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―第三幕 月無き夜の花と影―



この日のお昼は、使うなと言われた衣装の代わりになる冒険用の服と、杖を買いに回っていた。
そして元々持ってきていた服は、下手に売ってしまえばそこから足がつく可能性もあると言って、カギ付きのトランクにつめて、家の奥に隠しておくことになった。
……それだけの行動を即座にとれるルディは、なんだか逃げるということに慣れているような印象を受けたけど……それは、クレセントだからというわけでは無いような気がする。
もっと、なにか根本的な……



「こんな時間からお仕事ですか?」
もう日も沈みかけるような時間帯、すでにルディは簡単な支度を済ませていて、ベルと共に出かける準備は万端のようだった。
……時計が5時を回る少し前辺りに、日が沈むまで寝ておけと言われて眠っていたけど、本当にこんな時間から外に出るなんて……
「日が沈んでからしか出来ない仕事もあるんだよ。 簡単だが夕飯用意してあるから、早く食っとけ」
それだけ言うと、スタスタと部屋から出て行ってしまうルディ。
……そういえばベッドルーム使わせてくれてるけれど、自分はどこで眠ってるんだろう?
「寝姿見られて気にならないの? おじょーさま」
「え?」
…………そういえば、男の方に寝顔を見られるような事って、これまで一度も無かったような……
うぅ、なんだか急に恥ずかしくなってきたような……
「顔赤いわよー? ま、私は見られても気にならないタイプだけどねー」
あははは、と笑いながら飛び去って行ってしまうベル。
なんだかものすごく負けたような気分だけど……それって、結局付き合いが長いから気にならないだけじゃないのかな。
なんて思ったりもしたけれど、ベルの場合は誰に対してもそうな気もしてくるから、難しいところだと思う。






「ルディさん、待ってくださいー」
産まれて始めての、町の外の世界。
雲ひとつない夜空だけど、今日は新月……月を見る事は出来無いけど、星明かりのおかげで視界は思っていたよりも明るい。
……それでも、黒っぽい衣装を身につけている二人の姿を捜すのは大変だから、できるだけ距離がひらかないように、必死に追いかけていた
「なぁ、気になってたんだが……」
「…はい?」
そんな中で、急に振り返り、呼びかけてくるルディ。
服も着替えたし、髪も切ったし……まだ、何か間違ったコトがあるのかな?
「敬語はいらないから、もっと気楽に話せよ」
「え、でも……」
それは確かに嬉しい言葉だったけれど、敬語で話すのは習慣のようなものだったし、いざそれをせずに話そうとするには抵抗が……いや、照れと言う迷いのようなものがあった。
「ま、無理ならいいけどな」
……たぶん、ものすごく困った顔をしていたんだろうと思う。
ルディは表情こそほとんど変えずにそう言ってくれたけれど、なんとなく、その時の自分の表情は察する事が出来た。
「え、えっと……ルディ、今日は、どこまで行く予定な…の………んですか?」
一応がんばってはみたけれど、やっぱり肝心なところで上手くいかない。
それでも、今は難しいかもしれないけれど、もう少しがんばってみようと思った。
……そのうち、きっと普通に話せるようになるだろうから。
「ミナル川まで、だな。 川辺に群生してる薬草を採りに行く」
「ミナル川……ですか。 こんな時間に行く理由はあるんですか?」
そのくらいなら、知識のない自分でも察する事はできる。
確かにクレセントは夜が得意だというけれど、ただそれだけなら昼間の方が安全だし、手元も明るくて集めたい植物を見分けやすいはず。
けれど、ルディはその問いには答えずに、”つけばわかる”とでも言うように笑っていた。
その顔は、何か取っておきのお話をしようとしている時に見せる無邪気な微笑みで、部屋でお話を聞かせてくれた時も、この顔を見せてくれた後には、とても楽しいお話が待っていたから……
今も、その時と同じように、期待で胸がドキドキと高鳴りはじめているのが分かった。
「単純ねぇ」
「それだけ自分に素直なんだろ。 わりと好きだぞ、そういうヤツは」
どこか呆れたように笑うベルと、楽しそうに笑顔を見せるルディ。
同じ笑い顔なのにそんな差があることが少し面白くて、自分もまた別の笑いがこみあげてくるような気分だった。
「さって、そろそろご開帳ってとこかな?」
それからまたしばらく歩き、ミナル川の付近まで差し掛かる。
こんなに長い時間歩いたのは初めてで、この辞典でもう歩けないと思うくらいに疲れていたけれど、その一言を聞いて、もう少し足を進めてみようと思う事が出来た。
きっと、この程度の距離を歩くことなんて、支援士にとっては何でもないことなんだ。
ルディ達が全く疲れた様子を見せていないのを見て、ふとそんな事を思う。
……そして、ちょっとだけこの先の事に不安を覚えつつも、視界を前へと向けたその時だった
「……わぁ……」
目に映ったのは、光。
ミナル川の川辺を埋めるように、無数の小さな光が草むらに浮かんでいる、見た事もない幻想的な光景だった。
「そういや、コレの話はまだしてなかったな」
ルディも同じ景色を眺めながら、微笑んでそう口にしている。
彼にとっては見慣れた光景なのかもしれないけど、きっと、これは見飽きることはないかもしれない。
月の落としもの(ルナドロップ)つってな、新月の夜にこうやって光る草だ。 雑草にまぎれている上にぱっと見ただの草にしか見えんから、月に一度しか採れないんだよ」
「すごい……」
世の中は、まだ本当に知らない事だらけなんだ、と心の底から感じて……歩きづめだった疲れも忘れて、機が付けばその草むらに向かって歩き出していた。
……しかし、直後に思い知る事になる。 きれいな花には、トゲがあるという事実を。
「おいまて! それ以上進むな!!」
後ろから、叫ぶような声が聞こえたけれど、その時にはもうルナドロップの草むらに足を踏み入れていた。
その瞬間は何のことかわからずに、その呼びかけの意味を聞くつもりで後ろに振り返ったけれど……
「……え?」
目に入ったのは、半透明の影が浮かび上がったかのような姿をした何か。
”それ”はカマのような形をした腕を振り上げ、こっちに向かってきている。
「くっそ…!」
「きゃぁ!?」
突然のコトに足がすくんで動けなくなっていたのを、ルディが半ば体当たりするかのような勢いで影の横をすりぬけ、そのまま突き飛ばすようにしてその攻撃から逃がしてくれた。
その直後に腕に痛みを感じ、そこへ目を向けてみると、わずかに身体を掠めていたのか血が出ている。
叫ぶほどの痛みは無いから、多分、表面が切れただけの浅い怪我だけど……もしルディが飛び込むのが遅れていたら……
「ベル! 頼む!!」
「あいさー」
いつのまにか周囲に群がるように”影”があつまっていて、ルディはそれらの気を引くように両腰に下げていた短剣を振り回し始める。
そんな彼の指示を受けたベルは、こっちの目の前まで飛んでくると呪文の詠唱を始めていた
「闇よ 深きより出でて万象を遮る壁となれ!! シャドウシェル!!」
その詠唱が終わると同時に現れるのは、ベルを中心にした半透明なドーム状の黒い壁。
ルディの方へ行かなかった一部の影がこっちに向かってきていたけれど、突然現れたそれにさえぎられ、その攻撃は届く気配も無い。
「ほら、足は無事なんだから走って!!」
「で、でもルディが……」
「大丈夫よ、あの程度で夜のアイツがやられるわけない」
そういわれて改めて目を向けて見ると……相手の目を引きつつも、文字通りに闇に溶けるようにして立ち回るルディの姿。
目立つような位置に現れたかと思ったら、次の瞬間には姿を消して死角に移動する……
クレセントが夜に強いというのは知っていたけど、まさか本当に姿を消せるような技があるというのには驚いた。
「『幻』の能力持ちってのが大きいわね。 夜だけとはいえ、あんな風に姿を消せるんだもん」
「……幻? じ、じゃああの姿が消える技って……」
「まぁ、クレセントでも珍しい技ね。 いくらクレセントでも、能力無しで完全に姿を消すなんて出来ないわよ。 それより足動かして」
こっちが移動するのに合わせて、ドーム状の壁の位置もずらしていくベル。
……本当に、足手まといにしかならないって思い知らされた気がした。
二人とも、これだけの力を持った優秀な支援士なのに……
「しっかし、今回はやけに数多いわね。 こりゃハズレ引いちゃったかも」
ある程度は鳴れたところで魔法を解いて、遠めに眺めながらそう口にするベル。
影たちはルナドロップのある場所からは出ようとしないのか、ここまでは追いかけてはこなかった。
「あ、あの……あれっていったい……」
「アレ? アレは『ホロウ』っていう闇の下位精霊よ。 日中は姿を見せないけど、夜になったらそのへんを徘徊するザコね」
「でも、あんなにいっぱい出るものなんですか…?」
近くでは分からなかったけれど、ここから見ればさっと見回しただけでも20体近くは群がっている。
習性とかそういうのはしらないけれど、こんなに集まるのは何か不自然な気も……
「アレは月の光を取り込んでエサにしてる魔物でね。 新月の日は、月と同質の光を放つあの草の光を取り込んでるのよ。 だから、集まってくる」
「そ、そんな……」
「あの草、クリエイターにしてみりゃ貴重な薬の材料らしいけど、ホロウがうっとーしいから採取依頼受ける支援士も少ないのよね。 その分実入りもいいけど……」
「そんなこより、ルディ助けないと!! ま、魔法で……」
「やめときなさい。 余計に刺激して、今度こそこっちまで来るわよ。 アンタ程度の力じゃ、特にね」
買ったばかりのシルバーロッドを構えようとしたけれど、呪文の詠唱を始める前に止められる。
……確かに、理魔法は闇に対して効果が薄いのは知っているし、初歩レベルじゃ通じないかもしれないけれど……
「じ、じゃあベルが……!」
「闇魔法も通用しにくいし、中途半端だと逆に力を与えかねないわ。 精霊系は、自分と同じ属性は吸収したりすることがあるからね」
「ま、任せるしかないんですか……?」
今の所ルディが攻撃を受けたような様子は無いけれど、きっと限界だってあるはず。
あの姿を消す技が能力からくるものだというなら、ウィッチの魔法と同じようにメンタルを消費するはずだから……
「アンタが先走るからでしょ? 準備が済んでからだったら、ここまでガチに戦う必要なかったのに」
「……うぅっ……」
……後に聞いた話だと、”精霊払い”というネクロマンサが使う術で、一時的にホロウとかの精霊系の魔物を近寄らせなくする魔法があるらしく、ルナドロップの採取にはそれがかかせない。
ただ一度戦闘状態に入ってしまったら、相手の闘争本能に術の効果が阻害され、あまり意味がないという。
「……ん、精霊払い……? 精神操作…………そうだ、一つ手があった」
「な、なんですか!?」
ふとベルが口にした言葉に、少し過剰に反応してしまう。
でも、この状況からルディを助けるための手段があるなら、はやくしないと……
……それにしても、さっき斬られたところを見ながら言ったのが気になるけど……
「ま、今のアンタにできることはこのくらいだしね」
ふふ、と妖しく笑いながらそう言って、ずっと目を向けていたこっちの腕の傷口に真っ直ぐに飛んでくるベル。
深く斬られたわけじゃないとはいえ、まだ少しだけ血が滲む程度に流れているみたいだけど……
「ちょ、ちょっとなにを……!?」
傷口には振れ無いように腕を掴んで、流れ出ている血を舐めとりはじめるベル。
……確かに、指先を切った時とか思わず自分でも口に入れるときとかあるけど、その行動はそんな応急処置的なものじゃなくて、まるで、その血を口にすることそのものが目的のように見えた。
「んく……ぁ……っくぅ……」
「…な、何……」
ある程度経ったトコロで口を傷口から離し、僅かに零れ落ちた血で自分の口元を紅く濡らすベル。
……けど、なんだか様子がおかしい。
苦しんでいる……のとは違う気もするけど、自分で自分を抱くみたいにしてうずくまり、息を荒げている。
「んっ……!!!」
「えっ…!!?」
それが、最後に大きく目を見開き、声にならないような声を上げたその瞬間……
紫色だった瞳の片方が紅く、まるで蛇かなにかのようなそれへと変わり、背にある羽が、大きく、強く揺らぎ、広がっていくのが目に入った。
何よりも、彼女が放つ魔力が、先ほどまでよりも数段強く生っているのを確かに感じる。
……まさか、血を取り込むことで、自分の力を上げる能力……?
「……フ…フフフ…アナタ、魔術師としての素質は大したものだわ。 ウィッチのレベルでこれだけ上質なメンタルを秘めてる血なんて、早々無いわよ」
「わ……私の…?」
「ま、自分で引き出せないなら単なる私の栄養剤止まりかしら。 ……ま、よーく見てなさい!!」
大きく広げた両手に、膨大なメンタルが収束されていくのが分かる。
人の血を少しとりこんだだけでこのレベル。
もし、これがマージナルやネクロマンサとかの血だったら、いったいどれだけの力を使えるというのだろう。
「虚ろなる実に支えられし汝、我、魔王アグレシアの名の元に仮初の契約を求む――」
そのままその場を動かず、真っ直ぐにホロウの集まる草むらに掌を向けるベル。
その先には、いまだホロウの気を引きつつ、戦いを続けるルディの姿が……
「ちょ、ちょっとベル! ルディまで巻きこむ気じゃ……!?」
「いいから見てなさい! ――従え、我に!! サーヴァントテイカー!!」
……その直後、ルナドロップの草むら全体に、悪魔の翼を添えた黒い逆十字の紋章が浮かび上がり、直後にその十字の中央から、黒い光が大きく広がっていった。


――数秒後、ルディが光の収まった草むらの中央部から、何事も無かったかのようにこっちに向かってきた。
ベルの瞳は、まだ左側だけが紅い悪魔の瞳に変化したままだ。
……いや、確か以前”力が弱ってるからこんな姿を取ってる”なんて言っていたから、多分、こっちが本来の姿の瞳なんだろうけど……
「血、吸ったのか?」
「まーね。 流れたまんまほっとくのももったいないし、丁度よかったじゃない」
ルディはルディで、本当に何もなかったような顔をしてベルに話しかけていた。
あんな魔法の中心に立っていたのに、一つの傷もないなんて……まぁ、さっきの魔法がなんなのかも知らないんだけど……
「……あれ?」
ふと草むらの方へと目を向けて見ると、そこにいたホロウ達全てがその場で制止していて、ピクリとも動こうとしないという光景が目に入った。
「サーヴァントテイカー。 ネクロマンサの高等魔術で、ホロウみたいな下級精霊の意思を奪い、一時的に従える魔法よ。 ……こんな風にね。 ”命ず、我が眼前より立ち去れ!!”」
ついさっきまで襲いかかってきていたような相手が、こっちの命令なんて聞くはずがない……
そう思っていたけれど、現実の出来事は、そんな予想なんて簡単に裏切ってくれた。
ホロウ達はベルの言葉に従って、次々とその場から消え去って行く。
後に残ったのは、変わらずに穏やかな光を放つルナドロップと他の草達だけ……
「…あ、戻った……」
そして、丁度全てのホロウが姿を消したところで、ベルの瞳が元の紫色に戻り、羽の大きさも小さく収まっていった。
「ま、上質なモノを持ってても、ウィッチはウィッチか。あの魔法使えば切れて当然だわね」
……話によると、さっきの魔法で操ることの出来るのは精霊や亡霊、召喚された悪魔とかの精神的な存在に対してのみで、人間や普通の動物……悪魔でも、ベルのように自己の肉体を持ち、この世に存在が確立されている相手には通用しないらしい。
ついでに言えば、相手の精神力が使い手のメンタルに勝っていても通用しないみたいだけど……
「……私が強ければ、もっと大きな魔法も使えたんですか?」
「んー……人間の血じゃ使えるレベルもしれてるけど……使える力が、その血の主のレベルに比例するのは確かね」
「…………」
「ま、さっきも言ったけど、メンタルの”質”では才能あるわよ? 足手まといなだけじゃなくてよかったわね」
どこかイヤミっぽい笑みを浮かべてそう口にするベル。
……それでも、才能はあるという言葉にはなんとなく光明が見えたような気がした。
魔法を訓練して、もっと大きな魔法を使えるようになれば、きっと力になれる……そう思えたから。
「ベル、講釈はその辺にしてさっさと結界かけてくれ。 連中に戻ってこられると困る」
「はーい」
荷物の中から何かを取り出しながら、ルディはベルに指示をしていた。
……最初に言っていた精霊払いの術だろう、ベルはルディから受け取った小袋から、なにか粉のようなものを周囲に撒くと、呪文の詠唱を始める。
「お前は手当てだ、腕出せ」
その間に、さっき取り出していたらしい包帯や傷薬などを持って、そう促してきた。
とはいっても表面が少し切れただけのような傷だし、血はもう止まりかけているし、それほど痛みも感じ無いから、そんなに大げさにしなくてもいいように思うけど……
「……怪我から病気になることもある。 特にフィールドは街ほど清潔に保たれてるわけがないからな、多少消毒しといて間違いは無い」
……またも、考えていた事は見切られていたのかもしれない。
ルディは表情も変えずに包帯を撒いてくれていたけれど、それはなんとなく察してしまった。
「特にお前は清潔にされた部屋の中で暮らしてきたんだ、病気に対する免疫とか弱そうだしな」
「……ごめんなさい、冒険って、怪我なんて当たり前と思ってましたから……この程度で、弱音なんか言えないなと……」
「たとえ当たり前でも、放置していいモノじゃないだろう。 ……よし、まぁこんなもんだな」
最後に包帯を結んで緩まないように固定すると、ぽん、と軽く叩いて微笑むルディ。
このくらいの応急処置なら、きっと馴れたものなんだろうけど……なんとなく、改めてとても頼りがいのある存在に見えてきていた。
「――――――……ふぅ……ルディ、おわったよ。 2時間くらいは大丈夫だと思う」
「ごくろうさん。 そんじゃ、さっさとやることやるとするか!」
ベルの呼びかけに立ち上がり、再びルナドロップの草むらに向かっていくルディ。
今はベルの栄養剤とか、その程度にしか役に立たないかも知れ無いけど……いつか、本当の意味で二人の力になれたらなと思う。
……ただ、自分自身では何も出来なかったのが、悔しかった。
「どうした、手伝えよ」
「あ……はい!」
今はただ、がんばるだけ。
何をがんばっていいのかもわからないけど、がんばるしか道がないんだ。
……セレスタイトという家は捨てたのだから、一人の支援士としての道は……それだけだから。