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―2―






そして、翌日……正午を回ろうかと言う時間帯。
ホタルは朝から自身の工房の中で、一本の片刃剣を前にして座りこみ、槌を振るうわけでもなく、炉に放り込むわけでもなく、ただその刀身をジッと眺めていた。
―それだけでは意味がないのだ―
クウヤにかけられたその言葉が、幾度となく脳裏に響いている。
「…………」
目の前にあるこの剣は、作り手の目から見ても、間違いなく父、シエンの作ったそれと遜色ない輝きを放っている。
天乃の名を継ぐ者として、先代の技と同等の技を身につけ、それらを全て打ち込んだという自身もある。
それなのに、クウヤはその剣を否定した。
―天乃の名を継ぐということ、その意味を貴方は理解していない―
「名を継ぐ意味……」
それは、代々伝えられている技を受け継ぐということではないのだろうか。
……いや、技を継ぐというのは、一族を継ぐ者としてあたりまえのことだ。
ならば、”それ以上”に何かを求め、得ることに意味があるということ……
「…………」
ホタルは、目の前の片刃剣に手を伸ばし、掲げるように持ち上げようとした。


―コンコン


しかし、丁度柄に手が触れた瞬間だろうか。
まるで見計らったようなタイミングで、外と工房をつなぐ戸から、ノックをする音が聞こえてきた。
「……はい」
すこしだけ間を置き、ふぅ、と溜息を一つ漏らした後に、その戸の向こうにいるだろう誰かに向けて声を飛ばす。
人が来る事が苦手なわけではないが、考え事をしていたことと、その集中を乱された事に少し苛立ちを覚える。
しかし、客がこちらの都合など知っているはずもないのだから、それはこちらの都合で別に向こうに非はない。
表情を取り繕い、深呼吸をひとつ行って戸を開く。
「―……あ」
まず顔を見ておどろいた。
……そこにいたのは、昨日酒場で習字をやっていた男女の二人組だった。
「いきなりすまぬな、私の名はエミリア。 そしてこいつが……」
「ディンだ」
その二人の口からまず出てきたのは、いきなり押しかけた非礼と、自分の名。
二人とも、名を名乗る際に軽くではあるが頭を下げていた。
―真面目な人達…かな―
「ご丁寧にありがとうございます。 この工房の主、ホタルです」
第一印象だけを言えば、二人とも悪い人間では無さそうである。
とりあえず、外は寒いので工房の中に二人を招きいれ、戸を閉じる。
「少々お待ち下さい、お茶をお持ちします」
「おかまいなく。 それより……むぐっ」
「それより、頼みたい事があるんだが……」
何かを喋りかけたエミリアの口をディンが塞ぎ、代わりに同じ言葉を口にする。 頼みごとは自分の口で頼みたい、という意思の表れだろうか。
……ただ、その光景は半ば強引に礼儀を取り繕っているようにもみえる。
慣れなくとも礼儀を正そうとする姿は悪い事では無いが、色々と無理にしようとする姿は滑稽である。
まぁ、真面目な意思のあらわれは感じられるので、不快というわけでは無いのだが。
「……俺の剣を見て欲しいんだが……」
「その背の大剣ですか?」
柄だけ見ても使い込まれている事がよく分かる大剣……
間違いない、昨日酒場で目にした剣だ。
「ああ、どうもそろそろ限界がきてるみたいでな……」
しゅるしゅると巻いてあった布をほどき、その内側から現れた刀身は、確かにあちこちに細かい傷があり、部分的に刃こぼれしているようだった。
使えないほど劣化はしていない、しかし斬れ味という点は確実に落ちているだろう。
このまま持ち歩いてもまだ問題ないが、万全と言える状態でもない。
……これだけ見れば、この人が私に何を求めているかわかる。
「打ちなおして欲しい、と言うことですか」
「ああ。 頼まれてくれないか?」
「……そうですね……」
今のホタルは、クウヤに言われた言葉の意味を考える事に精一杯だった。
いくら剣を眺めても、何が足りないのか、という一点で思考は留まり、そこから先に進むことは無い。
「……」
気分転換、という言葉がある。
色々と煮詰まった時には、全く関係ない事をして頭の中身を切り替え、一度整理することで、結果的に後の能率が上がるということだ。
―……一度、頭をまっさらにするべきかな―
片刃剣から離れ、精神を落ちつかせる。
……自分にとって最も集中できるのは、剣を打っているときだ。
「……わかりました。 私にお任せ下さい」
「そうか。 ありがとう、助かった!」
「ホントに……ようやく希望が見えた……」
「―は?」
仕事を受けたその時点で、喜ばれた。
……仮にも刀匠の名家である自分が仕事を受けたとき、その依頼人が嬉しいようなほっとしたような表情を見せる事はよくあるのだが……
こんなふうに過剰に反応されると、かえって自分の方が対応に困る。
「―あ、すまぬ。 ……実は『片刃剣以外は受け付けない』という刀匠が思いの外多くてな……」
「……ああ、なるほど」
十六夜の刀匠には、大まかに分けて2種類の流派がある。
一つは、片刃剣の技のみを極める事で、究極の片刃剣を作ろうとする流派。
もう一つは、他種の剣の優れた部分の技術も取りこみ、片刃剣の技術の一つとして活かそうとする流派。
前者は一つの技術においては絶対的なものがあるが多様性がなく、後者は多様性と技術の手広さでは他者を圧倒するが、一つの技術を伸ばすには時間を要する。
一長一短、どちらが悪いと言うことは無いし、どちらかと言えば後者に属するホタルも、前者を否定するつもりは無い。
「……ずいぶんと、探した後のようですね」
と言っても、その割合は半々。
2軒に1軒は大剣を扱える刀匠もいるはずが、ここまで疲れるほど探したと言うのは運が悪かったのだろう。
「……お茶、やはり出させていただきます。 奥へお上がりください」
とりあえず、御苦労様です、という意味を込めて、ホタルは奥の居間への戸を開いた。

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