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今日の夕ご飯は白米と鮭、野菜の煮物、出汁巻きの4品。あとは茶でもあればひとまず満足といったところだろう。
ホタルは少し厚着をして工房を出、財布片手に十六夜の食品市場で今夜の夕食の食材を吟味している。
そういえばお酒がもう少しでなくなりそうだったことを思い出す。
あまり大量に飲む方では無いものの、寒波が厳しいこの時期に、身体を内から温める酒の有無は十六夜ではかなり重要だった。
―まぁ、飲めない者はもっと厚着をすればいいという話だが。
「ふぅ~……今日は寒いね……」
十六夜の民が漏らすこの言葉に対し、他の町の感覚で”いつでも寒いだろう”などという台詞を言ってはいけない。
夏でも雪が残る事があるこの大地、冬の寒さは筆舌に尽くしがたい。
要するに、寒い。とにかく寒い。 雪が降らずに太陽が出てるだけマシである。
ホタルは自分の着ているコートを軽く着なおす。
十六夜の民よりも寒さへの耐性が低い他の町の者が、十六夜に行くために作った防寒着は、今では十六夜でも随分と馴染み深いものになっていた。
しかし十六夜の誇りに欠けるなどと言い、頑として外の防寒具を使わず、ドテラ等の十六夜の防寒着を主に使っている者もいる。
……ホタルの家系である『天乃』は『優れた技は取り入れるべき』という教えがあり、代々片刃剣のみならず、『剣』に分類される武器の技術は余す所無く習得している。
確かに最終的な目的は”片刃剣の極み”だが、『全ての技を知ってこそ、真髄は見える』……という初代の言葉は、現頭首であるホタルの考え方にも確かに根付いていた。
……まぁ、要するに外の道具を使う事に特に抵抗は無いというわけである。
むしろ普通にかわいいものが好き、と、刀匠である前に一人の女性であるホタルは、仕事着以外は色々と着飾ってもいいじゃないかと考えていた……というより、今では半分くらいの民がそっちに賛同するだろう。
そんな理由から、デザインが気に入り買ってみた”ダッフルコート”とやらは、中央でも女性に人気があるらしい。
まぁ暖かいのは確かだが機能的に冒険向きでは無いので、支援士が町の外で着てるのはまず見かけない。
「……あ、そういえば薪と炭もそろそろ追加しないと……」
……また、防寒と言えば火。
防寒用の薪の他に鍛冶にも火を使う刀匠として、薪や炭といったの燃料の消耗はかなり激しい。
『天乃』の名を継いでからというもの、その名に恥じぬように毎日十数時間をかけて剣を打ち続けてきた。
それゆえに、本来予定していた以上に燃料を使い、そろそろ追加しなければ仕事ができなくなる。
…さすがに夜を越す際に命に関わるので防寒用の薪は予定以上に使うわけにはいかない。
「……帰る前に薪屋に炭問屋……かな」
この時期、薪や炭を売る店はかきいれ時である。
それゆえに在庫が残っているかどうかは微妙で、大量にあるか全くないかのどちらかである可能性が高い。
無ければ酒場に薪と炭を集める依頼を出すしかないが、まずは薪屋の方へと足を運ぶことにした。








―結果。
「あら、ホタルさん。 依頼は鉄? それとも薪と炭?」
「薪を、これだけお願いします。 報酬は20000で」
炭は最後の在庫を買い取り、工房へと搬送して貰うことができたが、薪は充分な量を確保することはできなかった。
…この酒場は他の町とは一風変わった様相の酒場で、さらに驚くべきは、マスターに部類される人物が女性であることかもしれない。
―厳密に言えば酒場の大将と女将は夫婦揃って依頼を扱う資格を持っているというだけで、今日はたまたま女将の方が立っていると言うだけなのだが。
恰幅のいい女将は慣れた様子で帳簿を開くと、ホタルの出した依頼を達筆な文字でサラサラと記入した。
……『筆』という筆記用具の文字に慣れていない外の人間は、依頼を受けるところから苦労しそうである。
というか、十六夜の文化をよく知らないために、そういう状況におちいる支援士は後を絶たない。
「ん?」
とりあえず用件も済み、酒場を出ようとしたその時、二人の支援士達の姿が目に入った。
―酒場に支援士がいるのは当然の事で、普段なら気にする事も無いのだが、それは酒場の机を借り、青紫色の髪の女性が、薄い灰色の髪の男性に筆の扱いを教えている、と言う珍しい光景で……
二人とも十六夜の人間とは違う雰囲気を持ち、それなのに片方はやたらと十六夜の筆記具である『筆』の扱いに詳しい、という組み合わせに、思わず気が向いていた。
恐らく空いた時間の暇つぶしなのだろう。
男の方は筆を教わるのを嫌がっているわけではなく、かといってそこまでやる気を見せるわけでも無く、女性に教わるままに紙の上に筆を走らせている。
「……続ければ達筆になりそうね」
横から覗きこみ、書かれた文字を見るホタル。
今はあまり見れた出来ではないが、素質はある、と素直な感想を抱いていた。
ちなみに、女性の方はかなり上手である。
さすがにその分野で”先生”と称される人物には敵わないだろうが、そのへんにいる書道家くらいなら充分対抗できる。



そうしてしばらく眺めた後、その場を離れようとした時、ふと目線を下げると、その男の足元に、一本の大剣が置かれていた。
町中と言う事で、刃が外に出無いように布で覆われはしているが、自身の経験上、その柄だけを見ても、その剣がそれなりの物であり、かなり使いこまれていることがわかった。
「…………」
そういえば、何年か前にブレイブマスターの少年に片刃剣を与えたという刀匠の話を聞いた事がある。
細かい経緯は知らないが、その剣は折れるまで使い込んだロングソードの柄をそのまま使った、かなりの名刀であるらしい。
ロングソードの柄を使った、という点がふに落ちないが、おそらく持ち主がその剣になにかしら思い入れがあり、その刀匠はそれをくんで柄をそのまま使ったのだろう。
「私に足りないもの……」
ふと、先日のクウヤの言葉が脳裏をかすめた。
……手探りで、その意味を考える毎日。
そのせいか、ごく些細な事でも『鍛冶』に関する事を意識すれば、その言葉を思い出す。
―……だめだだめだ、焦ってはだめだ―
焦りは思考を鈍らせ、刃をも曇らせる。
重要なことだからこそ、深く、静かに、時間を掛けて考える必要があるのだ。
「……帰ろう」
一度深呼吸をして気持ちを落ち着けそう呟くと、ホタルは酒場を後にした。

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