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―9―






その後、見るからにサイズのあっていないイリスの服を見かねたらしいシアが、ユキの着替えの中から一着取り出し着せる事で、とりあえずこの場は解決ということになった。
その際に、男性であるヴァイだけは部屋の外へ放り出されていたのは言うまでも無いだろう。
とは言っても、着替えの話が出て来た時点で黙って自主的に出ていったのは及第点と言える。


――その後ティールがチェックインを済ませるのを待ち、宿の外に出る一同。
先程のドタバタで随分と時間を食っていたらしく、太陽はすっかり高くまで昇り詰めていた。
待ちくたびれてうたた寝をしていた銀牙を呼び、ようやく移動する準備が整った。
「――そういえば、挨拶まだ出来てなかったね」
と、そこで思い出したかのようにそう口にするティール。
挨拶に関しては、確かにドアを開けた先にあった光景に出鼻を挫かれ、そのままうやむやになってしまっている。
一同はとりあえず宿の客の出入りの邪魔にならない位置に移動して、改めて再開の祝辞を述べることにした。
「まずはシア、ユキ、銀牙、久しぶり。 ユキもけっこう背伸びたね」
ふっと微笑んでそう口にするティール。
言葉を受けた三人は、同じように微笑み返して思い思いの返事を口にする。
――特に、ユキと銀牙はシアと比べると長いこと彼女と顔を合わせていなかったらしく、その反応はひとしお、といったところだろう。
「それで……ヴァイ、こーやって南部に戻ってきたってことは、コトは収まったの?」
ティールはそれらの反応を確認すると、今度はヴァイの方へと向き直り、そう問いかける。
「ああ、とりあえず容認はされたみたいだな」
「まぁ、油断はしないようにね」
実の所、一度だけ『アルティア捜索』の依頼を持ち混まれたことのあるティールだったが、それは酒場を通しての依頼でもなく、事情も察していたために断ったという事実があったのだが……言えば変に気を使われるだろうと考え、そこまでは口に出さないでおいた。
「油断なんか、俺がするわけないだろう」
もっとも、ヴァイのような相手では、隠そうとしても表情のわずかな変化くらいなら見破られるだろう。
それゆえに、特に追求されなかったのはティールにとっても有り難かった。
「……さて、と」
「…えっと……」
最後に、リスティの方へ顔を向ける。
一度はその体内に宿されたアルティアの魂が昇華され、その後しばらくは気を失っていたリスティ。
その間にティールは二人の下から立ち去っていて、こうして互いに直接目を合わせる、という状況は始めてのことである。
それでもティールはいつも通りの淡々とした表情を見せているが、リスティは『恩人』との対面という緊張を隠せないようだった。
「あなたとは、始めましてと言うべきかな。 私はティール・エインフィード、見てのとおり支援士だよ」
そう言いながら、すっと笑顔で右手を差し出すティール。
リスティは一瞬戸惑うものの、とりあえず出されたその手を握りかえし、一度落ちつけるように呼吸をすると、同じように微笑みを浮かべて返事をする。
「始めまして、ティールさん。 リスティです」
「ん。 ……聖女の器、アルティアの英知を継ぐ者……噂はかねがね耳にしてるよ」
「……あっ…………はい……」
しかし、直後に相手の口から出された言葉に、僅かに表情を曇らせる。
その横で、ヴァイが何か口を挟もうと構えたのが視界の端に入ったが、その直前にシアが制止する姿が目に映った。
「それで、アルティアの記憶を得た後に、リスティはなにか変わったかな?」
それを確認した後、ふぅ、とひとつ息を整えなおすと、ふたたび微笑んだような表情を浮かべ、そう口に出す。
「……え?」
「アルティアと呼ばれて気が沈むと言う事は、あなたは自分が”アルティア”ではなく”リスティ”という人間であると認識している。 たとえ他者の記憶をその身に宿そうとも、自己を忘れなければ、あなたはあなたのままでいるということ」
「…………」
「まわりが騒いでる事なんて、話半分に聞けばいいよ。 確かに、最初は慣れないかもしれないけどね」
終始笑顔のまま、ティールはそれだけの説教をひとつ年上のカーディアルトに向かって語りかけていた。
説教などと言うものはほとんどの場合年上から年下に行う事だし、それ以前にカーディアルトはむしろ悩みを聞く側に立つ機会が多いジョブである。
そんな要因から、その光景に対する周囲の反応は『いろいろと逆だな』の一言だった。
「……ティール……」
その言葉を横で聞いていたヴァイは、少し感心したような、それでいてどこか悔しいような……そんな表情を見せていた。
「自ら望んだものでは無いとはいえ、あなたが力を得た事に変わりは無い。 それがなんであろうと、あなたの中にある以上それはあなた自身の力であり、あなた自身の英知でもある」
「…………」
「ま、私はリスティが何者であれ、普通にさせてもらうけどね」
……この言葉はむしろ、ティールが自分自身に大して口にした言葉だった。
大きな対価の代わりに得た強大な力。
……家族を失ってまで力を得たいとは思っていなかったが、そうなってしまった以上、過去は変わらない。
それならば、得てしまった力も含め……家族の命を無駄にしないためにも、生きていこう。
そう決めたゆえの、決意の言葉。
「はい、ありがとうございます……」
ただ、その意思がリスティの心にどの程度影響を与えたのかまでは、反応を見るだけでは掴めそうになかった。
しかし、ティール自身は少し満足そうな表情をしていることから、言いたい事は口にした、という事かもしれない。
「さて、私からはこんなところだけど……リスティは、私に何かあるかな?」
「え? ……あ、はい」
その表情のまま会話を切り替えるティールに、また一瞬反応が遅れたらしいリスティ。
コロコロと会話の中身をかえられるとついていけなくなる事が多いが、今のところはまだ思考はついていけている。
「あの時……私を助けてくれて、ありがとうございます」
「ん、あなたを助けたのはヴァイでしょ?」
「そうですけど、ティールさんは、ヴァイさんと一緒に戦ってくれたって聞きました。 ……あなたにだけお礼が言えなくて、ずっと気になっていたんです」
「ふーん…… ま、それなら気持ちは貰っておくよ。 どういたしまして」
再び笑顔を見せて、返事をするティール。
リスティも一年近く抱えていた心のつかえが降りたのか、どこか安心したような微笑みを浮かべていた。
「……そういやティール、シアさんから聞いたんだが、俺達に伝言頼んでたんだって?」
と、そんな二人を遮るかのように、ヴァイがその一言で口を挟む。
その”伝言”とは先程シアの口から出されかけた言葉で、彼自身も気になっていた言葉。
それはリスティにも言えることだったのか、ヴァイの一言を耳にすると同時に、彼女の目はちょっとした期待に満ちたものへと切り替わっていた。
「……シア、あなたから言っておいてって言った気がするけど」
「いいじゃないですか。 やはり言葉は自分の口から、ですよ」
それに対して、珍しく少しバツが悪そうな顔を見せるティール。
シアは、いたずらが成功した子どものような表情を見せて、いつもと変わらない落ちついた調子で言葉を返す。
……そして、さすがにこの状況では相手にしても展開は変わらないだろうと悟ったのか、ティールは改めてヴァイとリスティへと顔を向け、口を開いた。
「……ガンバレ、二人とも」
「……ガンバレって……」
「……それだけか?」
「あの時だと、他に言える言葉も見つからなかったからね」
やれやれ、とばかりに溜息をつき、声を挟む隙も見つけられず、今まで黙りこんでいたイリスの頭を意味もなく撫でるティール。
それは、照れという感情の行き場に迷った末に行きついた、彼女なりの照れ隠しの行動だったのかもしれない。
そう思うと、ヴァイとリスティ……そして、シアも自然と笑いが混みあげていく。
「ママ、どうしたの?」
イリスはいきなりの母親の行動に疑問を持ちつつも、優しく撫でられて少し嬉しいのか、その表情はわかりやすくほころんでいた。
「ううん、なんでもない。 ……もうすぐお昼だし、お昼ご飯にしようか」
「うん! ねぇママ、イリスもパンじゃ無くて、ママと同じのが食べたい」
そのままごまかすようにしてイリスを話の引き合いに出すティールと、何の疑いも持たずに素直に喜ぶイリス。
その様は、これまで彼女に対して抱いていたイメージが一気に崩れていくかのようで、三人は余計にそのギャップに笑いを隠せなかった。
「ふふっ。 ティール、それでしたらご一緒してもいいですか? ユキと銀牙もお腹が空いているようですし」
「あ、それいいですね。 私も、シア先生やティールさんの旅のお話とか、ぜひ聞かせていただきたいですし」
「まぁ、それくらいならいくらでも話すけど……それならヴァイとリスティも、ちょっとは話して欲しいな」
「……ま、俺らは俺らで色々あったしな……話題には事欠かないし、他人の旅の話ってのも興味ある」
「それじゃ、決まりですね。 とりあえず、手近な食堂にでも入りましょうか」

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