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―2―






氷昌宮、クリスティオンパレス。
それは一般的に『水晶の館』として伝えられている氷の館の正式な名称らしく、その館の主を名乗るアウドムラの口からそう告げられていた。
夢の中でこの場所にたどり着くのは、もう片手で数えられる数は越えてしまっている。
……氷昌宮の夢を見た後は、目を覚ました後でも明確に夢の中の出来事を記憶していた。
それは何度繰り返しても同じで、それだけでもこの夢がただの夢では無い事は理解できる。
もっとも、最初に辿りついた時はこの館の詳しいコトなど何も知らず、戸惑うばかりだったが……
「……ふぅ……」
勝手知ったるなんとやら、とまではいかないものの、入り口から広間と、その周辺にかけてはある程度構造は理解できている。
この日も夢の中でたどり着いた館の廊下を進み、広間のテーブルの一つに腰かけて、頬杖をつくようにして溜息を漏らしていた。
「あら、今日は元気ないわねぇ」
そうしていると、いつもと同じように広間の奥の通路から現れるアウドムラの姿。
彼女は最初はややかしこまった部分もあった気がしたが、来訪が数度過ぎてからは随分と親しげな態度を取るようになっていた。
……いや、親しげと言うのは少々語弊があるかもしれない。
「もー、そんな顔してたら、せっかくのぷりちーフェイスが台無しじゃないのー」
「わぷっ!」
そんな事を口にしながら、がばっとエミリアの身体を掴み、その豊満な胸に頭をうずめるようにして抱き寄せるアウドムラ。
……こんな状況に放り込まれるたびに、親しげというよりは小動物か何かを可愛がるような態度で接されているような気がしてならなかった。
同時に、かるく教会のとあるシスターの存在を思いだしてみたりもする。
「なにかあったのかしら? 私が相談にのってあげてもいいわよ?」
窒息しそうになる直前になって、そんな一言と同時にその胸から解放される。
……正直、女として目の前の女性のプロポーションはうらやましい限りだが、今はそんなことを気にするような精神状態ではなかった。
それよりも、今は優しく語り掛けてくれたその一言が何よりも有り難く感じられる
「…………」
今自分が抱えている悩みは、言ってしまえばただの取り越し苦労なのかもしれない。
仲間の皆が自分のことを邪魔などと思うことは無いと思うし、彼らならそう言ってくれると信じている。
……だからこそ、仲間達には尋ねる事が出来なかった。
帰ってくる答えは分かっているから。
なにも気にせずにいてくれるのは分かっているから。
「……私は……」
この人ならば、答えを出してくれるだろうか。
自分が立つべき形を、教えてくれるだろうか。
……そう思い悩み始めると、次の言葉が出てこなかった。
「うーん、よくないみたいね。 悩むのは悪いコトじゃ無いけど、悩み過ぎるのも問題よ」
「……それは……」
わかっている。
人は悩みを持ち、それを乗り越える事で成長する生き物であるけれど……それが過ぎては、逆にその先に進めなくなる事もある。
けれど、今自分が抱いている迷いは、捨てようとしても捨てきれない想いに支配されている。
それゆえに、もう自分の中では一度や二度どうこう言われたところで解決するような、そんな軽いものではなくなっていた。
「あ、そうだ」
そうこう考えていると、突然アウドムラが頭の上に電球かなにかを灯すような表情で、ぽん、と両手を打っていた。
……ここ氷昌宮にはこれまで数度来訪したが、それまでの経験上、彼女がこんな顔をする時は大抵ろくな事が無い。
軽く後ずさりして、アウドムラとの間合いをはかるようにじりじりと足を運ぶ。
「そういう時は、いっそ関係ないことして気分転換もいいわね。 実は似合うと思ってドレス一着仕立ててみたんだけど、着てみない?」
「ど……ドレスって……」
ふと、一年と半分くらいまえの出来事が思い出された。
はっきり言って、派手に装飾が施された衣装を身につけるのは好きでは無く、普段見につけているドレス風の衣装も比較的シンプルにまとめているものである。
尤も、そういった装飾の服を身につける事自体は嫌いでは無い……が、それで人前に出るとなると話は別で、単純に気が気じゃなくなってしまう。
「素材はいいんだからいろいろ試してみないと損じゃないの。 ほら、奥の部屋も案内してあげるから」
「やっ、ちょっ、離して…!」
などというこっちの都合は全く意にも留めず、ずるずるとひきずるように引っ張られていく。
「ルビナ、まだ時間はあるだろうから、バルコニーにお茶の準備をしておいて」
その途中ですれ違った妖精―――よりは少し大きいだろうか?―――のように映る少女に、アウドムラはそんな指示を出していた。
……すでに、こちらの言葉など耳にはいっていないのかもしれない。








――氷昌庭園(クリスティオンガーデン)
氷昌宮の一角は、そのような名で呼ばれているらしい。
この区画は自分が住んでいる世界とはまた別の世界と繋がっていて、時に試練を与える場ともなると言う。
加えて言えば、氷昌庭園……いや、氷昌宮全体が絶対零度に近い気温で満たされていて普通の生物が立ち寄る事は不可能な世界でもあるらしい。
……つまり人間が来ようと思えば、今の自分のように夢と言うカタチで精神だけを投影するか、魂だけで来訪するのが関の山だそうな。
「……わぁ……」
そんな庭園の、文字通りの『庭』となる部分を見下ろすバルコニー。
氷に閉ざされた世界と言えば、寒々しく冷たい印象をもってしまうかもしれないが、実際はそれとは正反対の眺めが広がっていた。
樹木にオブジェ、敷石……なにもかもが氷で作られたその庭園は、全体がキラキラと宝石のように光を反射し、文字通りの幻想的な世界を作り上げている。
「私にとっても自慢の庭だからね。 貴女ならいつでも通してあげるわよ」
「…………私なら?」
ふと、アウドムラが口にしたその一言が耳につく。
いまの一言には、ただ単にかわいいからだとか気にいったからだ、というだけのものではない、別のニュアンスも含まれているように感じられた。
冷静に考えてみれば、”なぜ自分が氷昌宮(ここ)にいる”のだろうか?
たまたま夢でたどり着いたから、というだけの理由は考えづらい。

――氷昌姫アウドムラ。
最初にこの場所に来訪した時から、その存在についてすこし気になっていた。
そして、自分は気になってそのままにしておくような性格では無い。
図書館や、個人的に集めた文献などを読み漁り、ごく最近辿りついたその正体。
この世に存在する八つの属性を象徴する精霊八宮(エレメントパレシス)のひとつ、氷雪宮を管理する”パレスキーパー”。
その役割は、世界の『氷雪』のメンタルバランスを管理する、いわば氷雪系能力者の頂点に立つような存在である。
そして、ごく稀にその元に呼び出される人間がいるという。
その条件は、氷雪系の能力を扱う、極みに近い人間であること―――

「……アウドムラ。 この場所に辿りついた人間は、その後どうなる?」
残念ながら、この短い期間で辿りつけた結論はそこまでだった。
では、その後起こる事は何か?
一つ、ただの”管理者”のきまぐれであり、何事も起こらない。
一つ、その才をもって、氷昌宮の管理に携わるための人材として関わることになる。
一つ、能力のさらに上の段階への覚醒を促される。
想像だけならいくらでも出てくるだろう。
しかし、自分にとってここはあくまで『夢の中』である。
ここで何かされたところで、現実の自分に対して意味はあるのだろうか?
……そこまで思考したところで、アウドムラは先程までとは違う真剣な表情を見せ、口を開いた。
「……たとえ氷雪能力の扱いに秀でていても、ここに辿りつけない人もいる。 ここに辿りつけても、なにも起こらない人もいる……
あなたがここでどうなるか、それは私が決める事じゃないわ。 すべては貴女次第よ」
そこまで言うと、手元のティーカップから一口。
「……」
自分次第。 つまりは、心の問題ということだろうか?
……ならば、今の自分では何かを望むようなことは出来るはずもない。
自分の在り方にすら迷っているのでは、きっとなにも先へは進まない。
「……ねぇ、貴女のこと教えてくれないかしら? 私、色々と興味あるし」
「……え?」
考え込む自分の表情を見かねたのだろうか?
アウドムラはにこりと微笑むと、あらためて口を開き、言葉を続けていく。
「小さい頃に、夢とかなかった? 童話のお姫様みたいになりたいとか、そんな夢」
「……お姫様って……」
……正直に言えば、小さい頃に物語にでてくるような王子様や、騎士に守られるお姫様のような存在に憧れたコトはある。
さすがにこの歳になってそんなことを考える事は無くなったが、思い返してみれば自分も可愛い時期があったのだな、と笑いがこぼれてしまう。
「……ううん、思えば、それは叶ったのかな……」
……仲間の中にいる、今の自分。
一人のナイトに愛され、守られ……他の仲間達も、自分を傷つけまいと、戦いの際には動いてくれている。
それは、まさに幼いころ自分があこがれていた『物語の中のお姫様』だ。
自分はなにもできなくとも、騎士達にまもられる……
「そうね、今もかわいいドレス着ちゃってるものね♪」
「そっ……それはそっちがむりやり…っ!!」
「ふふっ、いいじゃないの。 そのドレス、”まだ”この夢の外へは持ち出せないんだから、私以外見る人なんていないわよ」
などといいながら、楽しそうに笑うアウドムラ。
結局、真面目にしていても素がでてしまえばこんなもの、と言うことだろう。
――とはいえ、色々とぶちこわしだったけれど、そのおかげでどことなく気が楽になったような感じもする。
少なくとも……自分の立ち位置は理解できたから
「……でも、ドレスだけじゃものたりない感じもするわね」
「ま、まだ何か……!?」
ガタン、と音を立てて椅子ごと後ずさる。
……ただ、その瞬間のアウドムラの表情には、今までの”お遊び”とは違った何かが見えた気もしたが……
「ちょっと待ってね……」
次の瞬間には何事も無かったかのように目を閉じて、両手を見えない何かを持つようにして差し出していた。
しかし、自分にはその行動の意味はわからず、何事かとでも言うような顔のままその両手を見つめてしまう。
……と、その時だった。
「――!?」
その両手の内側に、淡く白銀に輝く氷の粒子が現れ、それはどんどん一つのモノを形作るように集まり、押し固められていく。
それは、眼下に広がる景色のように美しい輝きを放つ、まるで水晶の彫刻のような、氷昌の芸術――
「―氷昌の冠(クリスティオンクラウン)― そのドレスに、ぴったりだと思うけど、どうかしら」
今創りあげたその氷の王冠を、そう口にしながら差し出すアウドムラ。
それは、見るからに神秘的な光を宿し、万人の心を奪うか秘法のようで……
「…………クリスティオン…クラウン……」
……いつもの自分なら、とびついて喜んでいただろう。
けれど、ここは『夢の中』であり、いくらモノを手にしたところで現実に持ち込むことなど出来るはずも無い。
そんなものを受け取ったところで、空しいだけだ。
「あら、いらないの?」
「……」
無言のまま、頷く。
……受け取らなかった理由は、それだけでは無い。
いくら『お姫様』のようであると思っても、その立場を自分は認める事が出来ない。
あまりに美しいその王冠は、こんな迷いのある心のままで受け取るにはふさわしくないものであるように思えた。
「……そう。 なら、今はまだ……あなたがコレを受け取る時じゃないってコトね」
「……ああ、今の私じゃ、それは受け取れない……」


……この後、アウドムラは『夢』が終わるまで穏やかに微笑んだまま、何も言ってはこなかった。
その無言の微笑みが何を意味しているのかは……自分には、何も分からなかった……

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