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エリワー学園聖華祭
―お祭りは準備から始まっている―


1:立志編


夏休みが終わり、半月が過ぎた頃。まだまだ残暑は厳しく、夏服の上にサマーセーターを羽織る者もまだまだ少ない。
とはいえ、ひめくりカレンダーはすでに9月の後半に差し掛かり、そろそろ体育祭や文化祭などの二学期のイベントが盛りだくさんの時期が近付いてきている。
こういった時の生徒達の様子はほぼ真っ二つに別れていて、イベント好きな者は張り切って授業に身が入らなかったり、逆に騒ぐのが苦手な者は陰鬱になりそれはそれで授業に集中できなかったりする。
そういった理由もあり、教員にとっても頭が痛い2学期前半から中盤だが、まぁこういったお祭りは単調になりがちな学園生活に必要な彩りではある。
今年もまた、あちらこちらで文化祭の出し物などの計画を立て始める者がちらほらと現れ始めていた。




ここ、エリワー学園における文化祭は『聖華祭』という名称がつけられており、一般的にマンモス校と呼ばれる程度の学園の規模も相まって、地元民であれば実施帰還の三日間のうち必ず一度は足を運ぶというほど盛大な祭りである。
その盛りあがりようと言ったら何度かテレビが取材に来たほどで、今ではこの近辺を代表する催し物となっている。
「聖華祭か……私達にとっては生徒として参加するのは始めてですね」
そんなお祭りの準備期間は比較的長く、出し物の募集で体育館、もしくはグラウンドに設営される舞台を使うものは競争率が高い。
今この時でも、その募集をかけるための張り紙の前には大勢の人で賑わっていた。
「そだね。 まぁ小学生だったときも何度か遊びにはきたけど、今年からは模擬店とか出し物もできるようになるわけか……」
そんな中に混じって、聖華祭の告知を眺める、銀色の髪を根本で結んだ少女と、栗色のセミロングヘアの少女の二人。
小学生時代から一応知り合いではあったが、最近になって仲良くなってきたエリワー学園付属中学の一年生である。
まぁ、一方はざっくばらんで人辺りのいい性格が、もう一方は、気弱でいぢめつつも守ってあげたくなるような性格が影響して、二人ともそれなりに友人は多い方ではあるのだが。
とりあえず『自分達のクラスの中』にだけ限定して言えば、お互いに最も仲がいい相手として認識していた。
「出し物ができるわけだし、リスティはなんかやりたいことある?」
「え? うーん……いざ聞かれてみると、ちょっと……」
「クラスだと喫茶店とかが優勢だったけど、個人的にもなにかやってみたいなぁ……ディンとかエミィとか、ヴァイも誘ってさ」
基本的にクラス別で何かをやらなければならないので、出店者としては生徒であればだれもが強制参加となる。
また、クラブやサークル単位でも出し物は行われているが、それとは別にクラスや学年など関係なく、友達同士が集まって出し物をやるのも申請すればOKなので、事実上の出し物の数は年によっては実際のクラスの数の三倍近くなることもある。
「そうですね。 せっかくですし、皆となにかやってみたいとは思います」
――ティール、リスティ、ヴァイ、ディン、エミリア、ノア
この6人は学年を超えた間柄で、ティールとリスティ、そしてノアが小学生の頃からヴァイ、ディン、エミリアの三人は付き合いがあった。
……元々はヴァイとリスティとノアの三人と、ディンとエミリアの二人、という二グループだったのだが、双方の友人であるティールの仲介により、現在は校内でも比較的有名な一つのグループとなっている。
「そっか、じゃあ決定。 ……でも模擬店はダメだなー。 クラスが喫茶店だから、さすがに掛け持ちなんてできないし」
「決定って……ヴァイさん達もクラスの出し物の都合とかあると思うんですけど……」
うーん、と考え込むティール。
6人だけでできることなどたかがしれているが、その気になればそれなりの数を集めるくらいの人脈は持っている。
しかし集めたからといって全員の都合をクリアできるモノとなると、あまり長時間拘束されるような出し物はできないことになる。
「となると、やっぱり舞台モノかな? 合唱とかダンスとか……」
「あ、あの……ティールさん、私リズム感とかないので、できれば音楽関係は避けたいです……」
「……あー」
以前、知り合いを集めてカラオケに行った時に、リスティが一度だけ歌ったが、はっきり行ってリズムとは無縁のカタコトな歌声だった。
声の質はまさに天使の如く綺麗なものだったが、演奏に合わせて歌えなければ意味がない。
……となると、ダンスも少々怪しいだろう。 リズム感もそうだが、どちらかといえば体力的に。
「というか、ヴァイやディンが踊ってるところって想像つかないよね。 やっぱり却下か」
「……ヴァイさんが、踊る……」
一体何を想像したのか、今にも笑いだしそうな顔で口を押さえるリスティ。
性格が性格なだけに、想像してしまえばかなり滑稽になってしまうのだろう。
「…………となるともうアレしかないな……」
とはいえこのまま出来もしないことを考えていても仕方がない。
とりあえず、今頭の中にある最後の候補を仮の決定として、あとは全員で相談する事に決めた。
「ねぇ、リスティはヴァイ達皆を集めといてよ。 放課後ウチで相談しよ?」
そして、その旨を伝えて貰おうとリスティに視線を向けたが……
「あ……う、うん」
どうやら、まだ想像が頭の中を渦巻いているようで、その顔にはいまだに笑いの影が差し込んでいる。
……いったいどんな想像をしたのか気にはなるものの、なんとなく聞いてはいけないような気がしたティールだった。






――その日の放課後、ティールの自宅。
ここはティールとその妹的な存在であるイリスの二人暮しで、基本的に広い家でスペースも十分とれるために、集団で集まる時は大抵この家になる。
今回も例に漏れず、病弱であまり出てこれないというノアを除いた5人がこの場に集まっていた。
いつも通りてきとうに持ちよったジュースやお菓子を広げつつ、いつもよりは真剣な表情で話が進められている。
「はぁ? 俺が劇の主役?」
「うん、台本のイメージ的に、はまり役だからさぁ」
そんな中で、ティールが切り出した話の内容は、今朝から計画を始めていた文化祭の出し物の件。
ダンスや歌などに無理があるならば、他に舞台で出来ることを捜すしかなく、その結果思いついたのが『劇』だった。
そして、その主役をヴァイにやってほしいと言うのである。
「……目立つのはガラじゃないんだが……」
「まぁ、そうじゃろうな。進んで主役を張りたがるヴァイなど想像できんし」
気が進まない、とでも言うような表情でそう答えるヴァイと、軽くそれにフォローを入れるエミリア。
確かに、ヴァイは目立ちたがりと言うよりむしろ裏方に回りたがるタイプの人間で、脚光を浴びる事が苦手な性格である。
勿論、それを提案したティールもヴァイの性格を分かっていないわけでは無いのだが、彼を推すにはれっきとした理由があった。
「実は知り合いが書いたファンタジーの小説があるんだけど、長すぎず短すぎずで劇にしてもいいかなーって思っててね?」
「小説……を舞台にするのか。 書いたやつの許可は?」
と、ディンが口にしたが、もっともな一言である。
恐らくその小説とは、本屋で市販されているような小説ではなく、物を書くのが好きなアマチュアが書いたもの。
でなければ、こんな場で持ち出しては来ないだろう。
……まぁ、それでも最低限の礼儀として一言いっておくのが普通だろう。
「それは大丈夫。 まぁ、とりあえずその主人公のイメージがヴァイにぴったりでさ、他に合いそうな人思い浮かばないんだよ」
「ToV? 名前まで俺と同じなのは……」
ティールがどこからともなく取り出した台本の表紙を見て、そう一言。
表紙には略称であるらしい『ToV』とデカデカとかかれており、その下に小さく『Tale of Vai』という正式名称が書かれていた。
わざわざ略称と正式名称を並べて書くのも珍しいかもしれないが、やはりそれ以上に自分の名前がタイトルに使われているのが気になるようだった。
「偶然だと思うよ。 まぁ、偶然とは思えないくらい性格とか一致してる気がするけどね」
「……見せろ」
「いいよ。 どのみち皆にも読んでもらう事になるから」
さすがにそこまで言われては興味も湧くのか、ティールがテーブルに置くと、真っ先にその手に掴むヴァイ。
他の三人も、彼の左右と後ろに回りこみ、台本の内容に目を向けている。
「ほぉー……」
「……なるほどな」
「…………これって……」
数ページ目にして、文字通り三者三様の反応を見せる三人だったが、その表情から、思うところは全く同じであることが伺える。
そして、肝心の当人であるヴァイは……
「……確かに、この主人公には共感できる部分が多い……」
「でしょ?」
「いや、むしろもうひとりの自分を見ているような気分になる……」
ヴァイ自身にそういうセリフを言わせるということは、本当に映し身ではないかと思える程の似具合だったのだろう。
そんな本人の一言もあり、周囲の三人も、『似ているかもしれない』という認識から、『似ている』という認識に切り替わっていた。
(……ま、向こう側の私達のストーリーを纏めただけだもんね)
「……ん? ティール、どうかしたか?」
「別に、何でも。 まぁ、多少は…私達が演じやすいようにアレンジして貰ったから、その影響もあるかもね」
あはは、とごまかすように笑いながらそう続けるティール。
……”私達が”の前に(こっち側の)と小さく付け加えるようにして口にしていたが、それは四人の耳に入る事は無かった。
「まぁ、確かにイメージがこれだけ似ていれば、俺に任せたいってのもわかるが……主役か……」
とりあえず、リスティが”なにかやってみたい”と言ったのを受けてしまったためか、断るに断りきれないらしいヴァイ。
まぁ、リスティの性格ならば、ここまで困らせるくらいならやめておこう、と言い出す可能性もあるのだが……
「……学園祭だし、たまにはこんなのもいいんじゃないですか?」
「……リスティ?」
何を思ったのか、この時だけは妙に前向きな一言を口にする。
それに反応して四人は思わず黙り込み、それに続く言葉を待つように、半ば無意識的に黙り込んでいた。
「ヴァイさんって、あまり喋らない分周りからはちょっと誤解されてる感じですし……私、これはいい機会だと思うんです!」
ぐっと両手で握りこぶしを作り、そう口にしながらリスティはヴァイに向けて気合いを入れる。
そんな姿でも、凄みよりもかわいさの方が引き立ってしまうのが彼女らしいといえば彼女らしい。
「…………分かった。 祭りは無礼講とも言うし、たまにはいいだろう」
「はいっ。 もちろん私もがんばりますから、一緒にがんばりましょう、ヴァイさん」
結局愛は強しとでもいうのか?
一連のやり取りを目にしていた三人は、そろってそんな一言が頭の中を通り過ぎていた。
なんだかんだと言って、ヴァイもリスティには甘い……と言うか弱いらしい。
―そーいえば前の事件の時もえらい勢いだったからな―
以前、なぜか学校に押し行った不信な男が、追いつめられて手近にいたリスティを人質に取るという事件があったが、その時のヴァイはまさに修羅と化していた。
まぁ、それについての詳細はまた別の話と言う事で、今は劇についてである。
「じゃ、ヒロインは自動的にリスティね」
「え、ええっ!? ヒロインって、わ、私ですか!?」
まさか自分に御鉢が回ってくるとは思ってもいなかったのだろうか。
かなり露骨な反応が返ってきたのが、妙に滑稽に映っていた。
「もう少し読み進めれば分かるけど、ヒロインは儚げでリスティに近い感じだから、他の人にやらせるとちょっとイメージがね……」
「そ、そうなんですか……?」
「中盤あたりでラブシーン的なところがあるけど、ヴァイが他の女の子とラブシーンやるとこ見たいんだ?」
「そ、それは……」
「それにヴァイが主役やってくれるっていうんだから、対等の立場に立ってこそ恋人でしょ」
リスティは、常々ヴァイを支えてあげたいと考えている。
実際はリスティが近くにいるだけで、随分と表情も穏やかになっていたりするので、それだけでも精神的に十分な支えになっているのかもしれないのだが……
リスティ本人は、やはり自身が行動してヴァイのためになにかしたい、と思っているらしい。
「……そう、ですね。わかりました、ヴァイさんと一緒なら、なんとかなると思いますし……」
それゆえに、ヴァイとの関係性を引き合いに出されるとリスティも弱い。
愛は人を強くするものでもあるが、場合によっては上手く誘導に使われることもある、ということだろう。
「…………恋は盲目と言うが、うまく操られておるのぉ……」
「しかもほとんどいやな気分にさせずにのせてしまうんだよな……」
他人の心理を理解し、それをある程度誘導する事に長けた少女、ティール・エインフィード。
普段は黙って横から見ている事の多い彼女だが、一度走る方向を決めてしまえば一直線である。
ディンの言葉通り、相手にほとんどストレスを感じさせずにその気にさせてしまう。
……まぁ、性格をよーく理解した相手に限られるのは確かだが、考えてみれば恐ろしい才能である。
「よし、じゃあ次はメンバーを揃えないとね。 この話結構壮大だから、もっと役者を集めないと」
そんなディンとエミリアの戦慄など関係ないかのように、ぐっと握りこぶしを作って立ち上がるティール。
威風堂々としたその姿は、良くも悪くも頼もしい限りである。







「―――そういうわけで、とりあえず受けてくれそうな人から攻めてみようと言うことで」
後日、学園職員室。
ティールは個人的にも知り合いである教師、エルナの下にやってきていた。
理由は、練習期間の放課後も含めて体育館舞台使用の許可をもらうため……でもあるが、どちらかといえば今自身の口で言った通りの目的の方が大きい。
ちなみにヴァイとリスティ、そしてディンとエミリアはこの場にはおらず、それぞれ自分の知り合いに参加を求めに走っている。
全員なんだかんだと言って人脈は広く、役者に加えて裏方を集めるのもそれほど苦労はしないだろう。
「確かに参加できるメンバーに制限は無いけど……演劇に教師引っ張り出そうとする生徒ってのもめずらしいわねぇ」
「あはは。 まぁそうかもしれませんけど、エルナ先生なら私が真っ先に頼りに来た理由わかりますよね?」
基本的に、普段のティールはエルナに対してはほとんど敬語を使っていない。
それが今こうして敬語を使っているのは、校内、しかも他の教員もいる職員室であり、教師と生徒という立場であるからだろう。
……まぁ、教師と生徒の間柄でありながら、友達関係のようなグループはいくつか存在してはいるのだが、現状ほぼ全員が校内とプライベートの区別はつけているのでそれほど問題視はされていない
「まあ、確かに『私』の役ができる人っていうと、私が一番なんだろうけど」
手渡された台本をぺらぺらとめくりながら、そう口にするエルナ。
今開かれているページには、エルナと全く同じような性格をした女性が、ヴァイ演じる主人公と話している場面だった。
――原作だと風呂に押し入るようなシーンまであったのだが、さすがに小説で無く舞台で表現するにはいきすぎていると判断して台本上では削られている。
「それにしても、まさかこの話を舞台でやろうなんてね。 驚いたわ」
「いやー、正直言うと私もびっくりで」
「ねえ……一応さ、話はアナタが持ち出した事になってるんだからそういうセリフは控えなさいな」
周りで聞いている者にとっては、イマイチ意味を読み取れない会話である。
ただ、この二人にとってはその会話にこめられた意味はしっかりと伝わっているらしく、特に話は途切れる事も無く続いていく。
「普通にいくなら……そうね、揃えるべきは、まずはケルトにグリッツかしら?」
「うん、その二人はヴァイとリスティに任せてるよ。 あとは……この酒場で出てくるのはジュリア先輩ですね」
とりあえず、登場する主要なキャラクターの配役だけ目算を立てていく二人。
しかしその会話の内容はもはや目算や予想などといった次元ではなく、確信に満ち溢れた言葉が連なっている。
それぞれの役をやるのは、その人しかいないと分かっているかのように……
「……ノアには話は通してあるの?」
「うーん、ノアは当日の体調次第だから……最悪回想のシーンを削るのも考えてるよ」
「これだと代役も立てづらいしねぇ」
ノア、とは、リスティとティールのクラスメイトで、病弱なためにあまり学園に顔を見せる事がない、リスティとヴァイの友達である。
今ではティール達のグループの一員ではあるのだが、それでもあまり一緒にいる機会には恵まれない。
比較的体調のいい日であれば、元気そうな姿を見せてくれるのだが………
少なくとも、今日ははそうはいかない日のようだった。
「まぁ、大体分かったわ。 話は通しておくから、練習が始まるようだったら言ってね」
最後に、ぽん、と台本を自分の机の上に置き、にこりと微笑んでそう口にするエルナ。
要約すると、出演してもいい、ということだろう。
「ありがとうございます。 それじゃ、人集めに行きますので」
そして、ティールもそういいながらぺこりと頭を下げて、スキップ混じりに職員室から退出する。



「……ふぅ、『ひずみ』ちゃんも物好きなマスター持って大変そうねぇ。 って、矢面に立つのはティールだから、そうでもないのかしら?」
閉まるドアに消えていく後ろ姿を見つめながら、小さな声でそんな一言を漏らすエルナ。
その言葉の意味は、やはり誰にも理解する事は出来なかったのだが、それは極々些細な話である。



2:練習(団体)編




10月も中盤に入ったころになると、11月の第一金曜~日曜にかけて行われる文化祭の準備もいよいよ本番になる。
もちろん大道具やパーテンションといったかさばるものはまだ持ち込まれてはいない。
しかし手で持てる小道具や一部の衣装は各クラス、または個人の出し物ごとに設けられた準備スペースには、少しづつではあるが用意され始めていた。
何度か学園祭をこなしたことのある上級生になると、この光景をみると『もうそんな時期か』と実感が沸いてくるらしい。


……そんなお祭り準備なムードが漂い始める中、体育館ではある一組の演劇グループが、台本片手に立ち回りの練習を行っていた。
とは言っても、大きく身体を動かす演技はまだ交えておらず、あくまでストーリーの流れと立ち位置、セリフを頭に叩き込むための練習である。
「襲破……死点突!!」
現在行っているのは、ToVの第一章、ヴァイの同級生であるケルトが扮する神父から、書簡の伝達を受けたヴァイ……主人公が、道中で魔物と交戦するシーンである。
実際はほぼ一撃必殺でカタがつく戦闘なので、交戦と言えるほどのものでもないが、リスティ扮するヒロインを助けるために、という比較的重要なシーンだ。
「ゴメンなさい あなたがミナルに手紙を届けるって聞いて、きっと、後を着けていけば、魔物に会うことも無いだろうって考えていたんです」
魔物役をしてくれることになったヴァイのクラスメイトは、軽く剣を振るような動きをしたヴァイに合わせて倒れ、リスティのそのセリフの間も床に突っ伏したまま動かない。
現在は素のままであるが、もちろん当日になればそれっぽいきぐるみ的な衣装を身に着けてもらうことになる。
まあ、間抜けな位置づけだが楽な役ではあるかもしれない。
「アホか。マジに死んだら夢見が悪くなるわ」
「よ、良かった・・じゃあ、ミナルに向かいましょう」
二人とも棒読みなのが難点かもしれないが、今は誰もそこに突っ込むことはなかった。
先にも言ったが、これはあくまで立ち位置とセリフなどのタイミングの確認なのだ。
「はい、カット。 後はこれに演技も加えて、声にも感情入れられるようになれば上出来かな」
にこにことティールが笑いながら、ふぅ、と一息つけるヴァイとリスティに歩み寄る。
魔物役の生徒も、ぱんぱんと埃を払いながら立ち上がっていた。
「それにしても、特に演技もなしに必殺技の名前を叫ぶって……すごいまぬけよねぇ」
と、それまでの演技を眺めて、もっともらしい素直な感想を漏らすエルナ。
確かに、棒切れを軽く振り上げただけの簡単な動作に技名をつけられても、見る者は確実に反応に困る。
「……なぁティール、どうしても叫ばにゃならんのか?」
「んー、まぁ別にどっちでもいいといえばいいんだけど、こういう系統の漫画だと技名叫ぶのは基本だからねぇ」
『襲破死点突』
この物語の世界観では、空中に巻き上げるように斬り上げた後に、『眉間』『気道』『心臓』『腸』の縦四点を同時とも言える速度で深々と貫き通す必殺技。
現実的に考えて常人ができるような技ではないが、技名を叫ぶのと、動きを大げさにすることでそれっぽく迫力を見せることは可能だろう。
まぁ、ヴァイは身体能力も歳のわりに高いので、ある程度なら再現することはできるかもしれない。
……とはいえ、できたとしても本当にやると木刀でも危険な技なので、当然のごとく寸止めが必須なのだが
「まぁ、そういうのは実際に演技の練習に入ってから修正かけるとして、とりあえず次のシーン確認いくよ」
ティールは『襲破死点突』という技のセリフの部分に軽く何かを書き込むと、そう言って待機している演者に顔を向けた。
「ミナルの酒場でヴァイとグリッツ、その他大勢の掛け合いのシーンね」
「おっし、俺のでばn」
「お姉さまー、練習お疲れ様です」
「ママー、おつかれさまー」
そして、ティールが出した指示に答えようとグリッツが声を上げたところで、まるでそれを遮るかのようなタイミングで聞こえてくる声がふたつ。
一同は、出鼻をくじかれてややオーバーアクションでずっこけるグリッツをよそに、その声の主の方へと顔を向けた。
「アリス、イリス。 来てたの?」
後頭部に空色の大きなリボンを結び、同系色のエプロンドレス風の衣装を身につけた小学六年生、アリス。
淡いピンク色の髪を揺らして、自らの右手をティールに向かって大きく振る小学四年生、イリス。
イリスはティールが親代わりに育てている子。
そしてアリスは個人的にティールのことが気に入っているらしい。
そんな繋がりもあり、二人ともこうして時間のある時は学園の方まで顔を出してくることは珍しくない。
今は小学校も学園も放課後ということもあり、特に遠慮もなくやってきているようだった。
「私も来てますよ」
それに続いて、扉の向こうから現れる一人の少女。
高等部にいる者――または高等部の生徒と近しい者にとっては、すでに馴染み深い相手だった。
「お、ミリィか。 どうした?」
「さっきそこで二人にティールさんの居場所を聞かれて、ディンさんが『今日は体育館で劇の練習』って言ってたのを思い出したので連れてきました」
「ふむ、今日はトートは一緒じゃないのかの?」
「あ、彼なら剣道部の打ち合わせがあると言っていましたので……」
名家リンシュタイン家の一人娘、ミリエラ・リム・リンシュタイン。
偶然かどうかは不明ながら、ディンと中等部時代からの6年間同じクラスだったらしく、彼とその友人とはそれなりに仲がいい。
そのためか、授業以外で鉢合わせる頻度は少ないものの、わりと違和感無く彼らの中に溶け込めてしまう程度に仲のいい関係になっていた。
「そう、ありがとうミリィ。 ……ところで二人とも、今日は遅くなるから先に帰っててって言ったはずだけど」
ティールはにこりと微笑んでミリエラに声をかけると、一拍置いてアリスとイリスの方へと向き直る。
初見なら無愛想な、とでも思われそうな態度だが、彼女なりに他人への敬意はしっかりと行っているのは、周りの一同は理解していた。
「家庭科の時間にお菓子作ったから、差し入れにどうだろうって思って」
アリスはそう言いながら小ぶりなタッパーを取り出し、ぱかっと開く。
その中には、甘い香りが漂ういくつものクッキーが詰められており、それはその場にいた全員の注意を瞬時にひきつけるほどだった。
……全部に『EAT ME(私を食べて)』と書いてあるのは冗談のつもりだろうか?
「ママ、劇はうまくいってる? イリスも凄い楽しみだよー」
などという心配事などお構い無しに、イリスがそのうちの一つをつまみながらそう一言。
当然の如く身体が大きくなるわけも小さくなるわけも無く、普通のクッキーのようだ。
(……何を警戒してたんだろう……)
一同、声にならない声を上げながら一つづつ受け取り、食べ始める。
「うーん、微妙な線かな。 正直遅れてる感じ」
とりあえず、このままのペースでは当日までに間に合わない事は目に見えている。
何しろ劇全体の構成が長く、特に主人公であるヴァイは常に舞台の上に立っている状態なので憶えることも多いのだ。
「そうなんだ……ねぇお姉さま、私も手伝えること無いかな?」
「アリスが? ……うーん、役者はなんとか集まったし、足りないところといえば……照明とか音響とかの裏方くらいだけど……」
ぐるりと体育館内を見回しながらそう口にするティール。
少なくとも、『酒場の客』や『ゴロツキ』などのモブに相当する部分を除けば、主要なメンバーはほとんど揃っている。
「そうなんですか……私もちょっと参加してみたいなって思ってたんですけどね」
「なんだ、それなら言ってくれればよかったんだがな」
そしてその横で、言葉通りに少し残念そうな顔を見せるミリエラと、特に表情も変えずにその一言に答えるディン。
まぁ、二人はクラスメイトということでわりといつもの光景ではあるのだが、関係が噂された事がないのは互いに決まった相手が既にいる、というのが大きいかもしれない。
「ま、とりあえず考えてみるよ。 メイン……は無理かもしれないけど、どこかに役があるかもしれないし」
「うん! ありがとう、お姉さま」
ひとまずの提案にぱぁっと笑顔を見せるアリス。
……アリスは天賦の才能とでも言えるほどに空間把握の能力が優れていて、劇やダンスなどの広い空間を使う舞台で立ちまわらせる――いや、むしろ現場で指示を出す立場にすればかなりの戦力になるだろう。
それが分かっているだけに、ティールも彼女の扱いについては慎重なようだった。
「ママー、わたしはー?」
その様子をしっかりと目にしていたのか、続いてティールに声をかけるイリス。
「うーんイリスはちょっとムリかな。 今回の劇は難しいし、8歳……はちょっと役が無いしね」
「むー……」
「まぁ、次があったら考えとくよ。 だから今回は我慢してね」
イリスはぷくーっと頬を膨らませて不満そうにしていたが、ティールの言葉通り、この舞台は『酒場』や『遺跡』など、小さな子どもがうろつくには少々不自然な場所が多い。
更に言うと、イリスは歳よりも小さく見えるということもあり……どうしても、今回の劇では使いづらいのだ。

「ふー……さて、休憩終わり!! とりあえず次の場面行くよ! 時間も無いし、撒いて行かないと」