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―6―






――朝。

普段は喧騒に満ちているこの鉱山の町でも、深夜から早朝にかけては静寂に包まれた世界となる。
それでも、太陽が高く昇るにつれて町を歩く人影も増えていき、昼を回るその前には普段通りの賑わいを見せるのもまた必定。
……今は、その中間にあたる時間帯。
窓から外を覗き見れば、外を歩く人も増え始め、太陽が高くまで差し掛かろうとしている。


「――……う……ん~……」
そんな中で、一人宿をとり一夜を過ごしたティールは、いつもより少し遅れた時間に目を覚ましていた。
七色の羽根を持つ――ティール自身がイリスと名付けた小鳥や、それをつけねらうような言動をしていた男……
その存在が、多少なり精神的な疲れを感じさせていたのかもしれない。
「……はぁー……」
もっと小さな頃……かつて生まれ育った世界にいたころから、比較的アクシデントに巻きこまれやすい性分だったが、あの時はフォローしてくれる『家族』がいたし、まだ世間を知らない子どもだったということもあり、心労もさほど大きくはなかったように思える。
けれど、一人で生きていく以外に無い道を歩んでいる今は早々頼れる相手はいない。
14歳、といえば世間的にはまだ子どもと呼ばれるかもしれない微妙な歳だが、一人で過ごしてきたこの一年で、本人に自覚は無くとも、精神的な面も随分と成長している。
――もっとも、中途半端に大人の分別を身につけている分、心労も以前より大きく感じるようになってきてもいるのだが。
「……とにかく、起きようかな」
イリスの事も含め、とにかく何事も行動しなければ始まらない。
もう一度溜息を漏らしつつ、自分に確認するようにそう一言口にして、起き上がろうとした……
「………ん?」
が、その直前になってベッドに面している腕に、不自然な重量がかかっている事に気がついた。
今自分の上に乗っているものと言えば掛け布団くらいのもので、それ以外に何かをのせた心当たりも無い。
そして少し動かして探ってみれば、人の素肌に触れているような感覚も覚える。
……ふと、得体の知れない嫌な予感が脳裏をよぎった。
経験上、自分のカンは嫌な方向に限ってよく当たる。
そんな事を思いつつ、ティールはベッドに面していない、動く方の腕で、ゆっくりと布団をめくっていった。
「…………なんで子ども抱いて寝てるんだろ……」
まず見えたのが、やや薄い赤の髪の毛をした小さな女の子の頭。
一瞬、逃避に近い言葉が口をついて出たが、いやな予感というものはそこに子どもがいたということだけではなく……
先程手で探った時に感じた、あの感触の方がかなり大きかった。
……自分の手と子どもの寝てる位置から考えると、探ったとしても普通なら”素肌ではなく服にあたるはず”の位置。
「…………え~っと……」
と、迷っていても宿のチェックアウトの時間もあり、モタモタしていれば宿の誰かが掃除しに入ってくるだろう。
ティールは意を決し、自分と子どもの上に被さっている布団をどかすことにした。






『――――だあああぁぁぁあああぁぁあ!!!?』









「……ん?」
同時刻、丁度宿のチェックアウトを済まし、戸をくぐったブレイブマスターとカーディアルトの二人組。
ここしばらくは例の『アルティア誘拐』騒動もあり、うかつに南部に帰ってくる事はできなかったものの、現在は多少コトが落ちついたこともあり、久々に足をつける南部をあてもなく回っている途中だった。
「ヴァイさん、どうしたんですか?」
「いや、なんか聞き覚えのある声が……なんだ? 今の叫び声」
気のせいか? と首をかしげながら周囲を見回すブレイブマスターの青年、ヴァイ。
しかし、今は外へ出始める支援士や一般人で人が増え出す時間帯。
予測通り、見ず知らずの人間が歩いたり話し込んだりしている姿が目に映るだけだった。
「……言われてみたら、確かに女の子の声が聞こえたような気もしますけど……モレクに、女の子の知り合いがいたんですか?」
「いや、ここには依頼で来るくらいしか縁が無かったからな……知り合いって言っても酒場のマスターか昔鉱夫だったって言うおっさんくらいだぜ?」
とは言ってみたものの、先程耳に入り混んできたどう考えても只事では無い叫び声は、多少裏返ってはいたものの、確かに昔どこかで聞いた覚えのあるものだった。
そう、自分にとっても、リスティにとっても重大な事件の時に……
「あら、ヴァイ君にリスティ。 <ruby>南部<rt>こっち</ruby>にもどってきてたんですか?」
……と、考えかけたところに、また別の聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
今度聞こえたその声は、二人にとっては比較的馴染み深い人物のものだった。
「……あ、シアさん」
「シア先生!? どうしてこんなところに……」
その後ろに一匹の巨大なフロストファングと、それにまたがる小さな女の子を連れた<ruby>吟遊詩人<rt>バード</ruby>、シア・スノーフレーク。
ヴァイは孤児院時代にエルナとの繋がりで知り合い、リスティはほんの短期間ではあるが、彼女がバードでは無くカーディアルトの職員として教会にいた時代に、生徒として勉強を少し教えてもらっていた。
シアが単なる<ruby>聖歌隊<rt>バード</ruby>でなく、”ジョブとしての”<ruby>吟遊詩人<rt>バード</ruby>として南部と北部の教会を転々とするようになってから疎遠になっていた、エルナに次ぐ恩師でもある。
――ちなみに十代と言っても普通に通りそうな童顔のせいで、私服で教会に出向く機会があった時は、未だに<ruby>生徒<rt>アリスキュア</ruby>と間違われて私服を注意される事があるとかいう逸話も耳にしている。
「確かに、モレクは他の町よりも教会の手が薄い所だけど、全く布教されていないわけでもないからね。 こうして時折様子を見に来ることもあるの」
リスティの疑問に、にこりと微笑みながら答えるシア。
背後にいる一人と一匹も、普段来ないような場所に来ている事で、なんとなく楽しそうに笑っているようにもみえる。
「はあ、そういうものなんですか……」
「ええ。 数年前に教会と全く縁が無かったはずの十六夜の孤児院にも、教会の人が手伝いに行くようになったのに……多少でも関わりのあるモレクに、全く手を出さないのも変な話だとおもわない?」
そう言って、”ね?” とばかりに、微笑んだまま問いかけるシア。
シアは、こういうふうに何気ない会話の中に、時折”簡単だけど明確な答えが無い”問いかけを見せる事がある。
……ヴァイに言わせれば、そういった立ち振る舞いは、エルナとは違った方向で掴めない性格のシスターだという印象を持ってしまう要因のひとつであった。
「ふふ。 それよりも、さっきは何の話をしていたの? なんだか悩んでるみたいだったけど」
そして、特に誰も答えを言っていないのに会話の内容を切り替える。
こっちは状況によっては、何も言わずに答えを待つこともあるので油断がならないが、二人はとりあえずその話に乗ることにした。
「いえ……さっき、ヴァイさんが聞き覚えがあるっていう女の子の声が聞こえたと言ったので……」
「ああ、モレクに女の知り合いなんて心当たりがないからな」
先程考えかけていたことを思い出し、ヴァイは再び首をかしげ始める。
かなり印象深い思い出の中で聞いた声だというところまでは思い出せるのだが、肝心の名前と顔が浮かび上がらず、あまり長い間顔を合わせた相手では無い、というあたりまでは理解できていた。
「……それは、さっきこの宿の中から聞こえてきた悲鳴のこと?」
「……宿の中? ……ああ、言われてみればそうだった気も……」
よく思い返してみれば、宿の玄関を抜けた直後に、真上に近い位置から聞こえてきた気がする。
……となると、『宿の正面の壁に面した二階以上の部屋』から聞こえてきたということになる。
そして、この宿は主に支援士の宿泊所として扱われる事が多く……
「モレクの人間じゃなくて、支援士の女……?」
そこまで考えると、自然とそんな答えに到達する。
確かに、南部の町ををうろつく女性となれば、心当たりもいくつかはあり……ヴァイは、再び答えを考え始めた。
……が、その答えは思いがけない方向から飛んでくることとなる。
「それなら、さっき私達にも聞こえて……ユキが誰の声かわかったそうなので、私達もその声の主に挨拶をしに行こうと思ったんです」
「……と、言う事はシア先生たちの知り合いなんですか?」
「ええ。 ……そして、貴方達二人にとっての恩人の女の子。 ね、ユキ?」
そう問いかけられたユキは、シアと同じように微笑んで、コクコクと頷く。
生まれつき声帯に障害を持ち、声を出す事が出来ないということだが、そのあまりある感情表現は周囲の人間に”ユキ”という人間性を余すことなく伝えてくれる。
「私達にとっての恩人って……」
「――! まさか……」
ここに来て、頭の中でなにかが繋がったのか、目を見開くようにして驚きを見せるヴァイ。
……そういえば自分は直接会ってはいるが、リスティには事情を聞かせただけで彼女と顔を合わせたわけではない。
彼女が声の主を思い出せないのも、当然の話である。
ユキはヴァイのその様子を目にすると、リスティの方へと向き、両手をパパパッと何かを表すような形で動かした。
「――『ティールお姉ちゃん』!? ティールって、確かヴァイさんが私を助けに来てくれた時に……」
「……ああ、グノルの魔物を蹴散らしてくれた子だ。 やっと思い出した……」
事件の後、こっちが礼を言う前に立ち去って行ってしまったので、その後しばらくは彼女の行方が気になっていた。
しかし、こうして戻ってきてまた出会う機会があるとは、人生ドコでなにが転がっているのか分からないものである。
「ティールさんからは、貴方達にって伝言を任されてたけど……これだけ近くにいるなら、直接あの子の口から聞かせてあげた方がよさそうね」
シアはいたずらを思いついた子どものような笑顔で、そんな事を口にしていた。
ヴァイとリスティは、―だからアリスに間違われるんじゃないかな―などと少し呆れたように顔を合わせながら笑うと、シア達を引き連れて、もう一度宿の中へと入っていく。
……とりあえずする事は、昨日宿に泊まった人間の中に『ティール・エインフィード』がいるか否か、である。






「……そういや、よくあんな叫び声で名前までわかったな?」
「ああ、それは……ユキは『絶対音感』の持ち主ですから」
「絶対音感って、あの人の声とかのあらゆる音が音階で聞こえるっていう……」
「ええ。 それに、この子は記憶力もいいみたいで、一度聞いた声は誰の声か、絶対に忘れないんですよ」
「……それって、すごいんだかすごくないんだかわからんな……」

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