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エピローグ





翌朝、朝食を終えた後のリビングで、ギルドの面々はとある一箇所を見つめるようにして集まっていた。
彼らの視線の先には、両腕に複雑な紋様が刻まれたリングをつけたユキと、片手に小さなナイフを持ったシアの姿。
……昨日と一昨日の二日間、ユキは換魂の指輪の力をもってリスティと入れ替わっていたが、今朝起きた時には互いに元の身体に戻っていた。
ただ、ユキはリスティの身体のままでシアと同じベッドにもぐりこんでいたため、朝起きたときにリスティが軽く焦ったというのは別の話。
「それじゃあユキ、準備はいい?」
真剣な面持ちでユキの瞳を見つめながら、シアはそう呼びかける。
対してユキは、二、三度リングをつけた両手を握ったりひらいたりした後に、”うん”とでも言うように口を動かしながら、こくりとうなづいた。
どうも、昨日までの声を出せていた間のクセが若干残っているらしく、出ないとわかっていながらも、やや声を出そうとする動作がたまに見て取れる。
……シアがいうには一日もすれば、そのクセもぬけるだろうということだが、その一言を口にする際には、やはりどこか物悲しげな表情を交えていた。
「……っ…」
ユキがうなづいたのをその目で確認すると、シアは手に持っていたナイフの先を自分の指先に当て、軽く力を込める。
するとそこからじわりと血がにじみ、それは色白のその肌に傷がつけられたことを示していた。
シアはそれに対して特に表情を変えることなく、ナイフをすぐ横に立っていたティールに手渡し、再びユキの目を黙って見つめる。
その目が言わんとすることは、言葉にするまでもなくあきらかであり……
「……」
ユキは、そっとその指先に両手をかざすと、軽く呼吸を整えて、口を動かし始める。
もちろん彼女の身体では、その行動が言葉という”音”として現れることはない。
それでも、彼女が今しようとしていることは全員が理解していることで、もしその口の動きを言葉として表現するなら、どんな文章が現れるのかは理解できていた。

――聖アルティアの祈りを以って―――聖女の癒し手、その指先より淡き白の救いを――

それは、すべての治癒聖術の基本となる詠唱。
その詠唱の代わりとなる術式は、両腕のリングに刻まれており、口を動かすことに事実上の意味はない。
しかし、意識の上で聖術を行使する感覚を呼び出すため、記憶の中にある行動を行っているのだろう。
「……あっ……」
ふと、リスティがそんな声を漏らした。
ユキが口の動きを止めたその瞬間に、リングに刻まれた紋様から淡く白い光が発し、それはそのままその両手を包むように広がっていく。
……そして

―リラ―

聖術の行使の引き金(トリガー)となる最後の一言(キーワード)
それを意識の上で唱えたその瞬間、ユキの両手を包んでいた光はシアの指先の傷へと集い、そのままゆっくりと消えていく。
「……うまくいった…のか?」
ぽつりと、ディンがそんな声を漏らした。
リラ程度なら、パラディンナイトである自分も使う事はでき、それゆえにそのレベルの聖術による光は見慣れたもの。
だからこそ、目にすればそれは成功だったという確信はある。
それでも、これは一人の少女の人生を左右するかもしれない実験であり、どこかではっきりと口にする事ができないという心理が働いているようだった。
「……はい、大丈夫ですよ」
全員が見守る中、シアがにこりと微笑んで先程傷付けた指を差し出す。
そこには一切の傷痕もなく、色白の素肌があるのみだった。
「……成功したようじゃな。 キーワードまで紋章化するのははじめてじゃったが……」
その様子を目にし、ほっと一息つける一同。
……特に、リングに刻みこむ紋章の構成を手がけていたエミリアは、他と比べてよりいっそう深い溜息をまじえていたのは別の話。
「ユキ、おつかれさま。 前から色々教えていたとはいえ……二日で使えるようになるのは、少し以外だったわ」
そんな中で、微笑みながらユキの頭を撫でるシア。
それを受けるユキも、どこか安心したような笑顔を浮かべている。
……ほんの小さな切り傷とはいえ、自分が最も敬愛している人の身体を、自分のために傷付けたのだ。
もし自分が上手く出来なかったら……そう思えば、ただ申し訳なさでいっぱいになっていただろう。
「エミィさんも、おつきあいいただいてありがとうございます」
「…いや、元々”リラ”の式紋自体はディンのガントレットにも仕込んでおるから判明しておったし、あとは用意するだけじゃったしな。 大した事はしとらんよ」
「それでも、エミィさんの力が無ければ叶いませんでした。 本当に、ありがとうございます」
そう口にしながら、すっと頭を下げるシアと、それに続いて、嬉しそうに微笑んだままお辞儀をするユキ。
その態度にエミリアはなんとなく気恥ずかしくなり、ぽりぽりと頬を指でかきながら、ごまかすように笑顔を浮かべていた。
「……そういえば、ラリラ以上の聖術はどうするんですか? ……エミィさん、対策は用意してあるって言ってましたが……」
そんな中で、思い出したかのようにそう声に出すリスティ。
それはユキの訓練の最中、エミリア自身が確かに口にした一言で……現状ユキのリングに刻まれている紋章では、リラとラリラ以外の聖術は使えないという事だった。
「ああ、それなら……」
その一言を受けて、ごそごそと手元に置いてあった鞄を探るエミリア。
一同が何がでてくるのかとその光景に目を向けていると、目的の物を見つけたのか、間もなくしてその腕は、なにか細長い物体を握ってカバンの中から現れた。
「…フルート?」
出てきたものは、リングと同じような紋様が刻みこまれた白銀色のフルート。
紋様以外はユキがいつも持ち歩いているフルートと同じような形状で、使えと言うのなら特に問題なく奏でる事ができるだろう。
「シアが”歌”を詠唱に代えているのと同様に、演奏する事で詠唱に代える事が出来るようにしてある。
ただし、フルートの紋章もそのリングと連動しておるから、リングを身につけている状態で演奏せねば意味が無いぞ」
そう言いながら、エミリアはユキに白銀のフルートを手渡す。
いかにも簡素な素材でできていそうなリングと、見るからに美しい輝きを放つフルート……
一見するとなんの関連性も無いアクセと楽器に見えるが、合わせてもつ事で、不思議とそれらがペアであることがあたりまえのように感じられる。
ただ、周囲の感想としては”そんな豪華っぽく見えるもので大丈夫なのか”というものもあったりしたのだが……それはユキが教会の一員として過ごすために必要な物であるために、口にまで出す事は無く……
あとは、シアがなんとか話を通してくれるだろう。 最終的に、そんな結論に達していた









――それから、数日後。

「それでは、行ってまいります」
彼女にとっては恒例となっている、各地の教会への巡礼。
いつもの僧服に軽く旅支度をした程度の装備で、ユキと銀牙を横に連れ、シアはぺこりと全員の前で頭を下げる。
「これでまた一ヶ月は大陸巡りか……バードも大変なんだな」
「いえ、これが私の役目ですし。 ……それに…」
「ん?」
ふと、横にいるユキの方へと目を向けるシア。
その両腕にはあのリングがはめられていて、その状態はすでに周囲からも当たり前の光景として扱われていた。
――しかし、シアの溜息にも似た一言は、そんなことは関係なく……
「これで、この子と大陸を回るのも最後かと思うと、少し」
「最後って……あっ!」
シアの一言を耳にして、リスティがある事に気付く。
それは、教会に属している者なら誰もが知り、誰もが通ってきた道で……
「教会に入り、アリスキュアとなるということは、数年はこの街(リエステール)からはなれにくくなるということです」
特に、教会では生徒の時分では決まった時間に礼拝堂に集合し、全員で祈りを捧げなくてはならないという決まりがある。
旅先の教会の礼拝堂で……という手段も考えられるが、それをしていてはそもそも授業を受けることも叶わず、教会に入った意味はほとんどないとも言えるだろう。
「次に帰ってくる頃には、新しい生徒達が教会に入る時期ですから……ユキも、その時に入れるつもりです」
穏やかな微笑みをたたえたまま、ただ淡々と答えるシア。
……ユキもその言葉の意味と、この旅が終わった後に、自分とシアの旅も終わる事を理解しているのか、どこか寂しげな表情を見せている。
「リスティ、教会でユキが困ってたら、手を貸してあげてくださいね」
「は、はい! もちろんです、約束します」
その呼びかけに、半ば必死ともとれる声で返事をするリスティ。
かつての師の一人であるシアの”妹”を支えるという大役……
ともすれば叫びともとれるその瞬間の彼女の声は、勤まるか勤まらないかではなく、ただやらなければならない、是が非でも自分がやるべきという意識の表れだったのかもしれない。
「というかじゃな……べつに会おうと思えばいつでも会えるし、まだ一ヶ月以上も先の話じゃろ?」
と、そんな空気の中に、横槍で突くかのように一言漏らすエミリア。
それはシア達の気持ちを理解していないわけではなく、ただもっともな事を言えばそうだろう、というだけの一言だった。
「そ……それはそうですが……」
「……だったら、今生の分かれのような空気を出すでない。 今はきれいにいつも通りに見送ればいいだけの話じゃろ?」
やれやれ、とでもつけくわえるかのように溜息で言葉を締めるエミリア。
その一連の態度に、周囲の一同は一瞬あっけに取られたが……
「……ふふっ、確かにそうだったわね。 ただ教会に入るだけだし、その後も暇さえあればいつでも会える。 何より、まだ一ヶ月は一緒に旅が出来るんだったわね」
シアのその言葉で、どこか悲哀じみていたその空気が、一気に晴天の空のように晴れ渡ったものへとすりかわっていった。
ユキも、見上げるようにしてシアの顔を笑顔で見上げている。
「それじゃあ皆、行って来るわね」
そして、どこか吹っ切れたように顔を上げ、改めてそう一言口にするシア。
一同はそれを受けて、自分達もいつも通りに手を振り、笑顔でその旅出を見送っていた。











「――世の中、何がどう役に立つか分からないものだね」
後に、一対の指輪が仕舞いこまれた小箱を手に、そう呟くティール。
――果たして、この指輪を巡り、次に描かれる物語は自分達にとってどんなものになるのか……
悪い予感も捨て去る事は出来ないが、どこかでそんな楽しみを抱いている自分がいた。





―END―