※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

-4-





ティールが『代理人』と言葉を交わしている間も、エミリアとリスティの二人は互いに逆の立場を演じ続け、それぞれ入れ替わった先のパートナーと共にリエステールを歩いていた。
今は、若干ではあるが時間が経った事で、二人の”演技”にも多少慣れのようなものが見え隠れしてくる。
……だがそれとは別に、もう一つの精神的な重圧がのしかかる事になるのは、最初は、二人とも夢にも思う事はなかった。



「わぁ・・・きれい」
「そうだな」
露天や一般的な店も含めて様々な商人が集う通りで、ヴァイとリスティ――の外見をしたエミリアはゆっくりと歩きまわっていた。
喋り方や細かい仕草に関しては、時々素が出てしまう事はあるものの、概ねはいつもの自分を抑え、『リスティ』の立ち振舞いを行う事にも慣れてきていた。
まだ、致命的と言えるようなミスは侵していない……
ヴァイの様子を見てそう確認すると、エミリアは少し安心した様子で、露店に並ぶアクセサリーを見物し、心を躍らせていた。
可愛いもの、綺麗なものは女の子共通の嗜みであるし、元より自分はこういったものを眺めるのは好きだった。
「ヴァイ…さん。これ、可愛いですね!」
これは、ディンと一緒にいるときならばよくやる呼びかけで、彼はあまり興味は無さそうでも、少しは微笑んで答えを返してくれる。
だから、彼といた場合のこういったシチュエーションにおいては、ほぼ習慣的なやりとりになっていた。
「…あ、ああ…」
「――?」
……相手が違うのだから、反応も違うのは当然だとは思っているし、ヴァイの性格もある程度は知っているつもりである。
しかし、それにしてもあまりに反応が素っ気無い。
ヴァイはリスティという彼女に対してはこんなものなのだろうか。と、少々気落ちした。
……もっとも、ヴァイに対して好意を持ち、エミリアにそう感じさせているのはリスティの残留思念ではあるのだが。
「お嬢ちゃん。彼に買ってもらいなよ」
「なっ・・・!」
意識が別な方にいっていただけに、今の商人の発言は不意打ちだった。
―か、彼って……―
いや、落ち着け。とエミィは自分の中で必死に唱え、焦りを押さえ込む。
この状況における彼と言うのは、『リスティの彼であるヴァイ』であり、自分のではない。
今はそんな事よりも、リスティならばこういう時にどういった反応をするかだ。
考え得るケースは三つ。
彼氏なんかじゃない。と言う……これは、リスティが恥ずかしがって言ってしまう可能性。
考えようによっては最も可能性は高いが、カーディアルトと言う職業柄、そして実際にそういう関係であるがゆえに、ヴァイを傷つけかねない事は恥ずかしがってでも避けるだろう。
ならば、商人の言葉に乗じて甘えるか……いや、リスティにその積極性はなさそうだから却下。
ということは、俯いてオドオドする……これが、一番良さ気なケースだ。
そこまでを一秒足らずで考え、行動を取ろうとした――――刹那。
「こーら。商売は良いけどあんまり困らせた押し売りとかやらないで下さいねー」
ふたりの背後から、笑顔で証人にそう呼びかける僧服の女性が現れていた。
それはエミリアもよく知る声で……自分達のギルドにも、非番の日はよく遊びに来るカーディアルトのもの。
「おっと。こりゃエルナさん。失礼しやした」
だはは、と笑い、僧服の女性と共に露天を離れていくエミリアに向けて、商人の男は「また来て下さいね」と手を振り見送る。



「ふぅ・・二人でデート? 羨ましーわねぇ」
露天から少し離れると、はーやれやれ……とでも言うかのように目を細めながら首を回し、二人に声をかける僧服の女性、エルナ。
ヴァイがエルナさんと呼び、シアがエルナと呼ぶその人。
そして、リスティは――――
「あ・・せ、先生」
と、呼ぶ。
一瞬いつも通りに”エルナ”と名前で呼び捨てにしそうになったが、とっさに我に返り演技を再開させる。
……この人は、背もある程度高く胸も大きい。 リスティも同じ事を思っているだろうが、正直に言わせるとかなり羨ましかった。
ただ、そういった感情云々の前に、ファミリーネームを濁したりと謎の多い人でもある。
ヴァイやティールはそれについて何か知っている気配を見せているが、あまり追求すべき事ではないと半ば本能的に察し、自分からは何も聞いていない。
……とにかく、自分にとっては『謎』な存在である事には変わりないのだ。
「リスティ」
「はい!」
そんな思考の最中にエルナに名を呼ばれ、エミィは思わず返事をする。
少し声が裏返ってしまった気もするが、そんな事を気にするような余裕は無い。
「むぐっ…!?」
……だが、そんなエミリアの緊迫を吹き飛ばすように、その直後にエルナはニコリと笑って、エミィを抱きしめてその豊満な胸に埋めるのであった。
「やっぱ、女の子なら新しいアクセ欲しいかぁ! ちくしょー! せんせーもほしー!!!」
「く、くるし…」
あやうく酸欠になるのではないか、と思わされる直前になってエルナはエミリアを離し、そのままニヤニヤと笑いながらヴァイへと声をかける。
「やーっぱ。銀十字のロザリオだけじゃ飾り気無いって。僧服とセットじゃアクセにもならないもん」
「……やっぱり、欲しいのか?」
いつもより、どこか沈んだトーンの声を出すヴァイ。
こう言っては失礼かもしれないが、普段からあまり元気がいいとは言えない彼なのだが……
―…あ!!?―
エミリアは、ここで気付いた。
―――軽率だった。アクセサリーの話題は“触れて良い領域では無い”。
前に、お互いにパートナー……まぁいわゆる彼氏との出会いと言うか付き合いと言うか…そんな女の子な話をした時に聞いた事を思い出したのだ。
銀十字のロザリオは、ヴァイにとっての大切な品なのだ―――と
アクセショップを見ていた時にヴァイが妙な顔をしていたのもそれだ。
……きっと、リスティはこれまで“アクセショップになど近付きはしなかった”。
「あ・・う・・」
少々混乱をするも、エミィはなんとかメンタル面をフル稼働させ、なんとか演技を続ける。
ここでしくじっては、二度とリスティに顔向けが出来なくなってしまう。
「えっと・・・ゴメンナサイ。可愛いかったからつい・・・でも、わたしにはこれがありますから」
背筋に一筋の脂汗が伝うのが感じられた。
それでも、出来るかぎり動揺を心の奥底に押し込めて、そう言いながらエミリアは胸の銀十字のロザリオを握りしめる。
「そっか」
それを見てヴァイは普段エミリアに――いや、皆に見せる素っ気無い「ふんっ」とそっぽを向いて笑うソレとは違う、リスティだけが知っているだろう、心からの笑顔を見せるのだった。

―…んっ……―

それを目の当たりにして、リスティとの同調に押され、ドキリと胸が高鳴るのが感じられた。

―……いかん、これは…かなり…―

これ以上、その笑顔を見つめていたら抑えきれなくなる……
本能的にそう察したエミリアは、ふっと顔を俯かせ、必死に動悸を押さえつける。

―……この気持ちは、リスティのもの……私の心は……もっと、別の―

そうこうしているうちに、「さーってと」と声を上げたエルナが二人に向かって笑いかけていた。
「ま、わたしは一人寂しく雑用片付けて来るわ」
そう言って、ぽんっとエミィの肩を叩き、エミリアの耳元に顔を寄せると、エルナはそっと小声で呟く。

「デート中のリスティはいつもよりちょっと積極的だから、ちょっと位素の性格でも問題無いわよ…まっ、事情があるんだろうケドあんまり浮気させないでね」

それだけを口にした後、エミリアの反応も待たずに「そんじゃーね」と後ろ手に手を横に振って去っていってしまった。
……それを見送ったヴァイとエミリアは呆然と突っ立っているばかりで……
「…何がしたかったんだ。あの人」
「あ、あはは……」
エミリアは、そのヴァイの言葉に笑って返すしか出来なかったが、エルナには間違いなく気付かれていたことは理解できていた。

―……私の心は……別の……?―

そして、同時に気付く。
自分本来の心の中にある、幼い頃から人生を共にして来た、たった一人のパートナーの存在に。








「……」
ざっざっざっと、早足で歩くリスティ。もちろん傍目から映る外見はエミリアのものであり、その後を追う形で歩くディンは、中身の変化に今の所は気づいていない様子だった。
「まてって、エミィ。どこに行こうってんだ?」
「……教会の方に行こうかと思ぃ…っての」
リスティは習慣化された朝と昼と夜のお祈り…これだけは、例え姿が変わってもやらなければいけないとは思っていた。
…少なくとも、リスティが彼女達と同じ家で暮らし始めて一ヶ月、エミリアが自分から教会に行くなどと言い出す事はただの一度も無い。
話を聞いてみれば、別に教会を毛嫌いしているわけではなく、単に行く必然性がない、というだけの理由だそうだ。
なので、追従するようについてきているディンに、多少の違和感は与えてしまうだろうという罪悪感はほんの少し感じていた。
しかし、リスティがヴァイと出歩く以外で……つまり、彼女個人の考えならば何処に行く? と聞かれれば、思いつくのは教会でしか無いのだ。
―……あそこで、わたしとエミィさんの差に気付かないヴァイさんが悪いんです―
というよりも、単純イリスティはあの場にとにかく居たたまれなかったのだ。
仮にも恋人である自分と、普段からそういった意識は皆無である女性の態度の違い……それを理解しきれなかったヴァイ。
内心、ちょっと怒り気味である。
もちろん、だったらバレれば良いのか? と言えばもちろん否で、やり場の無い怒りをリスティは『自分はいつも通り過ごす』という事で忘れようとしているのである。
……もちろん、エミリアが自分の演技を必死で行っているのは分かっている。
だから、自分もエミリアの演技をする。これは間違いなくである。
「へぇ。珍しいな・・・まあ、確かにオレも教会の恩恵授かってる割にはあまり行かないしな。たまに行っても罰は当たらないか」
そのリスティの言葉……ディンにとって見ればエミリアの言葉に彼は賛同し、共にリエステール中央通りを進み、教会へと歩いていった。


…………


「お? お祈りかな?」
教会の敷地内に入るが否や、聞き慣れた女性の声が耳に飛びこんでくる。
その声の主は、シスターエルナ……自分の恩師であり、エミリア達にとっても親しい間柄の女性である。
「あ、せん…え、エルナ。奇遇で…じゃのう!」
さすがに、ヴァイよりも前からの知りあいである彼女の前では緊張も余計に膨れあがってしまう。
それでも、かなりガチガチになってしまってはいたが、リスティは何とか「あははは……」と笑って誤魔化した。
ギルドに越してからは普段から耳にするようになったとはいえ、慣れない口調には変わりは無い。
リスティは横目でディンを見ながら、何とかバレていないか確認をした。
「まあ、確かに珍しいが・・・たまには、こういうのも良いんじゃ無いかとは思うんだよな」
「を? 偉い偉い。ご褒美にオネーサンの胸の中に埋めてあげよーか? うん?」
うへへ。と笑いそうな顔をエルナはディンに見せつつ、にじり寄って行くエルナ。
それに対して、ディンはしどろもどろしつつ後退していったが……
「や、止めんか!!!」
思わず、リスティは間に飛び込んで二人を引き剥がした。
その自分自身の行動に、リスティは驚く。

―あれ…なんで……?―

正直言えば、悔しく無いと言えば嘘になるが、リスティにとってこう言ったエルナの抱き癖は『挨拶』に近いモノだと思っている。
つまり……まあ、余り好ましくないのは確かだが、ヴァイがこうしてエルナに抱かれるのも一応は容認している。
即ち、恋仲のヴァイですらエルナに抱きしめられても仕方ないと思っている自分が、ナイトと言うモノに苦手意識を持っているのにも関わらず、”パラディンナイト”であるディンに対して『止めて欲しい』とまで思い、さらに実行にまで移した自分に、物凄い違和感を感じていた。

―そ、そんな……わたしの気持ちが、こんなに軽いものだったなんて……―

それは、同じ頃にエミリアも感じ……そして察していた違和感。
だが、リスティはその気持ちが自分のモノなのかも。と考え、見るも明らかに気落ちする。
「す、スマヌ・・・」
しかし、あまり思考の海につかりすぎていても話は進まない。
リスティは一呼吸置いてから冷静に演技し、エルナに一先ず謝ることにした。
……その一連の様子を見て、エルナは

「なる・・やっぱりね」

と、呟きを洩らしたが、それはリスティとディンの二人には聞こえないほど小さなものだった。
そのまま一つ息を付き、エルナはリスティへと声を掛ける。
「あー。ゴメンねぇ“エミィ”。オネーサン失敗失敗」
えへへ。と笑い。教会の方へと入っていき……その直後、すれ違いざまにリスティの横でポツリと呟く。

「残留思念ってヤツね。まあそれは仕方ないから頑張りなさい、”エミリア”」

と、さり気なく言葉を残してウィンクをした。
その事で、リスティは驚く。

―先生・・気付いてた?―

さり気ない言葉だったが、リスティは気付いた。それは、普段のエルナの喋り方ではなく、エルナが授業中に使うような、少し真剣味を帯びた透る聞きやすい声。
この喋り方はエルナ曰く『疲れる』と言うから、授業以外では滅多に使う事は無い。
それゆえに、ギルドの中ではこの喋り方を知るのはエルナの授業を受けていた事のあるリスティぐらいしかおらず、少なくとも、エミリアに対してこの喋り方を使う意味が無いのだ。
最後のウインクも、彼女なりの『判っている』というメッセージだったのだろう。
それに気付き、リスティは内心ホッとする。
……が、
「エミィ、大丈夫か?」
「―――っ!!」



――思考が、停止した。
全く持って不意打ちだったと言えるだろう。
始めに言っておこう。リスティは『カーディアルト』である。
今はエミリアの身体になってはいるが、意思が彼女のものである以上、その考え方は教会の思考に順ずる。
そして、そうであるが故に、彼女は気配りやサポートに関してのエキスパートであるとも言える。
それ故に、気付いた。
ディンが気落ちしているリスティ……彼から見ればエミリアだが、彼女に対してそっと背を支え、教会から出てくる人に当たらぬよう気を配る。
そして、幼い頃からのパートナーを安心させるように、自らの顔に心配など無いという笑みを作る。
どれもさり気ない事だ。それこそ、相当意識して居ない限り気付きはしない。
だが、それに気づいたリスティを介し、エミリアの“思念”が大きく揺さぶられる。

「あ…あ……」

それこそ、彼女は今まで特に意識もせずに気付きもしなかったのだろう。
だが、知ってしまった今。そのディンの行動はまさに”騎士”のもので……

「……っ…」
「!! え、エミィ!!?」

そのまま、意識が暗転した。


――直後、ディンの声に気付いたエルナが駆け戻り、自分の部屋へと運んで行くのであったが。

<<前へ     次へ>>