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―2―




「……リスティ、調子悪いのか?」
――その後、大慌てで色々と考えようとするものの、状況が状況なだけに二人揃って頭も上手く回らず、かといって誰かに頼れるような状況でもない。
結果的に、丸一日エミリアがリスティのフリをし続けるなどという、単純でありながら最も労力を振り絞る必要がある結論に達してしまったのだが。
「……あ、いゃ……いえ。 大丈夫です」
……どうにかいつもの口調が出てしまわないように抑えるエミリア。
とりあえず朝食の間は二人でフォローしあって切り抜ける事が出来たが、こんなふうに相手の恋人の前で、バレないように振舞おうと思うと、予想以上に精神力を消耗していくのが自分でもよく分かる。





「……大丈夫かな……」
そして、そんな二人の様子を、一歩離れたような位置からじっと眺めている、エミリアの姿をしたリスティ。
見た目自体はリスティそのもの……というかリスティ本人のものなので、外見からばれる事はありえないだろう。
……ただ、特に恋愛視していない相手に対して、その相手の恋人のフリをバレ無いようにしつづけるというこの状況。
追いかけると色々とメンドウなことにもなりかねないのだが、リスティはさすがに心配を隠しきれず、思わず二人の後を追いかけていた。
「……ふーん、なるほどねぇ……」
「ひゃっ!? ……ティ……ティールさ……じゃなくてティール、いつの間に……」
「あ、リスティ。 別に隠さなくてもいいよ、状況は読めたから」
「ええ!!?」
あっけらかんと核心を突く発言をするティールに、リスティは思わず大きく声を上げていた。
……一瞬はっとなってヴァイとエミリアの方へ顔を向けるが、幸い向こうまでは聞こえていなかったらしく、二人はこちらには気付いていないようだった。
「な、なんで気づいたんですか……」
「人を見分ける目には自身あるし……隠しきれてない部分もあるようだったし」
「ふぇー……凄いですね……」
「……いやまぁ、今のはカマかけてみただけだったんだけどさ。 そういう反応したって事は、やっぱり入れ替わってたんだ」
「……もしかして私、乗せられました?」
ティールは黙ったまま、リスティの引きつった顔の質問にコクリと頷いて返す。
とはいえ、リスティ自身がエミリアになりきれている自信が無かったのか、すこしシュンと頭を下げたが、そこまで大きなダメージを負った様子には見えなかった。
ティールはその反応を見てやれやれとすこし苦笑すると、再び口を開き、言葉を発する。
「人の身体を入れ替えられる魔法が使えるヤツなんて、早々いるもんじゃない。 心当たりがあるから……というか、間違いなく『代理人』の仕業だね」
「『代理人』……って、なんのですか…?」
「さあ、そこまでは私も知らないけど……前にあの人にあった時にそう名乗られたから……」
「凄い魔法使いさんなんですか……?」
「うんまあ、そんな感じだって言ってた。 ……ちょっと悪戯好きなのが珠に傷だけど……まぁ、この様子だと町の中にいると思うから、探しておくよ」
そこまで言うと、やれやれ……とでも言うようにどこか疲れた顔をして立ち去って行くティール。
『代理人』という存在がどういうものか分からないが、とりあえずこの状況を打破する道のようなものは見えてきたように思える。

「それにしても、具合が悪くなったとか言って延期するとか考えつかなかったのかな……」

……去り際にティールがボソリと呟いた声は、幸か不幸かリスティの耳には入っていないようだった。
すでに意識は目の前の『自分』と恋人の二人へと注がれている。
「ティール、何してんだ?」
「あ、ディン……。 んー、まぁ大したコトじゃないよ。」
そんな様子を目にし、再びやれやれと溜息をついたところで、この現状ではある意味最も重要な位置にいる第3者が顔をだしていた。
さすがに口にしたところで簡単に信じて貰えるような状況でもなく、ティールは軽く受け流すような形で返答する。
「それより、そこにエミィがいたよ? なんだか寂しそうな感じだったし、声かけてあげたら?」
……そして、にやりと悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そんな事を口にしていた。
実際に単なる悪戯なのか、それともなにかストレスでも溜まっていたのだろうか?
それに関しては不明ながら、軽く鼻歌などを口ずさみながら、ティールはディンが歩いてきた道をすたすたと進んで行った。






「――それで、えっと……エミィさんにお料理教えて貰うことになったのじ…なったんですけど、なんだかうまくいかなくて……」
一歩離れたその場所でリスティたちがそうこうしている間も、エミリアの苦闘は延々と続けられていた。
…現在の彼女の状況を解説するならば、あまりに慣れない状況のためとにかく間が持たず、自分が知っている範囲のリスティの事――
つまり自分と関わりあった時の話を、強引にリスティの視点で解釈して、なんとか口にしているといった感じだろう。
「リスティ」
「そういえば、ヴァイ…さんもお料理得意でしたね。 エミィさんもお気に入りだって言ってた……ましたよ」
「リスティ、ちょっとストップ」
「―え、あ、はい…… なんですか?」
――びくっ、と思わず背筋が震える。
口調が怪しくなっていたのは確かに自分でも感じていたが、そこまで致命的なミスはしていないはず。
……なにか不自然な動作はあったのだろうか?
「今日はやけに喋るな」
「え? ……そ、そうですか?」
「今朝からなんか様子もおかしいし……そういや、エミィも変な感じだったな?」
冷静に考えてみれば、ヴァイの観察眼は一般的な支援士よりもかなり優れる部類にはいっている。
と言ってもティールのように『内面』を見るよりは、『実力』を見切る方面に向いているようではあるが……
結果的に、鋭い洞察力を持っていることには変わりがない。
背筋を冷や汗が伝う感覚が走る。
「……その、今朝エミィさんの部屋で本を読ませてもらって……ちょっと気持ちの悪い記述があったので……多分、引きずってるのかなと……」
実際、自分の部屋には慣れない者にはけっして気持ちのいいものではない記述の資料も混ざっている。
主に古代呪術関係の本などはその極みで、それこそ読み進めれば、現代では間違い無く規制されるだろうグロテスクな儀式魔法も描かれていたりするのだが……
「……ぅ……」
数年前に呼んだ、数多くの生きた人間を呪術媒体にするという秘術についての記述を思い出し、軽くえずくような感覚に襲われてしまった。
……力の発展のために手段を問わなかった時代は、その程度の表現でこんな状態に陥る人などいなかったのだろうか……?
「リスティ、大丈夫か……?」
そんな状態のエミリアを、あくまでリスティとして認識しているらしいヴァイは、軽く支えるようにして手を差し伸べると……
熱を測っているつもりなのだろうか。差し伸べた手とは逆の手を額に当てて、普段リスティ以外にはあまり見せる事の無い表情で、エミリアの顔を覗きこんでいた。


「――っっ!!?」


声にならない声、というのはまさにこの事だろうか。
一瞬思考と言う思考が思考停止し、心臓が大きく跳ね上がるような感覚に襲われる。

―な、な……今の……は……?―

突然のヴァイの行為に驚いた?  ――YES。 確かにそれもあるだろう。
だが、ヴァイの行動の大きさと、今自分が感じた驚きとではまるで吊りあわない。
……と、言うよりは、どうこう考える以前に自分はこの全身が熱くなるような感覚を知っている。
最初に感じたのは、モレクで『エメトの欠片』を拾ってきたその直後……
そして、2度目はミナルに戻り、ディンからその唇に……

「あ……だ………だめ!!」
「…リスティっ!?」

思い返して、今よりも更に全身が熱くなるのを感じ――思わず、ヴァイの手を払い落としていた。
……一瞬の後我に帰り、あわてて呆然とするヴァイの元へと駆け寄る。
「ご、ごめんなさい! ……いきなり、その、顔が近くて……なんだか、急に恥ずかしく……」
――ウソは何一つ言っていない。
いきなり顔を近づけられて、一年ほど前の事を思い出して……
恥ずかしさと、言い知れぬ危機感を感じ、無意識に行動に出てしまった。
「あ……悪い」
この場は『リスティ』の言葉を真に受けてくれたのか、ヴァイははっと何かに気が付いたような反応をすると、すこし顔を赤らめてそう返事をする。
ただ、リスティの中にいるエミリアには、その瞬間からある一つの推測が持ち上げられ……その言葉に応答する余裕など、とてもではないが残されてはいなかった。

―……今のは……リスティの感情……? 精神が入れ替わってても、心が残されてるとでも……?―

結論は出ない……が、少なくとも『恋心』からくる衝動的な感情である事には間違いない。
自分自身にも『好きな相手』がいる事は自覚しているし、今感じているものと同じような感情に駆られた事もある。
……しかし今回は。昨日の今日までそんな対象として全く眼中に入れていなかった相手に対してのもの。
――その推測は、エミリアの中では限りなく確信に近いものとして扱われていた。











「…………ヴァイさん、全然気が付いてないみたい……」
会話こそその耳にまで届いてはいないが、そんな二人の様子を目にしていたリスティは、なんとも言いがたい複雑な感情に包まれていた。
できればこのままばれずに終わって欲しいという希望と、目の前の相手は自分じゃないと気が付いてほしい願望。
相反する二つの想いの間で揺れるが故に、口出しする事もこの場から立ち去る事もできずにいるもどかしさ。
……状況こそ特殊ながら、それが世間一般的に言う”やきもち”に近い感情であるということは、本人はまだ理解していない。
「エミィ、こんなトコで何してるんだ?」
「……あ、ディンさ…… じゃなくて 、ディン。 ……えっと、別になにも……」
あはは…と、取り繕うように笑みを浮かべるリスティ。
……色々と気が気で無いのは確かだが、目の前の状況を直視し続けるよりは、多少なり気心の知れた”友達”と話している方が気が楽だった。
「そうか……」
「う、うん……」
それでも、空気にとても耐えられないような重みを感じる。
いずれにしても、ごまかさなくてはいけない相手である事には変わり無いのだから。
……ディンは、エミリア―の姿をしたリスティ―が黙りこんでいる姿をゆっくりとした調子で眺め、最後にほんの少し表情を変え、その顔をじっと見つめ始めた。
「……えっと……何か……?」
さすがにその視線も気になりだしたのか、”ボロを出さないように”というつもりで黙りこんでいたのを、声に出してしまう。
とはいえ、それは大した発言でもなかったこともあり、ディンには特に気付かれた様子もないようだった。
「いや別に。 ……それよりエミィ、今日は暇か?」
「え? ……うん……」
「たまには歩くか? ここんとこ色々あったし、気晴らしにさ」
「…………えっと……」

”寂しそう”という一言と、目の前にいる彼女の姿。
ディンは、先程かけられたティールの言葉を受けてエミリアの様子を見ていた。
……そして、映ったのは言葉通りのもの。
その裏にある”寂しさ”が、誰に対してのものなのかまでは理解できてはいないのだが――

「……いいよ。 私、実は行きたいところがあるんで……あるのじゃ」
その言葉に込められた感情は、単なるやきもち。
遠くに映っている、自分ではない自分と歩く”彼”の姿に、ちょっとだけ感じた怒りの心。
「おっけ。 こーして歩くのも久しぶりだし、どこでも行ってやるよ」
それが、どんな結果に繋がるのか……この時は、誰も知る事は無かった。

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