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教会では、多くの少年少女が物事を学ぶ為の施設が用意されている。
その実情はと言えば、教会関係者……つまりはセントロザリオとアリスキュアの教育を主として、他には貴族の令嬢が花嫁修行として教会で物事を学ぶ事も多い。
勿論、この学び家を出たからといって必ずしも教会関係のジョブになることはなく、在籍中には通常の学問的なことだけを学び、聖術について学んでいない場合は、そのまま無関係のジョブになるのが普通である。




……その学び家に在籍する子ども達は、基本として貴族クラスと一般クラスに分類され、それぞれの教室も宿舎も別に用意されている。
元々、区別なく扱っていた時代もあるにはあったのだが、生徒の間で格差を傘に着て、いわゆる孤児達をさげすむような風潮が問題となってからは、今のようなクラスわけがされるようになったという。



それからというもの、格差によるいじめは少なくとも表面的にはみられなくはなったが……そういった種は、いかなる手段を講じても、一つくらいは混じってしまうものである。






「エルナ、いいかしら」
コンコン、と戸を叩く音と、一人の女性の声。
いつものごとく、教会に用意されている自室で過ごしていたエルナの表情に、笑顔が灯った。
「シア?」
「ええ、久しぶりです」
早速とばかりに部屋の前にいた親友を招き入れ、適当なところに座らせる。
出すお茶は例によってインスタントのものだが、今更そんなことを気にするような仲でもない。
シアはなにも言わずにティーカップをうけとり、エルナが座るのを待ってから口をつける。
「いつ帰ってきたの? 連絡くれたら迎えに出たのに」
「さっき着いたところですよ。部屋に荷物おいてその足で」
シア・スノーフレーク。
エルナの親友にして、教会において強い影響力を持つ吟遊詩人の一人。
しかしそれを傘に着ることなく、常に謙虚に、慈愛に満ちた態度を崩すことのない、カーディアルトの見本のような女性として知られている。
……やや『妹』に対しては、特に甘いような印象を持たれているのはいなめないが……
「ふふ、ユキの様子が気になるのかしら?」
それを受けて、エルナはそう口にする。
かつてシアの連れであったユキは、数ヵ月前に正式に教会に入り、現在では一人のアリスキュアとして教会の授業を受けている。
そして、その担任はエルナが担当しており……
「そう思いますか?」
彼女の様子を聞きたいなら、エルナに訪ねるのが最も手っ取り早いのだ。
シアはどこか楽しげな笑顔を見せて、エルナの問いに答えていた。
「まったく、そんな顔してる分には、シスターどうこう以前にただの母親よねぇ……」
「……せめて姉と言って欲しいです」
そう言いながら、苦笑するシア。
確かに、23の身で10歳の子持と言うのは色々と複雑な気分なのかもしれない。
「あはははは、でもそうとしか見えないからねぇ。それに、アリスの時でもシアってクラスメイトから『お母さん』ってあだ名つけられてなかった?」
「それは……」
まあ、事実である。
幼い頃から、母を思わせるような深い包容力を持っていたのは、教会の身内には有名な話だった。
……クラスメイトに限定されていたが、当時の彼女たちの担任よりも相談される機会が多かった、という話は、真実かどうかは定かではない。
「まあ、冗談はさておき」
「……はあ、頼られるのは嬉しいんですけどね……」
とりあえず、年齢としてのイメージは気になるらしかった。
普段、歳より幼く見られるのは嫌だと言っているのだが、難しいところである。
「ユキはよくやってるわ。あなたの育てかたがよかったのか、歳にしては気配りもできるし、素直でいい子だから他の教員にも気に入られてるし」
「そうですか、よかった……」
「おまけに成績優秀。記憶力がある上に自分でも本読むから、教えたことは砂に水放り込んだみたいに吸収するし、あれじゃ逆に教え甲斐がないわ」
「あはは……」
……本人に自覚はないが、エルナが口にした評価の下地には、教会入りする以前にシアが教えていた勉強が多くを占めていた。
要するに、教会に入った時点で基礎はある程度固まっていたのである。
加えて言えば、この段階ではまだ教えていないはずの聖術の一部も使えるのは、教会の中ではこの二人とリスティだけが知るところではあるが……
「要するに、ユキ本人にはなんの問題もないわ。あのままいけば、あなた同様理想的なカーディアルトになるでしょうね」
「……私はそこまでできた人間だとは思っていないのですが……」
「シアができた人間じゃないっていうなら、他の誰がそうだっていうのよ……」
たとえ、それを口にした本人にその気はなくとも。謙遜も度が過ぎればいやみにしか聞こえないものである。
心がけそのものは殊勝なものではあるが、シアの場合も、どちらかといえばエルナの言葉どおりにそちらに属しているのだろう。
「で、それはそれとして……課題があるとすればやっぱり”声”だけど、そっちに関してはあの文字盤や紙とペンがあれば意思の疎通はできるし、ユキのクラスは手話の授業も少し重点的にしてるから、時間がたてばそっちで会話もできるようになるでしょ」
「そうですね。 この先もお願いします、エルナ」
「もちろん責任は果たすつもりよ」
にこりと微笑むシアと、その言葉に答えるエルナ。
しかし、エルナのその瞬間の表情は、何か気がかりでもあるのか、少しいつもの調子からは外れている。
……仮にも、親友を名乗る間柄であるシアがその変化に気付かないはずもなく、その次の瞬間には彼女も表情を少し変えていた。
「……まあ、現状問題があるのは確かよ」
そんな変化を目にし、その”問題”のことについて語り始めるエルナ。
余計な心配はかけまいとしていたが、やはり目の前の親友に対しては隠しきれる自信はなかったのだろう。
「言葉で話すより見た方がわかりやすいわね。 教室まで来てくれる?」