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―3―






エミリアの姿をしたリスティと別れた後、ティールはリエステール市街の”屋根の上”をあますとこなく駆け回っていた。
明らかに何事だという声や注目を浴びていたのは気付いていたが、状況としてあまり気にしてはおれず、かまわず足を動かすことに集中する。
「いたっ……」
そして、その見据えた先にみつけた一つの人影。
半ばティールの推測通り、とある家の屋根の上で佇むのは……足首まで伸ばされた桃色の長い髪を、根本から一本のみつあみにして下げている一人の少女……『代理人』と呼ばれる『創造主』がひとり、流界ひずみ。
『流るる界の歪』の名のごとく、世界そのものを改変する能力者たる彼女ならば、人間二人の精神を入れ替えるくらい造作もないことだろう。
「ティール。 そろそろ来ると思ってたよ」
特に何かを気にした様子もなく、にこりと笑ってティールを迎えるひずみ。
「思ってたじゃ無くて、分かってたのまちがいでしょ。 ……貴女は、探して見つかる相手じゃない。 貴女の方から会おうと思ってくれなければ、どんなに探しても誰も見つける事は出来ない」
「まぁ、確かにね」
くすっ、と微笑みを浮かべながらティールの言葉を肯定するひずみ。
ティールが自分の意思では見つからないと分かっていて探していたのは、ひずみの方がティールを探していたと分かっていての行動だったのだろうか。
……それは、本人のみが知る事なのかもしれない。
「それより、とりあえず聞くけど……リスティとエミィの意識をいれかえたのは貴女?」
「うん。 ……というより、現状私以外にいないと思うよ」
ティールの問いに、あっけらかんと答えるひずみ。それは、嘘をつく理由も隠し通す理由もないということだろう。
となれば、こんな行為をした理由自体も怪しくなってくる。
そもそも、目の前にいる創造主は基本的に悪戯好きな一面を持っている相手で――
……根本は、真面目な印象を受けさせられるのだが……
「……理由は?」
それでも、とにかく問いただすしか自分に出来ることは無い。
力でねじ伏せて喋らせようにも、自分の攻撃は彼女には一切通用しないのだ。
……と言うより、彼女にダメージを与えること自体だれにも出来ない事なのだが……
「理由かぁ……無いと言えば無いし、あると言えばあるし……」
「……『ある』方で言うと、どうなの」
「んー、まぁ……大したコトじゃないよ。 どっちにしたって、ただのお遊びかな」
「お遊びであそこまでひっかき回されてるのは、あの二人の方なんだけど……」
「そうね。 ……まぁ、引っ掻き回されてるのは状況だけじゃないけどね」
再びいたずらっ子のような笑みを浮かべて、そう口にするひずみ。
”状況だけじゃない”……と言われても、ティールにはその言葉の意味はいまいち掴みきれなかったのだが……
「……今のあの二人、ほんの少しだけ元の身体にお互いの思念を残した状態でもあるの」
先の言葉を補足するように、ひずみは続けて口を動かしはじめる。
「ふとしたきっかけで、その身体の持ち主の思念が、宿っている精神に影響する。 ……あの二人の場合は、『恋心』かな」
「恋心って……ちょっとまって。 それじゃあエミィがリスティの思念で、ヴァイに……」
「うん、そして逆も然り」
「……趣味悪いなぁ……どーなるか分かったもんじゃない……」
ややげっそりとした表情を見せるティール。
……彼女がここまで精神的に追いやられる様は、これまでひずみ以外には誰にも見せた事の無い姿である。
いつものティールなら多少のアクシデントも笑ってやりすごすのだが、彼女の力はそんな範囲を超えているのだろう。
「大丈夫よ。 元に戻ったら……まぁ元通り全く意識しないってわけにはいかないだろうけど、『心の動き』そのものは完全に元にもどるから」
「……そっか……まぁ、戻してくれる気はあるって事だね」
「ええ、私の力で引き起こした事象は、私が収拾する……それが私に課せられた責務だから」
「だったら最初からやらなきゃいいのに」
「そーいう単純な理屈じゃないのよ。 創造主(わたしたち)の立場って言うのはね」
あははは……と、はじめて苦笑するかのような笑みを見せるひずみ。
……創造主達の立場や考えていることなどとても理解できたものでは無いが……
いずれにせよ、傍迷惑な話だな、と、その一言を耳にしたティールは思うばかりだった。
「ま、それはそうと……実はティールに今回の後始末お願いしたくて呼んだんだけどね」
「……まぁ、コトが収まるならいいけど、なんで私なの?」
というより、こんな事態をどうにかできるような力なんて持ち合わせていない。
「貴女が私に一番近しい存在だから……かな。 愛娘みたいなものよ」
「娘って……」
「ふふっ、冗談と思ってくれればいいよ」
「あなたに何言われても、今更驚かないよ。 それより、どうすればいいの?」
溜息混じりに答えるティールに、ひずみは最初から変わっていない微笑みを向けた後……
ふと、両手を受け皿のようにして何も無い空中に差し出し、一呼吸おいて、小さく何かの呪文のような言葉を口にしはじめた。

【パスワード「********」  創作者代理人権限行使――精神交換プログラム構築開始】

「―!」
ふと上空を見上げると、どこからともなく無数の数字の「0」と「1」の羅列が浮き上がり、それら全てがひずみの手の平の上に吸い込まれるかのように集まっていく。
……そして、時間が経つに連れて、その手の上に何かちいさな金属質の物体が作られていくのが、目に映る。

【プログラム始動条件設定開始・・・・・・完了  セーフティープログラム設定開始・・・・・・完了  ―――全ての作業を終了――精神交換プログラム『換魂の指輪』作成完了】

絶えず口にしていた言葉の羅列を止めると、舞い降りてくる0と1の文字も消え去り、ひずみの手の上には、なにか特殊な文様が全体に刻みこまれた、二つのシルバーリングのようなものが完成していた。
「『換魂の指輪』。 二人が一つづつはめて眠れば、その間に精神が入れ替わるから。 後遺症の心配も無いよ」
「……わざわざこんなの用意しないで、直接元に戻してくれればいいのに」
と言いながらも、差し出された二つのリングを受け取るティールだったが、同時に小さな文字で埋められたカードのようなものもその手に乗せられていた。
「それ、取扱説明書。 いくつかセーフティーかけてあるからちゃんと読んでおいてね」
「……もしかして、くれるとか言う気じゃ……」
「御名答。 『アイテム』という形でプログラムを封入すれば、貴方達でも使える道具になる。 私には不要の物だしね」
「…………」
―ありがたくない―
はっきり言って、使いようによってはかなり危険な道具である。
二人を元に戻すために必要とはいえそんなものを預けられ、正直、言いたい事はそれだけしか出てこなかった。
「ちょっと……って、もういない!?」
とにかく文句の一つでも言ってやろうと顔を上げると、目の前にいたはずのみつあみの少女の姿は完全に消え去っていた。
……残されたのは、シルバーリングにみせかけた『換魂の指輪』と、どこか空しいそよかぜのみ。



「……やっぱり、あの人だけは苦手だ……」

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