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『セレスティアガーデン』第2話『買い出しの果てに』




その1


――中央都市リエステール――
  ――旧市街 in酒場。

「マスターっ!! アタシたちに頼める依頼がこれしかないって、どういうことっ!!?」
「分かってくれ、嬢ちゃんたち…。 こっちにもいろいろと事情があるんだ…。」

 朝の酒場にマグノリアの大声が響き渡る。
 ただでさえ未成年の女の子だけで酒場なんて異色な空間に入り込んでいて目立つのに、
その発言は否応なしに周囲の注目を集めることになる。

 とはいえ、日も昇りきらない午前中なだけあって、テーブルに着いているのは、
今日の最初の仕事を探そうとやってきた支援士か、朝まで飲んで酔いつぶれたチンピラぐらいしか見当たらないわけだが。


「けど、いくらなんでもこの依頼内容はないだろっ!!」
「私に言わんでくれ、私だって…、私だって、この依頼内容でこれはおかしいと思うさ。だが、あの依頼人が…、うぅ…。」

 そこまで言うと、頭を抱えて椅子に倒れこむマスター。
 その表情は恐怖に引きつっていて、まるで何かに取り憑かれたかのようだった。



「だからって、たかが『卵の調達依頼』に名指し指定するか!?普通っ!!」

 そう、実はこの依頼、ただの『卵の調達依頼』。用途も『夕飯の材料に使う』と明記されていて、
これだけなら、特に怪しい点のない、普通の調達依頼。そう、これだけなら…。

 しかし、この依頼でまず問題なのは、マグノリアの言うように、この依頼、依頼主から私たちを名指しで指名してある点だったりする。
この程度の依頼なら、街の中を歩き回れば、多少、品を切らしている店があったとしても、十分に事足りる。いわばランクEの依頼。
にもかかわらず、個々ならともかく、総合力なら確実にランクA以上はある私たちを名指しで指名しているのである。


「ちょっと待って、マグノリア。 この依頼、ランクA指定になってるよ。」
「なんだって!? こんなふざけた依頼にランクA!!?」

 そう、この依頼、内容からはどう考えてもランクEなのだが、依頼紹介の用紙の所定欄には、参考支援士ランク『A』の文字が…。

「おい、大丈夫か、マスター!?」

 しかし、そのマグノリアの問いかけにも、ただ身を震わせるだけのマスター。
恐らく、依頼者の差し金で、強引にランクAの依頼にするように仕向けられたのだろう。
そう、ランクA以上なら支援士に強制することができるから。


「報奨金80フィズ? こんなんじゃ私の好きなお菓子も買えないです…。」

 続いてシルエラちゃんが、この依頼のおかしな所を指摘する。
80フィズ。今時、食料品店の卵だって、10個入りで130フィズはするというのに、
この80フィズは微妙すぎる。まるで私たちに対する当てつけ。

 そもそも、ここへ来る途中の食料品店で、何度と無く卵を売っているのを見かけている。
そう、今このリエステール内では、特に卵が手に入りにくいということもなければ、価格が高騰しているというわけではない。
つまり、支援士に頼む意味がない。

 仮に、今80フィズしか持っていなかったとしても、別に10個単位でしか売ってくれないというわけでもないので、5~6個買えばいいだけの話。
 それ以前にこの依頼、特に卵の個数制限に関する記述はない。


「いろいろ不審な点はあるけど、一番怪しいのは、依頼人の欄に書いてある『店長』は、固有名詞じゃないってことね。」
「あ…。」

 みんなの視線が一点に集まる。
そこに書いてあったのは『店長』の二文字。


「私たちを名指しで指定する『店長』って言ったら…。」
「あの人しかいないわね…。」

 顔を見合わせるリリーとセー。
 そう、思い当たる人物は一人。
店『セレスティアガーデン』の店長にして、ギルド『セレスティアガーデン』のギルド長。

 何の意図があってか、直接頼まず、わざわざ私たちがよく依頼を探しに行く、店からわりと近いこの旧市街の酒場に依頼を出すなんて…。
店長がこういう行動を取った時は、大抵ロクなことがない。
…依頼を受ける受けないにかかわらず。



「アタシ、パス。」
「えっ? マグノリア?」

 依頼人欄の『店長』の文字を見るや、深くため息をついた後、興味を失ったと言わんばかりの態度で、酒場の入り口に向かって歩き出すマグノリア。
止めるつもりはない。どちらに転んでも、イバラの道(?)であることに変わりはないから。

「たかが『卵の調達依頼』なんて、このアタシがやってられっかっつーのっ!!」

 無理もない、元々調達依頼よりは討伐系の依頼の方が好きなマグノリア。
いくら店長の依頼とはいえ、こんな子供のお使いめいたこと、やりたくないに決まっている。


「マグねえちゃんっ!?」
「シルエラちゃん、止めても無駄だよ、今回ばかりはアタシの決意は固いから。」

 シルエラちゃんが制止するも、マグノリアの決意は揺るがない。
というか、マグノリア、それ、かっこいいけど、
今この場面で言うセリフじゃない…。

「いえ、そうじゃなくて…、あんまり『たかがたまご』って言わないで下さいっ!! でないと『たまごの神様』が怒っちゃいますっ!!」
「「…………・・。」」

 唖然とする私とマグノリア。
シルエラちゃん、この前街で見かけた女の子の影響受けすぎ…。



 しかし、私たちが気を抜いたこの瞬間を逃さなかった者がいたっ!!

「『ラスト・ヴァニッシャー』っ!!」

 ズドドドドドドーン!!!

 セーがそう叫ぶと突如として現れた2つの巨大な天体が衝突を起こし、その衝撃で膨大なエネルギーが放出され、私たちを光の渦へと沈める。

「きゃぁあああ!! って、コラっ!! セー、いきなり何すんのよーっ!!?」
「セー…、あんたねぇ…。(怒)」
「うぅ~、どかーんってなって、まだ頭がふらふら~…。」


 今のはセーの特殊魔法、結果の残らない大魔法『アンチリザルトフェノメノン』の一種。
ダメージがないのをいいことに、各種最強クラスの魔法をパクってきては、
こうして私たちを実験台にして突然ぶちかましてくる。

 ただし、その現象自体は、実際と同レベルで展開されるため、
術が終わってみないことには、セーのいたずらかどうか分からないという、ちょっとしたドッキリも兼ねている。
というか、今回はタイミングがタイミングなだけに、ホントに卵の神様が怒ったのかと思ってしまった。

 また、いくら結果が残らないとは言っても、光量によっては目くらましにもなるし、
さっきみたいな魔法だと、シルエラちゃんのように軽く平衡感覚を奪われることもあるらしい。


 このセーのいたずら魔法も、店長の思いつき依頼と同様に、私たちの悩みの種の一つ。
でも、まだ一瞬で終わる分だけセーの方がましだと思う。どうせどちらも防げないから。


「うーん、やっぱりあなたたちじゃまだまだね。」
「何がよっ!?」
「ううん、なんでもないわ…。」

 いきなり魔法撃っといて謝らないセー。
でもこれもいつものこと。
…しかし今のセーの言い方は気になる。


「それより今は依頼よ、依頼っ!!」

 強引に話を変えようとするセー。

「あーもう、分かったよ、やればいいんだろっ!! 依頼っ!!!」
「マグねえちゃん? 依頼受けないんじゃなかったんですか?」

 なんと、先ほどまで依頼を受けないと決意していたマグノリアがあっさり考えを曲げてしまった。

「気が変わったの。どうせ暇だし…。」

 人は、大宇宙の神秘を目の当たりにし、この広い宇宙の中で自分がちっぽけな存在に過ぎないことを悟った時、
欲を捨て、誰かのため、何かのために働こうという意識が芽生えるらしい…。

 …大宇宙の神秘? いや、今のは絶対違う…と思う。

「それじゃあ、考えもまとまった所で、卵の調達に行きましょう~♪」
「って、セー、あんたが仕切るなーっ!!」


 こうして今回の依頼、卵探しの旅(?)が始まったのであった。





その2


 通りの両側にずらりとテントが並び、それぞれのテントの下に配置された木箱の中には、野菜や果物からお菓子に至るまで山盛りに積み上げられている。
また、テントの上からは、大・中・小の袋や網、それから鶏肉、豚肉などが吊り下げられている。
そして、通りを進むにつれて、漂ってくる様々な料理のおいしそうな匂い。
ここへ来れば大抵の食材は揃うというリエステールの食料品店街。

 今回用があるのは、その数多ある食材の中で、『たまご』なわけだが…。

「一言に『たまご』って言ってもいろいろあるね。」

 先ほどから何軒か、いわゆる一般的に『たまご』って言ったらそれを指すニワトリの卵を売っている店を見てきた。
いづれも10個で120~140フィズ、1個からだと15~20フィズが相場のようだ。

 しかし、それとは別に、大きいものや小さいもの、色の違うものや、加工済みのものなど、変わった卵も数多く並んでいる。


「リリーねえちゃん、見てくださいっ!! この卵大きいですっ!!」

 シルエラちゃんが手に取った卵は、両手で抱えてもその手に収まりきらないサイズ。
もしあれを一人で全部食べたらそれだけでおなかいっぱいだろうなと思った。

「ああ、これはダチョウの卵ね。この世界にもダチョウいるんだ…。」

 セーが言うには、これはダチョウの卵らしい。私は見たことないけど。
セーの口ぶりからすると、セーの元々いた世界にも同じ生き物がいるらしい。


「お客さん? お買い上げですか?」

 そんな話をしていると、お店の人が声をかけてきた。

「あ、えーと、じゃあこ(むぐ…)」
「ちょっとタイムっ!! シルエラちゃんっ!!!」

 あることに気づいた私は、シルエラちゃんがお勘定を頼もうとするのをとっさに押さえる。

「シルエラちゃん、この卵、1個5000フィズもするよっ!!」
「えっ!? 5000フィズっ!!? そんなにあったら、私の好きなお菓子が、えーと…。」

 そう、値札に書かれた値段は5000フィズ。
対する報酬は80フィズ。
こんなものを買って持っていったら大損になる。
…まあ、相手店長だけど。


 しかし、ここでさらに重大な事態が発生していた。

「ちょ、シルエラちゃんっ!!? 卵っ!!?」

 先ほどからこのダチョウの卵1個で自分の好きなお菓子が何個買えるか考えていたシルエラちゃんだったが、
頭だけでは分からなくなったシルエラちゃんは、指を使って数えようと、それまで持っていたダチョウの卵を空中へと…。

「ちょっと!! 5000フィズの卵がっ!!?」
「あっ!! 私のお菓子っ!!!」

 しかし、位置的に私もマグノリアも間に合わないっ!!
無残にも地面に激突する卵。ああ、5000フィズが!!?


「むぎゅ…。」
「…あれ? 割れてない?」

 その時奇跡が起こった!! なんと、ダチョウの卵は地面に激突したにもかかわらず割れていなかった…、けど「むぎゅ」って何?

 とりあえずまずは本当に割れていないか確認するためにダチョウの卵を拾い上げてみる。
…するとそこには、

「セーっ!? 大丈夫っ!!?」
「…うぅ~、死ぬかと思った…。」

 セーがダチョウの卵の下敷きになっていた。
 卵が割れなかったのはセーのおかげ?

「よしっ!! セーっ!! ナイスキャッチだっ!!! これは二階級特進ものだねっ!!」
「セーねえちゃん、ありがとうございますっ!! 空の上から見守っていて下さい。」
「勝手に殺すなーーっ!!」

 シュピーーーーンっ!!

 閃光が走る。
 ハリセンを取り出し、横になぎ払うセー。
 それは一振りで私、マグノリア、シルエラちゃんの3人にヒットする。
 何で私まで?



 ダチョウの卵を店主のおじさんに返し、再び通りの人ごみの中に戻る一行。

「あなたたちねぇ、自分より何倍も大きな隕石が直撃したらどうなるか分かってるの!?」

 セーの身長は15センチメートルほど。
 その例えはあながち間違いではないが…。

「まあ、セー、押さえて押さえて。おかげで卵も割れなかったことだし…。」
「ダチョウの卵に潰されて死にかけるなんて…、最悪。」

 一応、死に掛けていたらしい。
 服についた泥を払いながら飛ぶセーは、いつになく不機嫌そうだ。

「やっぱりアレよ、犬のしつけも復讐も、早い方がいいって!!」
「え? ちょっと? セー!?」

 しししと笑うと、私たちの手の届かない高さまで上昇し、詠唱体勢に入るセー。

「セー、あんたさっきアタシらハリセンで叩いたからおあいこだろっ!!?」
「あれは勝手に死んだことにしたことに対してのツッコミよっ!!」

 もはやセーに何を言っても無駄らしい、そしていよいよセーの詠唱は最終段階に入り…。

「『ラスト・ヴァニッシャー』っ!!」
「「「またそれかーーっ!!」」」

 叫びもむなしく本日2回目の大衝突を体験し、光の渦に飲まれていく私たち…。
 勿論ダメージはないけど。





その3


「なあ、みんな、聞いてくれっ!!」

 食料品店街を中ほどまで進んだ所で、突然マグノリアが立ち止まり、呼びかける。
みんなの視線がマグノリアに向けられる。

「アタシは思うのだが、このまま闇雲に探し続けても、目的のものは見つからないんじゃないのか!!?」

 目的のものとは勿論『卵』。
ただし、それは店長の依頼した卵であり、到底どこの店にでも売っている普通の卵とは違うはず。
そう、これは一種のゲーム。私たちの持ってきたものが、店長を満足させるに足る品物かどうかで勝敗が決まる。

 そう考えると、店で購入できるような卵を持っていって、果たして店長を満足させることができるだろうかという疑問が生じる。
しかし、ここの通りの店には、時々レアな食材が紛れ込んでいたりするのも事実で、もしかすると掘り出し物が見つかるかもしれない。
最も、それこそ運試しになるんだけど…。



「もっと目的を持って動こう。そう、たとえば『竜の卵』とかっ!!」

 そう言いながら、ライトセイバーの柄を街の入り口に向けて掲げるマグノリア。
そのポーズの意味は、竜を倒して卵をいただきに行くということなのだろう。
要するに、マグノリアは<ruby><rb>竜</rb><rp>(</rp><rt>強い敵</rt><rp>)</rp></ruby>と戦いたいわけだ。


「でもねぇ…。」

 そんなマグノリアの、多分自分ではカッコいいと思っているだろうポーズに口を挟むのは、セー。


「ほら、卵から孵した竜とか育ててる人たちもいるから、『竜の卵』は駄目よ。」

 そういえば、そんな話を聞いたことがある。
何でもその竜は、人間に姿を変えることができるため、普段街で目にしても気づかないとか。
もしかしたら、どこかで既に見かけているかもしれない。
私がそれと気づかないだけで…。


「そうは言うがなぁ、セー。嘘かホントか知らないが、世の中には『竜の血』を浴びて強力な力を手に入れた少女がいるって聞いたことがあるぞっ!! 確か『パピードラゴン』とかって通り名が通ってたはずだよ!!」

 これもまた最近わりとよく聞く話題。
魔龍の返り血を浴びたことで、常人をはるかに超える身体能力を手に入れた少女。
ただし、その代償は非常に大きなものだったとか…。
確か名前を『ティール』って言ったっけ?


「それはむしろ教訓よ。自ら竜に挑む者に、その愚かさを知らしめるためのね。」

 確かにセーの言っていることは正論だと思う。
自らの力を示すためや、私利私欲のために、わざわざダンジョンの奥にまで進み、こちらから挑まなければ人に害を及ぼすこともないような存在に戦いを挑む愚者。

 今のマグノリアがしようとしていることが正にそれ。
卵を得ることが目的にしろ、戦うことが目的にしろ、自ら竜に挑むのは正に愚かな行為。

 しかし、先ほどから戦いたくてうずうずしているマグノリアがそれを聞き入れるわけもなく…。


「あーもう、セーの臆病者っ!! とにかくアタシは竜退治に行くんだからっ!!!」

 そう言うと、町の入り口に向けて走り始めるマグノリア。
もはや目的である『竜の卵入手』よりも、その過程である『竜退治』に重みが置かれている。


「例え誰もついて来てくれなくたって、アタシ一人で竜退治してやるんだからっ!!!」

 途中でこちらに向き直り、そう叫ぶマグノリア。
もしかしたら、実は一緒に来て欲しいのかもしれない。
そう感じさせるマグノリアのセリフ。

 しかし、私たちになかなか動きがないので、再び町の入り口の方へ走り出すマグノリア。

「マグノリアっ!!」
「放っておきなさい…。しばらくその辺で遊んだら、夕飯までには帰ってくるわよ。 だいたい、この近くに竜なんているわけないし…。」
「…大丈夫かな…。」






――中央都市リエステール周辺フィールド――



「全く…。何で誰も来てくれないのよ。」

 目の前にはトカゲ人間。数は8体。
それはアタシを包囲しようと左右に2体ずつ展開し、前方からも剣を構えて突撃してくるのが2体。


「アタシ一人じゃ…」

 トカゲ人間の同時攻撃。前方2体、左右2体ずつの計6体がほぼ同時に斬りつけてくるが、

「竜がどこにいるのか分からないだろーーっ!!!」

 出力を瞬間的に0から最大にまで上げたライトセイバーを一振りすれば、飛び込んできた6体のトカゲをまとめてなぎ払う。
直前まで丸腰だと思っていた相手が急に2メートルを越える光の剣を出現させ、なぎ払うものだから、敵は為すすべもなく両断され、その肉を散らす。

「竜はっ!!」

 その急な形勢の逆転に、慌てふためき逃げ出す残り2体のトカゲ人間。
しかし、そのうちの1体の後頭部から口へと貫くように光の柱が伸びる。
その光が引くと同時に、そのトカゲ人間は、前のめりに崩れ落ち、動かなくなる。

「どこだーーーーっ!!?」

 倒れた仲間に気を取られ、そちらを向いた直後、頭から胴に至るまできれいに真っ二つに割れ、叫ぶ間もなく絶命する最後の1体。

 こんがり異臭を放つ散らばった肉塊を見てふと思う。

(そういえば、竜ってトカゲの仲間だっけ?)





その4


「あれ? セー、さっきからシルエラちゃんの姿が見えないけど?」
「そういえば…、いないね。」

 少し高く飛んで周りを見渡し、シルエラちゃんらしき姿を発見できなかったセーはあっけらかんと言う。

(いや、そうあっさり「いないね。」って言われても…)

 どうやら先ほどマグノリアとのやりとりをしている間にふらふらとどこかへ行ってしまったらしい。

「…どうしよう?」
「シルエラちゃんだって、あれで立派な支援士なんだし、放っておいても大丈夫なんじゃない?」
「でも…。」


 確かにシルエラちゃんは支援士。だけど、まだ12歳の女の子。
支援士活動だって、まだ1人だけでは依頼を受けた経験もない。
マグノリアならともかく、シルエラちゃんはちょっと心配だ。


 ゴーーーン、ゴーーーン

 その時、街の中央に聳え立つ時計塔から、正午を告げる鐘の音が聞こえ始める。

「おなかすいたね~。そろそろお昼にしない?」
「その前にシルエラちゃん見つけないと!?」

 やっぱり放っておけない。
私はシルエラちゃんを探すことにする。





―――一方その頃。

「うー…」

 食料品店街、とある店の前に、シルエラちゃんの姿があった。
大小さまざまな卵を、その翠の瞳で真剣に眺めている。

「どうしたんだい、お譲ちゃん?」

 それを見て、お店の人が顔を出す。
常にニコニコとした笑顔を絶やさぬ好青年。
お店の人が声をかけるが、卵を品定めすることに集中しているシルエラちゃんの耳にはとどかない。

「お譲ちゃん?」

 シルエラちゃんのすぐ脇に立って呼びかける店員さん。
しかし、まだ気づかない。

「この卵が欲しいのかい?」
「あっ!!」

 店員さんが、シルエラちゃんが真剣に見つめている卵を持ち上げると、ようやく気づくシルエラちゃん。

「あ、えーと…」

 突然の出来事に言葉が出ない。
そんなシルエラちゃんの状況を察したのか、言葉を続ける店員さん。

「ああ、これかい? これは『不死鳥の卵』だよ。この赤い殻の内側はマグマのように熱くなってるんだ。気をつけた方がいいよ。」
「えっ? これがー!? へぇ~、すごーい!!」

 それは、燃えるような真紅に染まった卵。
…というより、安っぽい赤い絵の具で染まった卵。
そう、実はこの好青年の店員さん、こうやって幼い子供にニセモノを高額で売る詐欺師。
しかし、シルエラちゃんは見抜けない…。


「私、今、店長に頼まれて、珍しい卵を探してるんです。 これとかなら、店長も喜ぶかな~。」
「ああ、勿論さ!! なんたってこの不死鳥の卵は、この店の自慢の一品だからな。」

 実は店の奥に配置された木箱には、今シルエラちゃんが見ているのと同じく、赤く染めた卵が山積みになっていたりして、
そのすぐ隣には、ご丁寧にバケツに入れられた赤い絵の具とハケが置いてあったりするのだが、
やっぱり気づかないシルエラちゃん。
今やすっかりこの店員のペースに乗せられつつあった。


「これ、いくらするんですか?」

 もはや買う気マンマンで笑顔で問いかけるシルエラちゃん。
その姿を見て、これはかかったと確信する好青年の店員。
ここはこの獲物を逃さないようにと、まずは今一度相手を確認する。

(武器を持っているところを見ると、支援士駆け出しといった所か…。となると、ぎりぎり払える額は…)

 そう、この青年の売る卵の値段は相手によって毎回変化する。
そして、言葉巧みに相手を誘導する。


「いいかい、お譲ちゃん。これはとっても貴重品でね、普通だったら10000フィズ出しても手に入らないものなんだ。」
「えーっ!? そんなにーっ!?」
「まあ、待ってくれ、譲ちゃん。 普通だったら確かにそうなんだけど、譲ちゃんはかわいいから特別に、5000、いや、3000フィズで売ってあげるよ!!」
「え? いいの? 買います!!!」

 最初に高い額を提示しておいて、なんだかんだと理由をつけながら大幅に値段を下げる。
いわば商売の基本なのだが、シルエラちゃんはあっさり引っかかる。


 しかし、そう言ってサイフをあけたシルエラちゃんの所持金は…

「うぅ~~~…」
「ひ、150フィズだと!?…」

 この日たまたまシルエラちゃんは、あまり手持ちがなかった。

 青年は再度思考をめぐらせる。
ちょっと最初の提示額が高すぎて、150フィズまでは下げきれない。
そこまでやってしまうと、かえって不自然。
相手に不信感を与えてしまっては元も子もない。

 そこで、次の策を実行する。


「じゃあ、こっちの卵を150フィズで譲ろう!!」
「え? この卵は?」

 それは、どこにでもありそうな普通の卵。いや、紛れもなく普通の卵。
が、しかし…

「何を隠そう、これは…」





―――時計塔周辺広場・オープンカフェ

「う~ん、おいしー♪」

 結局、空腹に勝てなかったリリーとセー。
大きなパラソル付きの丸テーブルを囲んで、
パンとコーヒーで軽いランチタイム。


「この水もおいし~♪」

 相変わらず水しか飲まないセー。
影に過ぎないセーにとっては、これで十分なのだとか。
というか本体と影が両方とも食事を取っていたら太るとか。


「あ、シルエラちゃんっ!! こっちこっちーーっ!!!」

 その時、通りを進むシルエラちゃんの姿が目に留まった。

「ほら、私の言ったとおり、心配しなくてもすぐに戻ってくるって言ったでしょ。」

 得意げに言い放つセー。
結果論に過ぎない気がするけど。


「あー、リリーねえちゃんたちだけずるいですーーっ!!」

 そう言うや否や、イスの要らないセーの代わりに席に着き、店員さんを呼んで早速、クリームソーダを注文するシルエラちゃん。
何かいいことでもあったのか、表情はいつもにも増して明るい。

「シルエラちゃん、どこ行ってたの~?」
「秘密です♪」

「「???」」

 にこにこしながら、ストローからソーダをすするシルエラちゃん。
私にはシルエラちゃんの笑顔のわけが、全く見当もつかなかった。





その5


「はい、リリー、これは何の卵?」
「えーと、これは…モンシロチョウの卵?」
「じゃあ、この水槽の中に連なっている卵は?」
「それは確か、カエルの卵!!」
「こっちの泡が固まったような卵は?」
「カマキリの卵だねっ!!」

 ここは午前中に歩き回った食料品店街から少し離れた通りにある小さなテントの店。
普通の人は見向きもしないようなその店も、遊び盛りの男の子相手だと、結構人気があるらしい。


「じゃあ、これが最後の問題っ!! この葉っぱについた粒々の卵はっ!?」
「これは…、う~ん、テントウムシの卵?」
「大・正・解~♪」

 卵探しにも飽きてきたため、セーの提案で気分転換に、この様々なカゴが飾られた奇妙な店に入った私たち。
そこで始まったのが、このセーの問答大会。
ちなみにシルエラちゃんは用事ができたとかで、先に帰っちゃいました。


「こいつは驚いたなぁ~、まさか君みたいな女の子が、ここまで詳しいとは…。」

 そのやりとりを見ていたこの店のおじさんが声をかけてきた。

「あはは…、うん、まあ。」
「あっちの世界じゃ、9歳になれば誰でも学習することだしね。」
「あっちの世界?」


 セーの発言に首を傾げるおじさん。

(セー!!何言ってるのーーっ!!)


 私がこんなに昆虫の卵に詳しかったのも、実はセーが異世界から取り寄せた書物のおかげ。
それでセーにみっちり勉強させられたわけだけど…。

 最初は、「これを読破すれば、魔法が強くなる」とかって言われてやり始めたけど、
実際に載っている内容は、魔法とは全く関係のないことばかり。
今では、さっきの虫の卵のみたいに生活にすら全く役に立たない無駄知識となって、私の中に残っている。

 でも、まさかその本の元あった世界では、この内容を9歳の子供が覚えることになっているとは思わなかった。
一体その世界の子供たちは、私ぐらいの年齢になったら、どんなことを勉強しているのだろう…。



「じゃあ、これは何の卵か分かるかな?」
「えっと、何この卵?」

 おじさんが差し出た『それ』を、私は無意識に受け取る。
黒くて光沢のある謎の卵。セーの本には載ってなかったと思う、多分。

「どれどれ~?」

 セーが『それ』を覗き込むが…。

「うっ……。」

 『それ』を見た瞬間、引きつった顔をして遠ざかるセー。
何? これ何なの? 意味わかんないっ!?

「り、リリー? わ、私、先に外出てるから…。」
「え? 何? 何なの? セーっ!?」

 どこか余所余所しい態度でまるで逃げるようにその場を後にするセー。
この黒くてひしゃげた卵に一体何が…。


「…分からないのかい?」

 おじさんの低い声がえぐるように心の底にまで響く。
答えを知りたいと思っている私と、知りたくないと思っている私がその隙間を埋めるように波を立てているのを感じる。

 私の前に立っているおじさんは、まるで何かに乗り移られているかのように、暗いオーラを身にまとい、視線は私を見ているようで、どこも見ていない。

「……っ!!?」

 もう一度その卵を見てみると、どこかで同じようなものを見たのを思い出した。
と同時に、ものすごく嫌な考えが思い浮かんだ。
以前『それ』を見たのは、確か台所の…。



「…そう、それはゴキb…」
「きゃぁぁああああああっ!!!」


 私は『それ』をおもいっきりおじさんの顔めがけて投げつけ、全力疾走でその場を後にした。



「……あれ? 何でうけなかったのかな~? おかしいな~?」

 顔に当たった『それ』を受け取り、観察するように見ながら、言葉を漏らすおじさん。
恐らくリリーたちがこの店に足を踏み入れることは二度とないだろう。






「セーっ!! 何で言ってくれなかったのよーーっ!!?」
「いいから、まず手を洗ってっ!! それまで私に近づかないでっ!!!」

 近づこうとする私に対して、常に一定の距離を維持するように飛ぶセー。
どうやら私はどんな呪術より凶悪な呪いを受けたらしく、その呪いを解く(石鹸で手を洗う)までは、セーは近づくことを許してくれなかった。





その6


 日は西に傾き、空は茜色に染まり始めていた。

「…店長の欲しい卵っで一体何なんだろう…」

 店『セレスティアガーデン』の近くにある公園で、空を見上げてつぶやく。
この時間になっても、『これ』という卵が見つからず、
一日中リエステールの街を歩き回って、もう足が悲鳴を上げている。

 まさか、街道やダンジョンを歩くより、街の中を歩く方が、こんなに疲れるとは思わなかった。
それと同時にこの街の人の多さに、改めてびっくりした。
一言にリエステールと言っても、様々な場所がある。
旧市街に、商業区、教会の管理する区画もあれば、支援士の多く住む借家がほとんどを占める区画。
そのそれぞれに、いろんな人が住んでいて、それぞれの人生を一生懸命に生きている…。

 それを思う時、ふいに頬をつたう一筋の雫…。


「夕焼けに触発されて、感傷に浸るのはいいけど、まだ卵見つかってませんよ、リリー。 感受性が高いのは認めるけど…。」
「そんなこと言ったって、どこを探せばいいのか…。」

 既に、ほとんどの食料がここで揃うという食料品店街に、珍品や貴重品を扱う裏通りの店などを回りつくしたが、目的の卵は見つからなかった。
そもそも、目的の卵が何なのか、その答えも見つかっていない。



「案外、普通の卵でいいのかもしれないわね~、店長、時々そういうのをわざわざ『支援士への依頼』に出すっていう悪戯するから。」
「え? じゃあもしかして、あちこち回ったのって、骨折り損のくたびれもうけ?」

 はぁ~、とため息が漏れる。
何のために今日一日駆けずり回ったのか。
でも、ここで再び依頼を受ける前に抱いた疑問がよみがえる。

「それにしても、80フィズは安すぎでしょ。卵10個セットすら買えないし…。5個や6個じゃ中途半端だし…。」

 そう、この依頼、依頼内容に対して、報酬という対価がそれに見合ってない。
しかし、セーがここに至ってその答えとして十分な発言をする。

「店長の依頼だと、この依頼の卵の用途は、『夕飯の材料』よね。」
「うん、確かそんなこと書いてあったね。」

 そう、最初に酒場で依頼を受けるときに見た紙には確かにそう書かれていた。
でも、それが一体…。

「で、その『夕飯の材料』を使って作った夕食は誰が食べるの?」
「…あーーっ!!?」

 事ここに至って、ようやくその真実に気づく私。

「私たちじゃんっ!!!」

 そう、私たちが買って来た卵で作る夕食を食べるのは私たち。
本来ならはじめから報酬を払う意味がない。


「なーんだ、そうだったのか~…、はぁ…。」

 今日一日中、心の隅でずっと考え続けていた疑問がようやく解けた。
…と同時にどっと疲れが押し寄せてくる。



「答えも分かったことだし、さっさと卵買って帰りましょ~♪」

 疲れきっている私とは対照的に、元気よく飛び回るセー。
分かってたんなら、最初に言ってよねー!!

 …まあ、おかげで日ごろあまり行かない、リエステールのいろんな所を見て回れたけど…。





――旧市街 in総合食品店


…とは言っても、小さな肉屋、八百屋、魚屋などが一つの建物の中に連なっているだけの構造だけど。


「はい、玉子10個入りで130フィズね。 まいどあり~♪」
「ありがとうございました~♪」

 肉屋のおじさんから玉子を受け取り、そうお礼を言う。
まさか、今日一日かけて東奔西走していた依頼内容が、これだけのことで済んでしまうとは思ってもみなかった。


「ん?」

 見ると、セーが魚屋さんに向かって何か呟いている…、というより、詠唱しているっ!!?

「BGM魔法…『たらこ』っ!?」
「はぁ!?」


 セーの詠唱が終わると、どこからともなく音楽が流れ始めて…

”たーらこー、たーらこー、たーっぷーりー、たーらこー♪”

「なんだなんだ?」

 魚屋の店主が、突然聞こえてきた歌に驚き、当たりを見回すが、どこから鳴っているのか全く分からない。
それもそのはず、セーのBGM魔法は、空間全体から鳴り響くのだから。

「ちょっと、セー!! 何やってるの!?」
「私は気づいてしまったの…、そう、『たらこ』だって『卵』の一種よ。あとキャビアとかも…。」
「…確かにそうだけど。」
「…さあ、買い物も終わったし、帰りましょ~♪」

 入り口の方へ楽しそうに飛んでいくセー。
苦笑する私。
混乱する魚屋のおじさん…。

「セー、これ止めなくていいの!?」
「いいじゃん、宣伝にもなるし。安眠妨害になる前には勝手に止まるわ。」
「いいのかな…。」


”ふと気がつけば窓の外~、ふと気がつくと家の中~♪”

 って、この歌詞、怖くない!?
本当に宣伝になるの!?


「ははは…。」

 みるみるうちに顔が青ざめていく魚屋の店主。
今宵、悪夢にうなされることになるであろう。

 私はセーを追って逃げるようにその場を後にした。