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―24―






月明かりの落ちるモレク近辺の林の中。
一人のネクロマンサの男が、全体がボロボロとなった衣装を身につけ、半ば這うような姿でその中を進んでいる。
「くっ……おの…れ……!」
彼は、アイリスのレインボウドロップの直撃をかろうじて回避したものの、着弾後に広がった強烈な魔力の余波をその身に受け、全身に大きなダメージを負うに至り……
余波だけでこの威力と言うのなら、それは直撃を受ければそのまま死に至らせる可能性もあった一撃であり……彼は、精霊王の強大な力の片鱗に、これまでに無いほどの畏怖と恐怖を感じていた。
「あの……妖精(ムシ)めが……出てこなければ……」
……そう、あのままヒミンと名乗っていた妖精が乱入してこなければ、アイリス本来の力を発揮することなく全てが終わっていたはずだった。
天に輝く12星座――『黄道十二宮(ゾディアックベルト)』の力。
それは、たったひとりの妖精だけで抱えているとは思えぬほど……『理』すら捻じ曲げる強大な能力。
しかし、いくら悔いたところで過ぎてしまった現実を変える事は出来ない。
今は、自分を捜索しているだろう自警団から身を隠す方法を探す方が先決である。
「だーれが虫だって?」
「なっ…!?」
呆れたような表情で現れるのは、全身に星屑のような光の粒子を纏う妖精、ヒミン。
「悪い事したら逃げちゃ駄目だって言ったよ」
「因果応報、天罰覿面。 逃げ切れると思わないこと」
……そしてそれに追従するように現れるのは、太陽のごとき明るい光を纏うソールと、月のごとき穏やかな光に包まれたマーニ。
三人共、それぞれの光が夜の闇に映えて、見るものの目を引く存在である事には間違いは無い。
が、今はそのような事が問題になるような状況ではなく、男は思わぬ追撃に動揺を隠せない様子だった。
「き、貴様等……!」
男は、半ば叫ぶような声を上げてエメトの指輪をつけた手をヒミンに向ける。
しかし、そうされた当人は特に恐れる様子もなく、先程から変わらない呆れた表情のままで、再び口を開いた。
「メンタルは残ってても、魔法撃てるような状態じゃないでしょ」
「……くっ!」
魔法というものは主に術者のメンタルを消費して行使されるもの。
しかし、その規模が大きなものになればなるほど身体的な反動も大きくなり、大呪文ともなれば、瀕死の状態で撃とうものなら、死を覚悟しなければならないこともある。
……よって、見るからに弱っている状態から撃てる魔法などその威力もたかがしれ、この三人にとっては恐れを抱くほどのものではないようだった。
「いずれにしても、貴方の始末はこの場でさせて貰うわ。 人間が行う裁定じゃ、貴方には事足りない」
「人の命も、心すらもなんとも思わない人。 あなたの狂気で心を……そして命を奪われた人達にも、人生はあったはず」
「あんなの、みんなかわいそうだよ! ソールも絶対にゆるさないから!!」
三人はそれだけ口にすると、正三角形を描くような配置で男を取り囲み、それぞれがその両手を他の二人に向けるようにして突き出し――全員の口から、連続するように一つの呪文を唱え始める。

「―我 万物を照らす太陽の加護授かりし者―」
「―我 万象を守護せし月の恵に抱かれし者―」
「―我 万境を覆う星々の寵愛を受けし者―」

『―天上の光 ここに一つとなりて 大いなる力を生み出さん―』

三つの声が一揃いに最後の一節を発したその瞬間、それぞれの身体から光の線が伸び、互いに結び付き……男を取り囲む、正三角状の方陣となる。
互いが互いのメンタルと共鳴し合い、その中央部――男の立つ位置に膨大な力の渦が巻き起こりつつあるのが、傍目にも分かる程に極大化されていく。
「な……がっ…!!?」
そしてその中心部に立たされている男は、その膨大な力による不可視の圧力に押され、全身のダメージも重なり地面に崩れ落ちる。
……三人の妖精は、そんな事にはかまわずに詠唱を続けていく。
次に口を開くのは、ヒミン。

「―我は天蓋の鍵を有する者 陽の舞う道に在りし 黄道十二宮(ゾディアックベルト)の使者よ 界の調停者の名の下に 解き放たれし門より現れ出でよ―」

その詠唱の内容は、ごく近い過去に耳にした……黄道十二宮の門を開く、星界の言の葉。
どこからともなく現れた光の粒が光円状のゲートを構成したその時、ソールとマーニの纏う光が、三人を繋ぐ光の線に乗ってヒミンの中へと注がれる。

「―世の理を統制せし星界の天秤 界の記憶(アカシックレコード)に刻まれしこの者の業徳を元に 相応なる裁きをここに!―」

ヒミンの頭上の星の門が大きく広がり、その内より現れるのは光り輝く星々の天秤。
だが、それは先の戦闘で見せたそれとは、その大きさからして異なり、軽く2Mはあろうかという天秤が、宙に浮く形でヒミンの背後にその姿を現していた。
――その天秤の右には白い球体状の光が、そして、左には黒い球体状の光が置かれている。

「天秤宮ライブラ・第一術法――マアトの裁定!!」

高らかに手を上げ、詠唱の最終節を唱えるヒミン。
それと共に、天秤の左右の光が少しずつ膨張を始める。
「……マアトだと………まさか!? やめろ!!!」
「私に何を言おうと、マアトの裁定は”界の記憶”に記録された貴方の罪を元に裁きを下す。 あなたの命運は、”世界”に委ねられ……もう私の意思は反映されないわ」
――マアト――
それは天秤の左に人の罪を、右に真理を乗せ、最後の審判を下す裁定の女神の名。
その審議に情はなく、全ての者に等しく裁きは下される。
……ヒミンの後方に浮かぶ天秤の皿では、白き光は徐々に輝きを弱めていき、黒き光はなお強く、大きく広がっていく。
「……ここまで結果が目に見えた相手も珍しいわね」
その様子を眺め、素直にそんな言葉を口にするマーニ。
既に白い光は膨張を止め、黒ばかりが肥大化するばかりだった。
……そして、男は力の渦に押し潰され、身動きをとる事が出来ずにただ唸るばかり。
その間に、天秤の左の皿は降り続け、ついには地面にまで到達する――――その瞬間だった。
「……なっ!?」
左の皿の黒の球体が突如として形を変えはじめ、一瞬の後には巨大な影の化け物へと変貌を遂げる。
「”アメミト”……それは貴方の罪の権化。 甘んじて受けなさい」
「…ひっ……く、来るな!!」

『ゴォォォォオオオオオオオオオオオオ!!』

アメミトと呼ばれた影は、左の皿から飛び降りるが否や、男の身体へと喰らいつく。
これ以上の恐怖は無い、という感情を感じられる叫び声を上げるも、それも空しくただ響くばかりで――
アメミトは数秒もせぬ間に全身を呑み下し、そのまま大気に溶けるようにしてその姿を消していった。
「…………ふぅ……」
『ヒミン!』
それと同時に背後の天秤も消え去り、ヒミンは力が抜けたように浮力を失い、そのまま落ちていく。
とっさにソールとマーニがそれを受け止め、どうにか地面への激突は免れた。
「……ヒミン、いくら私とソールが魔力結合(リンクス)で力を貸したとはいえ……やっぱり『裁定』と『狂理』を同じ日にやるのは無茶よ!」
「……無理は承知……でも大丈夫、眠れば回復するから……」
一時的とはいえ世界の理を崩す力と、『世界の意思』を呼び起こす程の大魔法。
星の光からメンタルの回復を行える彼女と言えども、その二つを連続して行うのは、かなりの負担がかかるようだった。
「……”先代様”は、この世界に来たばかりの私達に色々教えてくれた……いっぱいお世話になった……だから、これはその恩返し」
「……まぁ、それは私達も同じだけど」
「やっぱり、ヒミンにばっかり負担がかかりすぎだよ。 ……『天秤』は、ソールは力を貸すことしか出来ないのに……」
普段他の者には絶対に見せることのない、ソールの沈んだ顔。
誰よりも明るく、誰にでも希望を与える空気を纏う彼女は、よほどの事がなければそんな表情を見せる事は無い。
……それだけ、この三人の関係が深いということの証明なのかもしれない。
「……まぁ、だからってイリスを狙う人全員に『裁定』をするわけじゃないから安心して。 ……あんなヤツじゃない限りは、あのティールって子達だけでも何とかできるだろうし」
そこまで言うと再び羽根を動かし、二人の腕から離れるヒミン。
ややふらつき気味ではあるものの、とりあえず飛ぶ程度の力は残っていたようだ。
「あの子達なら、イリスを任せてもいいと思うから……後は、影から見守ってるくらいで丁度いいよ。 たまーに様子見に行くくらいでね」
そこまで口にすると、”ふわ~”と大きくあくびをして、ゴシゴシと目をこすり始めるヒミン。
「……じゃ、今日は敵とな場所探して寝るよー。 二人もつかれてるでしょ?」
「……そうね、じゃあ、私ももう寝る事にするわ。 今日は満月でもないし」
「わぁ、皆で一緒に寝るのって久しぶりだねー。 モレクだったら、いい場所知ってるよ。」
「そうなの? じゃあソール、案内してよ」
「アイアイサー」 

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