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「白いつばさの旅日記・５」(2011/10/13 (木) 20:06:12) の最新版変更点
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<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「で、ライトよ。その譲ちゃんは一体だれでぃ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「戦利品」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「はぁ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
カウンター席でコップを傾けながら適当に返した俺の言葉に、酒場のマスターは怪訝な顔</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">をした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
話の中心である金髪の少女は、俺の横で自分の顔ほどの大きさのパンに果敢に挑みかかっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
無限迷宮から脱出し、数日かけて川合いの街ミナルに辿りつき、そこからさらに北上して</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">南最大の街リエステールへと移動したライト達は、とりあえず一連のことを報告しに酒場</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まできていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
酒場、とは銘打っているが、ここはただ飲んで食うだけのメシ屋ではない。街の中は当然</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">として他の街からもやってくる依頼を管理、支援士に紹介し、依頼の達成と引き換えに報</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
酬を払う、いわゆる支援士の派遣所としても機能しているのが、何を隠そうこの酒場なのだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
こういった場所は街にいくつも存在し、支援士達にはもっとも馴染みのある場所と言って</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もいいだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
特にこの酒場は、街の中心近くにあり、また出される料理や酒の質もよく、おまけに依頼</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">の種類も数も豊富なため、リエステールで支援士達がもっとも集まる場所となっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そんな場所で依頼を一手に引き受け管理している筋骨隆々のマスターも、元は支援士だっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たらしい。昔はかなりやんちゃだったという噂があるが、引退して美人の奥さんをもらっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たいまではただの気のいいおっさんにしか見えない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
横の席でガツガツとパンを攻略していく少女を横目で見ながら、ライトは肘をついてコッ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">プを傾ける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから戦利品だよ、戦利品。さっき報告した通り、散々苦労してたどり着いた部屋に居</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たのを拾った。それ以上は知らん」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
まぁ別に依頼とは関係のない場所での探検など細かく言う義務もないので、報告した内容</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">の中の無限迷宮の部分は大分端折ったが。それで何となく察しがついたらしいマスターと</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">は別に、偶然近くの席で酒を飲んでいた顔見知りの支援士が近づいてきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「せ、戦利品？まさかあんた、『借金のカタにこいつを貰って行くぜへっへっへ』みたいな</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">感じでその子を攫ったのか！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> その必要以上に大きな声を皮切りに、あたりが少し騒然とする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「なっ、あいつ遂に人身売買まで始めちまったのか！？」とか「いつかはやるとは思って</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たが……」など、甚だ不本意な言葉が端々から聞こえてくる。とどめとばかりに、最初に</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">近づいてきた顔見知りの支援士が、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お前、もしかしてロリコぶべらっ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
と失礼極まりないことを言いだそうとした。いい加減ムカついたので蹴り倒し、ついでに</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">周囲で騒ぐ連中に向かってにっこりとサワヤカに笑いかけてやった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……なにか、言いたいことでも？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
周りで好き放題いっていた奴らを黙らせ、溜息を吐きながらカウンターでコップを傾ける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そういやぁ、ティラの嬢ちゃんはどうした？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ティラか？あいつなら―――」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そこで話題に上がった少女がカウンターにやってきた。ライトブラウンの髪から伸びるア</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ホ毛が、力なく萎れている。フラフラとおぼつかない足取りでマスターの前で足を止める</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、少し息を整えてから口を開いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ま、マスターさん。依頼の報告にきましたぁ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おう、噂をすればって奴だな。嬢ちゃん。なんか飲んでいくかい？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？えっと……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そこでチラリ、とまるでお伺いを立てるようにティラがこちらを見た。それに答えるよう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">に、俺は笑って手を差し出す。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ほら、次の依頼だ。がんばれよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
差し出された依頼の紙を見て、ティラが泣きだす一歩手前のような表情になる。それでも</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">震える手で何とか依頼の紙を受け取ると、今度はマスターに向けてその紙を差し出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの……この依頼を受けますね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それは別に構わねぇが……。嬢ちゃん、大丈夫か？顔色が悪いぞ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あはは……。大丈夫ですよ、だいじょーぶ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> そう言うと、ティラは来た時と同じようにフラフラとした足取りで酒場を後にした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> それを見届けてから、マスターがまるで咎めるような眼でこちらを見てきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ライト、おめぇ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだよ、一週間分の宿代を全部パーにしたあいつが悪い」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おまけにティラの偽地図を頼りに侵入した迷宮で芋虫の粘液を浴びたせいで、身に着けて</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いた二人分の衣服を丸々クリーニングに出す羽目になったのだ。正直宿代どころの話では</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ない。むしろいまの待遇に感謝してほしいくらいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ちなみに今日はティラが必死に依頼をこなす様子を横目で見ながらのんびりすると決めて</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いるので、迷宮で随分と酷使した武器も手入れに出している。簡単な刃研ぎや手入れなら</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分でもできるが、やはり機会があれば本職の鍛冶屋に見てもらった方がいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 要するに、手伝う気はさらさらないライトであった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それは？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺が懐から取り出した物を興味深そうに酒場のマスターが眺める。それは表紙がボロボロ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">になった、古い本。ギブソンの手記だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「こいつが寝てた場所で拾った。まだ読んでないからわかんないが、たぶん手記かなにか</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だと思う」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ペラペラとページを捲ってみると、やはり日記か何かなのだろう。旧時代の記録など、リ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">エステールが誇る大図書館でもほとんどお目にかかれない。売ればかなりの価値を持つだ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ろうが、隣の席でパンをがっついている奴のことが何か分かるかもしれない以上、いまは</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">売る気はなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ボロボロの手記を懐に戻す。なんのかんの言っても、ここは読み物をするような上品な場</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">所じゃない。下手をすれば、酒場の奥でたむろしている野盗まがいの支援士（逆の表現の</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ほうが正しいかもしれない）に目を付けられかねないからだ。負ける気は更々ないが、そ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">れでも面倒な相手には変わりないだろう。一度叩きのめしても再び立ち上がり、群れてく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">るその生態は、もはやネズミやゴキブリのそれと大差ない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しばらくの間、たまにコップを傾けながらぼーっとしていると、横では少女のパンの攻略</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">も佳境に入ったらしい。なにかコツを掴んだらしい少女が順調にパンを食べ進めていくの</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">をぼんやり眺めていると、注文を受けてカウンターを外していたマスターが戻ってきて、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">急に改まった声色で話しかけてきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……で、ライト。おめぇこの子をどうする気だ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さあな。まだ決めてない。研究所なんかに売り飛ばしたら色々と調べられた挙句にバラ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">されてアルコール漬けにされるかもしれないし、そうなったら目覚めが悪い。かといって</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">奴隷商人に売ったりしたらこっちが捕まる」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
娼館に売るには流石に幼すぎるしな。とは流石に口をつぐんでおいた。そんなこと言おう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ものなら聞こえた全員からリンチにされかねない。まぁ、そういう意味でなら奴隷商人の</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">話もアウトだが、ひとつくらいなら冗談の内に入るだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「孤児院に引き取ってもらえばいいじゃねぇか」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「さっきも言っただろ、こいつは戦利品だ。あれだけ苦労して手に入れたものなんだから、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それ相応の価値はなきゃ困る」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
本当はこんな厄介者さっさと放り捨てたいのが本音ではあるが、ティラに必死で頼み込ま</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">れたから仕方なく連れている、というのは別に言う必要はないだろう。下手なことを言っ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">てここのマスターを敵に回したら、今後依頼が回ってこなくなるどころか、この街での支</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">援士としての活動に大きな支障がでかねない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ま、このまま連れていくにしてもどこかに放り捨てるにしても、決めるのはこいつがど</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">んな奴か分かった後でもいいだろ。幸い支援士には時間だけはたっぷりとあるからな」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そう言いながら、隣の席に座る少女の頭をぐりぐりと撫でる。予想以上にきめ細かいサラ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">サラとした髪の感触の下では、丁度パンを攻略し終えた少女が首を竦めながら大人しく撫</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">でられていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その後席を立つと、ティラが戻ってきた時のためにいくつかの依頼を指定してから酒場を</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">出た。のんびりするとは決めていたが、そうは言っても昼間から酒場で飲み続けるのは趣</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">味じゃない。とりあえず適当な場所で昼寝でも、と往来の流れに身を任せる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
この街では様々な人種の人々が生活しているので、オッドアイというのも少なくはあるも</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">のの、探そうと思えば割と見つかるものだ。しかし、それでも目を見張るような金髪に、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">宝石のような色合いを持つ琥珀色とエメラルドグリーンのオッドアイという容姿は珍しい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
らしく、すれ違う人々がチラチラとこちらを見る視線を感じた。イラつくほどではないが、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">正直に言うと鬱陶しい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
歩幅の関係で後ろを小走りで付いてくる少女に向かって「お前に昼寝の素晴らしさを教え</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
てやるよ」と言うと、「がう？」と首を傾げる少女。迷宮で出会ってからというもの、この</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少女はまともな言葉を発したことがなかった。口を開けば「がおー」や「あー」といった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今時ケモノでも言わないような、言葉にもならない言葉が関の山だ。長い間しゃべらない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と人は話し方や言葉の発声の仕方を忘れるというから、もしかしたらそのせいかも知れな</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> おかげでいまだに少女の出生はおろか、名前さえも不明なままだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……まぁ、ギブソンの手記に何か手掛かりが書いてあるだろ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ついでだし昼寝の合間にでも読んでみるかな、などと思っていると、少女が急に立ち止っ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
た。「どうした？」と少女が見つめている方向を見ると、パン屋の軒先に並べられたパンが、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">焼き立てなのだろう、食欲をそそる香りを放っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……食いたいのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺のその言葉に、こちらの言葉は理解できるが話せない少女は、こちらを見て異なる色合</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いのオッドアイを輝かせた。期待を込めた瞳がキラキラと光る様はなるほど、宝石を思わ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">せるには十分な魅力を放っている。……口元からよだれが垂れているので台無しだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> とりあえず、ただの金食い虫だけにはなってくれるなよなと願うライトだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「で、ライトよ。その譲ちゃんは一体だれでぃ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「戦利品」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「はぁ？」</div>
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カウンター席でコップを傾けながら適当に返した俺の言葉に、酒場のマスターは怪訝な顔</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">をした。</div>
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話の中心である金髪の少女は、俺の横で自分の顔ほどの大きさのパンに果敢に挑みかかっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ている。</div>
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無限迷宮から脱出し、数日かけて川合いの街ミナルに辿りつき、そこからさらに北上して</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">南最大の街リエステールへと移動したライト達は、とりあえず一連のことを報告しに酒場</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まできていた。</div>
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酒場、とは銘打っているが、ここはただ飲んで食うだけのメシ屋ではない。街の中は当然</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">として他の街からもやってくる依頼を管理、支援士に紹介し、依頼の達成と引き換えに報</div>
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酬を払う、いわゆる支援士の派遣所としても機能しているのが、何を隠そうこの酒場なのだ。</div>
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こういった場所は街にいくつも存在し、支援士達にはもっとも馴染みのある場所と言って</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もいいだろう。</div>
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特にこの酒場は、街の中心近くにあり、また出される料理や酒の質もよく、おまけに依頼</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">の種類も数も豊富なため、リエステールで支援士達がもっとも集まる場所となっている。</div>
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そんな場所で依頼を一手に引き受け管理している筋骨隆々のマスターも、元は支援士だっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たらしい。昔はかなりやんちゃだったという噂があるが、引退して美人の奥さんをもらっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たいまではただの気のいいおっさんにしか見えない。</div>
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横の席でガツガツとパンを攻略していく少女を横目で見ながら、ライトは肘をついてコッ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">プを傾ける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから戦利品だよ、戦利品。さっき報告した通り、散々苦労してたどり着いた部屋に居</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たのを拾った。それ以上は知らん」</div>
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まぁ別に依頼とは関係のない場所での探検など細かく言う義務もないので、報告した内容</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">の中の無限迷宮の部分は大分端折ったが。それで何となく察しがついたらしいマスターと</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">は別に、偶然近くの席で酒を飲んでいた顔見知りの支援士が近づいてきた。</div>
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「せ、戦利品？まさかあんた、『借金のカタにこいつを貰って行くぜへっへっへ』みたいな</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">感じでその子を攫ったのか！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> その必要以上に大きな声を皮切りに、あたりが少し騒然とする。</div>
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「なっ、あいつ遂に人身売買まで始めちまったのか！？」とか「いつかはやるとは思って</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たが……」など、甚だ不本意な言葉が端々から聞こえてくる。とどめとばかりに、最初に</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">近づいてきた顔見知りの支援士が、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お前、もしかしてロリコぶべらっ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と失礼極まりないことを言いだそうとした。いい加減ムカついたので蹴り倒し、ついでに</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">周囲で騒ぐ連中に向かってにっこりとサワヤカに笑いかけてやった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……なにか、言いたいことでも？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
周りで好き放題いっていた奴らを黙らせ、溜息を吐きながらカウンターでコップを傾ける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そういやぁ、ティラの嬢ちゃんはどうした？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ティラか？あいつなら―――」</div>
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そこで話題に上がった少女がカウンターにやってきた。ライトブラウンの髪から伸びるア</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ホ毛が、力なく萎れている。フラフラとおぼつかない足取りでマスターの前で足を止める</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、少し息を整えてから口を開いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ま、マスターさん。依頼の報告にきましたぁ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おう、噂をすればって奴だな。嬢ちゃん。なんか飲んでいくかい？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え？えっと……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そこでチラリ、とまるでお伺いを立てるようにティラがこちらを見た。それに答えるよう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">に、俺は笑って手を差し出す。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ほら、次の依頼だ。がんばれよ」</div>
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差し出された依頼の紙を見て、ティラが泣きだす一歩手前のような表情になる。それでも</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">震える手で何とか依頼の紙を受け取ると、今度はマスターに向けてその紙を差し出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの……この依頼を受けますね」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それは別に構わねぇが……。嬢ちゃん、大丈夫か？顔色が悪いぞ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あはは……。大丈夫ですよ、だいじょーぶ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> そう言うと、ティラは来た時と同じようにフラフラとした足取りで酒場を後にした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> それを見届けてから、マスターがまるで咎めるような眼でこちらを見てきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ライト、おめぇ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだよ、一週間分の宿代を全部パーにしたあいつが悪い」</div>
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おまけにティラの偽地図を頼りに侵入した迷宮で芋虫の粘液を浴びたせいで、身に着けて</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いた二人分の衣服を丸々クリーニングに出す羽目になったのだ。正直宿代どころの話では</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ない。むしろいまの待遇に感謝してほしいくらいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ちなみに今日はティラが必死に依頼をこなす様子を横目で見ながらのんびりすると決めて</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いるので、迷宮で随分と酷使した武器も手入れに出している。簡単な刃研ぎや手入れなら</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分でもできるが、やはり機会があれば本職の鍛冶屋に見てもらった方がいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 要するに、手伝う気はさらさらないライトであった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それは？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺が懐から取り出した物を興味深そうに酒場のマスターが眺める。それは表紙がボロボロ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">になった、古い本。ギブソンの手記だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「こいつが寝てた場所で拾った。まだ読んでないからわかんないが、たぶん手記かなにか</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だと思う」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ペラペラとページを捲ってみると、やはり日記か何かなのだろう。旧時代の記録など、リ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">エステールが誇る大図書館でもほとんどお目にかかれない。売ればかなりの価値を持つだ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ろうが、隣の席でパンをがっついている奴のことが何か分かるかもしれない以上、いまは</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">売る気はなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ボロボロの手記を懐に戻す。なんのかんの言っても、ここは読み物をするような上品な場</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">所じゃない。下手をすれば、酒場の奥でたむろしている野盗まがいの支援士（逆の表現の</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ほうが正しいかもしれない）に目を付けられかねないからだ。負ける気は更々ないが、そ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">れでも面倒な相手には変わりないだろう。一度叩きのめしても再び立ち上がり、群れてく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">るその生態は、もはやネズミやゴキブリのそれと大差ない。</div>
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しばらくの間、たまにコップを傾けながらぼーっとしていると、横では少女のパンの攻略</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">も佳境に入ったらしい。なにかコツを掴んだらしい少女が順調にパンを食べ進めていくの</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">をぼんやり眺めていると、注文を受けてカウンターを外していたマスターが戻ってきて、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">急に改まった声色で話しかけてきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……で、ライト。おめぇこの子をどうする気だ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さあな。まだ決めてない。研究所なんかに売り飛ばしたら色々と調べられた挙句にバラ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">されてアルコール漬けにされるかもしれないし、そうなったら目覚めが悪い。かといって</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">奴隷商人に売ったりしたらこっちが捕まる」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
娼館に売るには流石に幼すぎるしな。とは流石に口をつぐんでおいた。そんなこと言おう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ものなら聞こえた全員からリンチにされかねない。まぁ、そういう意味でなら奴隷商人の</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">話もアウトだが、ひとつくらいなら冗談の内に入るだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「孤児院に引き取ってもらえばいいじゃねぇか」</div>
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「さっきも言っただろ、こいつは戦利品だ。あれだけ苦労して手に入れたものなんだから、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それ相応の価値はなきゃ困る」</div>
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本当はこんな厄介者さっさと放り捨てたいのが本音ではあるが、ティラに必死で頼み込ま</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">れたから仕方なく連れている、というのは別に言う必要はないだろう。下手なことを言っ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">てここのマスターを敵に回したら、今後依頼が回ってこなくなるどころか、この街での支</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">援士としての活動に大きな支障がでかねない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ま、このまま連れていくにしてもどこかに放り捨てるにしても、決めるのはこいつがど</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">んな奴か分かった後でもいいだろ。幸い支援士には時間だけはたっぷりとあるからな」</div>
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そう言いながら、隣の席に座る少女の頭をぐりぐりと撫でる。予想以上にきめ細かいサラ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">サラとした髪の感触の下では、丁度パンを攻略し終えた少女が首を竦めながら大人しく撫</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">でられていた。</div>
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その後席を立つと、ティラが戻ってきた時のためにいくつかの依頼を指定してから酒場を</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">出た。のんびりするとは決めていたが、そうは言っても昼間から酒場で飲み続けるのは趣</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">味じゃない。とりあえず適当な場所で昼寝でも、と往来の流れに身を任せる。</div>
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この街では様々な人種の人々が生活しているので、オッドアイというのも少なくはあるも</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">のの、探そうと思えば割と見つかるものだ。しかし、それでも目を見張るような金髪に、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">宝石のような色合いを持つ琥珀色とエメラルドグリーンのオッドアイという容姿は珍しい</div>
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らしく、すれ違う人々がチラチラとこちらを見る視線を感じた。イラつくほどではないが、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">正直に言うと鬱陶しい。</div>
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歩幅の関係で後ろを小走りで付いてくる少女に向かって「お前に昼寝の素晴らしさを教え</div>
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てやるよ」と言うと、「がう？」と首を傾げる少女。迷宮で出会ってからというもの、この</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少女はまともな言葉を発したことがなかった。口を開けば「がおー」や「あー」といった</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今時ケモノでも言わないような、言葉にもならない言葉が関の山だ。長い間しゃべらない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と人は話し方や言葉の発声の仕方を忘れるというから、もしかしたらそのせいかも知れな</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> おかげでいまだに少女の出生はおろか、名前さえも不明なままだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……まぁ、ギブソンの手記に何か手掛かりが書いてあるだろ」</div>
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ついでだし昼寝の合間にでも読んでみるかな、などと思っていると、少女が急に立ち止っ</div>
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た。「どうした？」と少女が見つめている方向を見ると、パン屋の軒先に並べられたパンが、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">焼き立てなのだろう、食欲をそそる香りを放っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……食いたいのか？」</div>
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俺のその言葉に、こちらの言葉は理解できるが話せない少女は、こちらを見て異なる色合</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いのオッドアイを輝かせた。期待を込めた瞳がキラキラと光る様はなるほど、宝石を思わ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">せるには十分な魅力を放っている。……口元からよだれが垂れているので台無しだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> とりあえず、ただの金食い虫だけにはなってくれるなよなと願うライトだった。</div>
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