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―8―




「……エミィ!?」
天空より降り注ぎ、大地を穿つ雷帝の鉄槌。
一筋の光の柱となって舞い降りたそれは、閃光とともにエミリアの身体を飲み込んでいた。
いくら魔法耐性の強いマージナルといえども、無防備なまま受けて無事でいられる一撃ではない……
そのくらいは、魔法についての知識のない自分でも、容易に理解することができた。
「……あっ……?」
そう考え至った次の瞬間、ひらりと足元に舞い落ちる黒い物体。
ティールは抱きかかえていたイリスを地面に降ろし、その物体に目を向けそのまま手を伸ばす。
……それは、エミリアがいつも身につけている白い十字架と翼の模様が施された、黒地の帽子。
転んだ拍子に脱げ落ち、魔法の衝撃で舞い上がっていたのだろう。
「他愛もなかったね。 あとはあんたたち二人だけか」
勝ち誇ったようにそんなことを口にしながら、その紫電の双剣を構えるリーゼ。
ティールも手に取った帽子を自分の頭に乗せると、イリスを自身の後方にやるように立つと、改めて武器を構える。
「……あら~? まさか~あの状態から間に合わせたんでしょうか~?」
……その時、例によって間延びした声でそんな言葉を漏らすカノン。
見ると、恐らく驚いているかもしれない表情のまま、ある一点をじっと見つめているようだった。
彼女の視線の先にあるのは、先程エミリアがカノンの一撃を受けた場所。
そこは強烈な雷撃の名残か、地面の表面にはいまだにバチバチと微弱ながら雷の火花が散っているように見える。
……が、それは大きな問題ではなかった。
「……氷……の、たまご?」
エミリアがいたはずのその場所には、まるで精巧なオブジェのように見事な楕円形を描く、氷でできたたまごのような物体。
あまりに唐突な展開に、ティールとリーゼの二人も、一瞬戦闘中であることを忘れ、呆然とその姿に目を奪われていた。
「……あの中……エミィおねえちゃんがいるみたい……」
「……イリス?」
「あの中から、おねえちゃんの気配がする。 ……でも、なんだか……変な感じ。 さっきよりも、ずっと強い力……」
「…………」
言われて見れば、理解できた。
確かにその氷の内側から発せられるメンタルの気配はエミリアの持つ”氷牙”のものだが、その中に少し異質なものが混じるのが感じられる。
……ただ、その異質な気配と同質の気配を持つ者は、目の前にもう一人存在していた。
「この気配……精霊宮の加護だって?」
そう、属性こそ違えど、リーゼの持つ『ライトニングエッジ』と同質の力。
構成するものは本人のメンタルでありながら、どこかで他者の力の介入が見られるような、高位能力……メンタルウェポン。
「―っ!!」
その時、氷のオブジェに、音もなく大きな亀裂が現れ始めた。
それは一瞬の間に全体に広がり、瞬きする間に小さな氷の粒となり、崩れていく。
その内側に覗く、青紫色の髪と、強い意思を秘めた碧眼。
そして、その頭上に在るのは――
「氷の王冠(クラウン)? ――やっぱり氷昌姫(アウドムラ)の力か!」
水晶のごとき透き通った輝きを放つ、一つの王冠。
……そんなものは、それまで身につけていた様子など無い。
ならば、どこから来たのか……”同質”の力を持つリーゼには、理解は容易な事だった
「……全く、アウドムラめ……私にはこんな演出必要ないのじゃが……まぁ、氷の膜で助かったと言うべきか……」
細かく崩れ去り、宝石のように光を反射しながら宙へ消えていく氷の粒子。
その渦の中で、やや呆れたような表情を見せつつも、悠然と佇むエミリアの姿。
「エミィ! 大丈夫……って……」
「……クラウン……いや、ドレス……?」
彼女の無事を確認するように駆け寄ろうとしたティールと、自分以外の『精霊宮』の力を目にするという、あまりに意外な展開に目を見張っていたリーゼ。
宙を舞う氷の霧が晴れていくに連れあらわにされる彼女の全身の姿を目にして、その表情は後半は呆然としたものと化していた。
「ふぁー……」
「わぁ~、エミィさん、お綺麗ですね~」
対して、目に入った光景に素直に感嘆の声を漏らすイリスとカノン。
そんな四人の様子を目にし、違和感を感じたのか視線を下ろして自分の衣装へと向けるエミリア。
……そこにあったのは、以前氷昌宮で着せられた純白のドレスと同じ衣装。
頭上の冠と合わせることで、その姿は”雪姫”とでも呼ぶべき姿になっている。
一瞬自分でも驚きかけたが、着せられた当時のアウドムラの言葉を思い返し、わずかに表情を引きつらせた。
「…………『今は持ち出せない』か……恥ずかしいと言ったのに……」
はぁ、と小さく溜息をつくと、やや顔を赤らめつつもエミリアはその場から足を進める。
”氷昌の冠”と”雪姫のドレス”
共に、氷昌宮の主、アウドムラから譲渡されたメンタル具現化による装飾品。
――そう、リーゼの”ライトニングエッジ”と、属性こそ違えど、同質のもの。
「……ディン、大丈夫か?」
純白の衣装と共に、青紫色のその髪ををなびかせて、地面に倒れ伏しているパートナーの下へ歩み寄るエミリア。
「……エ…ミィ…? なんて格好…してんだよお前は……」
「……あとで説明する。 口が聞けるのなら、回復に専念するのじゃ」
身動き一つとれない彼の右腕を持ち、皮肉ぶった受け答えをする。
とりあえず生きてはいる事を確認すると、どこかほっとしたように微笑み、持ち上げた右手を彼の胸の上へ優しく添えるように降ろした。
「さて、と……リーゼ、カノン」
「……!」
「まだ、決着はついておらぬ! ティール、イリス、行くぞ!!」
愛用の杖であるサンタマリアを突き付け、高らかに宣言するかのようにそう口にするエミリア。
その中には、先程まで抱いていた不安や懸念といったものはすでに見えることなく、彼女が本来持ちうる自信に溢れた空気で満たされていた。
―……なんだかわからないけど、元に戻ったみたいでなによりかな―
そんな様子を目にし、ティールはふっと微笑むような表情を見せた。
まあ、急に変わってる衣装やら、精霊宮とかいうよく分からない単語やら、気になるところは多々あれど、現状は回復したと見て間違いないだろう。
後で、色々と説明して貰うことになるかもしれないけれど。
「のぞむところ! ねーちゃん!!」
「は~い。 これで~ようやく~対等のようですし~」
エミリアの言葉を受け、改めて武器を構える二人。
心なしか、今までどこか冷めたような様子を見せていたカノンの方が、今この状況を楽しんでいるように見えた。
「さて、向こうもノリ気のようだけど、どう出ようか……」
そういえば、これだけ付き合いが長いわりに、ディンを交えない状況でエミリアと戦線を組むのは初めての事である。
ちらりともう一度目を向けてみても、魔法によるダメージは深いのか、未だに仰向けに地面に倒れこんでいる状態である。
「!」
……が、そんな中でも、彼が一つ行動を起こしていることに気がついた。
『口が聞けるのなら』……エミリアのその言葉を、そのまま体現するかのように。
―それでも、あの様子じゃ一撃が限度かな―
頭の中で、状況を組み立てる。
……到達する結論は、いずれにしても、もう少し時間を稼ぐ必要があるということだけだった。
「……さって、行くよ!!」
視線を敵である二人に戻すと、改めて武器を持ち直し駆け出すティール。
それと同時に、後方でイリスが呪文の詠唱を開始する。
「ティールさん~、私の傘は~早々破れませんよ~?」
突撃の軌道上にいたリーゼはその突撃を回避するが、ティールはそのままその後ろにいたカノンへと一撃を加える。
しかし、やはり彼女の傘による防護膜は貫けず、最初に打ち込んだ時と同じように、その槍先は傘の表面で押さえつけられてしまう。
「ティール、あんたの相手は後でしてあげるよ!」
そして、駆け込んだティールと入れ替わるように、エミリアの元へと滑り出すリーゼ。
”精霊宮”の力を持つ者同士の衝突……リーゼ自身も、そういった相手と退治した事はこれまでに一度も無かった。
……しかし、今彼女が相手にしているのはティールとエミリアだけではない。
「――我が力を糧に一つとなりて敵を討て! ブレイズウィンド!!」
エミリアの元へと到達する直前、その足元に爆炎の嵐が撃ち込まれた。
爆心地からの風に乗り共に大きく広がる炎は、彼女の進行方向を否応無く切り替えさせる。
それでも、彼女にとっては多少大回りになろうと大した問題にはならない。
むしろ、そのまま相手の背後にめくり、ブレイドステップへの連携に入るのは常套手段の一つである。
……普通の相手ならば。
「――フローズンピラー!」
「わっ!?」
背後に回りこみ斬りかかろうとしたその瞬間、エミリアの周囲を囲むように、地面から先端を鋭利な槍のように尖らせた無数の氷柱が隆起した。
――いくら力があろうとも、全方位をカバーする氷槍の壁に突撃するような真似は自滅にしか繋がらないだろう。
とっさに彼女の声に気がついたリーゼは脊髄反射的に跳び上がり、紙一重にその一撃を回避する。
「はぁぁああ!!」
しかし、その直後に宙を舞うリーゼに武器を向ける……その直前までカノンへ向かっていたはずのティールの姿。
彼女は一度攻撃を弾かれ、リーゼが駆け出したその時点で、すでに次の行動に移していた。
全身を覆う炎が槍先に集い、それ自体が巨大な刃のような姿を形成している。
「彼の者を打ち砕け ラジカルボール」
エンシェントの呪文は、メンタルをそのまま解放するために詠唱そのものが短く……
ティールが炎を解放するよりも一歩早く、その後方でカノンが呪文を完成させる。
直後に、その傘の先から無数のメンタルの光弾が撃ち出され、それらは全てティールの背中を捕らえていた。
「まだまだ……フローズンピラー!」
だが、エンシェントの短詠唱を更に上回る詠唱破棄(ショートカット)の式紋を持つエミリア。
彼女は再度同じ呪文を唱え、カノンとティールの直線状に氷柱を連ね、放たれたラジカルボールを全て塞き止める。
「――ブレイブランス!!」
そのほぼ同じタイミングで、ティールは槍先に集中した炎を、直線状の軌道で解き放つ。
……構えてからそれまで、彼女は自身の後方に立つカノンの攻撃など全く意識の中に”入れていなかった”。
その理由は、単純な信頼。
エミリアならば、迷わずいつものように氷壁の防御展開をするだろうと踏んでのこと。
「くぁっ……!!」
ティールの一撃を強引に体勢を変えて回避しようと試みたリーゼだったが、空中での体勢の変更には限界があったのか、なんとか急所を外したものの、左肩に直撃を受ける。
そして、直前の無理な行動が災いしたのか、そこからの着地まで思うようにいかず、やや崩れた体勢のまま地面に降り立った。
氷昌の冠(クリスティオンクラウン)の元に――来たれ 時をも閉ざす極なる氷河!」
「―……なっ!?」
チャンス――そう言わんばかりに詠唱を開始するエミリアだったが、その瞬間のその様子は、明らかにいつもと違っていた。
今彼女の杖に収束しているメンタルは、普通ならばかなり長い詠唱の末に構成される高位呪文と同じレベルのもの。
―精霊宮の加護がどうとか言ってたけど……たぶんその影響だね……―
だが、ティールは知っていた。 少なくとも、その短い詠唱によるメンタル収束の理屈だけは。
かつてリスティを利用しアルティアを蘇らせようとした、フォーゲンの一件の際に、エルナが使っていた特殊詠唱。
あの時耳にしたのは、”フロリア”という血族のみに許された、ショートカット・スペルの一種だろう、と予測している。
……そして、今エミリアが使った詠唱も、”精霊宮”の加護を受けた魔術師のみに許される、特殊詠唱なのだろう、と。
「ま…MAXドライブ!!」
「――コキュートス!!」
エミリアの口にするキーワードよりも一瞬早く、本能的に危機を察知したリーゼの足元の車輪が回る。
無理な体勢からの強引なスタートで、短距離を走っただけでそのまま地面に転げてしまったが、その行動は何とか功を奏していた。
――飛び出した直後、かなりの広範囲に渡って空間そのものが凍らされ、さも氷山が聳え立つような光景が広がっていたのだ。
「……扱い方は、直接頭に流れ込んでくるようじゃが……」
ただ、その氷山の中心点はリーゼがいた位置から随分とずれており、狙いそのものはまともにつけられないというのが察せられる。
「……実際に使うとなれば、まだ上手くいかぬな」
目の前の氷山を見上げながら、そんな言葉を口にして杖を構えなおすエミリア。
ほんの少し、その顔には疲労の色が見え隠れしており……どうやら、今の魔法の行使で相当のメンタルを消費してしまっているようだった。
「……リーゼ、大丈夫~?」
「ねーちゃん……大丈夫だよ。 ちっと左腕キツイけど……まだ……!」
ブレイブランスの直撃を受けた箇所をかばいつつ、体勢を立て直してカノンの傍に舞い戻るリーゼ。
カノン自身も少し駆け寄り、優しく撫でるようにしてその箇所に手を触れていた。
「…………これで、決したかしら……」
「……何?」
「……いいえ~、そろそろ~最後になるかしらね~?」
……一瞬、今までに無く鋭い目つきをしたかに見えたカノンだったが、その次の瞬間にはいつも通りののほほんとした表情に戻っていた。
その変化にリーゼは気づいていたのかいないのかは定かでは無いが、最後の彼女の一言に従って、痛みを押さえつけるかのように”紫電の双剣”を、ティール達に向けて構える。
そしてエミリアも、前方で構えるティールの後方から、愛用の杖であるサンタマリアを敵である二人に向け、次なる魔法の詠唱に入ろうとしていた。

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