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―20―






アイリスが地面に降り立つと同時に、ゆっくりとその背の大きな翼が、小さな”イリス”の身体に吸い込まれるように消えていった。
……外見こそ幼いイリスのままだが、纏う空気はさも”王”のごとき風格を帯び、そして他者に感じさせる力の強さは、”記憶”が解放される前とは比べ物にならないほどの強力な物へと変化している。
周囲が呆然と眺める中で、アイリスはシアの腕に抱かれているティールの元に歩を進めていく。
「……”イリス”のために……自らを、ここまで……」
「だって、私はあなたの『親』だから……絶対に、まもってあげるって決めたから」
そして、外面上の傷は消えたティールのその顔にそっと手を触れながら……心から申し訳なさそうな顔を浮かべるが、ティールは苦しげな顔も見せず、笑顔でそう答えていた。
「……そのままじっとしていてください」
その表情を目にし、アイリスはすこしほっとしたように微笑みを浮かべると、そう口にしながらティールの身体に両手を優しく触れさせる。
そして、一度は身体の中に収めていた翼をその場にいる仲間達の身体を包むようにして再び大きく広げ……今度は、翼全体から神々しいまでの白い光を放ち始めた。
翼に包まれた内側は暖かく、戦いの中でつけられた傷が瞬く間に癒されていくのがわかる。
……翼を炎と変え敵を焼き尽くす『赤の翼』ではなく、白き光と変え傷ついた者達を癒す『白の翼』……
それは、アイリスという種に与えられた翼の力の一片。
まるで天使を目にしているかのような光景にリスティは感嘆の声を上げていたが、他の一同も同じ感想を抱いていたのか、心の中で同じ意味がこめられた溜息をついていた。
「”ママ”……動けますか?」
その中で、より強くその力を込めていたティールに、穏やかな微笑みで呼びかける。
ティールは、笑いかけながら自分の腕を軽く振って、問題ないという意思を伝え……アイリスはその一言を深く受け取り、”よかった……”と呟きながら、もう一度笑顔を見せた。
「……ヒミン、時間はとれますか?」
しかし、そのまますこし急ぐように視線をヒミンへと移し、その手に握られている天秤の状態を目にし、状況を問う。
――恐らく、彼女が天秤の力を維持している間だけが、”記憶”が表に出ていられる時間なのだろう。
ヒミンは、無言で微笑むと、コクリと頷いて答えていた。
「……わかりました。 ”ママ”、失礼いたします」
そして、再びティールへと視線を戻したかと思うと、ぺこりと頭を下げて再び移動を始めるアイリス。
と言っても、そうして動いた先は距離にしても2Mも無い、ティールの仲間のウチの一人の前で……
「えっと……なにか……?」
リスティは、目の前にぴたりと立たれて、すこし戸惑うようにそう口にしていた。
……いや、この戸惑いは、あくまで序の口だったのだろう。 その直後にアイリスが言った言葉こそが、本当の意味で、全てに驚愕を与えかねない一言だったのだから。
「……転生の輪に戻られて……長き間……お会いしたかったです……”母様”」


――静寂――
僅かに涙を滲ませて、ぎゅっとアルティアの身体にしがみつくアイリス。
その間、そうされている当人も含めて、その場にいた全員が彼女の今の言葉の意味を図りかね、沈黙は全体に広がっていた。
「”かあさま”って……お母さん……私が…?」
そして、その静寂を破るリスティの声も、核心の持てない控えめなもので、彼女自身の困惑をもありありと映し出している。
ただ、『転生の輪に戻る』という言葉から、リスティ本人ではなく、アルティアの事を差しているのだろう。
確かに、”記憶”の中にはアイリスに関することもいくつか残されているが、今の自分ではアルティアの英知の深い部分までは掘り起こす事はできない。
……リスティが思い出せる記憶に無い部分……その中に、彼女との関係もあるのかもしれない。
「はい、母様。 ……私はこの子の、イリスの”先代”の記憶。 かのアルティアを『親』として産まれ……母様は、自身が死すその時まで、私を気にかけてくださいました」
「あっ……」
ちくり、と胸が痛む。
教会で伝えられているアルティアの伝説と、自らの中にアルアルティアの記憶。
それらによると、アルティアは24の若さでこの世を去っていたと言う。
アルティアがいつアイリスの『親』となったのかはまだわからないが、それはつまり、アイリス自身が大人になる前に『親』と別れたということ。
『自分』が死んだせいで、深い悲しみを負わせたということ……
「……母様、大丈夫です。 ”記憶”だけ残された私ですが、こうしてもう一度会えた事……それだけで……」
滲み出るだけだった涙が、次第に大粒の雫となり、頬をつたい零れ落ちて行く。
例え、それが転生した先で……既に”本人”とは違う姿だとしても、気持ちは変わらないのだろう。
……リスティは、何も言わずその小さな身体を抱きしめていた。




「……恥ずかしいところを、お見せしました」
ひとしきり泣いた後に、リスティから一歩離れ、全員の前に立つ形で言葉を口にしはじめるアイリス。
ただ、その表情は最初に見せていたものよりもすこし幼さが戻ったような様子で、どこか気が晴れたような雰囲気を纏っていた。
「ううん。 私も、お母さまが戻ってきてくれたら……きっと泣いちゃうから」
……そう口にすると思い出すこともあるかもしれないが、リスティは微笑んでアイリスへとそんな言葉をかける。
それを受けて、すこし安心したように微笑むと、一度ふぅーと息を整え、再び全員へと目を向けるアイリス。
そして続く言葉は……
「それでは……”記憶”は、再び眠りにつきます」
その場にいた全員が、心のどこかで予測していたものと寸分互いの無い一言。
目の前にいるアイリスは、ヒミンの力で一時的に表面化しているだけのもの……それは、全員が分かっていた事だから。
「恐らく、私が私として再生されるのは、これが最後でしょう。 ……正式な形で”イリス”に記憶が継がれれば、それは私ではなく、”私の記憶を持ったイリス”なのですから」
「……」
リスティは、先程の事も含めて、目の前の子の存在を決して忘れないでいようと心に決めていた。
それは、アルティアと今のリスティの関係に似ているという理由もあるかもしれないが、”リスティ”の手ではどうしようもない時代の事とはいえ、子を最後まで守りきれなかったという意識が大きいかもしれない。
「……ヒミン、ありがとう。 最後に、母様と会うことができた……」
「……いえ」
「さあ、お願い」
最後に、ヒミンへと目を向けそれだけを口にして、スッと目を閉じるアイリス。
ヒミンはすこし考えるような間を開けるも、自身も目を閉じ、『天秤』の力を閉じるべく詠唱を始める。

『―傾きし摂理の天秤 今一度理を乗せ 界に均衡を呼び戻せ―』

ゆっくりと、平行に戻って行く星の天秤。
それが進むに連れて、アイリスから放たれていた強大な力が急激に収まっていくのが感じられる。

「……母様、ママ、みなさん―― 幼い私を、よろしくお願いします」

そして、天秤は水平に戻ると共に空気に溶けるように消え去っていき――
アイリスは、その言葉を最後に、気を失うかのように、力なく地面に倒れこんでいった。

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