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―1―





もうすぐ春に差し掛かろうかというこの時期、暖かくなり始めた空気の中を歩く人達は、まだ厚着をしていたり、若干薄着に変わっている人もいたりと、人によって冬服と春服が入り混じるこの時期は、それはそれで面白い光景であるかもしれない。
アウロラの場合、彼女にとってはまだ肌寒いのか、比較的薄手のものではありながらも、コートを一枚羽織って街中を歩いている。
……外出そのものに意味は無い。 強いて言うなら、じっとしていることが出来なかった、としか言う事はできないだろう。
とりあえずなにかしなければいけないような衝動に駆られながらも、その感情をカンバスに向ける気分にはならない。
それはスランプに陥った時によくある状態ではあるが、代わりとなるはけ口は早々見つかるものでもなかった。


「期待の新星とか、神童アウロラとか……周りは騒ぎ立てるばかりだし……」
とは言ったものの、そんな周囲の喧騒もありがたくないかと言えばウソになるし、若き天才画家などと銘打たれて世間に出る事のできた当時は、注目されることが嬉しかったというのは事実。
……ただ、描けなくなってからは、まわりから来る声もだんだんと耳障りに感じるようにもなってきた。
いまだに時折くるというファンレターのような手紙も、封も空けていないものが大半になる。
「見捨てられてないのはうれしいけど」
それでも、筆が進まなくなってもう随分と経つのは確かだし、それでもまだ信じてくれている人達には悪いが、正直に言わせると続ける自信は失いつつあった。
なんでこの道を選んだのか、なんで未だに筆をとりつづけているのか……今は、そんなことばかり考える日々が続いている。
……そんな日々の中でも、空の上にはかわらず暖かな光を放ち続けている太陽の姿。
誰がどんなに傷つき落ち込んでいても、笑顔のような輝きで、全ての人達を照らしている。
夜になるまで歩み続けて西の果てに消え、朝になれば東の果てより現れる、終わらない旅。
昔は、太陽の沈む先まで追いかけていきたいなんて考えた事もあったけれど、今は子どものころのそんな意欲はでてこない。
「ふわぁぁ……」
「……ん?」
そんな昔のことを思い返していると、頭の上から女の子の声が降ってきた。
無意識的にその場で見上げると、そこには街路樹の比較的太いかもしれない木の枝があった。
しかし、そこには聞こえたような声の持ち主はおらず、さすがに気のせいだったのかな、と思いはじめた丁度その時……
「ほいっ」
「きゃっ!?」
すとん、という音とともに、突然真横に落ちてくる人影。
”誰も居ない”と油断した直後の出来事だけに、アウロラは思いっきり口に出して驚いてしまう。
「あ、驚かせちゃった?」
足元に降り立った少女は、特に悪びれる様子もなく笑顔でそう口にし、ぱたぱたと自分の服についたほこりをはたき落としていた。
その外見は、おなかが見えるような短い服を身につけ、半ズボンのベルトから二本の短刀を下げているという、恐らくツインエッジと思われる身軽そうな衣装で固められている。
この子なら、木の上くらいならするりと登る事ができそうな気もしてくるが……
「ごめんねー、それじゃー」
ただそれだけを口にして立ち去って行く少女を、ぼんやりと見送りながら思うのは”あんな子木の上にいたっけ?”ということだけだった。
とりあえず、見上げた時に目に入らなかったのは確かではある。
「……気のせい……かな?」
子どもとはいえ、木の上にいる人間一人を見逃すということは考えづらいが、現に上から”降ってきた”のだから上にいたのは間違いないだろう。
―とりあえず、これ以上考えていても仕方のないことなので、そこで考えるのはやめることにした。


その後、またぼんやりと当てもなく町の中を歩きまわっていると、ここリエステールと他の町をつなぐ場所……定期的に馬車を出し、他の町へと向かう人達の助けとなる、馬車乗り場にたどり着いていた。
今日も例外に漏れず、支援士や行商人、他の町へ行こうとしている一般人と、多くの人が集い、賑わっていた。
「……西、か」
ふと、先程考えていたことを思い出す。
太陽が向かう先は、常に西の果て……そして、子供の頃は、そんな太陽が向かう先はどんなところなのか、海の向こうまでも追いかけてみたいと思う事があった。
……この大陸の中でリエステールよりも西にある町と言えば、鉱山の町モレクと河川の町ミナル。
幼い思い出を思い出した今ならば……町ひとつぶん追いかけるくらいなら、いいかもしれない。
ふとそんな考えが頭の中に差しこみ、何かに誘われるようにミナル行きの馬車の方へと歩を進めていた。

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