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リックテール借家区は冒険者や支援士に提供されるアパートメントである。
支援士や冒険者の多くは必ず何処かの街の借家区から部屋を借り、そこを本拠としている。
宿をとるよりもはるかに安上がりなことが最たる要因ではあるが、たとえ借家とはいえ自分の帰る家があるというのはやはり安心するからなのであろう。
そんな借家区の部屋のうちの1つにトートはいた。


『さて、部屋も借りて支援士としての拠点が出来たわけだが・・・。明日からはどうするのだ?』
部屋の中にいるのはトート一人だけ。しかし声の主は部屋の主人である彼ではなく、ベッドの傍に立てかけられた一振りの刀・・・斬鬼である。
「そうだなぁ・・・。取り合えずお前を教会に見せてみようと思ってる。教会では形見や呪いの品に込められた魂を昇華させることができるって聞いたことがある。もしかしたらお前のこともなんとかできるかも知れないしな」
明確に言えば斬鬼は誰かの形見ではないため、昇華は無理なのかもしれない。だが、魂といういわゆる非物質を扱う専門家なのは教会だけなのだ。
『俺のことに躍起になるのは嬉しいことだが自分自身の心配もしたらどうだ?そろそろ路銀も尽きるのだろう?』
斬鬼の発言は的を射ていた。冒険者になると決めた時からコツコツと貯め込んでいた資金が20000フィズあったが、残りは最早その五分の一といったところだった。資金難の主だった原因はクロッセルで宿をとってしまった事だ。
宿での一泊は大きい。一番安い宿を選んだものの、それでも一泊5000フィズもとられてしまった。リックテール借家区での家賃は1ヶ月30000フィズなのだからいかに宿屋が高いかということがわかる。入居費などはエリックから礼金を受け取っていた為になんとかなったものの、やはり資金難であることは否めない。何とか依頼をこなしていかないとすぐにでも借家から追い出されてしまうだろう。
「うん・・・、まぁな・・・。でもこればかりは酒場で依頼を探さない限りどうしようもないよな・・・。教会に行った帰りにでも依頼を受ければいいさ。」
気楽にそう言うとトートは斬鬼を鞘から抜き放ち、中段に構えた。
『何をする気だ?部屋の中で剣を振り回すわけではあるまいな?』
「まさか。精神統一とイメージトレーニングだよ。なにも身体を動かすだけが鍛錬じゃない、精神を静めるのも鍛錬だって前に何かで読んだことあるからな。」


斬鬼を構えたまま目を瞑り意識を斬鬼へと集中する。斬鬼も同じく意識を集中しているのか何も語りかけてこない。
どれほど集中していたかはわからないが、不意に目を閉じて暗転していたはずの視界にぼんやりと人の姿が浮かび上がる。その人影はトートと同じく刀を中段に構えており、一切の隙が無かった。トートに向かい合った人影は、一気に距離を詰めると左下から右上へと切り上げ、刀を振りぬいた勢いで一回転し、今度は左上から右下へと斬り抜いた。その動作は目に止まらぬものであり、一撃はとても重かった。
斬られた、と思った瞬間にトートは目を開けていた。身体は汗でびっしょりになっている。
「・・・ッ!?」
『どうした?トート?』
同じく精神統一を中断した斬鬼が訝しげに尋ねてきた。
精神統一中に現れた人影に斬られた事を話すと斬鬼は驚いたように言った。
『なるほど・・・おそらくその人影というのは俺の事だ』
「なんだって!?」
『俺もお前と同じくイメージトレーニングをしていた。そこで俺は生前の俺の技をイメージしていた。お前が受けた剣技のことだ。名を「壱式・銅(あかがね)」という。おそらく刀を通して俺とお前の意識が一つになったのだろう。・・・と、すれば俺とお前の意識を一つにすることで俺の技をお前が体得することができるかも知れんな。まぁ、使いこなせるかはお前次第だが・・・。それに、もしかすれば声に出さずとも念じるだけでお前と会話することも不可能ではないかも知れん』
半信半疑ではあったがイメージ中に見た動きと斬られたという感触がトートに真実だということを伝えていた。
そして、その動きを自分もできるのだという根拠の無い、しかし確かな自身があった。
「へぇ・・・すげぇんだな・・・。でもなんだかドッと疲れたぜ・・・。もう寝るわ・・・」
トートは斬鬼をもとあった場所に戻し、ベッドに倒れこむとそのまま深い眠りに落ちていった。


『・・・-ト、トート!起きろッ!オイッ!!』
「うー・・・ん、なんだよ・・・。後5分だけ・・・」
『何を言っている!今何時だと思っている!!』
「・・・zzz」
『いい加減にせんかぁッ!!!』


トートが斬鬼に起こされた時、日は既に高く昇っていた。
普通の冒険者ならばとうの昔に起床して酒場に依頼を探しに行っている時間である。目を覚ます為に風呂屋で熱い湯を被り、身嗜みを整えるとトートは教会へと向かった。
聖女アルティアを信奉するアルティア教は大陸中で信仰されているため、どんな小さな町や村でも必ず教会が建てられており、多くの人が祈りを捧げている。
もっとも、十六夜という独自の文化をもった土地ではアルティア教は布教されなかった。北の果ての極寒の地というのも布教されなかった原因の1つなのかもしれないが。そのためトートは話に聞いた程度にしかアルティア教の事を知らず、斬鬼に到ってはそんなものがあるとも思っていなかった。斬鬼が知らないのも無理は無い。アルティアが聖女として祭り上げられることになったのは人間と魔物との動乱が過ぎ、アルティアが死んだ後のことである。動乱の時代に活躍していた斬鬼とは時代が違うのだ。
リックテール中心区にある大聖堂には、大陸北部のアルティア教の中心ということもあり多くの巡礼者が訪れていた。
その外観は質素ではあるが重厚な作りで歴史を感じさせる佇まいをしている。中では大きなステンドグラスが日の光を受け神秘的で美しい色彩を放ち、白い質素なローブに身を包んだトートと同年代、もしくは年下と思われるセントロザリオやアリスキュアの歌う賛美歌が荘厳な印象をトートに与えた。
礼拝の時間が終わったのか、セントロザリオやアリスキュアの生徒達は思い思いに散ってゆき、残ったのは一部の神父と礼拝者、トートだけになった。トートは一番奥の祭壇にいる神父に声をかけた。
「ようこそ、アルティア教会へ。迷える冒険者よ、今日はどのようなご用件でしょうか?」
50代を半ば過ぎたと思しき神父は低いが良く通る声で問い掛けた。
「えっと・・・、魂の昇華をしてもらいたいんですが・・・」
魂の昇華と口にはしたものの、トートにはそれがイマイチどんなものかわからなかった。その様子を察したのか神父は魂の輪廻について説明してくれた。
「死した者の魂は消えて無くなりはしません。全ての魂は死した後に輪廻の輪へと還り、次に生まれ変わる時を待ちます。しかし、この世に強い未練や想いを残して死んだ者の魂はその者の大切にしていた物品に宿ります。これを我々は『形見』と呼ぶのです。当然、形見に魂が宿っている為に輪廻の輪には還らずにこの世に留まります。昇華の儀式とは形見に込められた魂を解放し、輪廻の輪へと還すことを差すのです。」
当人は分かり易く説明したつもりではあったのだろうが、それでもトートには完全には理解出来なかった。ただ、トートの目的の一つである「斬鬼の魂の解放」の達成に繋がるという事だけは理解できた。斬鬼を腰のベルトから外すと神父に手渡した。
「この片刃剣に込められた魂の昇華をお願いしたいのですが・・・。」
斬鬼を手にとった神父はやや訝しげな表情をして斬鬼を見ていたがおもむろに首を振ると斬鬼をトートに返した。疑問符を浮かべるトートに、神父は言った。
「・・・どうやらこれは形見の品ではないようですね・・・。ただ、不思議なことに魂が宿っていると感じることはできるのです。しかし、普通の形見の品とは違い自然に魂が宿った訳ではない様なのです・・・。言うなればそう・・・、魔力か何かによって強制的に魂が輪廻の輪から引っ張り出され、この剣に宿らされている・・・、と言った所でしょうか。・・・申し訳ありませんが私では貴方のお力になれそうにありません。」


「・・・ハァ、やっぱり形見じゃなかったんだな・・・」
教会を出ると、トートはガックリと肩を落とした。
『だから会った時に言っただろうが。俺は形見ではないと』
「それはわかってるけど・・・。教会で何とかできないんだったらどうすればいいんだよ・・・」
『それにしてもあの神父、気になることを言っていたな・・・。魔力によって強制的にこの刀に封じられたとかなんとか・・・』
そのことはトートも引っかかっていた。死んだ魂を強制的にこの世に呼び出す。そんなこと本当はありえないのだろう。しかし、斬鬼を手にしている以上そんなことも言ってはいられないこともまた事実であった。
『そう気落ちするな。焦る必要など無い。』
「ああ、そうだな・・・。なんだか腹も減ってきたし、食事がてら酒場に依頼でも探しに行くか・・・」
落胆と空きっ腹とを抱えてトートは中心区を後にした。