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―4―





お金を払い、食堂を出た後は、表通りにでてほてほてと二人で歩く。
そうして辿りついたお昼過ぎの広場は、親子連れや露天商、暇そうにしている支援士などでいつも通りの賑わいを見せ、その光景はこのリエステールが活気ある街である事を誇示するかのようだった。
「画家さんかー。 ソールは絵なんて描けないからうらやましいな」
そんな中で、アウロラはソールに自分の身の上を訥々と語っていた。
何かを言うたびに、素直に、率直に思った事を口にする彼女は、先程アロちゃんなどというあだ名をつけられたときと同じように、久しく忘れていた『友達』に対する感情を思い出させてくれる。
「あ、思い出した。 『春の息吹』っていう絵、ソールすごく大好きだよ」
「……ありがと」
『春の息吹』はタイトル通り、去年の春に出した作品だった。
あの頃も、多少のスランプに悩まされながらも、元気に筆を動かしていた気がする。
いつから、こんな荒んだ気分に悩まされるようになったのか……
「やっぱり、きれいな景色とか見に行ったりするの?」
「うん。 最近は、あんまりアトリエから出る事が無いけど……」
以前は、確かに町の外へもよく出かけていた。
支援士を雇ってでも、心に響くような景色を探して随分と歩いたこともあったが、今は他の町に行くことすらなくなっている。
そして、絵画を描く事へ疑問も感じている……そうなってしまった理由には、心当たりはあるけれども。
「……なんで、私は絵なんて描いてるんだろうって、考えちゃって……上手くいかないんだ」
「じゃあ、描きたくないのに描こうとしてるの?」
「……そう……かもしれないね……」
―もう、やめてしまおうか―
それは、描けなくなってから幾度となく考えた事。
そしてそう想い始めてからは、自分が絵を描き続ける理由が見つからない。
昔は、そんな事を考えることなく、ただ描き続けていたのに……
「―うそ」
そんなことを考えていると、突然、ソールがはっきりとした声で、そう口にしたのが耳に入ってきた。
それに対して、アウロラは”え?”と返しそうになったが、その声が出てくる前に、再びソールの口から言葉が発せられる。
「本当に描きたくないなら、あそこまでケガした右手の事気にしたりしないよ」
「――!」
語調は軽く、決して崩れる事の無い微笑むような表情。
それでも、出されたその一言は、その瞬間からアウロラの中で強く響いていた。
―何故、右手を怪我した事に、深い悲しみを感じたのだろうか。
―怪我をしたのが足だったら、あそこまで焦っただろうか。
「うそってね、言い続けていれば本当になっちゃうんだよ? ホントは何も変わってないのに、そう思いこんじゃうの」
何をバカな事を……そう切り返したかったが、その一言が口に出てくる事は無かった。
なぜ、悲しんだ? 何に対して、悲しかった?
「アロちゃん、きっと絵を描く事が好きなんだよ。 ケガをしたら、描けなくなるから」
そう、ケガをした手で筆を握る事はできない。
筆を握る事が出来なければ、カンバスに世界を描くこともできない。
――そういえば、絵画の道に入った理由も、ただ絵を描く事が楽しかったからだった。
それが世間に出るようになって、有名になって……天才だ、名画だと騒がれるようになり……
そうして生まれたのは、責務と、義務感。
”描かなければいけない”という、始まりの時にはなかった重圧。
「描けないことを、描きたくないことと想いこんで、本当に描けなくなる。 ソールは画家さんじゃないからわかんないけど、きっとそんな感じじゃないかな?」
「……でも、私は……」
急にそんな指摘をされたところで、その場で心を改めることなどできるはずもない。
こんな状態になって、もう随分と経ってしまっている上……なにより、もう一度以前のように楽しく筆を走らせる自信を持つ事が出来ない。
半年という時間は、それだけの自信を失わせるには、充分過ぎる時間だった。
「それとも、やめる?」
「……やめる……って?」
一瞬、心が揺れる。
……そう、画家をやめてしまえば、もう絵の事で悩む必要も無い。
絵以外でも、クリエイターとして身につけてきたことはあるし、ジョブを持たない人でも働いているように、働き口なら他にも見つけられる。
「そうしたいなら、そうすればいい。 ……でも、本当に好きで始めたことなら、きっとまた描きたくなるよ」
「……そう…なの?」
「うん。 『好きな事』って、するのに理由なんてない、ただそうするのが好きだからやることでしょ?」
あいかわらずの屈託の無い微笑みでそう言っているのかと思いきや、その瞬間のソールの表情は、ほんの少し真剣味を帯びたものにかわっている。
そしてその言葉からくる問いは、あくまでこちらの自由意志。
続けろともやめろとも限定せず、やめてもいい、続けてもいい、と聞いているだけ。
「…………わかんない。 私が、何をしたいかなんて……」
それでも、答えはすぐに出せるものではない。
ソールの言っている事の意味も理解できるけれど、『画家』として思う所があるのも事実。
それは、今抱いている悩みに直結する問題でもあった。
「そっか。 じゃあゆっくり考えようよ、あんまり焦らないで、きれいな景色でも見てね」
「……景色?」
「うん。 気分をかえるのもたいせつだよ? とっておきの場所があるから、教えてあげようか?」


……先程ふっと見せた表情は、思いつめた心が見せた幻だったのだろうか。
そう言った瞬間のソールは、まぎれもなく最初からずっとみせていたひだまりの微笑みだった。

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