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-5-





エルナと別れた後、二人は支援士としてもお馴染みの酒場へと足を運ぶ。
一般的に、酒場と言えば酒を飲むためのもの、という認識かもしれないが、もちろんそれだけではなく、軽食を取ることも十分に出来る場所だ。
いつもヴァイやディン達が依頼を受ける酒場……いつものマスターの店では、店の裏でマスターの奥さんが料理を作り、それを店に出しているという方式となっている。
いつものように依頼を受けるなら、カウンター席に座るのだが、今回は仕事抜きの為に、普通の客としてテーブル席に二人はついていた。


「おう、ヴァイ。 今日は仕事じゃ無ぇんだな」
「…だったら悪いのか?」
半ば睨みつけたような印象を持たれそうな瞳をマスターに向けるヴァイ。
だが、それは生来の顔つきや性格が影響しているもので、実際は全く怒ってなどいない。
そんな事を思い、エミリアは心の中でクスリと笑っていた。
「いや、売り上げに貢献してくれるんだ! 邪魔だとは思わねぇぜ!」
それに関してはマスターも分かっているのか、笑って一つ前の自分のセリフを弁解する。
その後マスターはメモ帳を取り出し、「じゃあ、注文決まってるなら聞くぜ」と続けた。
「リスティは決まってるのか?」
「えっと・・・」
ヴァイの言葉に、エミリアはメニューを見て考える。
……自分には特に好き嫌いはないが、あえて一つあげるならば今日はカレーでも食べたい気分だった。
だが、それは事前知識でタブーだと理解している。
それは・・・リスティは、辛いものが大の苦手な甘党だからである。
ついでに言えば猫舌なので、熱いものも少々冷めるまでは待たなければならないのだ。
それらは、以前料理を教えていた時に本人の口から確認がとれている。
「わたしは…サンドウィッチにします」
結局、無難に万人向けのメニューを選ぶエミリア。
その言葉の裏で、カレーは元に戻れたら後にでも食べにこよう、とひそかに心に決めていた。
「じゃあオレはホワイトベースシチュースパゲッティで頼む」
「おいおい…ヴァイ、またなのか? 勘弁してくれよ…。 お前ぇ、本気で嫁のレシピ盗む気なのか」
「後一歩だからな。奥さんに新メニュー楽しみにしてるって伝えてくれ」
「やれやれ。まあ、アイツのモチベーションが上がるから良いんだけどよ」
これも今となってはいつものことだが、そんなやりとりを交わした後で、マスターは奥に注文を言いに行く。
……エミリアは、ヴァイが料理上手である事を理解している。
ギルド内の調理も交代制だが、料理に関してはヴァイも組み込まれていて、その中で彼は、マスターの奥さんが作る料理を研究し、その味を出そうとしているのだ。
実際、既に酒場内の名物料理四個はヴァイがより近い味を引き出している。
今回のホワイトベースシチュースパゲッティも人気メニューの一つであり、今まさに彼が挑戦しているメニュー。
マスターの奥さんは、実を言うと今回のこの料理には相当な自信を持っているという。

―やれやれ…―

その心意気にエミリアは少々呆れたように首を振るが、マスターとの約束で、彼の書いたレシピは他言無用としているのだ。
その為に、エミリアも含めてヴァイ以外のメンバーはその調理法を見たりレシピ帳を見た事は無い。
だがまあ…エミリアたちは、その料理を時々食べることが出来るということは事実なのである。
「さて…リスティ」
「あ、ハイ」
マスターが奥へと消え、メニューが届くまでの間。ヴァイがエミリアへと声を掛ける。
どういう質問が来るか身構えたが、極力表情には出さなかったつもりである。
「正直に答えて欲しいんだが」
「・・・ぇ・・」
…だが、ヴァイの突然のこの言葉に、エミリアはドキリとさせられた。

―もしかして・・・気付かれた?―

確かに所々口調が変になった事もあったし、仕草に関しても完全にトレースできている自身は無い。
だが、そういった個々の細かいミスはあれど、核心的なミスはまだ無い。
…或いは、ヴァイの鋭い洞察眼で気付かれたのだろうか?
「さっきのアクセ・・・欲しかったのか? 別に、ノアのロザリオがあるからって、お前はリスティなんだから、遠慮する事も無いんだぞ?」
「・・・あ」
しかし、エミリアのそんな危惧も杞憂のものであった。
先ほどのアクセ。結構曖昧になってしまったが……
「いえ。今は良いです。・・・でも、欲しくなったら、言います」
「そうか」
そう。今は『エミリア』である以上ダメだ。
そういったプレゼントは、リスティが貰わなければ意味が無いし、リスティ本人の言葉で受ける必要がある。
だから、エミリアは当たり障り無く答え、断ることにした。
「へい。お待ち。サンドウィッチセットとグラスパだぜ」
「ああ。すまないな」
そうしているうちに、出来たてで湯気の立つスパゲッティの皿と、サンドウィッチの乗った皿が運ばれて来た。
ヴァイはさっさと自分のメニューを食べ始め、それを見て慌ててエミリアもサンドウィッチを口に運ぶ。
「・・・ん。食事前の祈りは良いのか?」
「えっ!?」
しかし、ヴァイの鋭い指摘にエミリアは焦る。
そう。リスティは教会の出。食前の祈りは、普段ギルドの中での食事でもやっている。
……だが、それは”当然”の光景であり、これまで一度たりとも彼女のその様子を意識して眺めた事は無かった。
下手にあやふやな記憶に従っても、絶対にボロが出るだろう。
「えっと…ヴァイさんと一緒の時間が多く欲しいから…。あ、アルティア様も、時々そう思ってお祈りを飛ばすこともあったんですよ!」
「そっか。まあ、いつも面倒な事してるよな。とは思ってたからさ」
―……スマヌ、リスティ―
だから、慌てて取り繕い、何とかヴァイの疑問を受け流した。
”アルティアの英知”はこの肉体で無く、リスティの記憶の中に宿るもの。
アルティアが実際にそうしていたのか自分にはわからないが、この場では効果的な要素を持たせるなら、アルティアの名を使うのが良いかと思ったからである。




「……ぅ…」
「どうした?」
―も…物足りないのに、食べられない…―
ここに来て、もう一つの壁に当たった。
教会食は、そこまで贅沢ではなく……つまるところ、それなりに小食なのだ。
普段なら、この程度の量のサンドウィッチなら軽く食べることができるが、三分の二ほどで、お腹が膨れてしまう。
「えっと…た、食べます…?」
「ん?」
そっと、サンドウィッチを出すエミリアに、ヴァイが反応を示す。
……これは、リスティの身体なのだ。無理して食べて、後に何かあってもかばいきれない。
「じゃあ、貰うかな」
「ぁっ……」
しかし、エミリアが差し出した状態で、そのままヴァイがサンドウィッチを口にするとは思って居なかった。
「ふぅん・・・軽すぎるから余り注文しなかったけど・・・こう言うのもイケるな」
「ぁ・・ぁぅ・・」
そう。 端から見れば、正に「食べさせてあげた」というシチュエーションだ。
たぶん、ヴァイの性格から考えるなら、自分の食器を置いてまで受け取るのが面倒だった。というのが近いだろう。
だが、冷静に頭で理解しようとしても、それに対して胸が締め付けられたような気持ちが湧きあがってくるのは事実だった。
ただでさえ慣れない感情だと言うのに、それが今までで一番大きく膨れ上がっていく。
まるで、エミリアは自分の我を奪われるかと思ったほどに。

―このままでは…リスティの感情に流される…!―
「・・・? どうした?」
ぐっと俯いて胸を押さえるエミリアに、ヴァイは訝しんだ声と上げ……その直後だった。
「辛いなら今日は帰るか? ・・・無理だけは、しないでくれ」
「・・・ぁっ・・・」

普段、何事にもそっけないと言うか・・・淡白なヴァイが、本気で気遣い心配する姿。
それが、エミリアへのトドメに近かった。
焦り、立ち上がって駆け出す。
……自分が自分でなくなりそうで……ようやく自覚した本来の心を塗りつぶされそうで、恐ろしかったのだ。

「なっ・・!? リスティ!!」




…………



早くに状況を把握したマスターは、御代の事など口にもせず、ただ親指を酒場の出口に向け「行け」と指示をした。
それにヴァイは一つ頷き返し、走り出た。
ヴァイは飛び出したリスティ……意識はエミリアのものだが、彼はそんな事を知らない。
その彼女を追いかけ、飛び出す。
まず酒場に出て、教会側と南街道側をザッと見渡す。
教会側に行けば、リエステール中央道でリエステール西街道東街道に出る交差道路となる。
そちらに行くとその後を探る事はより厳しくなるが、ヴァイは南街道側へと駆け出した。
それは、人の流れである。
決して今は人通りの少ない時間では無い。
その中。慌てて飛び出したリスティが走り抜けた後なら?
答えは簡単だ。一直線の空間が人通りの中に残っている。
その空間を開けた人が、少々混乱した感じに首を傾げている仕草を目視し、ヴァイは確信をした。

「……リスティ…!」

中身がエミリアである事には気付いて居ないが、それでも彼にとってはリスティである事に変わりは無い。
左右をザッと見。予測を立てていく。
と。一つ気になる点を見た。
……一人の少女が、オロオロとしているのである。
「どうした?」
ヴァイは駆け寄り、その少女に声を掛ける
「い、いえ……今、女の子がガラの悪い人にぶつかって、路地裏の方に…!! あぁ…これって、自警団に通報した方が良いんでしょうか?
でも、大事にしない為には支援士の方が…で、でも、ここからなら自警団の方が近いですし…!!」
見るからに混乱している少女にヴァイは一つため息を吐き、そして、告げる。
「安心しろ。オレがその支援士だ。情報すまないな。 ちょっと個人的な事情だから、報酬とかは考えなくて良いぜ」
「あ、はい」
その言葉に、少女はホッと胸をなでおろし、そそくさとその場を去っていった。
「っと、その前に一つ頼まれてくれないか?」
「・・・はい?」



…………

そのまま、ヴァイは路地裏へと入り込む。
……懐かしい。
まず、ヴァイはそう思った。
子供の頃、兄のヴァジルと木に登って塀を超え、街中を冒険した時には、こういった路地裏がメインだった。
その為、その頃の感覚から路地裏に関してはそれなりに慣れている。
まあ、当時は子供だったために、ガラの悪い連中も嫌な目で見る事はあれど、特に何かをしてくる事は無かったが……
今は支援士の職もあり、こういった路地裏を歩いて面倒な事になりたくは無かった事もあり、仕事以外では近付くことは無かった。

「・・・ろ。痛くは・・・」
「ひひっ・・・」

ある程度進んだところで、声が聞こえた。
その下卑た声の中に、

「止め・・!!」

自分の、恋人の声が。
その声を頼りに場所を探り駆ける。
そこに、四人ほどの男に囲まれているリスティの姿が見えた。

「リスティ!!」

声をあげ、腰のフェルブレイズを抜く。
直後にメンタルを凍りに集中させ、遥か北。十六夜の守護精霊より力を借りる。
「ぁぁ? なんだぁ?」
「げひひっ! 大方、王子様気取りってトコじゃねぇの?」
笑いあう男に、ヴァイは首を下げ俯き加減に声低く言った。
「……三つだ」
「ぁ?」
「…三つ数えるうちに、リスティから離れてこの場から失せろ…さもなければ、死ぬぞ?」
その言葉に、男は眉をぴくりと釣上げ、ほぉ・・と声を上げた。
指を鳴らし、ヴァイに対してニヤニヤと笑いを浮かべる。
「ガキが。良い気になんじゃねぇぞ・・・?」
「…三度は言わん。三つ数える前に失せろ」
「このガキが!!」
ざっと男がヴァイに駆け、その凶悪なナックルを顔面へ狙いたたきつけようとする。
動きは速い。筋肉質だが、攻撃面に置いての行動はケンカとしては慣れていただろう。
…だが、『ブレイブマスターは、速さに特化したジョブである。』
「……」
ふっ…と、浅く息をして、襲い来る男を前に、ヴァイはあろうことか剣を収める。
だが、それだけではない。抜刀の構えを取って、見据えているのだ。
男は、ニヤリと笑った。
剣を収めた理由については理解していなかったが、武器を仕舞った以上、そこから直ぐに攻撃に入れる術は無い。
…そう。男の思惑通り、『そこから直ぐに攻撃を入れる術は無いのだ』。
「そのいけ好かねぇツラ、ぶっつぶしてやるぜ!!」
「……」
拳が、ヴァイの顔に入った。
誰もが…リスティの中に居るエミリアすらも、そう思った。
だが、
「なっ・・・?」
「…止水…」
ヴァイの身体は、『既に男の背後を取っていた』のである。
そのまま、抜刀と共に剣閃のまるで目視できぬ素早さで剣を抜き身に斬った。
「・・沙雪!!」
「がぁっ!!」
だが、ブレイブマスターの攻撃は深く入れるに非ず。
深く入れれば致命傷を与えはするが、その次の行動に移し難くなるのだ。
その為、男の背中に入った斬撃は、傷として残りはするだろうが、致命傷とはならない。
しかし、ヴァイの放った奥義『止水沙雪』。
それは切り口をその凍牙で瞬時に凍らせ、自然治癒を壊死させる能力。
…とは言え、もちろんリラやラリラなどの聖術で治すことは可能だ。
だが、そう言った相手が居ない限りは、その傷は自然に治る事は無い。
「ぅっ・・・ぅぉお・・・!!」
「・・・で、次は誰だ?」
「ひっ・・・!!」
もがき苦しむ男を尻目に、ヴァイは残りの三人を睨む。
ヴァイは、ノアの加護を昇華させた後。目覚ましい成長をした。
それは、技の面ではない。戦いに置いての、『精神の面』である。
それ故に、リスティを守る際……その力は、どこからでも沸いて来る。
それが、聖女の守。フォルセイナルの所以。
「く、くそ・・!! このまま黙って逃げると思うなよ!!」
「あっ・・!!」
男の一人が苦し紛れにリスティへとナイフを突きつける。
「テメェはオレのプライドを踏みにじりやがったんだ…! その場で地面を舐めながら詫びな!! そうすれば殺しはしねぇよ…!」
「っ…下衆が…!!」
「おらぁ!! 自分の立場、判ってネェんじゃねぇだろうな!!」
睨みあい、ヴァイが目を閉じる。
そして、ゆっくりと地面へとしゃがんでいき…
そのまま、足をバネにして、バッと後ろへ飛んだ。


聖フロリアの裁きを以て・・・ アルテナフレア!!!」


その刹那、光と灼熱の炎が三人の男の周りに広がる。
ついでに、その術の主は同時にリスティへの聖術守護を行った為に彼女に被害は無い。
「こっちよ!」
その声に、ハッとなったエミリアは駆け、路地裏から表道へと出たのだった。



…………

「ナイスタイミング・・・エルナねーちゃん」
「ま、体力には並みの神父より自信あるわよ♪」
リエステール中央通りで、エルナとヴァイが息を切らしながら手を打ち合う。
このタイミングでエルナが来た理由・・・それは、あの混乱した少女にした『頼みごと』であった。
走って、教会のエルナという人物に伝えて欲しい。という頼み。
混乱はしていたものの、あの場で『通報しなければならない』という正義感を持っていた少女だ。
この頼みは、確実に遂行してくれるとヴァイはふんでいた。
「ヴァイ・・・・・さん」
思わず、エミリアは呼び捨てにしかけたトコロで、ハッと思い出し演技を続ける。
かなり・・・申し訳ない事をした。
危うく、リスティの身体を傷つけるところだったのだ。
…本来なら、あの場で連れて行かれるようなことは無かった。
いつもならアイスコフィンの、思いきるならアイスニードルの一撃でもぶつけて撤退させたのだが…
リスティの身体には、詠唱をショートカットするための紋章が刻まれてはいない。
加えて言うならば、リスティの身体では詠唱に入ろうにも本来自分が扱えるはずの『氷河』は使えない。
その為に、あれよあれよという間にああなってしまったのである。
…もちろん、エミリアが混乱していた事にも要因があったが。
「・・・気にするな。また、一緒に出かけような」
「・・・はい」
だが、ポンと頭を撫でられ・・・エミリアは、少し安心した、落ち着いた気分になれた。
それが、自分の気持ちかリスティの気持ちかは判らないが、それでも、ホッとする事が出来る。
「さって・・この借りはその内返してよね」
「わーってるよ。じゃあな」
その様子を口調とは別に目を細めて安心したように見たエルナが、そう言って去っていく。
それを冗談交じりに追い返すようにヴァイはエルナを見送った後
「じゃあ、オレ等も帰るか」
「はい」
互いに一度目を合わせ、歩き出そうとした時…
「痛っ…」
「あ? ……足挫いてるじゃ無ぇか」
痛む足を抑え、エミリアが呻く。
それを見たヴァイが、よっと声を上げてエミリアを……リスティの身体を持ち上げる。

「ななっ・・なぁ・・・!!??」

最後の最後で、思わず混乱した声をあげてしまった。
それも仕方が無いだろう。エミリアにとっては慣れない状態。
少なくとも、記憶の中では誰にもされた事のない行為。
…つまり、お姫様抱っこの状態なのだ。
「暴れるんじゃねぇって。ギルドに付くまで我慢しろ」
「ぁ・・ぁぅぁぅ・・・!!」
……こうして、エミリアの波乱万丈なリスティなりきりデートは終わりを迎えた。











「…ん…」

リスティが目を覚ませば、そこはいつも見慣れた部屋。
いや。正確に言えば自分の部屋とはまた違う。懐かしい部屋だ。
「あら、目が覚めた?」
「せん…せい…?」
ポツリと呟いて横を見やれば、そこに居るのはリスティの師であるエルナ。
彼女が、水差しからコップへと注ぎ、それを手渡す。
リスティはそれを受取った後、その水をゆっくりと飲み、それをエルナは確認したように頷いた後で、少し笑った。
「ま、そうとう疲れてんのかしらね。自分の師と間違えちゃダメよ。エミィ」
「…あ!」
そう。そのエルナの言葉で思い出す……今は、この身体はエミリアのものだった。
慌てて言葉を取り繕うと思ったが、エルナは何処と無く気付いている感じが見え隠れしていた為に、リスティはため息一つ付いて、諦める。
……その時、ガチャリと音を立ててドアが開き、誰かがこの部屋へと入ってきた。
「頼まれた仕事。終わったぞ」
「ご苦労さま。ディン」
「教会ってこんなに人使いが荒いのか?」
やれやれという感じで首を振り、ディンはリスティの隣へと座る。
発言から察するに、自分が倒れていた間、教会の手伝いをしていたのだろう。
……彼が呟いた疑問に対して答えるならば、教会は男でもジャッジメント、ビショップというジョブ的に非力な者がほとんどで、力仕事を行える人材が少ないという理由が主かもしれない
「調子はどうだ?」
仮にも仕事をして来た直後。 さすがの彼と言えども、多少は疲れているだろう。
それでも、そんな事は微塵も感じさせない表情で、ディンは『エミリア』に問いかける。
「ぁ…だ、大丈夫じゃ」
その問い掛けにリスティはエミリアの言葉で返し、そのまま起き上がる。
それを見てエルナは一つ息をついて……
「ふぅん……まあ、もう大丈夫だと思うから、行ってもいいわよ」
と、親指をドアに指しながら言った。
それにディンは、気遣うようにエルナへ言葉を返す。
「もう良いのか?」
だが、そのディンの言葉の後。エルナはしてやったりという顔をする。
「あら? 良いの? そういえばまだ孤児院の屋根が破損しているし、新規生の教室を一つ空けないといけないから掃除もあるんだけど」
「え、エミィ! もう大丈夫だな! よし、行こう!」
そのエルナの言葉を聞いた後、ディンは慌ててエミリアを連れてエルナの部屋を後にした。
……エルナは、笑いながら二人に手を振っていた。






―アルティア様…これも、何かの試練なのでしょうか…―

リスティはアルティア像を見上げて、そんな事を思う。
いや、アルティアは試練を下すような人物では無いのだが、信仰対照と悪い事。っていうのはどうにも試練に結びつける。
試練を下すならどちらかと言えば、聖術の始祖だろう。…もちろん、こっちは居るか居ないかあやふやな状態だが。

―…居るか、居ないか…か―

リスティは、知っている。あの事件の時、あの場に居たのはアルティアだが、アルティアの記憶を持っている以上、知ってはいる。
それに、ヴァイも知っているようだが、彼は一切その事を話しはしない。
まあ、どちらにせよため息の出る事象には違いは無く、そっとディンの方に目を移せば、彼は一心にアルティア像の方を見ていた。

―…アルティア様。私の身体と比べて体つきが大人っぽいし…胸もあるし…―

正確に言えば、アルティア像は少々本人よりも美化されているのだが、それをリスティが知る由も無い。
しかし、それ故にリスティにとっては目の前のアルティア像こそがアルティアなのだ。
……なんだか、無性に面白くない。
「・・・そんなにアルティアの事が良いのか?」
「え? あ・・なんだ?」
自然と、エミリアの喋り方で言葉が出た。
その呼びかけにディンが気付き、こちらを見やる。
「確かに、このアルティア像。体つきも女性のものじゃ。胸もあるのぉ」
……以前、一度だけエミリアがリスティの入浴中に風呂場まで押しかけてきた事があった。
その時の理由は、”女の子同士でしか話せない悩みもあるじゃろ?”といったものだったが、その際に話した内容によると、身体的には自分と共通の悩みを持っている部分もあるそうだ。
それゆえに、必要以上にこの感情には共感できる。
「え…っと。エミィ、何が言いたいんだ……??」
正直、ディンとしては、『この女性が聖十字騎士団を束ねて偉大な功績を残したんだな』と、尊敬の念を持って見ていた為に、この……彼から見た『エミリア』の言葉に戸惑う。
だが、彼の長い付き合いから総計して言える事は確かにある。
……彼女が、無茶苦茶不機嫌だと言う事だ。
「さっきから一心にアルティアの像を見おって・・・そんなにアルティアが可愛いと思うのならいっそ教会に入るかの?」
「はぁ? な、何言って・・・」
と言うか、止まらないエミリアの愚痴に周囲の目がディンの背中に突き刺さる。
…それよりも、喋っているのは自分なのに、どこか客観的な立場に居る中身のリスティ。
もちろんディンは気付いては居ないが…彼は、思わず一つため息を付いた。
「エミィ」
「大体お主は女に現を抜かす言葉が見え隠れしおる。前のモレクの酒場でも……」
「エミィ!」
「! な、なん…」
ディンに肩を揺さぶられ、ハッと喋りがストップする。
同時に、口を付いて出た言葉がスッと引っ込み、思わずリスティは「なんですか?」といいそうになった。
ディンの方は、ようやく止まったエミリアに対し、ふぅ…と一つ息を付いて、言って返した。
「あのな。俺は別にそんなんでアルティア像を見てたワケじゃ無いって。
こんな一人の女性が、大戦の時に騎士団一つ率いて戦ったんだって思ったら、ホントに凄い事をした人なんだなって再確認しただけだよ」
「え…う……」
そのディンの言葉に、盛大な勘違いをした“自分”は、思わずカーッと顔が熱くなる。
そして、言葉を続けてディンは言ってのけた。
「それに、俺はエミィも可愛いと思うぞ」
「…ぅ…」
じく……と、大きく胸を打つ言葉。
彼は、普段はエミリアに向けて”女性として”誉めるような言葉は口にはしない。
だが、ふとした瞬間に、特に意識もせずについて出てくるストレートな賛辞は、身構えてもいない彼女には衝撃が大きいらしく……
そんなエミリアの思念との同調に、リスティは意識が遠のきかけて、地面にしゃがみこむ。
「え、エミィ!?」
「大丈夫…だい、じょうぶだから…」
はぁ…と。一つ息を付き、そこからゆっくりと息を整える。
そこに、すっとさり気なく肩に手を置く人物が居た。
「大丈夫ですか? 具合が宜しくなければ、医務室に参りましょう」
「ケ…ケルト……」
先生。という言葉を無理やり押し込み、リスティはケルトの手を借りる。
それにケルトは優しく…まるで、心底から安心させるように微笑み、ディンへと渡したのだ。
「っと…」
「ぁ…」
「申し訳ありません。私は…ちょっと、人一人運ぶほどの体力が無いもので」
苦笑いをして、ケルトは二人を先導し、医務室へと向かう。



――医務室の中には基本的に専門の人物は居ない。
いや。言うなれば教会のビショップ・カーディアルトは全員医務員として働ける為に、必要ないのである。

「こちらのベッドに寝かせてください」
「あ。ああ・・・」
ディンは、エミリアの身体をベッドに横たわらせ、心配気に彼女を見やる。
それに対し、ケルトは困った顔でディンに言った。
「ええっと・・・診察が必要なのですけれど・・・」
「うん?」
「…少々衣服を脱がせますので、立ち会うと言う事はエミリアさんの肌を見る。ということですよ」
「あ。あ、ああ…わかった」
その言葉を受けて、ディンは慌てて医務室の出入り口の方へと向かっていった。
その場所は、部屋の外へは出ていないものの、角度的にエミリアの姿は目に入らない。
…尤も、診察するのも男性ではあるのだが、相手はあのケルトだ。
脱がされる事に抵抗が無いと言えば嘘だが、彼は疚しい気持ちなど持ち合わせはしない。
それこそ、彼がそんな気持ちを持つ事自体が想像出来無いくらいだ。
「さて・・」
ふと、ディンはケルトと『エミリア』の話しに耳を傾けた。
「では、衣服を全部脱ぐ必要はありませんので、背の方を失礼します」
「あ、ああ…」
衣擦れの音と、ケルトの軽一節ほどの術式。
それにより、体内を探り、身体的異常を感知する医学的な能力である。
だが、直接回復や解毒などの呪文とは違い、あくまで内科的な面である為に、それが教会専門よりもクリエイター専門とあれば、彼は案内書を記入の上に知り合いのクリエイターへと薬を処方してもらう所存であった。
…教会は中立派ばかりだが、こういった肯定派も少しは居るように、教会を快く思わないクリエイターの中にも、教会に快く協力をするクリエイターというのも存在はする。
黒の錬金術師。彼も、エルナやケルトなどの、クリエイター肯定派の人間に対しては比較的快く協力をしてくれる。


「――おや?」
しかし、ケルトは戸惑ったような声を上げた。
「ど、どうしたんだ??」
ディンが声だけでケルトへと問いかける。
それに、ケルトは「ふぅむ…」と声をあげ、ディンへと言葉を返した。
「いえ。内科的な面での異常は見当たりません。外科も一応はラリラをかけて置きましたのでこちらは問題ありません。そうなると……」
「…」
ごくり。とディンは生唾を飲み込む。
原因不明。とか言われれば、それこそどうして良いか判らない。
…だが、その雰囲気を察してか、エミリア――つまり、リスティは自らの知識でケルトとディンへと言って返した。
「…つまり、精神的な面と言うことじゃな」
「ええ。そうです。学習的で何よりです」
「え…っと、大丈夫って事か?」
「はい。精神面。メンタルコンディションを癒す事も私たちの仕事です。もちろん、肉体的疲労。精神的疲労の可能性も否めません」
それにほっと息を付き、ディンは入れた力を抜く。
その後で、ケルトは一度「ふむ」と声を出し、ディンへと言った。
「ディンさん。申し訳ありませんが、医務室の外にお願いできますか」
「な、なんでだ……?」
「メンタル面での医療は即ちカウンセリング。エミィさんの悩みは、彼女が誰にも言えずに居るからこそこうなっている状況。
それに、乙女の悩みを盗み聞きするのはデリカシーの面に聊か問題がありますよ?」
ニコニコ。と笑いながら、全く悪気無くズバズバと容赦なくディンに告げる。
そのケルトの言葉に、半ば敗北感を覚えながらディンは「医務室の前で待ってる」と言い残して部屋を後にした。

「では、エミィさん…目を閉じてください」
「…」
ここで、リスティは少し嬉しかったりもした。
身体はエミリアだが、『ケルト先生のカウンセリング』を、直に受けられるのだ。
彼の精神医療術は巧みなもので、それこそ固定ファンも出来るほどである。
どういった事をするのか、楽しみなのだ。
「何も考える必要はありません。貴女の思い出、貴女の記憶にある事。何でも良いですから、思ったことをありのままに私に話してください。
もちろん、言いたく無い事となれば、直ぐに話題を切り替えてくださっても構いません」
「・・・ええっと・・」
――何も考えず、口を付いて言葉を出す。


…………

「――それで、ディンは私に」
「ふむ…」
「…えっと、け、ケルト。これが、一体何になると言うんじゃ??」
エミリア自身から聞いた話と、彼女の意識の残留からか、口を付いてだせばエミリアの事を話すことは比較的容易だった。
……だが、いい加減に“自分”の事ばかり話すことに気恥ずかしくなり、開始10分ほどで打ち止める。
そのエミリアの言葉に、ケルトはクスリと軽く笑い、言って返した。
「ああいえ。ただ・・・」
「ただ?」
「この十分間。九割はディンさんの事ばかりを話すものですから」
「な…!!」

……確かに、思えば

「そ、それは…アイツとしか、想い出が…」
「いいえ。貴女には思い出がある。ティールさんとパーティを組んだ事。
 北国でオーロラを見に行った話。そこでも、鍛冶師の人と関わりを持ちましたね。
 なのに、その事象を殆どディンさんを中心で語っています」
「ぁ、ぁぅ…」
「大丈夫。エミィさんは病気ではありません、貴女達の年齢なら誰しもが持つ感情です。 まあ、直情的に言えば恋ですね」
「こ…!!」
「好きなのですね。ディンさんが」
その言葉で、スッとエミリアの感情から戻り、リスティが冷静…でもないが、考える。

―恋心……? つまり、エミィさんがディンさんに?―

初耳……と言う以前に、意外だった。
普段見るあの二人は、”恋人”というより”親友”と言った方がしっくりくるくらいの関係性で、そういった感情は影すらも見せた様子はない。
少なくとも、自分の目で見るかぎりでは、その程度の認識しか抱いていなかった。
「では、あまりディンさんを待たせるのも良くありませんし」
よっと声を上げて立ち上がり、ケルトは医務室の外へと向かう。
「ああそうでした」
「……?」
…が、その途中でケルトは振り返り、もう一度口を開く。
「案外……でも無いかもしれませんね」
「え・・?」
「いえ。何でもありません」
意味深に微笑みつつも、ただ「それでは」、と言い残し、ケルトが部屋を出る。
それと入れ替わりでディンが医務室へと入ってきた。

「今、エルナが思いっきり駆けてったんけど…何なんだろうな…… お、エミィ、大丈夫か?」
「…ディン」

ディンの手を借りてベッドから降り、歩きはじめる。

「…今日は、もう帰るか」
「…うん」

そうして、リスティはエミリアのとんでもない気持ちを知り、今日の一日を終えたのであった。

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