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―3―





「どうぞ」
ホタルはコトリ、とちゃぶ台の上にお茶が注がれた湯飲みを三つと、茶瓶を置く。
そしてかるく衣服を正すと、二人と向かい合うような位置に、正座で腰を下ろした。
「すまぬな、ここまでしてもらうつもりではなかったのじゃが……」
エミリアはかるく苦笑いを浮かべつついつもかぶっているらしい帽子を足元に置き、自らも佇まいを直し、丁寧に湯のみを受け取った。
「いえ。 ……あのディンさん、慣れないようですし、足崩していただいても結構ですよ」
「……ああ、悪い……」
正座、というのは”椅子”というものがあまり使われず、床に直に座るという風習が主となっている十六夜独特の文化の一つであり、一般的に外から来た人間には馴染みのない座り方である。
……慣れない者なら、短時間でも足に強い痺れを感じ、しばらくは立つこともままならなくなる場合があるという、外の者達にはこんな座り方を儀礼とする理由がわからない、と言われそうな風習でもある。
ディンは、足を崩してもう一度座りなおした。
「エミリアさんは、大丈夫なんですか?」
「私はお婆ちゃんが十六夜出身でな、幼い頃に家の和室でさんざんしごかれたからのぉ……」
「……ああ、たしか”茶道”ってやつだったな……」
……まだ珍しい部類はいるかもしれないが、昔から十六夜の者が外に出稼ぎに行くことも多く、外で恋に落ち、家を持った者などの家系には和室のある家もそれなりに存在している。
エミリアの家もその一例で、”茶道”とやらにつき合わされて苦い思い出でもあるのか、ディンも少し表情を歪ませた。
エミリアはなんでもないように表情を取り繕ってはいるようだったが、文化という点に厳しい祖母だったのだろうか、ほんの少し隠しきれない部分が顔に現れていた。
「……では、その喋り方も……」
「うむ、お婆ちゃん譲りじゃ。 いつのまにかうつっていたようでのぉ」
「なるほど。 最近では十六夜でもそういう喋り方をする人はご老人がほとんどですからね、少し気になっていました」
あははは…と苦笑も少し混じらせて笑顔を見せる二人。
ディンも付き合う程度に微笑みを浮かべていたが、どうにも女二人という雰囲気の中に入りづらく、とりあえず何も言わずにいるようだった。
「それで、ここに来たのは依頼のためですか? それとも、お婆さんの故郷だから?」
「いや、どちらでもない。 ただ、オーロラというものを一目見ておきたくてな」
「オーロラですか……」
オーロラと言えば、北の果て……この大陸でいえば十六夜のあたりで確かに見られる現象で、それ目的でこの町に来る人間は、支援士に限らず一般人でもたまにいる。
だが、見ようと思えば一般人でも支援士でも、それなりの準備というものが必要になってくる。
オーロラとは、単に十六夜に来れば見られる、というものではなく……
「それでしたら、この町からさらに北へ向かった先にある『天衣岬(あめのいみさき)』という場所からなら、よく見られるという話です」
そう、町から出て、雪原を海につきあたるまで突き進んだ先にある岬こそが、オーロラの絶景スポットと言われている。
『天衣』とは、”天に舞う羽衣”という言葉から来た名で、十六夜の民には知らない者はほとんどいない。
ただ、雪原を進むということはそこは魔物も出現するフィールドの上……これまでオーロラを目にしようとした人々も、何人かの支援士の護衛をつけて向かうのが常だった。
「十六夜からさほど遠くは無いので、それほど強い魔物は出る事はありませんが……」
「ふむ、ではAランクの支援士ならば問題ないじゃろ?」
「……ええ、天気が崩れなければ大丈夫だと思います」
「まぁ、こないだAに昇格したばっかだけどな」
ははは、とそんな皮肉ぶった言い回しをするディン。
エミリアはそれに対して反論こそしなかったが、気分は多少害したのか”ぷー”っと頬を膨らませていた。
「ただ、少し気になることが……」
その横顔を見て少し笑いそうになるホタルだったが、一度小さく息を吸い、再び口を開く。
「ん、なんじゃ?」
「……クウヤさん……えっと、私の知りあいの支援士の方が、数日前に天衣岬周辺の魔物の討伐依頼を受けたらしく、今朝出かける、と……」
「ほう? なにかやっかいな魔物でも出たのかのぉ……」
「……さっき言ったように天衣岬は観光にきた支援士や一般の人からすればひとつの観光地ですから……その安全の確保のために、時折討伐隊がでることになっているんです」
「なんじゃ、いつものことなら心配ないではないか」
「……なんですけど、なんていうか……去年とちょっと時期がずれてるような気がしたので……」
「……そうか。 なら、気をつけるようにしておくとしよう。 ディン、聞いておったか?」
「ああ、わかってる」
かけられた言葉にこくりと頷きながら、そう答えるディン。
とりあえず同意の意思を確認できて、にこりと笑顔を浮かべるエミリアだったが……その顔をみたディンの胸中は”どうせ強引にでも行こうとする気満々だろう”という考えばかりが浮かんでいた。
「……あの、いきなりですが依頼の話に戻りますけど……あの大剣を打ち直す、ということでいいのですね」
「ん、ああ。 頼む」
が、そう思っていた次の瞬間にはホタルの声がディンの方へと向けられ、改めて会話が仕事の話へと戻り、ディンはただそれだけを口にし、コクリと頷いた。
……ホタルはその返事を確認した後、すこし溜息のようなものを漏らしたが、すぐに取り繕うように”わかりました”と一言口にする。
「……ホタル……じゃったな、お主」
それに少しほっとするような顔を浮かべるディンだったが、今度はエミリアが少し神妙な顔つきになり、ホタルの顔を覗き込むようにしてそう声をかけた。
「はい、なんですか?」
……その行動に驚いたのだろうか、一瞬ビクッと身を震わせると、また取り繕うように微笑みを見せて、返事をする。
「いや……差し出がましいとは思うのじゃが……お主の打った剣を見せて貰えぬか?」
「…………」
彼女のこの行動を予測でもしていたのだろうか。
ディンは頭を抱えるように片手を額にやると、深々と溜息をついて呆れたように目を閉じている。
……対して、その原因となった言葉を発したエミリアは、先ほどの神妙な顔はドコへやら、思いっきり期待に目を輝かせて、ホタルの目をじーっと見つめていた。

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