―7―





さすがに宿の中まで銀牙を連れて歩くというわけにはいかず、一度彼を宿の裏に隠れさせて宿の中へと入る。
……ヴァイ達はどの部屋に目的の少女がいるのか分からずに、ここにきて少しまよっていたが、ふと受付に目を向けると、シアが従業員に”宿泊客の友人です”と言い、目的の少女が泊まっている部屋の場所を教えて貰っていた。
「……堂々としてりゃ普通に教えて貰えるものなのか?」
バードの僧服を見に着けたままなので、教会の人間であるという影響もあるかもしれないが……実際のところは、シアの名前はモレクでも多少いい意味での評判が広まっている、という理由が主である。
「203号室だそうですよ。 行きましょうか」
もっとも、本人にその自覚があるかどうかは定かではなく、シアは特になんでもないような表情のまま、後ろに立っていたヴァイ達に呼びかけていた。






「で、来てみたものの……どんな顔して会えばいいんだ……?」
「そうですね……会った事は無いですけど、私にとっても恩人ですし……少し緊張します」
視界の中には、203と書かれたドアが一つ。
彼女はチェックアウトは済ませていないと言う話なので、まだこの部屋の中にいるという可能性は充分に考えられる。
そうなれば、ヴァイとリスティの中ではいるとかいないとかいうことではなく、顔を合わせてどんな風に対応すればいいのか、という事だった。
もう一年以上も前の事を気にするのも変な話かもしれないが、この二人にとっては大きな人生の転機となった事件でのこと。
共に戦ってくれたマスターやエルナ、ケルト、グリッツには感謝しているが、見ず知らずの相手のためにその一角を担ってくれた少女に対しての感謝は、どうしても直接言葉にしたい、というのが二人の素直な気持ちだった。
……が、それはすでに季節が一回り以上する前の話。
向こうにしてみれば、今更と言われそうでどうにも決心が鈍る。
「相手はティールさんなんだし、そんなに構えなくても大丈夫よ。 あの子、多分私達よりも大人だから」
「大人、か……」
確かに、記憶の中に残る彼女の姿は、外見に全くそぐわない、何かを悟り、全てを達観しているような奇妙な雰囲気が見て取れた。
それを大人と言うなら、そうなのかもしれない。
……ただ、今思い返すと、そんな冷静さの中にも、あの時の自分以上に危うい何かを背負っているようにも感じられる。
「……ま、会ってみなきゃはじまらねーか」
「そうね。 それじゃ――」


『ママ!』
『って、ちょっ、待って!! 倒れるたおれ…!』


とりあえず礼儀としてノックはしてから、とでも言うかのように、シアがドアに向けて右手を出したその時、そのドアの向こうから謎めいた内容の声が二つ。
後に聞こえてきた方は、シアとユキ、そしてヴァイにとっては以前耳にした事のある少女のものだったが、その前に聞こえた方は、より小さな女の子が出したような、始めて耳にする声だった。
「……まま?」
……何より、その単語が不可解である。
まま、と言えばカタカナでママと書くと、主に母親という意味の言葉で通じる。
が、ティールは以前会った時で13歳。 それから1年以上経っている今では、14歳となっているが、普通に考えて子供がいるはずが無い。
「……ティールさん、シアですけど、入りますよ」
なにがなんだか理解が追いつかないが、外で聞こえた悲鳴もふくめると只事ではなさそうなので、とにかく見るだけ見てみよう……
そう思いシアは呼びかけると同時に、ドアのノブをひねり、その向こうにある空間へと足を踏み入れようとした。


『……あ』


ベッドの上で、半分くらい着崩れているぶかぶかの黒い服を着たちいさな女の子に、押し倒されるような形でのしかかられている。
しかし、一歩足を踏み出す直前、開かれた扉の向こうにあった光景を一瞬全員の動きが停止し……中にいたティールも含めて、全員の声が見事なまでに重なった。
「――?」
ただ一人、きょとんとした顔で首をかしげるだけ、と周囲と違う反応を見せるユキだったが、まわりの全員はそんな反応に対して対応する思考は働いていなかった。
「…………」
そんな中で真っ先に我に帰ったらしいティールが、自分の上に乗っていた子どもを横にのけて立ち上がり、乱れた衣装を直し、つかつかとシア達の方へと歩み寄る。
「……説明するから入って」
その声の中には、何の感情も込められていないように感じられた。
これから行われるであろう話の当事者であるベッドの上の女の子は、突然の来客に対して驚いているのか、状況が全く読めてない、と言うかのように呆けた顔をしている。

<<前へ     次へ>>
最終更新:2007年04月09日 19:35