「→ヴァイと嫁と戦闘訓練」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

→ヴァイと嫁と戦闘訓練」(2013/02/20 (水) 20:47:20) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

□リエステール酒場  夜遅く。酒場が店じまいをしている中  カロンと入口の音を立てて一人の支援士が入ってきた。 「ん…? こんな時間に誰でぇ?」 「マスター。夜分にすまない」 「おお、ヴァイじゃねぇか」  磨いていたグラスをテーブルに置き、マスターはヴァイの方を向く。  こんな時間に支援士が来る事は珍しい事ではなかった。 「…ここんとこ夜遅いのが連続だな。大丈夫なのか?」 「ああ…だが仕方ないさ。仕事だしな」  マスターはヴァイに水を差出し、ヴァイは答えてからそれを受け取り、飲み干した。  マスターは目を閉じて考え込み、もう一杯を注いでから、尋ねた。 「…リスティちゃんとは会えてるのか? 時間のズレとかは」 「また余計なお世話だな…」  ヴァイは呆れながら、おかわりの水を受け取って、それも飲み干した。 「まだ遅くない時間なら、一緒に飯を食べてるし。遅くなりすぎたら先に寝てもらってる。…今日はだいぶ遅かったからな。もう寝てると思うが」  マスターの問いかけにヴァイは言葉を追加して、コップをマスターへ返した。  その後、ヴァイは「とりあえずコイツを頼む」と、依頼達成のサインをマスターに渡した。  そのまま報酬を受け取って今日はギルドに戻るのだろう。  だが、マスターは報酬を差出しながら、ヴァイへ告げた。 「そうでぇ。ヴァイ、例の戦闘訓練。話が来てるぜ。受けるか?」 「ん? そりゃあ受けるが…相手が指定してる時間はいつだ?」 「今すぐだ」  そのマスターの言葉に、ヴァイはずるっと椅子から滑り落ちそうになった。  連日遅くまで仕事をしていて、体力もへとへとだというのに…  いやそれ以前に、常識的に考えて夜遅くに指定するというのもあり得ないだろう。いや、以前にあったけど、そう滅多にあるものじゃない。 「いや、待て。待て。さすがにこの時間だぞ…相手は誰だよ」 「ん」  ヴァイの心底呆れたような言葉に、マスターは親指を店の奥…キッチンのところを指した。  あそこに居るのは確か…… 「わしの嫁だ」 「…マジか?」  マスターの嫁さん。いつもこの酒場の食事を作っている。言うなれば調理専門のクリエイターだ。  戦闘訓練って…戦えるのか? 「ルールは単純。一太刀入れてみろってことでぇ」 「いや…マスターはそれで良いのか? 勝負にならないだろ…?」 「構わねぇ。確かにお前ぇの言う通り勝負にならないだろうな」  やれやれ。という感じでマスターはカウンターを開けてくれる。  通っていけ。という事なのだろうが… 「…聞いておくけど、後ろからマスターが不意打ちとかねぇよな?」 「あのなぁ。これはお前ぇとアイツの戦いだ。わしが水差してどうすんでぇ」  確かにマスターの言う通りで、マスターはそういう事をする人ではない。  だが、ヴァイは一つ考えた。  昔は冗談だと思っていたが、あの事件以来マスターが昔は『狂気の獅子』と呼ばれていた事が本当だったことは知った。  その『狂気の獅子』が、頭の上がらない相手だぞ…?  ヴァイは、これはひょっとしたら一筋縄ではいかないのかも知れない。と思った。 (……奥さんはクリエイターだ。トラップを仕掛けている可能性は無いか…?)  一歩足を踏み入れつつ、周りを見回す。  すると、 「なんだこれ…」  ヴァイの目の前にあったのは……食べ物。十六夜で言うと、膳というのだろうか。  白い粒を山盛りにしたもの。濁り汁。そして、鶏肉。  困惑するヴァイの後ろで、マスターの声が発せられる。 「白米と豆腐の味噌汁。鴨肉の炙り照焼き。一汁一菜という十六夜の伝統的なスタイルらしいぜぃ。言っておくがアイツは飯に毒は盛らん。そんな事したらこの酒場が終わる」 「食え。って事か…?」 「どうすんでぇ? アイツはもう刃を出したぜ。後はお前がその膳を斬り伏せて一太刀を入れに行くか?」  後ろのマスターが、ニヤッと笑った顔を、ヴァイは簡単に想像する事が出来た。  なるほど…もう、答えなんて決まっているじゃないか。 「ズルイな。そんな事出来るわけがねぇじゃねぇか」  椅子に座り、ヴァイは濁り汁…豆腐の味噌汁を口に含む。  温かい。深みのある旨味が広がった。  鴨肉の照焼きも口にする。濃い味付けは、白米と共に食べれば程よい味わいとなり、食が進む。  マスターがヴァイの隣に座り、水の入ったコップを膳に並べた。 「ちぃと昔話に付き合ってくれや」  そうマスターは切り出して、ポツリポツリと語り始めた。  それは、何十年か前の十六夜の話。  狂気の獅子は、ボロボロの身体を引きずるようにしながら、夜中の町中を歩いていた。  心の中には、モヤモヤと訳の分からない思いが渦巻いていた。 (オレは、何を求めていたんだ……?)  ただひたすらに力を、強さを追い求めて、脅威となる魔物を討伐していた。  いや、討伐などといく良い方も、生易しいかもしれない。  ただひたすらに強い敵の話を聞けば挑み、それらを狩って来た。  かつての仲間からは、キツく詰め寄られた。「お前の強さは、はき違えている」と。  それがまるで理解できなかった。  危険があれば力でねじ伏せる。その力を求めるために、危険となりうる魔物に挑む。  間違っていない。そう思っていた。  だが。 (あの瞳が………頭から、離れない)  十六夜に、狂気の獅子が訪れたのは今回も同じく、力を求めて魔物を狩りに来たことだった。  今回の対象は、フロストファング。  成獣のフロストファングは噂に違わぬ強さを有しており、狂気を振るう相手に不足はなかった。  だが……最後の一太刀。  グランバルディッシュをその眉間に沈めようとした時、その一瞬。  フロストファングは、ただ深い瞳を狂気の獅子に向けていた。  勝った後に残るのは、優越感。相手を屈し、自らが生きている事の証明をする。その極み……のはずだった。  だが、死したフロストファングに、二匹の小さなフロストファングの子が、まるで親を温めるかのように、寄り添って、親の体毛を舌で舐めた。  そこに残ったのは、虚しさだった。 (オレは……オレは…………!!)  凍えるような十六夜の夜。  狂気の獅子は、そのまま意識を失った。 「ん……」  まぶしさに目を開けると、そこは木目の天井。  身体を起こそうとすれば、強烈な痛みが身体を走り、  首を動かせば、水がせせらぎ、竹がコンと一定のリズムで打ち鳴るものが目に入った。  いや、それだけでなく、白く丸い石が敷き詰められ、葉がトゲのように何本も生えている、捻じ曲がった変わった形の木が植えられていた。  ああ。黄泉とは、まず部屋に寝かされるのだろうか。  狂気の獅子に、そう思わせるほど幻想的な空間だった。  そこに、渡りを通り座りながら女が一人、恭しく入って来た。 「ごめんやす。あんさん、調子は宜しやす?」 「あんたは…?」 「うちは、弥生と申しやす…あんさん、うちの宅の前で倒れておったんえ」  ゆったりした柔らかな口調で、女は濡れたタオルを、狂気の獅子の額に乗せた。  だが、狂気の獅子ははっとなる。 (女に世話になるなど、そんな恥ずかしい話があるか!!)  そう思い直し、身体を起こそうとするが、やはり身体に痛みが入った。  「まあ」と、弥生と言った女は驚いたように声を上げたが、すぐにキツイ声で狂気の獅子を咎めた。 「あきません。そないな身体でどないしやすの…? 急くんは身体を癒してからにおし」 「う、うるさい…! オレの事は放っておけ…!」 「難儀な人やな…。ここは武人の街であり、人情と任侠の街。あんさんを見捨てる“もののふ”はおりやせん」  狂気の獅子が、痛みに苦しみながらも、立ち去ろうとするその姿に、  弥生は、まるで童を見るかのような眼差しで、ふふ。と柔らかく微笑み、狂気の獅子の頬に触れた。 「お、おい…!」 「渡る世間に鬼は無し。笑う門には福来るゆうてな。 たんとお笑い」 「いでで…!」  そのまま、まるでいたずらをするように、狂気の獅子の頬をぐにぐにと横に引っ張った。  変な女だ。と狂気の獅子は思った。 「どうしても急くゆうなら、膳を無下にしていきなはる? そないいけずな真似しはるん?」  そして差し出されたのは、白い粒を山盛りにしたもの。濁り汁。そして、鶏肉。  初めて見る。そんな料理だった。  とても良い香りがして、ぶちまけるなどという事はとてもじゃないが出来なかった。 「十六夜では、一汁一菜といいはります。米に豆腐の味噌汁。鴨肉の照焼きになます」 「…」  二本の棒ぼ使い方が判らない。  困っていると、すっと弥生は見慣れたナイフとフォーク。そしてスプーンを取り出した。  黙ってそれを受け取り、鴨肉の照焼きを口に運ぶ。 「……う、旨い…!」 「おおきに。たんとおあがり下さい」  そう言って、弥生は狂気の獅子が全て食べ終えるまで、ずっと横に居てくれた。  膳を頂きながら、狂気の獅子はこの人生で初めて思った。 (……ああ。完敗だ)  魔物を倒し、勝ち続けていた人生で、初めての敗北だった。  弥生には、とてもじゃないが勝てない。勝負にすらならない。  だが、狂気の獅子は悔しさも妬みもなかった。  ただそこにあったのは、愛しさと…そして、自分にはこの人が必要だ。そういう思いだった。 「って言う事でぇ」 「なんだよノロケかよ」 「だははは!! そりゃあ自慢の嫁だからな!! 自慢して何が悪いんでぇ?」  バンバンとヴァイの肩を叩きながら、マスターは笑って答える。  ヴァイは膳を一つ残らず食べきり、マスターから出されたコップの水を飲んだ。  「……これは、完敗だな」  ああ、マスターの言う通りだ。勝負にすらならなかった。  そもそも、こんなにも思いやりがあり、温かな美味い飯を出す人を叩くことがどうして出来ようか。  そんな事が出来るのは、相当の下衆しかないだろう。  少なくともヴァイは、美味い飯を作ってくれて、それを振舞った奥さんに感謝をしていた。  マスターは、ヴァイの敗北を認めた言葉に一つうなずき、天井を見上げ……いや、それよりも遠くを見るようにしながら、呟いた。 「やれどれだけ強い。とか、やれどのくらい偉い。とかなんて、どれほどつまらねぇんだろうなぁ。わしが幾ら力自慢だとしても、アイツにゃ絶対ぇ勝てやしねぇ」 「……ああ。これはオレも勝てないな。こんな美味い飯をくれる人を無下に出来るわけがない」  だけども、ヴァイは小さく微笑んでいた。  これほど清々しく納得のいく負けが、そうあるだろうか。 「アイツにとって飯を作り人を幸せにするのは、戦いなんでぇ。それは、ヴァイ。お前ぇがリスティちゃんを護るために戦うのと何も変わらねぇ。  だからな、ヴァイ。アイツはお前も含めて支援士どもを大切に思ってる。その気持ちを汲んでやってくんねぇか? 仕事は分かるが無理はするんでねぇ」  平たく言えば、心配してくれたのだろう。  ヴァイは、「やれやれ参ったな…」という言葉を皮切りにして、一つうなずいた。 「判ったよ。明日は休む」  そう答えたヴァイに対して、横から声が入る。 「あきません。ただ休むだけのつもりちゃいまっしゃろな?」  その柔らかい独特の喋り方に目を向ければ。  黒髪にほっそりとした雪の様に色の白い、一目で目を引く、かなりの美人と判る女性が、立っていた。  その女性は、フルーツを切った小鉢をヴァイの前に差し出した。 「…なあマスター」 「ん? どうしたんでぇ?」 「この人は誰だ?」  ヴァイは思わずマスターに聞き返していた。  そのヴァイの言葉に、マスターはガクッと滑りそうになる。 「誰って。この話の流れならわしの嫁しかありえんだろうが」 「嘘つくな!! どう考えてもマスターみたいなオッサンに不釣合いじゃねぇか!!? 何かの間違いか!?」 「アホ言うんじゃねぇ!! 正真正銘、嫁のヤヨイでぇ!!」  ヴァイとマスターが言い争う横で、やはりその二人をまるで童を見るような目で優しく見つめながら、  弥生はヴァイの頭に掌を置いた。 「う…」 「あんさん頑張りはるんはええけど、リスティちゃんも頑張ってはるんやろ? ただ休むなんていけずな真似したらあきまへんえ。  男なら、デートに誘う器量を見せてくれませんとなぁ」 「あ、ああ。分かったよ…。明日は、リスティと出かける」  そうして、まるで子供をあやすようにゆっくりとヴァイの頭を撫でた。  それを甘んじて受けながら、ヴァイは改めて思った。「とても勝てる相手じゃないな…」と □リトルレジェンドギルド  翌朝。ヴァイが起きてくると、他のみんなはすでに朝食を食べている所だった。 「おおヴァイ。昨日は遅かったようじゃの。もう少し寝ていてもよいのではないか?」  エミリアの言葉にヴァイは大丈夫だと手を振り、テーブルに腰を掛ける。  その後、隣のディンがトーストを齧りながら、ヴァイへ問いかけた。 「今日もこのまま仕事か?」  そのディンの言葉に、ヴァイの前に座っているリスティが、スプーンを加えながら少し俯いてしまった。  それをティールは見逃さず、「やれやれ」と小さく首を振っていた。 「いや…リスティ」 「は、はい!」  ヴァイの言葉に、慌ててリスティは顔を上げて、ヴァイを見る。 「今日は休んで一緒に出掛けよう」 「え…えぇ!!」  その言葉にリスティは驚き、スプーンが落下してカラカラと音を立てる。  全員が、「おお」と感嘆の声を上げる。  ヴァイからそういう風に誘うのは珍しい。だけども、良い事だと思った。 「どうだ…? 迷惑だったか?」 「いえ! 全然! よろしくお願いします!!」  リスティは慌てて立ち上がり、頭を深く下げた。  そして、上げたリスティの顔は、ほんさっき俯いた時の暗い顔は消え失せて、  見ている方が幸せになるくらいのニコニコ顔で、シリアルを口に運び始めた。 (やれやれ。泣いたカラスがなんとやら…ってね)  ティールは内心そんな事を思ったけれども、  でも、幸せそうにしているリスティを見ることが出来たのは、良い事だなと思って、 「ん? ティール。おぬしにやけておるのか?」 「…知らない」  顔を隠すように、新聞を開いた。 ―― 戦績 5戦 1勝 3敗 1引き分け 過去対戦者 タキア・ノックス:冥氷剣を十枚符・魂縛術で暴発され、敗北してしまった。 ルーレット21:冥氷剣に対抗しジェノサイドブレイズを自分に撃ち、自爆特攻を狙うが失敗し勝利。 愛と正義の使者ジャスティスムーン:ラジア・レムリナムの乱入により中断。再戦(再修業)を約束し、引き分けとした。 アリス・I・ワンダー:言葉のトリックに気付きかけるも、回答が一歩遅れ敗北 弥生:温かな料理を前に、もはや戦意は無し。完敗
□リエステール酒場  夜遅く。酒場が店じまいをしている中  カロンと入口の音を立てて一人の支援士が入ってきた。 「ん…? こんな時間に誰でぇ?」 「マスター。夜分にすまない」 「おお、ヴァイじゃねぇか」  磨いていたグラスをテーブルに置き、マスターはヴァイの方を向く。  こんな時間に支援士が来る事は珍しい事ではなかった。 「…ここんとこ夜遅いのが連続だな。大丈夫なのか?」 「ああ…だが仕方ないさ。仕事だしな」  マスターはヴァイに水を差出し、ヴァイは答えてからそれを受け取り、飲み干した。  マスターは目を閉じて考え込み、もう一杯を注いでから、尋ねた。 「…リスティちゃんとは会えてるのか? 時間のズレとかは」 「また余計なお世話だな…」  ヴァイは呆れながら、おかわりの水を受け取って、それも飲み干した。 「まだ遅くない時間なら、一緒に飯を食べてるし。遅くなりすぎたら先に寝てもらってる。…今日はだいぶ遅かったからな。もう寝てると思うが」  マスターの問いかけにヴァイは言葉を追加して、コップをマスターへ返した。  その後、ヴァイは「とりあえずコイツを頼む」と、依頼達成のサインをマスターに渡した。  そのまま報酬を受け取って今日はギルドに戻るのだろう。  だが、マスターは報酬を差出しながら、ヴァイへ告げた。 「そうでぇ。ヴァイ、例の戦闘訓練。話が来てるぜ。受けるか?」 「ん? そりゃあ受けるが…相手が指定してる時間はいつだ?」 「今すぐだ」  そのマスターの言葉に、ヴァイはずるっと椅子から滑り落ちそうになった。  連日遅くまで仕事をしていて、体力もへとへとだというのに…  いやそれ以前に、常識的に考えて夜遅くに指定するというのもあり得ないだろう。いや、以前にあったけど、そう滅多にあるものじゃない。 「いや、待て。待て。さすがにこの時間だぞ…相手は誰だよ」 「ん」  ヴァイの心底呆れたような言葉に、マスターは親指を店の奥…キッチンのところを指した。  あそこに居るのは確か…… 「わしの嫁だ」 「…マジか?」  マスターの嫁さん。いつもこの酒場の食事を作っている。言うなれば調理専門のクリエイターだ。  戦闘訓練って…戦えるのか? 「ルールは単純。一太刀入れてみろってことでぇ」 「いや…マスターはそれで良いのか? 勝負にならないだろ…?」 「構わねぇ。確かにお前ぇの言う通り勝負にならないだろうな」  やれやれ。という感じでマスターはカウンターを開けてくれる。  通っていけ。という事なのだろうが… 「…聞いておくけど、後ろからマスターが不意打ちとかねぇよな?」 「あのなぁ。これはお前ぇとアイツの戦いだ。わしが水差してどうすんでぇ」  確かにマスターの言う通りで、マスターはそういう事をする人ではない。  だが、ヴァイは一つ考えた。  昔は冗談だと思っていたが、あの事件以来マスターが昔は『狂気の獅子』と呼ばれていた事が本当だったことは知った。  その『狂気の獅子』が、頭の上がらない相手だぞ…?  ヴァイは、これはひょっとしたら一筋縄ではいかないのかも知れない。と思った。 (……奥さんはクリエイターだ。トラップを仕掛けている可能性は無いか…?)  一歩足を踏み入れつつ、周りを見回す。  すると、 「なんだこれ…」  ヴァイの目の前にあったのは……食べ物。十六夜で言うと、膳というのだろうか。  白い粒を山盛りにしたもの。濁り汁。そして、鶏肉。  困惑するヴァイの後ろで、マスターの声が発せられる。 「白米と豆腐の味噌汁。鴨肉の炙り照焼き。一汁一菜という十六夜の伝統的なスタイルらしいぜぃ。言っておくがアイツは飯に毒は盛らん。そんな事したらこの酒場が終わる」 「食え。って事か…?」 「どうすんでぇ? アイツはもう刃を出したぜ。後はお前がその膳を斬り伏せて一太刀を入れに行くか?」  後ろのマスターが、ニヤッと笑った顔を、ヴァイは簡単に想像する事が出来た。  なるほど…もう、答えなんて決まっているじゃないか。 「ズルイな。そんな事出来るわけがねぇじゃねぇか」  椅子に座り、ヴァイは濁り汁…豆腐の味噌汁を口に含む。  温かい。深みのある旨味が広がった。  鴨肉の照焼きも口にする。濃い味付けは、白米と共に食べれば程よい味わいとなり、食が進む。  マスターがヴァイの隣に座り、水の入ったコップを膳に並べた。 「ちぃと昔話に付き合ってくれや」  そうマスターは切り出して、ポツリポツリと語り始めた。  それは、何十年か前の十六夜の話。  狂気の獅子は、ボロボロの身体を引きずるようにしながら、夜中の町中を歩いていた。  心の中には、モヤモヤと訳の分からない思いが渦巻いていた。 (オレは、何を求めていたんだ……?)  ただひたすらに力を、強さを追い求めて、脅威となる魔物を討伐していた。  いや、討伐などといく良い方も、生易しいかもしれない。  ただひたすらに強い敵の話を聞けば挑み、それらを狩って来た。  かつての仲間からは、キツく詰め寄られた。「お前の強さは、はき違えている」と。  それがまるで理解できなかった。  危険があれば力でねじ伏せる。その力を求めるために、危険となりうる魔物に挑む。  間違っていない。そう思っていた。  だが。 (あの瞳が………頭から、離れない)  十六夜に、狂気の獅子が訪れたのは今回も同じく、力を求めて魔物を狩りに来たことだった。  今回の対象は、フロストファング。  成獣のフロストファングは噂に違わぬ強さを有しており、狂気を振るう相手に不足はなかった。  だが……最後の一太刀。  グランバルディッシュをその眉間に沈めようとした時、その一瞬。  フロストファングは、ただ深い瞳を狂気の獅子に向けていた。  勝った後に残るのは、優越感。相手を屈し、自らが生きている事の証明をする。その極み……のはずだった。  だが、死したフロストファングに、二匹の小さなフロストファングの子が、まるで親を温めるかのように、寄り添って、親の体毛を舌で舐めた。  そこに残ったのは、虚しさだった。 (オレは……オレは…………!!)  凍えるような十六夜の夜。  狂気の獅子は、そのまま意識を失った。 「ん……」  まぶしさに目を開けると、そこは木目の天井。  身体を起こそうとすれば、強烈な痛みが身体を走り、  首を動かせば、水がせせらぎ、竹がコンと一定のリズムで打ち鳴るものが目に入った。  いや、それだけでなく、白く丸い石が敷き詰められ、葉がトゲのように何本も生えている、捻じ曲がった変わった形の木が植えられていた。  ああ。黄泉とは、まず部屋に寝かされるのだろうか。  狂気の獅子に、そう思わせるほど幻想的な空間だった。  そこに、誰かが渡りを通って来て、入口で座ってから、女が一人恭しく入って来た。 「ごめんやす。あんさん、調子は宜しやす?」 「あんたは…?」 「うちは、弥生と申しやす…あんさん、うちの宅の前で倒れておったんえ」  ゆったりした柔らかな口調で、女は濡れたタオルを、狂気の獅子の額に乗せた。  だが、狂気の獅子ははっとなる。 (女に世話になるなど、そんな恥ずかしい話があるか!!)  そう思い直し、身体を起こそうとするが、やはり身体に痛みが入った。  「まあ」と、弥生と言った女は驚いたように声を上げたが、すぐにキツイ声で狂気の獅子を咎めた。 「あきません。そないな身体でどないしやすの…? 急くんは身体を癒してからにおし」 「う、うるさい…! オレの事は放っておけ…!」 「難儀な人やな…。ここは武人の街であり、義理と人情、任侠の街。あんさんを見捨てる“もののふ”はおりやせん」  狂気の獅子が、痛みに苦しみながらも、立ち去ろうとするその姿に、  弥生は、まるで童を見るかのような眼差しで、ふふ。と柔らかく微笑み、狂気の獅子の頬に触れた。 「お、おい…!」 「渡る世間に鬼は無し。笑う門には福来るゆうてな。 たんとお笑い」 「いでで…!」  そのまま、まるでいたずらをするように、狂気の獅子の頬をぐにぐにと横に引っ張った。  変な女だ。と狂気の獅子は思った。 「どうしても急くゆうなら、膳を無下にしていきなはる? そないいけずな真似しはるんかえ?」  そして差し出されたのは、白い粒を山盛りにしたもの。濁り汁。そして、鶏肉。  初めて見る。そんな料理だった。  とても良い香りがして、ぶちまけるなどという事はとてもじゃないが出来なかった。 「十六夜では、一汁一菜といいはります。米に豆腐の味噌汁。鴨肉の照焼きになります」 「…」  二本の棒の使い方が判らない。  困っていると、すっと弥生は見慣れたナイフとフォーク。そしてスプーンを取り出した。  黙ってそれを受け取り、鴨肉の照焼きを口に運ぶ。 「……う、旨い…!」 「おおきに。たんとおあがり下さい」  そう言って、弥生は狂気の獅子が全て食べ終えるまで、ずっと横に居てくれた。  膳を頂きながら、狂気の獅子はこの人生で初めて思った。 (……ああ。完敗だ)  魔物を倒し、勝ち続けていた人生で、初めての敗北だった。  弥生には、とてもじゃないが勝てない。勝負にすらならない。  だが、狂気の獅子は悔しさも妬みもなかった。  ただそこにあったのは、愛しさと…そして、自分にはこの人が必要だ。そういう思いだった。 「って言う事でぇ」 「なんだよノロケかよ」 「だははは!! そりゃあ自慢の嫁だからな!! 自慢して何が悪いんでぇ?」  バンバンとヴァイの肩を叩きながら、マスターは笑って答える。  ヴァイは膳を一つ残らず食べきり、マスターから出されたコップの水を飲んだ。  「……これは、完敗だな」  ああ、マスターの言う通りだ。勝負にすらならなかった。  そもそも、こんなにも思いやりがあり、温かな美味い飯を出す人を叩くことがどうして出来ようか。  そんな事が出来るのは、相当の下衆しかないだろう。  少なくともヴァイは、美味い飯を作ってくれて、それを振舞った奥さんに感謝をしていた。  マスターは、ヴァイの敗北を認めた言葉に一つうなずき、天井を見上げ……いや、それよりも遠くを見るようにしながら、呟いた。 「やれどれだけ強い。とか、やれどのくらい偉い。とかなんて、どれほどつまらねぇんだろうなぁ。わしが幾ら力自慢だとしても、アイツにゃ絶対ぇ勝てやしねぇ」 「……ああ。これはオレも勝てないな。こんな美味い飯をくれる人を無下に出来るわけがない」  だけども、ヴァイは小さく微笑んでいた。  これほど清々しく納得のいく負けが、そうあるだろうか。 「アイツにとって飯を作り人を幸せにするのは、戦いなんでぇ。それは、ヴァイ。お前ぇがリスティちゃんを護るために戦うのと何も変わらねぇ。  だからな、ヴァイ。アイツはお前も含めて支援士どもを大切に思ってる。その気持ちを汲んでやってくんねぇか? 仕事は分かるが無理はするんでねぇ」  平たく言えば、心配してくれたのだろう。  ヴァイは、「やれやれ参ったな…」という言葉を皮切りにして、一つうなずいた。 「判ったよ。明日は休む」  そう答えたヴァイに対して、横から声が入る。 「あきません。ただ休むだけのつもりちゃいまっしゃろな?」  その柔らかい独特の喋り方に目を向ければ。  黒髪にほっそりとした雪の様に色の白い、一目で目を引く、かなりの美人と判る女性が、立っていた。  その女性は、フルーツを切った小鉢をヴァイの前に差し出した。 「…なあマスター」 「ん? どうしたんでぇ?」 「この人は誰だ?」  ヴァイは思わずマスターに聞き返していた。  そのヴァイの言葉に、マスターはガクッと滑りそうになる。 「誰って。この話の流れならわしの嫁しかありえんだろうが」 「嘘つくな!! どう考えてもマスターみたいなオッサンに不釣合いじゃねぇか!!? 何かの間違いか!?」 「アホ言うんじゃねぇ!! 正真正銘、嫁のヤヨイでぇ!!」  ヴァイとマスターが言い争う横で、やはりその二人をまるで童を見るような目で優しく見つめながら、  弥生はヴァイの頭に掌を置いた。 「う…」 「あんさん頑張りはるんはええけど、リスティちゃんも頑張ってはるんやろ? ただ休むなんていけずな真似したらあきません。  男なら、デートに誘う器量を見せてくれませんとなぁ」 「あ、ああ。分かったよ…。明日は、リスティと出かける」  そうして、まるで子供をあやすようにゆっくりとヴァイの頭を撫でた。  それを甘んじて受けながら、ヴァイは改めて思った。「とても勝てる相手じゃないな…」と □リトルレジェンドギルド  翌朝。ヴァイが起きてくると、他のみんなはすでに朝食を食べている所だった。 「おおヴァイ。昨日は遅かったようじゃの。もう少し寝ていてもよいのではないか?」  エミリアの言葉にヴァイは大丈夫だと手を振り、テーブルに腰を掛ける。  その後、隣のディンがトーストを齧りながら、ヴァイへ問いかけた。 「今日もこのまま仕事か?」  そのディンの言葉に、ヴァイの前に座っているリスティが、スプーンを咥えながらしゅん…と少し俯いてしまった。  それをティールは見逃さず、「やれやれ」と小さく首を振った。 「いや…リスティ」 「は、はい!」  ヴァイの言葉に、慌ててリスティは顔を上げて、ヴァイを見る。 「今日は休んで一緒に出掛けよう」 「え…えぇ!!」  その言葉にリスティは驚き、スプーンが落下してカラカラと音を立てる。  全員が、「おお」と感嘆の声を上げる。  ヴァイからそういう風に誘うのは珍しい。だけども、良い事だと思った。 「どうだ…? 迷惑だったか?」 「いえ! 全然! よろしくお願いします!!」  リスティは慌てて立ち上がり、頭を深く下げた。  そして、上げたリスティの顔は、ほんさっき俯いた時の暗い顔は消え失せて、  見ている方が幸せになるくらいのニコニコ顔で、シリアルを口に運び始めた。 (やれやれ。泣いたカラスがなんとやら…ってね)  ティールは内心そんな事を思ったけれども、  でも、幸せそうにしているリスティを見ることが出来たのは、良い事だなと思って、 「ん? ティール。おぬしにやけておるのか?」 「…知らない」  顔を隠すように、新聞を開いた。 ―― 戦績 5戦 1勝 3敗 1引き分け 過去対戦者 タキア・ノックス:冥氷剣を十枚符・魂縛術で暴発され、敗北してしまった。 ルーレット21:冥氷剣に対抗しジェノサイドブレイズを自分に撃ち、自爆特攻を狙うが失敗し勝利。 愛と正義の使者ジャスティスムーン:ラジア・レムリナムの乱入により中断。再戦(再修業)を約束し、引き分けとした。 アリス・I・ワンダー:言葉のトリックに気付きかけるも、回答が一歩遅れ敗北 弥生:温かな料理を前に、もはや戦意は無し。完敗

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: