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ブラック・シップ内部、大ホール。その一室は、床全体がチェスボードを思わせる白と黒のチェック模様で構成されていた。
巨大な船体の中央部に位置するその大部屋に、少女と女性が二人きりで戦いの前の待機をしていた。
少女は今、左右に翼のような飾りがとりつけられた、たまごのカラのような形状の椅子に腰掛け、瞑想するかのように目を閉じて、その意識を船内の隅々まで行き渡らせている。
「――西に15人、南西に18人、北から9人、東に6人、南に24人……でも、まだ入ってきそう――」
その途中で、急にそれだけを口にすると、ことり、という擬音が似合いそうな勢いで、頭を落とし、次の瞬間にはその意識も眠りの世界へと落ちていた。
「アリス様、おつかれさまです」
女性……アルは、眠りこけたアリスの佇まいを直し、用意してあった毛布をその身体に被せる。
その瞬間の表情は、娘に対する母親のような穏やかさを秘めているようだった。
「……総計52人以上。 思いの他多くの進入を許したようですね」
だが、椅子から一歩離れた瞬間、その顔は真剣なものへとすりかわる。
アリスの覚醒状態における能力使用に勝る索敵は無い。
最も、このブラック・シップ全体を把握しようとするならば相応の精神力を消耗して、それだけで眠りこけてしまうのだが。
おそらく監視室でも索敵しているかもしれないが、明確な数字ならアリスの方が一歩早く確認する事が出来る。
「…………」
人質がとられている現状、自分達がシャマル軍勢に大して反旗を翻すことはできない。
それはこのホールまで進入してくる相手がいれば、戦わざるを得ないという事でもある。
「捕らえられたラビを、解放してくれる者がいれば……」
自ら動く事は出来ないが、侵入者達に期待する事はできるだろう。
……だが、ラビは奪われればアリスに寝返られることが確定する存在。
普通に考えて簡単に見つかるような場所に隠しているわけはないし、そんな場所いたのでは、侵入者を頼るなら誘導でもしないかぎり辿りつけるはずが無い。
『―その役、オイラがやろうか?』
そこまで思考がたどり着いた瞬間、耳に入ってくるのは聞きなれた声。
「……チェシャか」
そう口にしながら目を向けると、そこにはニヤついた猫の顔だけが浮かんでいた。
さすがに慣れているのか、特に驚いた様子も無く言葉を返す。
「頼めるか? アインの情報が確かなら、ラビは左舷下部にいるはず。 船の向きから考えると南になるから、誘導するなら丁度いいグループがいる」
『さっき見てきたけど、24人のグループかい? 他より狭い通路の向こうだから、纏めて誘導するには多すぎると思うな。 半分くらいで丁度いい』
「……そうか、なら手はある。 チェシャ、グループが分断するまで隠れておけ」
『あいよ』






―そのままチェシャ猫は空気に溶けるように消え去り、それからおよそ1分後。
ジルコンの星を握りしめたカリフが、若干焦った様相でアリス達の前に現れた。
「ふん、完全に眠っていると言う事は、状況は探り終えたようね?」
「はい。 しかし監視室に行かずに真っ先にこちらに来られるとは、あなたがたと言えどアリス様の力に頼らざるを得ないという事でしょうか?」
眠りこけているアリスへ伸ばそうとした腕を払い落とし、アルは冷静に、そして皮肉ぶった言い回しでそれだけを口にする。
やはりその行為は気にいらないのか、若干睨むような目を向けるカリフ。
だが、侵入者がいるというこの状況では口論に持ち込むのは得策では無い。
「好きなだけ言っておきなさい。 それより、細かい数字は?」
「西に15人、南西に18人、北から9人、東に6人、南に24人。 それぞれ魔物やリトルシップの排出口から進入したものと思われます」
「確認が取れたのはいつ?」
「約2前です」
「なら全体であと20人は追加していると考えたほうがいいわね……」
「あら、自信のない発言ですこと」
「常に最悪の事態を想定し、最善の策をもって行動する。 軍略を練る上で、当然の行為よ」
恐らく彼女達の言葉を耳にした者には、間違いなく二人の間に強烈な火花が散っているように見えていたかもしれない。
それを証拠に、この二人が顔を合わせている際に近付こうとする者はほとんどいない。
例え重要な用件があっても、思わず敬遠したくなるオーラで満ちているからかもしれない。
「でしたら、左舷にいるグループを二つに分断すればよろしいかと。 大群で進むには通路は狭いとはいえ、数の利を与えては今後の展開に不利となりましょう」
「……ふん、何を企んでいる?」
「アリス様の保身です。 狭い通路ならばいざ知らず、この広いホールでは大軍で攻められては、いかに我が主と言えども不利は否めませんので」
狭い通路ならば船の構造を熟知したこちら側に『挟み討ち』という利があるものの、スペースが広い場合、数がいればそれだけで『包囲』という戦法が可能になるということでもある。
主の保身という理由はもっともらしいが、素直に受け答えするその様子が、カリフにとっては嫌にカンに触っていた。
「……いいでしょう、その思惑にのってさしあげます」
だが、こうも淡々ともっともらしい事を口にされては、切り返す言葉が見つからない。
カリフは最後にそれだけを口にすると、先ほどよりもイラついた様子でホールから退出して行った。


「……チェシャ、後は頼みましたよ」