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―3―




教会の授業も、何も教室の中だけで行われるような事はない。
時には敷地の外に出て、課外学習という形で社会勉強をさせるのも一つの学習の形である。
この日のエルナのクラスは、他のクラスの子達も交えて、街の清掃ということで総出で箒やごみぶくろを携えて、ボランティア活動に踏み出していた。
「先生達の目の届かないところまで行ってはいけませんよ」
とはいえ、流石に屋外で子ども達全員を見るのは担当の教員だけでは足らず、他のところからも数名かりだされていたりするのだが。


「ねー、ふくろもって来てー」
ぶんぶんと手をふり、細かいゴミのかたまったちりとり片手に手近な誰かをよぶリコの姿。
それに気が付いたユキは、手元にあったごみぶくろを拡げ、そちらへと足早に駆けていく。
「シア先生って、優しくていい先生だねー。ゆきちゃんって、先生といっしょにいろんなところに行ったことあるんだよね?」
ガサガサとひろげたふくろの中にちりとりの中身を放り込みながら、そう尋ねる。
それに対してユキは少し嬉しそうに微笑むと、こくりといちど首を縦に動かした。
「いいなぁ、私もあんな人といろんなところ行ってみたいなぁ……きっと、すっごく楽しいだろうな」
うっとりとどこか遠くを見つめながら、まだ見ぬ世界と尊敬できる人との旅に思いをはせるリコ。
ユキは特に何かを訴えかけるような様子もなく、ただ微笑んでその様子を見つめている。……シアとの旅路の楽しさは、自分が一番よくわかっているから。
「ねえ、今度旅のお話してくれない? 私いくらでもつきあっちゃうよ」
ニコニコと楽しそうに喋るその姿は、ユキにとっては教会で過ごす中で大きな支えになっていた。
……こうして声がないという自分に分け隔てなく接してくれる相手はそう多くはなく、誰もが対等のようでどこか気を使っているのはわかっていたから……
「ホント、アレンに爪の垢でも飲ませてみたいわ」
などと思いふけっていると、リコはそんなことを言ってあははは、と笑っていた。
……爪の垢を飲ませるという言葉は、十六夜で“~を見習わせたい”という意味で使われている嫌味の言葉なのだが、どこでそんな言葉を覚えてきたのか疑問である。
ちなみに、ユキは元々は十六夜の生まれであり、意味くらいは分かっていたのか、その顔は苦笑いに変わっていた。
「……俺がなんだって?」
その時、二人にとって聞き慣れた少年の声が耳にはいりこんできた。
ユキは特に表情を変えることなく、そしてリコは露骨に嫌そうな顔を浮かべてその声がした方へと目を向ける。
「アレン!? あんたエルナ先生の班でしょ、なんでシア先生の班にいるのよ!!」
「ばーか、俺達も今ここについただけだよ」
どこか呆れたような目でアレンはそう答え、周囲を見渡してみると、すぐ近くにエルナの姿が確かにあった。
……どうやら複数の班の合流地点に差し掛かっていたらしく、シアとエルナの班以外にも別のグループがいっしょにいるようだった。
「つーか、お前なんでこんな時までそのカバン持ってきてんだよ。邪魔だろーが」
ごみぶくろを片手に持ちつつも、決して落とす事なく持ち続けている白い小型のアタッシュケース。
これまでも器用に掃除をしていたが、確かに周囲の目には確かに若干気になる要素ではあった。
もっとも、肩掛け用のベルトを取り付けて肩から下げているので、両手は普通に使える状態ではあるのだが……
「……そういや、お前そのカバンの中何入れてんだ? 開けたとこ見たことないような……」
「あ、確かにそれはちょっと気になるかも……」
普段教室に持ち混んでいる筆記具や教科書も、背負って持ち歩いているタマゴ型のリュックサックから出していて、このケースから何かを取り出したような光景は今まで一度も無かった。
珍しく意見の一致したアレンとリコの二人の視線を受けて、少し困ったような顔を見せるユキだったが、”ヒミツ”とでも言うかのように人差し指を口の前で立てて答えている。
「んだよ、みせられねーような変なもんでも入ってんのか?」
それについてくるその一言にも、ただどうしよう、とでも言うような表情を見せるだけで、質問そのものに答える気は無いようだった。
とはいえ、子どもの興味とはどこまいっても尽きないものでもある。
食い下がらないアレンと、頑なに見せようとしないユキの攻防は人ごみの中で地味に続いていたが……
「あ」
どん、となにやら血走った目をした男性にアレンがぶつかり、ひとまずそのおいかけっこは中断された。






「すいませんケルトさん、お忙しい中……」
「いえ、僕も子どもは好きですし、こういった活動も楽しいですからね。調度いい息抜きになりますよ」
……一方、互いに引率するグループが合流したついでに言葉を交わす二人。
互いに似たような性格で親しい関係でもあり、一時期関係が噂されていたりもしたのだが……
「……ところで、エルナがご迷惑かけていませんか?」
キョロキョロと一度周囲を見回すと、ケルトにだけに聞こえるように小声で語りかけるシア。
……シアは、ヴァイとリスティが関係を持つようになってからは、エルナがその標的をケルトに向けていることは察していた。
それを止めるような真似はするつもりはないのだが、それが迷惑な状態になっているのなら注意くらいはするつもりである。
「ははは、大丈夫ですよ。 ……彼女、ヴァイのことを好いていたようですが、リスティさんの事で身を引いたようですから……その捌け口、と言えば言葉は悪いかもしれませんが、僕にあたることで紛れるのなら、構いませんよ」
「は、はあ……」
捌け口でもなんでもなく、本気で狙われていることに気付いているのかいないのか、爽やかに笑顔を見せるケルト。
……まあそんな状況と、シアにレンジャーナイトの彼氏がいるという話も加わって、その疑惑はものの見事に霧散していたのだが。
「ケルトぉ、私というものがありながらなんでシアなんかと話してるの~?」
「……と、まあこんな調子ですね」
「あははは……エルナ、子ども達の前ですから……」
うるうるとわざとらしく目を濡らしながら、ケルトに張り付くように現れるエルナ。
右手に目薬を持っているのが丸見えである。まあ、隠す気もないのも丸分かりなのだが。
と、そんな時、シアの視界に見慣れた白い毛をした狼が入ってきた。
「銀牙っ! ついてきていたの!?」
驚くシアにトコトコと歩みより、顔をすりよせる銀牙。盛大に尻尾をふってよろこぶその様は、狼と言うより巨大な犬である。
「シア、この子もあなたが帰ってきて喜んでるのよ。できるだけ近くにいたいんじゃないかしら?」
「シアさんが出た後に、エルナさんにくっついて出てきたようですね」
「だって、こんなでかいなりしてるのに子犬みたいな目で訴えてくるのよ。……おかげで連れ出す手続きする手間増えたじゃない」
そんな一人と一匹の後ろで、笑って答えるケルトと、ぶつくさといいながらこれまたわざとらしい不機嫌そうな顔を見せるエルナ。
――ユキが教会入りしてからは、彼女の連れでもある銀牙は普段は教会の孤児院の一角に建てられた小屋で過ごしている。
理由としては人間を襲うような凶暴性も確認できず、子ども達にとってもいい遊び相手になっているというものがあり、現にこれまで一度も彼が理由で事故が起こったこともない。
今では過去シアとユキを旅路から守り続けた功績から、教会からは正式に『聖者の守護獣(フォルセイガ)』という称号とともに所属を認められ、特別に作られた首輪には十字架の紋章が刻まれている。
当然、世間的に魔物と呼ばれているような存在が教会に属すのは前例のないことではあるが、いっそ認めてしまった方が何かと扱いやすいとでも考えられたのだろうか?
……それについては、誰も知らない。
「……まぁ、たしかにそろそろ街でもこの子の存在は知られているとは思うけど……」
一般人の感覚から見れば、やはり魔物は魔物である。
孤児院を訪れて彼の様子を見た事がある者ならともかく、話だけ聞いて実際に見ていない者には不安の方が大きいだろう。
過去シアがユキと共に彼を連れていた時期も教会から外までの間を歩く事は多くあったのだが、それで周囲不安が払拭されていたかといえば否定されるかもしれない。
「でも来てしまったものはしかたない、か……銀牙、私達から離れないようにしてね」
頭をかるく撫でながら、そう言い聞かせるシア。
それに対して銀牙は、分かった、とでも言うように一度吠える。
「よし、いい子ね。 ……ごめんなさいエルナ、手間をかけちゃいましたね。 ケルトさんも……」
「ううん、このくらいなら別になんてことないわよ」
「いえ、確かについてきていたことには驚きましたが、彼が人に危害を加えない事は分かっていますから」
「それにアナタとユキと銀牙で、3人そろっている方がやっぱり自然に見えるわ」
あははは、と揃ってシアにわらってみせる二人。
純粋に状況を楽しんでいる笑いなのか、単にシアに気を使わせないための笑いなのかはわからないものの、それでシア自身が感じている責任のような感情は、確かに少し和らいでいた。
「…さて、そろそろ移動を……」
「ケルト神父!! 大変です!!!」
それから数分経過して、それぞれ再び別の地点に動こうかという時間。
清掃の開始からこれまでと、ここから先のそれぞれのルートの再確認を終えたところで、大通りの方から一人の若いクリシュテが息をきらせて走ってきた。
「どうしたのですか?」
「は、はい……先程南市街で強盗事件が起きたのですが、ナイトとクリシュテの部隊が現場に踏み込んだところで犯人は逃走、三人のうち二人は捕らえましたが、主犯と思われる一人は未だ逃走中で……」
「あらら……この街で白昼堂々強盗なんてよくやるわね。 しかもグループなんて目立つだけなのに……どれだけ切羽詰ってたのかしら」
「エルナ、そんな楽観的な状況では……」
「わかってるわよ」
「……それで、その一人はどこに?」
「詳細は不明ですが、この付近に逃げ込んだという報告がありましたので、課外授業中の教員と生徒達に警戒を…と」
「せ、せん……せんせーー!!」
クリシュテの説明に割り込むように、一人の生徒の叫び声が響き、その次の瞬間には泣きそうな顔をしたリコと、一歩遅れて不安気な表情のユキが三人の元へと飛び込んできた。
……耳をすませてみれば、他の生徒達や通行人もどこかどよめいていて、明らかになにか異常事態が起こっているのがうかがえる。
――まさか、と一瞬そろって顔を合わせ、二人が走ってきた方へと目を向けると――
「ナイトも教会連中もどけぇっ!! コイツを殺してもいいのかぁっ!!?」
そこには、狂った猛獣のように吠える大柄な男と、その腕にわしづかみにされた少年――アレンの姿。
男はその手に持った戦斧を振り回し、一定の距離をおきつつも周囲に群がる野次馬や自警団のナイト、教会のクリシュテに対して威嚇を放っていた。
「……またいかにもなベルセルクね……頭は悪そうだけど、人質がいたら手が出せない……」
「…エルナの攻撃なら一度で倒せそうですが……私とケルトさんでアレン君に聖術守護をかけて…!」
「…………」
エルナは以前の換魂の指輪の騒動の時に、リスティ――いや、エミリアというべきだろうか――に対してそれと同じ手で助けた事がある。
シアとケルトは純粋に補助、治癒に特化されたビショップとカーディアルトであり、守護聖術の能力の高さは折り紙付きで、これ以上信用できる使い手はそういないだろう。
「……そうね、一か八か……」
「いえ、相手は相当興奮していますし、この状況で攻撃しては逆上してこちらの術が届く前にアレン君に武器を向ける可能性が高いです」
「……う……確かに……」
ケルトの言葉を受け、詠唱を始めようとしていたシアとエルナの二人はそれを中断する。
……その手段をとった前例の時も、相手の意識が正面に立っていたヴァイへと向いていたゆえに、こちらの術に気がつかなかっただけなのだから。
たとえ相手を倒す事が出来たとしても、それで小さな子どもを一人犠牲にしてしまっては意味がないのだ。
最悪の事態も想定した上で、慎重に行動しなければならない。
「――なんか、ヴァイの気持ちが少し分かった気がするわ」
思わず、ぼそりとそう呟くエルナ。
自分の行動一つが人一人の命を左右する……支援士が護衛依頼を受けて、自分の力が足らずに護りきれなかったという悔やみは、計り知れないものだろう。
もちろん、ヴァイは今自分が感じている以上の重圧を負ってきていたのは分かっているのだが……
「先生! なんとかしてよ!! お願いっ―――!!!」
目の前には自分達以上に取り乱し騒ぎ立てるリコと、それをなだめるように抱くユキの姿。
普段あれだけ衝突しあっていても……いや、それだけ言葉をぶつけあっているからこそ、不安と心配は大きいのだろう。
三人は何も言えずに、ただその様を見つめるだけだった。
「……あっ、ユキ! そっちは危なっ―!?」
「えっ!?」
……そんな中、リコから手を離して、何かを決したように男とアレンの方へと走り出すユキ。
一瞬遅れてエルナとシアが呼びとめようとしたが、その時にはもう人波にまぎれてその姿は見えなくなっていた。



「くそっ!! てめぇらどけって言ってるのがわからねぇのか!!?」
人ごみとナイト達に進行方向を塞がれ、身動きのとれない男はもう何度目かわからない叫びを上げた。
その手に掴まれたアレンは、恐怖のあまり全身が引きつり、声すらもだせない状態におちいっている。
このまま、状況は膠着状態に入るかと誰もが思った、その時――

―― ピィィィィィィィィ―――――!!! ――

男の正面から鳴り響く笛の音。
直後に通り全体からどよめきが起こり、全員の目がその音が発せられた場所へと集中する。
「……なんだこのガキ! 黙りやがれ!!」
と、そこには白いアタッシュケースを右手に下げ、左手を指笛の状態で口にくわえたユキの姿。
一瞬、男の迫力に押されてビクッと身を震わせたが、それを降り払うようにブンブンと首を大きく振ると、ふたたびキッと睨むような目つきで男へと顔を向け直す。
「あ、あの子何を……!?」
遠目にその様子を目にしているシア達も、気が気ではない状態でその様子を見つめている。
近付いて引き止めたい気持ちは在るけれど、大人の大きな身体ではこの状態でそこまで近寄るのは難しい状態だった。
……ユキは、右手のケースを足下に置いてそのカギの部分に腕輪をつけた手を当てると、声の出ないその口を、何かを言葉にするかのように動かし――

開錠(アンロック)

――その直後、バン! と音を立てて、アタッシュケースの蓋が大きく口を開ける。
いったい何事かと再び周囲がどよめき、男も一瞬驚いたかのように動きを止める。
「――っ!」
そして取り出されるのは、淡く白い輝きを放つカードで、見れば、ケースの中には全く同じものが何十枚と敷き詰められていた。
……ユキは、ビシっと構えるかのようにそのカードを一枚持ち、男の方へとそれを突きつける。
「フルーカード!? ユキ! そんなの、まだ使えるわけが……っ!!」
「……いえ、待ってください……あのフルーカード……『無地』のようですが……?」
「……え?」
通常、フルーカードとは何らかの能力媒体としての役割を果たしており、込められたその『意味』に応じてそれぞれタロットカードのような絵柄が印刷されている。
それが、今ユキが持っているカードにはなにも描かれておらず、誰の目にもただ淡く光っているだけの、真っ白な一枚の紙切れにしか映らない。
「は…ははははっ!! このガキ、そんな紙切れ一枚で何をするってんだ!!? お前みたいなガキが魔法使えるわけがねぇことくらい俺でも知ってらぁ!!!」
彼の目には、その光景はただ子どもがいきがっているだけという滑稽なものに映っていたのだろう。
しかし、事実にユキはアルティレイのような攻撃の術など習得はしていないし、教会所属の人間とはいえ、それを使えるようになるのも数年先の話である。
……周囲の注目も集中し、緊張が高まるその時――背後から一人の男性がユキの身体を持ち上げていた。
男を包囲していたナイトの一人が動き、その場から引き離したのである
「ははは!! ガキはおとなしく脅えてりゃいいんだよ!!!」
その様子を目にした男は、そう口にしながら威勢良く笑う。
誰の目から見てもユキの行動は無謀であったし、それで勝ち誇る彼の姿は滑稽であった。
――が、その時だった。
「グオオオオオオオオ!!」
「――ん? ……なぁ!!?」
大きく咆哮しながら男の背後から飛びかかる、白銀に陽光を反射する巨大な影。
完全に死角を取られた男は、その攻撃に対して身構えてもいなかったためか、上からのしかかるようなその衝撃に負けてアレンの身体を放り出し、地面に倒れ付す。
「あ、アレン君こっち!! 走って!!!」
あまりに突然のことに一体何が起こったのか誰も把握できていない中、一瞬早く我に帰ったエルナが大きくそう叫ぶ。
しかし、完全に腰が抜けていたらしい彼は身動きがとれず、いち早く硬直が解けたナイトの一人に抱えられ、エルナの元へと連れてこられた。
「がっ……!? な、なんだコイツ……街で……魔物だと!!?」
うつ伏せに地面に押さえつけられた男は、首をまわして背中を押さえつける存在へと目を向ける。
そこにいたのは、体長2Mを超える氷狼(フロストファング)――銀牙。
右前足で武器を持つ腕を押し潰し、その全身で男の身体を押さえつけている。
「ユキ……まさか、口笛…?」
アレンとほぼ同時に運びこまれたユキに問いただすシア。
冷静に思い返して見れば、かつて一緒に旅をしていた時には、ユキは声の代わりに口笛をつかって銀牙に指示をだしていたことが何度もあった。
――つまり、カードを構えたユキは周囲と男の気を引くための囮で、真打はその隙に人ごみにまぎれて背後に回り込んだ銀河の攻撃ということになる。
「……ぜ、全員!! 犯人を確保だ、かかれ!!」
騒ぎの中心で、一歩送れて我に帰ったナイトの部隊長が、周囲の味方に指示を出す。
とはいえ男は既に銀河の巨体による重圧に押し潰され、あとは本当に身柄を確保するだけの状況ではあるのだが。





「っ……」
そしてその十数分後。
犯人の男もナイトとジャッジメントの手で連れていかれ、集まっていた野次馬も徐々に散り始めて行く中、転倒した際に大きく擦り剥き、アレンがその足に痛みを訴えていた。
……まだ先ほどのショックから立ち直りきれていないのか、その声はほとんど聞こえる事は無かったのだが……
「あ、アレン、大丈夫……?」
「……本当、このくらいの怪我ですんでよかったわ」
その様子を見て心配そうに声をかけるリコと、安心し、力が抜けたように語り掛けるエルナ。
ただの町内清掃でこれだけの事件に鉢合わせることになるとは、さすがに予想していなかっただけにその精神的な疲労は強い。
「アレン君、じっとしていてください。 今治します」
エルナと同様にどこか安心したように微笑みを浮かべたケルトが、アレンに歩み寄り、その傷口にリラをかけようとしたが……
「……ユキさん?」
それに割り込むようにユキが間に入り、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、アレンの傷口にその手を触れていた。
自分がケースの中身を見せるのを拒み、おいかけっこのような状況になっていなかったら、こんなことにはならなかったのかもしれない……そう思っての行動だった。
「……ケルトさん、ユキに任せてあげてください」
「え? いえ、しかし……」
「……足りない分は、私がしますから」
「足りない? あの、ユキさんに聖術は……?」
「ケルト、まぁ黙って見てなさいな」
「は、はあ?」
ユキの行動に込められた意思を察し、ケルトを制止するシアとエルナ。
彼女が教会に入る以前に、すでにリラを覚えていた事を知っているのは、Little Legendのメンバーと、エルナだけである。
……それゆえに、あんな目に合わせたことと、この怪我は自分の責任であると思うユキの意思を汲み取り、治すだけの力は足りないかもしれないが、一度だけでもさせておこうという行動だろう。
「……」
ユキは、先ほどから手にしていたカードをその傷口にかるく触れさせて、一度深呼吸をすると、意識を集中し始めた。
心の内で唱えるのは、治癒聖術の基礎詠唱。 そして――
「あっ…!?」
その瞬間を見ていたリコが、驚きの声を上げていた

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