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その2




数日後、ミナル在中のクリエイター、レイスにブレスレッドの加工を頼み、再びリエステールまで戻ってくるエミリア。
その間、シアはひとまず教えられる範囲まで教えておいてくれというエミリアの言葉に従い、呪文の詠唱も含めた術式に関することを中心に教えていた。
……言葉を発する事が出来ない現状では、それ以降まで進める事が出来なかったが……
エミリアが持ち出してきた一つの道具で、一時的ではあるが彼女に声を与える事はできそうだった。






そして、ある朝。
朝食の準備すらもまだ行われていないにもかかわらず、リビングにはシア、ユキ、銀牙も含めたメンバー全員が集まっていた。
「……事情は分かった。 だがなぜリスティなんだ?」
そんな中で、いつも通り表情はいまいち察する事はできないが、ヴァイは腕を組んで席についているリスティとユキへ交互に目を向けながら、そんな一言を口にしている。
目を向けられている二人はどこか緊張しているような雰囲気が見て取れるが、ユキの方はそれ以前に少し困ったような笑顔を浮かべていてどこか余裕があり……目に見えておどおどしているのは、リスティだけだった。
「まぁ……出来るならば巻き込みたくなかったし、貸すなら私の身体を貸してやりたかったが……私の身体では、聖術は使えぬからな」
その横で、苦笑気味な表情を浮かべながらヴァイの問いに答えるエミリア。
そしてその言葉にはまだ続きがあるのか、一拍置いたあとにもう一度口を開いた。
「かといってシアと入れ替えては、教える側が話せなくなるからのぉ。 消去法で考えて、リスティにお願いしたのじゃ」
「…本当に、申し訳ありません」
エミリアの言葉が終わったところで、シアはそう口にしながら大きく頭を下げ……
ヴァイは、その瞬間にシアが見せた真剣な表情と態度に押されたのか、”むっ…”と口を閉じて、思わず一歩ひいてしまっていた。
「と、とにかく、元にはもどれるんだろうな?」
「ああ、それに関しては問題ない。 入れ替えたときと同じように、この『換魂の指輪』を互いにつけたまま眠ればいいだけじゃからな」
そう口にしたその手には、開いた小箱と、その中にしまいこまれた二つのシルバーリング。
換魂の指輪……先日、エミリアとリスティが誰かの魔法によって入れ替わってしまった際に、元に戻すために使った精神交換の力を持つ指輪である。
そう、エミリアがユキに”言葉”を与える手段として選んだのは、換魂の指輪の力を持って、一時的にでも聖術の使える誰かの身体を貸し与えると言うもの。
「……まぁ、とりあえず二人とも入れ替わってる間は外出は避けたほうがいいだろうね。 色々と混乱もあるし」
そんな様子をただ眺めていたティールが、ここにきてぼそりとそう口を挟む。
……あの後、指輪の管理はティールが行う事になっていた。
同時に、その時に使う時は理由を話して、とエミリアとリスティは言われていたものの、その時はまた使う事なんて無いだろうと考えていたのだが…
―……今回は、自分で決めたことだから慌てる事も無いですしね―
仮にも、将来のカーディアルトになるだろう女の子の力になれるのだ。一時的なものとわかっているのなら、こんな状況も悪くは無い。
リスティは、比較的落ち着いた様子で現状を受け止めていた。
「――…ぁ……っ……!」
「…リスティ?」
ユキ――の姿をしたリスティは、ヴァイに何か声をかけようとしたのか、口をぱくぱくと動かしていた。
……だが、今自分は言葉を発する事が出来ないユキのからだの中にいる。
よほど注意しないと聞き取れないような、ちいさくかすれた音は出たような気がしたが、それはとても声にはならないもので……
―……そっか、口じゃ、話せないんだった……―
リスティはここで始めて、自分が”声が出ない”状態であるということを理解した。
……それは頭では分かっていたのだが、会話する時は言葉で、という自分の習慣は無意識下のもので、まだ自分が自分の状況を受け止め切れていないのだ、と思わされた。
「……」
少し考えて、リスティはシアの方へと目を向け、両手を差し出し、動かし始める。
それは、ユキがシアやリスティとの会話に使っている”手話”で、耳が不自由だったりする人も来ることがある教会では、必修の授業として扱われているもの。
――今その相手にシアを選んだ理由は、通訳だろう。
シアは、その様子を少し見ると、わかった、とでも言うように微笑みながらこくりと頷いた。
「私は大丈夫ですから心配しないで下さい。 ユキちゃんの練習が終わったら、すぐに元に戻りますから……だそうですよ、ヴァイさん」
そうして、そのままリスティはヴァイへ向けた言葉を手話で表し、シアはそれを受けて代わりに口にする。
その一言を耳にして、ヴァイはその表情にすこし複雑そうなものを含ませながらも、とりあえずこの場は頷き、納得することにしたようだった。
「しかしティール、その指輪……お前が持ってたんだよな? いったいどこで手に入れたんだ?」
エミリアとリスティ以外は、この指輪の存在を耳にするのは始めての事である。
ディンのその疑問は、至極当然の事であると言えるだろう。
「うーん、知り合いが砂上墓所の奥で見つけてきたらしいんだけど、能力が危険すぎるからうかつに売り飛ばすわけにもいかないし、かといって自分が持ってるのもこわいからってことで、押し付けられたの」
砂上墓所では、かつて愚王と呼ばれた王が不老不死の研究をさせていたという伝説もある。
”若い肉体と精神を入れ替える事で生き続ける”などという発想から、そういったものが作られたということも考えられるだろう。
……もっとも、実際は”創造主の代理人”がつい最近創り出した、ある意味”神器”と読んでも差し支えなさそうなものなのだが、ティールの語った言葉は、後付けの理由としてはまだ真実味があるかも知れない。
「私も、まさか使う事になるとは思ってなかったけどね」
「……そりゃ……普通そんなもん使う機会なんてないだろう」
「……ふふーん。 ディン、エミィと入れ替わって色々してみたいとか思わない?」
ディンの反応を受けて、悪戯っぽくわらってそう口にするエミリア。
このギルドを設立してからになるだろうか。 最初に出会った頃よりも随分と性格が変わっているように感じられる。
……もしかしたら、これが本来の性格なのかもしれないが。
「なっ!? なにを言い出すんだお前は……」
言われた本人にとってはそんなことは関係なく、ただ慌てるばかり。
まぁ、からかう側にはそんな都合は関係ないのだけれども。
「いや、いくら慣れた相手でも、さすがに男女で入れ替わりは精神的にもキツイのじゃが……」
「まぁ、気が済んだらちゃんと元に戻るっていうなら貸してあげてもいいけど……」
『だからもういい!』
計算していたかのように声の揃う二人。
その反応にティールはもう一度笑うと、気が済んだのか佇まいを直して、リスティ――もとい、ユキの方へと目を向け、改めて口をひらいた。
「さて、と……ユキ、声は出せるはずだけど、何か言ってみてくれない?」
ここまで、彼女は一度も声らしい声を発していない。
そもそも、声を出すと言う習慣がないので、完全に無言のままでいる方があたりまえではあるのだが……
「……あ、あー……う…ん…?」
コクリ、と頷いて、始めて口を開くユキ。
…当然、発せられたその声はリスティのものではあるのだが、ユキが、自分の意思で言葉を発したという事実には変わりなかった。
「…ユキ、私の名前、言えますか?」
そして、すこしだけ期待を込めたような眼差しで、ユキに語りかけるシア。
この中で、最もユキの声を聞く事を望んでいたのは、彼女なのかもしれない。
「……イ…ん? ……ア……?」
……だが、物事はそう思い通りに進まないもので……ユキの声は、とても言葉として成り立つものではなかった。
”シア”という短い名前すらも、上手く発音できていない様子である。
「…ぁ……」
リスティが思わず口を開き、出ない声と共に、心配そうな表情をティールへと向ける。
ユキになにがあったのか、という事もあるが、仮にも異常が出ているのは自分の身体であるし、それはもはや他人事とは言えないだろう。
「……もしかして、声の出し方……というか”発音”の仕方がわからないんじゃ?」
その言葉に、無言で頷くユキ。



『……え?』
そして、全員の口から、全く同じタイミングで、全く同じ音が発せられていた。