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―One Fine Day―





ヴァイも特に依頼を受けた様子もなく、教会にもお祈りに行く以外の用事がなく……そのお祈りも済ませた直後であるリスティは、手持ち無沙汰のまま、リエステールの中を風任せに散歩していた。
昨日は一日中雨が降っていたが、夜が明けてみれば空に雨雲の姿はなく、今頭の上に広がる真っ青な空の中には、真っ白な雲がまばらに浮いているのみである。
雨で洗われた空気はどこか澄んだものを感じさせ、晴れた空はその心地よさを後押しするかのように透き通った輝きを見せている。

……それは、ある晴れた日の出来事。
気の向くままの散歩道で出会った、ちょっと珍しい光景のお話。




「あれ……先生?」
そこはリエステールでも端の方に存在する、それほど広くない広場で……中央広場のように普段から人だかりができるようなこともなく、知る人ぞ知る静かな休憩スポットである。
リスティもこんな場所の存在を知ったのはごく最近で、ティールが時折ぼーっと休みに来る場所だということで教えてもらったのが知るきっかけだった。
……そんな場所にたどり着いたその時、その目に一人の見慣れた女性の姿が映っていた。
「あら、りーりんじゃない。 こんなところに何か御用?」
かつて自分がアリスキュアだった時代の恩師、シスターエルナ。 その人である。
……今の時間帯だと、講師としての公務にあたっているはずなのだが……リスティは、そこまで考えたところであまり深く追求しないことにした。
目の前の人物がいろいろと型破りなのは、いまに始まったことではないからだろう。
「いえ、お散歩をしていただけですけど……先生こそ、どうしたんですか?」
自分自身もあまり来たことのない場所なので、エルナがここにいる理由も特に心当たりもない。
それゆえに、他のコトよりも先走る、そんな知的好奇心だった。
「私は、あの子に頼まれてついてきただけよ?」
その問いの答えとして、そう言いながらある方向を指差すエルナ。
そして、リスティがそれに従うようにその方向へと目を向けると、一人の少女が一枚のカンバスの前に座り、絵筆を動かしている姿が目に映った。
「……画家さんですか?」
「ええ、アウロラ・ピアレスティ。 愛称はアロちゃん」
「アウロラ……って、あの画家のアウロラさんですか!?」
いくつもの名画を世に出し続けている若き天才画家、画聖アウロラ……そういった名声は、リスティの耳にも入ったことがある。
実際にその絵を見る機会は少ないが、以前ヴァイとともにリックテールに行った時に、何気なく立ち寄った美術館で、”Day Break”という一枚を目にしたことがあった。
雲の中に沈むかのような町並みが、朝焼けの赤に照らされたその世界に、とても大きな感動を覚えたのは、未だに記憶の中に根付いている。
「知ってもらってるとは、光栄だね」
「あっ……あの、始めまして、リスティです」
「リスティ……確か、エルナの元生徒さんだったかな?」
どこかあわてたように挨拶をするリスティに、くすっと微笑みかけるアウロラ。
その間も、その手の絵筆を止めるような様子はなく、油絵の具がつけられたそれを、ためらうことなくカンバスの上を走らせている。
「……あ、もしかして先生を……?」
そんな中で、時々エルナのほうにちらちらと目をやるその様子を見て、リスティは彼女が今何をやっているのか察することができた。
…つまるところ、エルナがアウロラに頼まれたことというのは、そういうことなのだろう。
「まぁ、今は別件で仕事があるんだけど……その前の気分転換かな。 一度、エルナさんをモデルに描いてみたかったから」
「そうそう。 私はそれに付き合ってるってワケよ」
「そうだったんですか……あ、それじゃ、私お邪魔でしたね」
エルナがモデルということは、この場に自分がいては邪魔になるということであるし、モデルはある程度じっとしていなくてはならない。
そう考え、リスティは少し申し訳なさそうな顔で、頭を下げようとしたが……
アウロラの口からは、それを肯定するような言葉は出てこなかった。
「いいよ、むしろそのまま話でもしていてくれたほうがやりやすいかな?」
「……え? で、でもそれじゃ……モデルということは、先生も動いちゃだめなんですよね?」
「そんなことないよ。 確かに、肖像画ならじっとしてもらったほうがいいけど……今描いてるのは、そういうのじゃないから」
「そ、そうなんですか? でも、モデルさんなんですよね……?」
意外な答えに、少し困惑するリスティ。
その間もアウロラは相変わらず微笑むような表情をしており、エルナもそれと似たような表情を見せている。
「私も最初はそう思ったんだけど、アロちゃんに”じっとしてるより、てきとうにぶらぶらとしてください”って言われてね。 ちょっと面食らってたのよ」
「モデルさんに自由に動いてくださいって……そんなの、始めて聞きますが……」
人物画であるのに、肖像画とは違い、加えてじっとしているよりも動いてくれたほうがやりやすい……
そんなことを言うアウロラの意図が読めない二人は、それぞれどこか困惑した様子で言葉を交わしていた。
その様子を目にし、アウロラはまたクスっと微笑を浮かべ、再び口を開く。
「そうね、ある人を絵で表現するとして……仕上がった時に、その人は絵の中では鳥や花になっているかもしれない。 描き出された風景そのものが、その人かもしれない……
私はその人の見たままを書き出す肖像画よりも、その人のイメージを描き出すような表現をするのが好きだから」
「……私のイメージねぇ」
「だから、じっとしているよりも自然体でいてくれた方がいいの。 誰かと会話してくれても、別に問題はないから」
アウロラは微笑みながらそう口にすると、再び目の前のカンバスに目を向けて、サラサラと絵筆を走らせ始めた。
その瞬間の表情は真剣そのもので、彼女の絵に対する情熱のようなものがひしひしと感じられる。
「……先生、仕上がるまで私もご一緒していいですか?」
「ええ、私もちょっと退屈してたし、それはかまわないわよ」
それならば、これ以上話しかけて邪魔はするまいと、リスティはエルナと話すことに決めた。
何よりも、アウロラがエルナに対して抱いた”イメージ”がどのようなものなのか……そして、それはどのようにして表現されるのか、興味が出てきていた。






「――よし、完成」
そうしてしばらく時間が経過し、アウロラは絵筆を筆荒い用の水の中に放り込むと、どこか満足げな表情を浮かべ、ぐっとその背を伸ばしていた。
そしてその声に気がついた二人は、早速とばかりに彼女の元へと駆け寄り、その目の前にあるカンバスに目を向ける。
「わぁ……きれい……」
そこに広がっていたのは、白い雲がまばらに浮かぶ青空と、その中で穏やかに輝く太陽。
……そしてその下には、雨露に濡れた草花が無限に広がっている、雨上がりの草原。
その中に”人物”は一切存在せず、先の言葉通りに肖像画などではなく、ただイメージを絵にしたものだというのは理解できた。
「うん。 あえてタイトルをつけるなら、『Meadow after the rain』ってところかな」
「……雨上がりの草原が、私のイメージ?」
……エルナの声は否定も肯定もしない、ただ問いかけるような響きを抱いていた。
それは素直に感嘆の声を漏らしたリスティのそれとは違うもので、その瞳は、カンバスの上から離れようともせず、ただじっと眺め続けている。
「……雨って、誰にとっても憂鬱なものだよね」
アウロラは、そんな彼女の様子を目にしたからか、静かにその絵に込めた意味を語り始めた。
「空は暗い雲で覆われて、太陽が見えることもない。 降り注ぐ雨水はまるで涙のようで、窓から眺めていてもどこか悲しくなる……それが、雨。
でも、太陽の光だけじゃ大地は枯れ、草木も育つことはない。 雨という陰鬱な時は、後の豊穣を呼ぶための大切な時間……雨が降ることで、その大地はより強く、深く……草木を優しく抱く器となる」
「……わたしの、雨……?」
「……エルナさんの中にある”雨”がなんだったのかまではわからないけれど……」
……アウロラは、そこで言葉を止める。
普段明るく振舞う彼女に、時折みえる陰鬱な気配。
しかし、その”雨”が今の彼女の大きな土台となっているのは、赤の他人でありながらも確かに感じることができた。
……その雨はすでに通り過ぎたものであるが、その雨露は地面の草花の上に残っている。
「……先生? あの……泣いて…………!?」
「…えっ!? ……あれ、なんで……」
ふと目を向けると、エルナの瞳にはわずかに涙が浮かんでいた。
今目の前にある絵画は、”心象風景画”とでも言うべきだろうか?
元々、アウロラは人物画よりも風景画、抽象画を得意とする画家ではあるが……
「…その絵、エルナさんに差し上げます」
当のアウロラは、すでに絵具を片付け、カンバス以外の荷物を撤去し終えていた。
どうやら会話が始まった時点で、すでに片付る体制に入っていたらしく、あとは道具を担げばそのまま帰れる状態である。
「……えっ!?」
「お代なら、その涙だけで十分。 ……描いておいてなんだけど、私が持ってかえるには色々と重そうだから」
この日何度目かの微笑を浮かべながら、そう口にするアウロラ。
”重そうだから”
……最後のその一文に込められた意味はなんだったのか、エルナ自身は何かを察している様子だった。
「それじゃ、私はこれで。 リスティさん、今後ともよろしく」
「…あ、はい。 よろしくお願いします」
よいしょ、と絵具を担ぎ、カンバスを一枚残して立ち去っていくアウロラ。
後に残されたリスティとエルナは、しばらく何も言えずに黙ったまま立ち尽くしていた。





「…………誰にでも、雨に濡れた日々はある、か……とんでもない画家さんね、あの子は」
「……先生?」
「まあ、せっかくだしもらっておくことにするわ。 ……額とか買わないといけないのかしら」
「…………」
「何しけた顔してるのよ。 このまま持って帰ると目立つし、布か何か持ってきてくれないかしら?」
「…は、はい!」




それは、ある晴れた日の出来事。
雨上がりの空は、青と白の光で輝いていた―――








と、いうわけでエルナさんが主役かもしれない短編でした。
普段太陽のように明るく、どこか自分勝手な空気を纏うエルナさんですが、その裏にある影はとても深いものだと思うのです。
そして、そんな深い影を知った上で、あそこまで明るく振舞うことができるというのは……想像がとてもおいつきませんが、結構大変なことですよね。
それで、雨上がりの草原こそがそんな彼女の心象風景だと思い、アウロラの力を借りて表現させていただきましたw

……そういえば”ひだまり”で主役をはってから一度も出番のなかったアウロラですが、結構すごい子なのは確かなんですよね(汗
まぁ、今回はエルナさんを引き立てる役として出演させましたw