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―3―





暴走する馬から助けて貰ったこと、そして、絵描きとしての命である利き腕の治癒をしてくれたこと。
それらのお礼も兼ねて、アウロラは空腹だったらしい少女を、自分の行きつけの食堂へと連れて、ちょっと遅めの昼食を一緒にしていた。
「ふぁー、このお店すごくおいしー」
どんな町にも隠れた名店というのはあるもので、リエステールの裏路地にあるこの店は、場所が場所だけに並ぶほど人は来ないが、確実に常連はいるという十六夜風の食道である。
”はし”という十六夜独自の食器に慣れない人には苦しいものがあるが、少女は特に問題なく扱っているようだった。
「お礼だから、遠慮なく食べてね」
「ソール別に何もしてないけど?」
自分のことを”ソール”と名前で呼ぶ少女は、きょとんとした顔でお礼という一言についてそんな事を口にした。
恐らく、彼女にとってあの行動は”やって当然”の事だったのだろう。
特に見返りも求めず、ただ行動する。 目の前の少女は、俗に言う善人というものかもしれない。
「この腕は大事なものだから……もし動かなくなったらって思うと、生きていけないよ」
アウロラの中にある感謝の気持ちのほとんどは、利き腕を治して貰ったところにあった。
「ソールがいなくても、教会の人が治してくれたよ」
確かに状況が状況だけに、あの場で待っていれば教会からも聖術師が派遣されていたかもしれない。
けれど、アウロラは教会の人間はあまり好きではなかった。
アルティアの教えには確かに賛同できるし、それだけなら入信してもいいとは思うが、その中にいるクリエイター否定派の人間は、美術クリエイターといった直接『特権侵害』とやらに関係無い相手も否定する傾向がある。
教会に飾られているアルティアの肖像画や像は、一体誰が描き上げ、作りあげたと思っているのだろうか。
美術クリエイターがいなければ、ステンドグラスなどといった装飾どころか、そういった像や肖像画も存在してはいないというのに。
……もちろん肯定派の存在は否定しないが、そういう相手がいるところにはあまり近寄りたいとは思えない。
「……そういえば、あの時粉みたいなのを撒いてたけど、あれ、なんだったの?」
そういう理由から、教会関連の話はあまり長く続けたくは無い。
とりあえず嫌そうになっているだろう表情を抑え、笑顔を取り繕い、話題を別な方へ逸らす事にした。
「ハーブパウダー。 アルケミストの人に作って貰ったんだけど、アレを吸った動物は、暴れてても大人しくなっちゃうスグレモノ」
「へー……」
……恐らく、この子自身はあまり争いごとは好きでは無いのだろう。
でなければ、そんな道具はかさばるだけで持ち歩くなどするはずがない。
「でも限界もあるって言ってた。 むっちゃくちゃに怒ってたりすると、さすがに抑えきれないんだって」
「まぁ、それは……」
アルケミストの薬という事で、普通の製薬クリエイターが作るものよりは強力なのかもしれないが……
注射で直接打ち込むような精神安定剤ならば話は別として、ふりかけるだけの粉薬でどうにかできるレベルというと、たかがしれている。
「できればみんなケガしないでって思ってたけど、やっぱりむずかしかったなー」
「でも、最後にちゃんと治してあげたじゃない」
「確かにそうだけど、やっぱり痛いのは嫌だと思うよ」
「……」
「でも、みんな無事でよかった」
結局の所、何でも誰でも結果論に落ち着くものである。
過程にこだわるのも悪くないが、過程は過程であり、結果的によい方向に進めば、よほどの事態が起こらない限りは、重要では無いのかもしれない。
「でも驚いたな、あんな治癒魔法を、カーディアルトでもないのに使えるなんて」
確か、『ラリラレイズ』という呪文だったろうか。
あの太陽の光を思わせる暖かさと輝きを放つ治癒の光球は、カーディアルトやビショップが扱う『レ・ラリラ』と同格といっても過言ではない魔法だった。
「うーん、確かにあんまり使える人はいないけど、リラ系に太陽の力を加えれば、あのくらいはできるよ」
「……『太陽』能力……?」
ツインエッジ系の上級職であるセイクリッドなら、リラレベルの聖術を使えるというのは聞いた事がある。
それだけなら特に驚く事は無かったが、どこかで聞いた話では『太陽』能力というのは『星』や『七色』に匹敵する、最上級の能力。
そんなものをこんなちいさな少女が習得しているという事実は、嘘と疑いたくなっても仕方のないことだった。
……しかし、現にそれらしい魔法でもあったし、セイクリッドでレ・ラリラのように範囲治癒の呪文が使えるなどと言う話は聞いた事が無い。
何より……これはこじつけにしかならないが、彼女が常に携えている微笑みは、まるで昼下がりのひだまりの中にいるように、どこか暖かな気分にさせられる、無邪気ながらも穏やかな輝きを発している。
それだけで、何の根拠も無く”この子は嘘は言わない”と、信用出来そうな気もしてくるのだ。




「ごちそうさまでした」
はしを置き、ぱん、と両手を合わせて、ソールはそう口にする。
……行動や口調は見た目相応の振る舞いをしているだけに、ひだまりの微笑み効果もあり、先程聞かされた太陽の力に関しては、わりとどうでもいいことのように思えてきた。
というか、あまりにあっけらかんとカミングアウトされたせいで、現実味がないということもあるかもしれない。
「ところで、アロちゃんはどこに行こうとしてたの?」
「…あ、アロちゃんって……」
「アウロラだからアロちゃん、かわいいと思うよー」
「…………まぁいっか」
そういえば、友達のように遠慮なく名前を呼ばれるのも、久しく忘れていた感覚だった。
今のように美術家として世間に出てからは、どこかで線を引いたような物言いしかしてこない人とばかり会っていたから……
「ちょっと、ミナルに行こうと思って……あそこの静かな空気は、好きだから」
結局、騒動の後始末のためにお昼の馬車のほとんどは休みということになってしまった。
冷静になって考えて見れば、他の町に行くような準備も特にしていなかったので、これはこれでよかったのかもしれない。
「あれ、なんだかおつかれ?」
「え? ……ああ、うん、ちょっとお仕事が上手くいってなくて……」
どうやら、ネガティブな思考が表情に出てしまっていたらしい。
取り繕うように微笑んでみせるが、『笑顔』と言うよりは『苦笑』になっているのは、自分でも分かるほど露骨に表れていた。

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