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第四幕  小さく大きな一人旅




河川の町、ミナル。
数ある町の中でも特に水がきれいで、北部の町でも、遠く離れたこの町から水を取り寄せる人がいると耳にしたことがある。
家にいたときも普段の飲み水から料理に使う水までこの町のものを使っていると聞いたことがあるから、それだけ”水”に関しては信頼されている町なんだろうと思う。
……ルナドロップを採取した後、買い手がいるというこの町にそのまま向かうといって、たどり着いたのは夜も明けようかという時間だった。
いくら出る前に仮眠を取っていたとはいえ、一晩寝ずの行動には耐え切れず、宿に着くと同時に眠ってしまっていた。
ルディとベルはまだ余裕があるようにも見えていたけれど、疲労と眠気で限界に来ていた頭では、なんとなくそう察する程度にとどまっていた気がする。
「これがこの町の地図で、今いる宿はここだ」
そして目が覚めたのは、お昼を回った後だった。
今は、先に目を覚ましていたらしい二人から、早速とばかりに地図と荷物を渡されて、簡単にこの町の説明を受けている。
……昨夜とって来たルなドロップを、一人でとあるクリエイターの工房に持っていってほしいということだった。
これは支援氏の仕事としてかんがえればEクラスのもので、そのくらいから少しづつ慣らしていこうと考えているみたいだけど……
「この程度のお使いもろくにできないんじゃ、この先思いやられるからね。 せいぜいがんばりなさい」
いつもどおりだけど、少し挑発的なことを言ってくるベル。
いくらなんでも、そのくらいのことはできないことはないとおもうけど、そんな言われ方すると少しムッとなる。
……とはいえ、この場で言い返しても仕方ないだろうし、ちゃんと仕事を終わらせることで、十分それに代えられると思う。
「まぁ日が出てる間に帰ってくりゃいいよ。 町の構造やらも覚えといたほうがいいし、寄り道してもかまわんから。 あと、道に迷ったら人に聞け」
「はい、わかりました」
仲間内の作業の分担みたいな形になるから、このお使いそのものに対しての報酬らしいものはなし。
それでも、モノを届けるというのはお仕事の中でも基本中の基本で……しかも、ここからならひとつの町から出る必要がない。
そのくらいならこなせないと、確かにこの先支援士として生きていくなんてできるはずもない気がする……
「それでは、行ってまいります」
受け取った荷物を持って、宿の扉をくぐる。
……これが、支援士としての第一歩なのだから。





「…え~と、この角がここだから、あっちの方に行けば……」
宿を出て少したって、地図とにらめっこしながら曲がり角の一つ一つを進んでいく。
本当は町を回るための小船も出ているらしいから、それを使えば早いのかもしれないけど……なんとなく、自分の足で歩いてみたいと思っていた。
でも、地図の上で見ると近くに見える道も、実際に歩くと複雑で遠く感じてしまう。
それでも、一人で外を出歩くということが楽しくて、自然と足取りも軽くなっていた。
「……うーん…………………………あれー……?」
……けれど、それと現実とは無関係だとでも言われているかのように、気がつけば完全に道を見失っていた。
地図を見ながらここまで来たはずなんだけど、いつのまにか地図の上の自分の位置もわからなくなっている。
今まで、自分ひとりだけで地図を使って外を歩くことなんてなかったから……
「……あ、人がいる……」
とにかく何か目印になるものを探そうと周りを見回したその時、黒っぽい服に白い上着を羽織った男の人が目に入った。
散歩しているだけのようにも見えるけど、この辺とか詳しい人なのかな……?
―迷ったら人に聞け―
宿を出る前に、ルディに言われた一言。
確かに、このまま一人で迷っているよりは、そうした方がいいかもしれない。
「……よし。 あ、あの! すみません!!」
「ん?」
意を決して呼びかけると、その男の人は表情も変えずにこっちへと顔を向けてくれた。
……よくよく思い返してみれば、世の中いい人ばかりじゃない、なんて少し前に言われたことも思い出したけど、だからといって他人を警戒しすぎても仕方ない……よね?
「み、道を聞いてもよろしいですか……?」
思い切って地図を差し出しながら、たずねてみる。
目的地の場所には印もつけているし、この町に詳しい人ならわかってくれると思うけど……
「ああ、ここなら知り合いのとこだ。 案内しようか?」
少し眺めると、これといって表情も変えずにそう答えてくれた。
迷ったような様子もないし、きっとこの町に詳しい人なんだと思う。
……前のルディの忠告の言葉がどうしても耳から離れなかったけど、今はほかに頼れそうな人もいないし、とりあえずそこまで連れて行ってもらうことにした。
道に迷ったら人に聞け、とは言われたけど……むずかしいなぁ、人と関わるって……




結局、案内される間ずっと悩んでいたけど、それはやっぱりただの取り越し苦労だった。
途中で会話がないことになんとなく気まずくなって名前を聞いたら、ディンさんと名乗ってくれたけど……どうやら、あんまり自分からは喋らない人みたい。
けれど、歩く速さはこっちの足にあわせてくれていたりして、気にかけてくれているのがよくわかる。
おかげで、目的のクリエイターさんのお店に着くまで、安心して歩くことができた。
……いい人って、多分こういう人のことを言うんだろうな。
「あの、ごめんくださーい」
ディンさんが入った後に、お店の奥に向けて声をかける。
見たところ、入り口から見ることのできるフロアには誰もいないようだけど……
「ん、お客さんかの?」
少し待っていると、奥のほうからシンプルなワンピースを身につけた、青紫色の長い髪の女の人が現れた。
なんだか耳慣れない言葉使いだけど、この人がそのクリエイターさんなのかな。
……服装はどこにでもありそうな普段着っぽいものだし、ジョブがなんなのかの見分けがつけられない。
「え、えっと……あなたが、レイスさんですか?」
ルディからもらったメモによると、ここのクリエイターさんの名前は『レイス』さんというらしいことは書いていた。
案内してくれたディンさんは、自分とは知り合いと言っていたけど……
「ああ違う違う、私はエミリア。 残念じゃが、レイスはもう少し手が離せんといっておったぞ」
「そ、そうなんですか……」
「まぁあと10分ほどで結晶も安定すると言っておったし、そのくらいなら待てるじゃろ。 とりあえず座れ」
エミリアさんはテーブルに手をかけて、そう言ってくれた。
ディンさんも、いつの間にかそのテーブルについているし、エミリアさんもそれに続いて座ろうとしている。
ここは、素直に座ったほうがよさそうだけど……
「…………エミリア?」
ふと、その名前に何かが思い当たった。
……でも、最近の記憶じゃない。 ずっと前に、家の中で耳にした名前……
「……っ! もしかして、エルクリオ商会の娘さん!!?」
「っ!?」
そうだ、エミリア・エルクリオ。
確かきれいな青紫色の髪をしていて、ちょっと変わった口調の女性だって聞いたことがある。
……エルクリオ商会といえば、南北の物資の取引の仲介人を主にしている商家で、いろんなところといろんなモノを取引しているから、貴族階級じゃないけど貴族間やいろんな商人の家に対して顔が広くて、強い影響力を持つ家だって……
「……お主、もしや貴族か商人の出か?」
「……え……? な、なんでですか……?」
ドキリとした。
……今の会話の中に、何か気づかれるような要素でもあったのかな。
思い返してみるけれど、これといって思い当たるような言葉はない。
もしかして、こっちがエミリアさんの容姿について知っていたみたいに、エミリアさんも……?
「いや、”商家の娘”として私を扱ってくるのはそのどちらかくらいじゃからな。 支援士の間では、私とディンは”伝説の探求者(レアハンター)”として見られておるし」
「……え、えっと……」
つまり、”エルクリオ商会の娘さん”という認識そのものが、そもそもの間違いということ?
……ルディも、まさかこんなところでこんな人に会うなんて想定してなかったみたいだと思うけど……そんなこと教えてくれなかったから、わからなかった。
それとも、ルディも支援士だから彼女の”商家の娘さん”という肩書きを知らなかったのかな?
「エルクリオの事は、普通の家に知られてないわけでもないだろ。 たまたまそっちの方を知ってただけじゃないのか?」
「あ……はいっ、そうですよ!! わ、私最近支援士になったばかりで、その、支援士としてのエミリアさん達のことも耳にしたことなくて……」
なんだか失礼なこと言ってしまったような気がするけれど、ディンさんの言葉に乗っかって、必死に弁解する。
エミリアさんの言葉は間違ってはいない……間違ってはいないけど、気づかれてはいけないこと。
……それにしたって、この人鋭い……
「……ふむ、まぁ確かにそういうこともあるかの」
「は、はい……みたいですね……」
「ただ、家の事は北部にいる兄さんが継ぐことになっておるし、支援士として活動している以上、家に迷惑もかけたくないし、頼る気も無いし……”エルクリオ”というファミリーネームは変えることのできない事実じゃが、私には、エミリアという名前があるのでな。 できれば”エルクリオの娘”みたいな呼び方はやめてくれぬか?」
「あ……はい」
同じ…なのかな……?
家の事にかかわるのが嫌になって支援士になったんだとすればこっちと理由は近いかもしれないけれど……エミリアさんの場合は、なんとなくそれとは違う気がする。
多分だけど、家のすることが嫌なわけじゃなくて……単に、支援士として活動したかったからしてる……
今の言葉から受けた印象は、そんな感じだった。
「……ふ~、あとは放置してても大丈夫そうね。 エミィごめんねー、お客さんまだいるかしら?」
……と、丁度そんなタイミングで、おくの部屋からまた別の女性が現れた。
着ている服は真っ白な上着だけど、ディンさんが着てるのとは違って、機能性がありそうな簡素なもの。
確か、白衣とか呼ばれてる衣装だったと思うけど……いかにもお薬を作ってます、といった風に感じられる。
間違いない、製薬系クリエイターのレイスさんだ。
「あ、あの……ルナドロップを引き取っていただけると聞いたので……」
早速、持ってきた袋を差し出して話しかけてみる。
それに対して、一瞬きょとんとした表情を見せたレイスさんだったけど、その次の瞬間にはにこりと笑ってその袋を受け取ってくれた。
……かと思いきや、それをそのままテーブルの上において、近くにあった棚から薬のようなものを取り出してくる。
「なんですか? それ」
「ん? そうね、コレが本物かどうか見分けるための薬品かしら」
「……本物って……あの、それは確かにルナドロップですよ?」
そうだ。 自分で夜に光る草を、この目で見て採ってきたのだから間違うはずが無い。
それを本物とかニセモノって……
「……ふむ。 まぁお主の気持ちはわからないでもないが、中にはよく似た雑草をルナドロップと言い張って持ってくる連中もいるということじゃよ」
「そ、そうなんですか……?」
「まぁ、私としてもせっかく持ってきてくれたのを疑うとかしたくはないんだけどね。 エミィの言うとおり、そういうのがいる以上確認は必要なのよ」
あははは、と笑いながらそう言って、袋の中から5枚ほど葉っぱを取り出し、ビーカーの中に放り込むレイスさん。
その後に、さっき棚から取り出した薬品を注ぎ込むと……それに浸かった葉が、あの夜の時と同じように光り始めた。
レイスさんはそれを見て一度うなづいたかと思うと、また一枚をとりだして薬の中へ。
それも同じように光り始め、しばらく眺めていると……ゆっくりと、6枚すべての葉っぱから輝きは消えていった。
「ん、てきとーに選んで全部本物なら、大丈夫かな」
そしてそう口にすると薬をまた別の容器に捨てて、その反応に使っていた葉っぱは近くにあったゴミ箱に。
……とりあえず本物だってわかってもらえたのはよかったけど、ひとつ疑問が残る。
「……あの、その薬で本物がわかるのでしたら、新月の日じゃなくても採れるんじゃないですか…?」
反応する薬を使えるなら、それを使えばわざわざあんな中に飛び込む必要を感じないけれど……
「うーん、それができたら確かに苦労しないんだけどね。 さっきの量で反応が確認できるのは10枚前後だし、あの薬使っちゃうと葉っぱのほうも使い物にならなくなるのよ」
「それじゃあ……」
「世の中そんなにうまくいかないってこと。 まぁ、とりあえずお代払うからまっててね」
もう一度にこりと笑うと、ルナドロップの詰まった袋を持って奥の部屋へと戻っていく。
……クリエイターさんも、葉っぱとかの材料集めるの大変なんだな……
「難しいものじゃよ、何事もな」
そんな様子を見ながら、どこか楽しそうに微笑むエミリアさん。
……きっとこの人くらいになると、冒険することを心の底から楽しんでいるんだろうな。
「それじゃ、お金がこれだけと、あと回復剤もつけたげる」
「あ、ありがとうございます」
実際にどのくらいの金額で売れるものなのかはわからないけど、また奥から出てきたレイスさんの手からお金とお薬の入った袋を受け取った。
少し中を覗いてみると、ルナドロップの光とよく似た色の液体が、小瓶の中に入っていた。
……もしかして、これがルナドロップを材料にした回復剤?
今作ったってわけでもなさそうだし、作りおきとかもあったのかな。
「ルディ君にもよろしくいっといてね。 お互いにお得意様なわけだし」
「あ、はい。 わかりました」
とりあえず頭を下げて出て行こうとしたところで、そう呼びかけられた。
お得意様ってことは、ルディとこの人も付き合いが長いってことになるのかな。
……って、あれ?
「私、ルディのお使いって言ってましたっけ?」
もちろん、レイスさんとは初代面で、ルディのことは一度も話していない。
まったく情報もないはずなのに、なんでわかったんだろう。
「ん? …………まぁ、この草持ってくる人ってけっこう少ないからねぇ。 多分そうじゃないかなーって」
なぜかちらりと窓の外へと目を向けていたのが目に入った。
……つられるようにして同じ窓から外を覗いてみるけれど、その向こうにはあたりまえの町並みが広がっているだけで、なにか変わったものが見えることはなかった。






「ただいまー」
「おう、帰ったか。 調子はどうだった」
「なんか、エルクリオの娘さんってのがいて、正体ばれかけてたわよ。 ……まぁ、貴族か商人かってだけだけど……」
「……エルクリオ家のエミリアか。 あそこの娘がレアハンターってのは聞いたことがあったが……レイスの知り合いだったのか」
「ま、でも大丈夫そうだったわよ。 ……あ、そういえば私が窓から覗いてたの、レイスにはばれてたみたい」
「本人に気づかれなきゃいい」
「ま、そうなんだけどねー。 ……でさ、アンタこの先どうするつもり? アイツをつれて歩いてる理由、私にはわかってるんだから」
「…………そうだな。 こうなった以上、俺の未来もアイツの選択に従うつもりだよ」
「ま、どっちにしたって一緒に生きてくことに変わりはないだろーけどね。 私も含めて」
「そーだな。 けど、アイツには考えさせる時間が必要だ。 当分は、現状維持ってところだな」