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大陸南部の町のひとつ、ミナル。
大陸随一の美しさを誇るといわれている河川の流れるこの町は、時に河川の町、と称されることがある。
そして、全体から感じられるその清廉な雰囲気から、教会の存在も他の町より深く浸透している町でもあった。
それゆえに、普段は大騒ぎとは無縁な町でもあるのだが、それでも時期によってはほんの少し湧き立つことがありえないというわけでもない。
…………この世で愛や恋ほど厄介で面倒なものはないと思う。
それは彼女が旅をつづけて……というより、昔からちょっと気にはなっていた存在と旅を続けていて、辿り付いた結論である。
今日は休憩と称してミナルで宿をとり、二人ともゆっくりと身体を休める予定だったのだが……
「……はぁ……」
その片方……エミリアは、どうにも気が休まる様子はなさそうだった。


―エミリアの場合 ~In minal―




女性が男性にチョコと共に愛を伝える日、バレンタインデー。
自慢では無いが、年に一度……製菓クリエイターの商業戦略じゃないかとも言われているこの日に、誰かにチョコレートを渡さなかった年は無い。
……まぁ、上げ足をとろうとする相手に対して言っておくと、物心つく前とその前後は別として。
「アールグレイと……」
そういうわけで、今年も例年通りに鍋の中の溶かしたチョコをおたまでぐるぐると回していた。
―そういえば手作りするようになったのは、9歳から10歳あたりだった気がする。
その理由はよく憶えていないが、多分自分で色々とやってみる楽しさを覚えた時期だ。
…で、支援士として旅に出始めて3年目になる今年も、ほぼ毎年の習慣となったこの行動は行われていた。
「ん、こんな感じかな」
鍋から少しすくいあげ、それを自分の口に運ぶ。
毎年の事だが、渡す相手の好みはどの程度の甘さなのかは厳密にはわかっていない。
ただ、お菓子系はわりと甘党だと言う事は確かで、クールを気取っているような性格から考えられるビター系は適切とは言えない。
そのギャップを楽しむのもまた一興だし、厳密に言えばクールになりきれてもいない相手だ。
本人は気取っているつもりもなく、それが素の性格ではあるのだけれども。
「よし、次は……」
今まで毎年のようにあげてきたものは、世間一般的にいう『義理チョコ』である。
最初は友達として、次には妹として、時には姉として、最近では仲間として。
かつて弱虫だった頃の彼の『年下の保護者』みたいな感じになった頃から、彼の前では年上ぶった振る舞いもしてきたけれど……そろそろ、『妹』とかに戻ってもいい頃合いのような気もする。
「まぁ、すぐには無理じゃな……」
なんだかんだいって長い事年上面を続けてきた事にはかわりない。
そろそろ、と言ってもすぐに態度を変える事が出来れば苦労はしないだろう。
「……さて、と後は型に流して固めて……」
……ふと、そこである一つの考えが頭に浮かぶ。
チョコに何か加えるなどというものでは無く、今自分がしている行動に関しての事。
そして、以前の冒険の後にあった、未だに思い出しただけで赤面してしまう行動の事
「…………うぅ……」
なんとなくではあるが、自分が本気で『そういう対象』として彼のことを見ているのは理解していた。
時折かっこよく見えたりするのは、弱虫だった頃とのギャップもあるだろう。
それでも、頭でそう認識してしまった以上、そういうことはあんまり関係が無い。
「……ほんとに、厄介なシロモノじゃな……」
この感情の厄介さと面倒さは、どんな扱いに困るアイテムよりも厄介なものだと思う。





「……ディン、これ」
その夜。
宿の一室に入ったところで、今朝から作っていたチョコレート……
「…なんだこの氷の塊は」
が、分厚い氷の塊に包まれたものを、ディンはエミリアから突き出されていた。
内部に見えるチョコは、儀礼的なのか意図的なのか、例年通りのハート型だと認識できるが、それを包んでいる氷の塊の形は、なんとも不恰好な……おそらく内部の形に合わせたハート型に見えなくも無いくらいの出来だった。
「……造型魔法は苦手なのじゃ……」
「別に無理にやること無いだろう。演出かなにかのつもりでも、こんな分厚い氷じゃなくて、表面にだけ薄く張っても…」
「……つべこべ言わずにとっとと食べろ」
言われなくても、最初はそのつもりだった。
チョコの表面にハート型の氷を薄く張って、ちょっと気取った事をしてみようとしたのが事の始まり。
そもそも、彼女の使う『アイスコフィン』は大気中の水分を集め、氷と言う名の『形』を与えるだけの魔法。
それを飛ばすように扱う事で、”氷塊による攻撃魔法”として扱ってはいるのだが、要するに本来は造型の魔法である。
力の具合を調節すれば、レベルの高いマージナルならば巨大で精巧な氷の彫刻をも作り出せるというが……
「いや……だからこんな分厚い氷じゃ食うに食えない……」
「かじれ」
普段使い慣れない使い方をしようとしたためか、どうにも形が纏まらず、何度も繰り返すうちに巨大な塊になってしまった、という具合である。
「……はぁ、もう溶けるのをまってからでよいから、せめて食べるのじゃ」
「まぁ、エミィのチョコレートって美味いからな。 別にこんな演出無くてもうれしいって」
「なっ……」
ぼっ、と一気に耳の裏まで真っ赤になるエミリア。
普通に言われただけならここまでの反応はしなかったかもしれない。
ただ、作っている最中に色々と思い出したり考えたりしてしまったということが原因かもしれない。
……そんな事を考える冷静さは、まだ頭の中に残っていた。