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―19―





アイリスは、『死』に至る際にたまごのような膜で身体を覆い、その記憶と力を封印し、幼生体に還る事で生を繋ぐ。
そして、自ら選ぶ『親』の元で孵り、その成長に応じて徐々に封印された記憶と力を再生させていく。
それは、創世の時代から幾度と無く繰り返されてきた姿だった
たまごに還る時期に、幼生期も成体期もなく、あるのは、ただ死はそのまま転生に繋がるという事実だけ。



「……なら、やりなさいよ」
黙って目を閉じ、何かを思考していたヒミンが、冷淡な瞳でそのまぶたを開き、男へとそんな言葉を向けた。
その一言は、周囲で構えていた仲間達の驚愕をも呼ぶものの、ヒミンは動じることなく言葉を続けて行く。
「確かにあなたの言った通り、アイリスは死の際にたまごへと還るから、アイリスを手に入れようとするだけなら、それでもかまわないのかもしれない……」
「何を言うのかと思えば、分かりきった事を……」
「……ふぇ……ぅぅ……」
わずかに笑みを浮かべる男と、恐怖に押され、涙を浮かべるもまともに声も出て来ないらしいイリス。
……守るべき対象を、”殺してもいい”などと言い恐怖へ陥れる……それをわかっていながら、ヒミンは口を閉じることはない。
「……でも、その”後”にあなたを守るものは何?」
「なんだと?」
「あなたの頭なら分かってるはずでしょ。 命を奪ったその瞬間から、私達があなたに攻撃を渋る理由は無い……むしろ、そこにいる『親』の怒りを買って……今度こそ、灰にされかねないわね」
ふふっ、と強気な笑みを浮かべるヒミン。
そしてその言葉を受けたティールもまた、その目により強い決意を込めて、男に投げ掛けた。
……が、身体の芯までダメージを残していたためか、その状態はまだ万全とは言えない。
たとえイリスが殺され、ヒミンが言うような行動に移すにしても……今の状態では、もう少し時間がかかるだろう。
「……」
ヒミンは、ちらりとその様子に目を向けると……一度深呼吸を行い、両手を大きく空へ向けて伸ばす。
「……ちょっとヒミン、まさか……」
その様を目にして、一瞬マーニが何か呼びかけようとしたが、ヒミンと目が合う事で、その言葉を止めた。
彼女から発せられる気配は、明らかに何か大きな事をしでかそうとしている事を示している。
それでも、男は先の彼女の言葉に捉われ、自身の意思に身体が従わず、完全に硬直してしまっていた。
「―我は天蓋の鍵を有する者 陽の舞う道に在りし黄道十二宮(ゾディアックベルト)の使者よ 界の調停者の名の下に 解き放たれし門より現れ出でよ―」
ヒミンが言葉を紡ぐに連れて、その頭上に星屑のような光が集まってくる。
その無数の光は徐々に一つとなり、ついには、一つの光円を描くような姿を現していた。
「―世の理を統制せし星界の天秤 我望む あえてその均衡を破ることを―」
恐らく、それがこの詠唱の最終節なのだろう。
言葉紡ぎ終えた時、その光円の中心に、淡い光を纏う小さな天秤が現れ、それはヒミンの手に握られる。
その天秤の両の受け皿には何も載せられてはいなかったが、何故か、徐々に片側に傾いていく。
「天秤宮ライブラ・第三術法――狂理天秤(マッド・ライブラ)!!」
「ぐっ――!!?」
そして、ある角度までそれが傾いたその瞬間、天秤が纏っていた光が急激に強まり、それはここ一体を包みこむように大きく、強く、広がっていった……





――訪れるのは、静寂。
光は収まり、ヒミンの手の天秤は……大きく傾いたままではあるが、元通り淡い光を放つに留まっている。
そして、攻撃が来るのだろうかと身構えていた男は再び目を開き、突如として、笑い出す。
「クク……何かと思えば、やはりハッタリか!? 大口を叩いて置いて、貴様もこちらを攻撃などできぬと言う事だな!!」
状況は変わっておらず、それが強がっただけの言葉というのは本人も分かっているだろう。
だが、”状況”は確かに変わっていた。
星々が描く天秤、ライブラの力……その両の皿の均衡は”摂理の統制”を意味し、片側に傾く事は”摂理の破壊”を意味する。
「……イリス?」
ふと目を向ければ、今まで脅えた表情で涙を流していたイリスの顔から、全ての感情が消えている。
「――その手を離しなさい」
そして、ゆっくりと開かれた口から発せられる言葉。
……それこそが、ヒミンの行使した、ライブラの力の発現を意味していた。
「貴方に精霊王(わたしたち)を従える器はありません、離しなさい!」
「なっ……ぐあっ!?」
突如として、今までになく強い語調で言葉を口にするイリスに、半ば呆然とした声を出す男だったが、状況を整理させる暇も与えず、イリスの背から赤い輝きを放つ大きな翼が展開される。
そして、その翼は次の一瞬には炎へと姿を変え、その身体を焼き尽くすようにまとわりついていく。
「ぐっ……うああああ!!?」
熱に耐え切れず、イリスを掴んでいたその手を離す男。
そして、それに乗じてイリスは広げた炎の翼を羽ばたかせ上空へと浮かび、男の方へと身体を向けて停止する。
悠然と構えるその姿は、幼い姿ながら”精霊王”と呼ぶに相応しい空気を纏っていた。


「なんだろう……この感じ」
「…どうした?」
その姿を目にし、ふと、リスティが声を漏らす。
ヴァイはそれに反応し、すこし心配そうな目を向け、そう声をかけたが……
「わからない……けど、すごく懐かしい感じ……」
リスティは、どこか呆けたような表情のまま、ただ上空に浮かぶイリスの姿を見つめているだけだった。


「ぐっ……貴様、何をした……!?」
イリスが離れると同時に炎の翼も離れ、全身に残る炎の痛みに耐えつつも、男は傾いた天秤を握るヒミンへと怒りを向ける。
しかし、ヒミンは黙したまま何も語る事はなく、ただ目の前で起こる展開を眺めているだけだった。
……いや、『天秤』の力を使い続ける事に、意識を集中しているのかもしれない。
「……彼女は、この身体の中に封じられていた”先代”の力を解放しただけです」
「なんだと!?」
先代――つまりは、精霊王として積み重ねられた記憶と力が解放され、成長しきったアイリスの事。
本来ならば時間をかけて少しづつ再生させていくという『摂理』を崩す事で、解放したということだろうか。
「貴方は――何を望み、私を求めるのですか?」
上方から、悲しげな瞳で男を見下ろす”アイリス”。
問いかけるその言葉にも、どこか悲哀を帯びた響きが込められているかのようだった。
「………不死だ」
すこし間を開けて、意を決したような表情でその問いに答える。
それは、多くの人間が望みつつも、決して手に入れる事は許されない事象の一つ。
死を越える事は、輪廻の均衡を乱す大罪であり、それを侵した者は世界により罰せられる。
「貴様は、子に還る事で生を繋ぐ。 記憶の再生に時間はかかるというが……最終的に全てを受け継ぐ、それは事実上の不死!! その力を求めただけだ!!」
「だからと言って、他者の命を弄ぶのですか? 貴方の身勝手で自我を奪われた者達は……」
「知るものか! こいつらはただの駒だ!! 貴様を手に入れるためのな!!」
「……私は、”コア”を持つ魔物に近い存在です、輪廻の輪を介して転生するあなたがたとは、魂の成り立ちが違う」
「だが、貴様は人と同じく成長する”魔物”と”動物”の中間的存在だ。 ……その力の内側を見る事ができれば……」
その言葉を耳に、何かを想うようにまぶたを閉じるアイリス。
……自己の存在が、人間に野望を抱かせたのは今に始まった事では無い。
還るごとに記憶も受け継がれる自分を……楽しい記憶だけでなく、幾度とない『親』との別れの記憶を、永劫に受け継ぎ続ける自分を悲しく思った事もあった。
そんな自分の魂の成り立ちを求める……その男の姿は、彼女にはひどく哀れなものに映っていた。
「……引きなさい。 そして、その望みは捨てなさい……永劫に継ぐ記憶など、悲しみが積み重なるだけ……」
「ククっ……ここまで来て、引くことなどできぬよ……」
そう返すと、男は胸の前で手を組み、呪文の詠唱を始め――アイリスもまた、その行動に答えるかのように、同じように呪文詠唱を開始する。
そんな状況を目にした一同は、それを止めようと駆け出そうとしたが……なぜか、リスティが無言のままに両手を広げ、その行動を遮っていた。
「……リスティ……」
彼女の奥底に眠るアルティアの記憶か、彼女自身の意思か……
おそらく、なぜ自分がみんなを止めたのか本人も分かっていないのだろう。
「――インフェナリィハグ!!」
指輪の力も加え、極大化された無数の闇の触手がアイリスに向けて放たれる。
その一方でアイリスの手元には、七色のマーブル模様に輝く魔法球が浮かんでいた。
「……レインボウドロップ」
そして、触手に捕縛される紙一重の一瞬に、その球体を男に向けて解き放つ。
創世の時代より積み重ねられた、強大なメンタル。 それは迫り来る触手を飲み込みながら、勢いも衰える事無く向かっていく。
「……おのれ! おのれおのれおのれーー!!!」
アイリスの悲哀の瞳にその姿を映しながら、男は七色の光球に飲み込まれていく。
……戦いは、”アイリス”が目覚めたその時に、終わっていた。

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