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彼女が、この日をひとりで向かえるのは今年が始めてだった。
愛する人、お世話になった人、またば、異性の友達。
時には抑え切れない想いを乗せて、時には仲の良いというよしみの上で、チョコレートと言う甘いお菓子を大切な人に贈る日。
……一人と言っても、なにも恋人がいたというわけでもなく、元々無いようなものだから、それを失ったわけでもない。
ただ、恋人としての付きあいは最期までできなかったものの、憧れの人、という存在は確実にいた。
その人が、自分の目の前からいなくなってしまった……それだけのことだった。


―ティールの場合 In Field―



「ふぅー……」
周囲に群がっていた魔物を蹴散らし、少し場所を移動する。
一人で旅をする事にも随分となれてきた。
でも、やはり寂しいものは寂しい。 特に、こういう『贈り物』が行われる日は、そういった想いがつよく思い出される。
……いつか仲間を作ろうとは思う。 今の自分を受け入れてくれると言ってくれた人もいる。
あの時その提案を受けなかったのは、仲間を失うという恐れを抱く事を恐れた……それもある。
しかしそれ以上に、以前自分とともにあった『彼ら』の存在が大きく、他を受け入れる覚悟が無かったということもあった。
「大切な誰かと共にある。 冒険者として、人としてそれほど素晴らしいことは無い……」
これは、『彼』の言葉。 仲間がいる事は、それだけで力になる。
……自分もそれを知っているからこそ、このままではいけないと思っている。
「……今の私を見たら、貴方は怒るかな? それとも笑う?」
そんなふうにぶつぶつと口にしながら、たどり着いたのは、地面から突き出るような形で存在を誇示する岩。
彼女が座るには丁度いい大きさだった。
「……」
ふぅ、と一息ついて、ティールはその岩へと一歩足を進め、おもむろに首の後ろへと手を回すと、自らの首から下げていたペンダントもその岩の上に置いた。
お風呂はおろか、眠るときすらも決して外すことの無かったペンダントを……
……そのまますこし俯いて、そのペンダントに向けて……さもだれかがそこにいるかのように、話しかけるティール。
そして、コートの内ポケットの中にしまっていた包みを取り出し、ぺりぺりと包装紙を剥がし始めた。
「チョコレート……甘いのは苦手だって言ってたのに、毎年ちゃんと食べてくれてたよね」
そう言いながら剥がしきった紙の中から出てきたのは、一枚の板チョコ。
その半分を割って、円を描くように置かれたペンダントの鎖の内側に置き、もう半分は、自分の口に運ぶ。
「私も、わざと大きいの買ってきて、”じゃあ、半分こしよ” とか言って、勝手に恋人気分味わっちゃって……」
多分、彼は私に大しては妹や娘といった感情しかなかっただろう。
第一、年齢そのものが10年近く離れていたし、向こうにしても”子どものかわいい恋愛”程度にしか認識して貰っていなかったような気もする。
「……うん、大丈夫。 この世界でも、私の大切なものは見つけられそうだから……」
何か聞こえたわけでは無い。
ただ、彼が目の前にいれば……どんな風に声をかけてくれるか、それが分かった気がしただけだった。
「……いつまでも、引きずってちゃダメだよね。 貴方に心配かけるだけだろうし」
彼のことを忘れる事はできないけれど、彼を失った事に対して、いつまでも自分が罪のような意識を持ち続ける事は彼の望むところでは無いだろう。
別れの日は決して忘れる事は無い、背負ったものも捨てる事は無い。
でも、それをただ罪として受け止めるのは止めよう。彼は、私に業を負わせる為に、私を生かしたのでは無いのだから。 
「…うん、甘くておいしい」
……口の中に広がるチョコレートの甘さは、この日は特別に心地がよかった。