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―6―





日暮れ前……西空が赤く染まりはじめ、人々が自身の家への帰路へつきはじめる時間帯。
それはこの十六夜の町も例外ではなく、寒さがより厳しくなるだろう夜を前にして、足早に道を歩く人達の姿が多く見えていた。
……夜に出かける事にこそ、意味がある者達を除いて。
「ふぅー……さすが北国、日も暮れる前から冷え込んでくるものじゃな」
エミリアはそう口にしながらマフラーを巻きなおし、羽織っているコートをかるく正す。
その様相からは、先程までいたホタルの家の中で見せていたような黒いドレス風の衣装とは裏腹に、顔面以外の素肌の露出はまったくもって見る事はできない。
「私は南部には行った事がないのでわかりませんが……この時期はいつもこんなものですよ」
「だろうな。 夏でも15℃以上いかないって聞いたことあるし」
背中に一本の太刀を背負い、ぼーっと赤く染まった空を眺めるようにしてそう口にするディン。
こちらも分厚い衣服を身につけているのだろうか、寒そうな様子は見せるものの、それが顔まで出るような事はないようだった。
「ええ。おかげでこのあたりでは海水浴もままなりませんから、夏場とかは南部に行って思いっきり泳いでみたいです」
「海水浴か……子どもの時は夏には日が暮れるまで泳いでおったがのぉ」
「そういや、支援士になってからはそういうことやってないな」
「さすがに以前の水着はもうサイズが合わないじゃろうし……また買うのもメンドウじゃが……」
水着とは、その名のごとく水中用に作られた衣服で、それ自体が耐水性を持った特殊な布で作られている。
元々海水浴の概念は、男女別々のビーチでちょっと水に浸かるというもので、当時は袖付きで下は膝まであるという上から下まで覆うようなものだったり、女性用に至っては”水につかる”程度としか考えられない、ほとんどドレスと呼べそうな形だった。
それから長い時間を経て様々な形へと変化し、身体に密着する形の―いわゆる現在”水着”と称される形の水着が現れる事になった。それは海水浴の概念が”海で遊ぶ”というものに変化した影響もあるかもしれないが、そんな歴史を知っている人間は現代ではどの程度いるだろうか。
「水着……私とかはせいぜいサラシですね……どちらかといえば禊のためですけど」
―ホタルは、生まれ育った地域の関係もあってか、そういったものは一切持ち合わせてはいない。
今の言葉通り、精神集中の修行の一巻として冷水を浴びる、という『禊』という行為の時に、胸にサラシを巻いているくらいである。
「こんな時間にどこ行くのかしら?」
と、海水浴、という単語の元に南部と北部の気温差について語り合っていたその時、一人の少女の声が三人の間に割り込んできていた。
「サヤ。 こんばんわ」
ホタルは特に驚いた様子もなく微笑んで、その声の主……サヤへと向かって挨拶の言葉を口にする。
それに対してエミリアとディンの二人は、話しかけてきたのが初対面の相手ということもあってか、少し会話に乗り遅れたような気分を覚えていた。
「なんじゃ、知り合いか?」
「はい、『鉄屋』という鍛冶屋の娘さんです」
「こんばんわ、冒険者さん。 刀堂 鞘……ううん、外の人にはサヤ・トウドウと言ったほうがいいのかな?」
「うむ、サヤさんじゃな? 私はエミリア・エルクリオ、言葉遣いはおばあちゃん譲りじゃ、気にしないでくれ」
「俺はディン。 エミィの連れ程度に考えてくれればいい」
「よろしく。 ……ホタルのお客さんなの?」
「うん」
「そっかー。 いいなぁ、ホタルの家って女でも跡継ぎができるって……」
そう口にする瞬間のサヤの表情は、非常に残念そうな空気に包まれていた。
女であるがゆえに跡を継ぐ事を許されない。
たとえそれだけの力と技を身につけていたとしても、決して認められることはない。
そういったしきたりは頭が堅いと言ってしまえばそれまでだが、そう言いつづける者にはその者なりの言い分もあるのだろう。
「……女で天乃の名を継いだのは、私が始めてだよ。 女でも、継ぐに足る力と技があるなら問題は無い、なんて言ったのは、父が最初だったみたいだから」
ほんの少し、何かを思い悩むような影を含ませて、その言葉と共に微笑みを浮かべるホタル。
女が跡を継ぐという、一族の中では前例の無いこと。
それは確かに光栄ではあるのだが、それはそれで背負うものは大きいのかもしれない。







「一口に刀匠といっても、色々あるものじゃな」
その後サヤとホタルは数分程度の間談笑し、最後に互いに会釈しあい、それぞれが向かう先へと歩き出した。
……その話の中で、先日サヤの双子の弟が”冒険者を目指す”と言って家を出て行ったというものがあったが、鍛冶に興味のあるのが女性で、ないのが男性、というのはなかなか皮肉な事だったかもしれない。
「そうですね。 やはり、後継ぎというものにはその家の考え方が強く出るものですから」
「ホタルさんは、家を継ぐ時はどのような気持ちじゃった……?」
「……よく覚えていません……でも、嬉しいと同時に、なにか重いものを背負わされた……そんな感じは、していたと思います」
再び、なにかの影を含ませた微笑みを浮かべるホタル。
その様子を目にしたエミリアは、やれやれ、とでも言うかのように少し苦笑すると、それ以上は何も言わず、十六夜の町の北口へと二人を先導するように足を進めていった。
代々受け継がれてきた名を、新たに自分が継ぐこと……
考えようによってはただの儀礼ともいえるそんなしきたりは、その当事者にとってはどれ程の荷物となるのだろうか。
「それじゃあ、参りましょうか」
明るくそう口にするホタルの表情からは、その重さを測る事は出来そうに無かった。

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