7万5000フィズ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> …………。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 気まずい沈黙が二人の間で流れる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
一方はまるでその言葉を口の中で吟味するように青空を仰ぎ、もう片方はまるで判決を待</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">つ罪人のように俯く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
空を仰いでいた俺は、深い深い溜息を吐きながら視線を戻すと、いまにも泣きそうな目で</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こちらを見ている少女に向かってサワヤカに笑いかけた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うん。やっぱりもう一発殴らせろ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ごめんなさ――――――ッ！！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 謝罪の言葉は、鈍い打撲音と悲鳴にかき消された。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
