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かくして誰かさんは墓穴に埋まる




北部の中央都市リックテール。
十六夜ほど極端なものでもないが、地理の関係上当然の如く南部よりも平均気温は低く、そう思いながら周囲を見渡してみれば、僅かにリエステールよりも防寒対策が濃いようにも見える。
そして今は年中で最も気温が低いとされる2月。
ともすれば、町の防寒対策も最も盛んに行われる時でもあり、雑貨屋ではカイロなどの道具が多く並べられており……
他にこの時期独特の様相を語るならば……町中の空気が色めき、甘い香りに包まれる一大イベントが一つ――




「リックテール……やっとついたのねー」
北部首都、リックテールの城門付近――一般市民、支援士を問わず北部の他の町々へと向かうための乗り合い馬車が集うこの場所は、一般的に馬車広場とも呼ばれている。
外から来る者、これから外へと出る者、そんな彼らが混沌と集まるこの場所は、大体決まった時間に多くの人で埋め尽くされるのが常で、逆にそれ以外の時間では閑散としている事が多い。
……今は、前者の時間帯。
午前中のまだ太陽の低い時間帯、夜中を使い走る馬車が丁度つく時で、夜中に仕事を務めた馬車の騎手が、馬と共に同業者と交代している風景が見られる。
――夜中の馬車は危険が多いため、支援士の護衛は欠かせない。
そのためにやや値段は高めになっているのだが、急ぎの用事などのために需要はあるのだから、クレセントなどの夜を主な仕事としている支援士には有り難い話なのだろう。
「コンテストまでは時間があるわね。 馬車で寝ても疲れ取れないし、空いてる宿捜して仮眠とっておこうかしら……」
「――それはいいんだけど、護衛の報酬もらえないかな?」
小さくあくびをしながら後の事を考えるその女性に、リエステールからここまで彼女の護衛をこなしていた一人の支援士がそう呼びかける。
黒いワンピースに、白い上着を羽織り、銀色の髪を一本に纏めた支援士――子龍の通り名で知られる、ティール・エインフィード。
ここのところ、『娘』のために遠出はなるべく避けていたらしい彼女だったが、今回はその例外的にここまでやってきていた。
「ママー、まだ眠いよ……」
「……そうね、まぁ私達もここで一拍の予定だし、早めに宿とっておこうかな」
まぁ、それはその『娘』が一緒についてきているから、という理由もあるのだが。
分かっている人は分かっているかもしれないが、ティールはまだ14歳と、こんな大きな子どもを持つような年齢では無い。
それでも『娘』からこんなふうに呼ばれているのは、周囲には自分が親代わりに育てているから、と説明している。
「あらあら、ごめんなさいね。 いよいよだなーって思うとつい……」
「こっちも生活かかってるんで、ついで忘れられちゃたまんないよ」
当然、目の前の女性にもあらかじめそういうふうに説明しているので、今更それを聞きなおしてくるような事は無かった。
取り繕うように笑いながら、荷物の中から護衛の依頼料を取り出して、ティールへと手渡す。
――そして、もう一つ。
「……これは?」
フィズと一緒に渡された、ちいさなピンク色の箱。
それは赤いリボンで簡単に装飾されており、ぱっと見かわいい印象を受けるモノだった。
「チョコレートよ。 今日はバレンタインでしょ? 今日のための試作品だけど、お礼に受け取って」
「……バレンタインって……」
改めて、広場から町の通りの方へと目を向ける。
すると、そこに拡がっていたのは、やや赤やピンクや白のハート模様に、チョコレート色の装飾がなされた、いつもより少し違う世界。
製菓系……いわゆるパティシエと呼ばれるクリエイター達が力を入れている行事の一つで、特にその系統が集まる職人通りは色濃くその影響が出ているようだ。
それだけ確認すると、ここでチョコレートが出てきた事には納得して、とりあえず受け取る事にしたティール。
ちなみに、いつもならお菓子と聞くと飛びこんでくるはずの『娘』――イリスは、眠気と格闘してこっくりこっくりと船を漕いでいた。
「で、試作品って?」
そんな様子を目にして、まぁとりあえず大丈夫だろうと判断したのか、ティールはもう少し話を続ける。
去年のこの日はリエステール側にいたために、リックテールで行われるイベントにはあまり詳しくないのだ。
「あら、知らないの? ……まぁ、リエステール側の人間じゃ、パティシエでもないと知られてないのは仕方ないか……」
「……てことは、お菓子のイベント? ……で、バレンタインだから――」
「そう! この2月! バレンタインデー!! 大陸中のパティシエが注目するのが、この日行われるリックテールの一大イベント!!」
突然、熱く拳を握りしめて語り始める女性。
製菓系クリエイターであることはリエステールで依頼を受けた時点で聞いていたが、そのイベントとやらのためにここまで熱を入れた姿を見せるのは、少々以外なところがあった。
なかなか穏やか印象はあったはずだが、誰でもその内に熱くなれるものは秘めているということだろう。
「それが、チョコデザートコンテストよ!! 若手のパティシエは感性を磨くために、熟練のパティシエはその実力を試すために、大陸中からこの町に集まってくるの!!」
「……」
で、その間の自分のお店は? 今日こそ書き入れ時じゃないの?
と尋ねたくなったが、そのあまりの熱の入りように思わず口をつぐんでしまった。
まぁ、目標や野望と言うものは、時に何をおいてもやり遂げたいと思うものである。
……冷静に考えれみれば、書き入れ時だからこそそれに関するイベントがあるのかもしれない。

――その後、さすがにイリスが本格的に眠りに落ちそうだったので、話を切り上げて宿を取ることにした。
子どもの睡眠時間は基本的に大人よりも長いと言うが、確かに船やら馬車やら熟睡しづらい場所ばかり乗りついで、その度に歩いて移動していたのでゆっくり眠れる環境ではなかっただろう。
そろそろ社会勉強も兼ねて遠出してもいいかと考えていたが、もう少し計画は練るべきかと思うティールだった。







それから、午前中はイリスの睡眠に付き合って借りた宿の中に篭り、ティール自身も旅の疲れを取る意味で一時間程度の眠ることにし、当然、イリスが目を覚ましたのはティールが起きてからさらに時間が経った後で、町に入った時はまだまだ早朝だったというのに、その時には既に時計の針は正午を少し過ぎた辺りを指していた。

……その後ひとまず二人で昼食を取り、観光ついでに町中の散歩に出る。
リックテールに来た事がないわけではないが、多少時を置けば町の様相などいくらでも変わるもの。
改めて回ってみて、損な事は無い
「……それにしても、こんなイベントあったんだなぁ……」
その中で、ふと今朝聞いたコンテストの事を思い出し、特にすることもないからとイリスを引き連れて、なにかの大きなイベントがある時は会場として使われているという(セントラルガーデン){リックテール中央広場}へ。
世の中何が商売になるのか分からないもので、このバレンタインという風習自体、広まった当時の製菓系クリエイターの陰謀では無いかと一部でささやかれているものなのだが……
そこからさらにコンテストなどのお祭に発展し、それが経済に大きな影響を与える。
まぁ、それに参加している人は楽しんで参加しているわけではあるし、世の中それはそれで上手く回っているのだから、文句があるわけではないけれども。
「ふあー……すごいチョコレートがいっぱいー」
「うん。 確かにこれは一見の価値はあるかも」
こんな大舞台までくれば、一口で食べてしまえそうな小さなお菓子でも立派な芸術品としての輝きを放っていた。
仮にも食料品であるためか、冷蔵機能を組み込んだ透明なケースの中に入れて、その上で綺麗な台座に飾られている。
実際イベント後に保存が効くものではないし、予想するに後で売り捌くのかもしれない。
……どうやら今自分達が歩いているのはコンテスト会場そのものではなく、大陸中の有名なパティシエのチョコに関係する作品を展示している空間。
少し遠くに目を向けてみれば、人波を越えたその向こうに、大掛かりなステージが建てられているのが見えた。
「ふむ、あっちがコンテスト会場みたいだけど……」
「ママ、どうしたの?」
「ま、暇だし行ってみようか? チョコレート作ってるとこ、見れると思うよ」
「これみたいな綺麗なの作ってるの? たべていいのかなぁ」
「んー、食べられるかどうかはわからないけど、綺麗なのはあるだろうね」
まぁ、最後に会場のお客に配るという流れだとしても、売る流れだとしても、見渡す限りのこの人数。
全員が全員それ目的では無いだろうが、コンテストに出されたチョコなど、ほぼ100%食べる事はできないだろう。
「……あ、そうだ。 今朝もらったのでよかったら食べる? 試作品って言ってたし、コンテストのと同じヤツかもしれないし」
「うん、たべるたべるー」
今朝受け取った箱を開き、中から出てきたのは小さな……いわゆる一口チョコ。
コンテストに出すと言うからには、一般的な視点から考えれば豪勢なチョコケーキ系が思いつきそうなものだが、会場の展示や目の前のこの一個を見ている限りでは、実際はそうでもないらしい。
それを証拠に、”前年度コンテスト作品”の箇所に来ると、クリエイター部門、一般部門の両方で、上位のあたりにちらほら小型のチョコが見え隠れしていた。
「これ、きれー……」
一方、チョコを箱ごと手渡されたイリスは、その中身の姿を見て感歎の声を上げていた。
チョコレート色の宝石、という表現がしっくりとくる、シンプルな球体型のチョコレート。
球体の表面を走るホワイトラインも、絶妙な加減でその外観の美しさを引き立てている。
「…………確かに、すごいよね」
そんな存在に純粋に喜ぶイリスを目にして、ティールは一つのことを思い出していた。
(私にも、このくらい作れてたらな……)
プロの域に、とは言わない。
せめて自分で作れるくらいであれば、誰よりもあげたい人に作ってあげることができたのに。
今は簡単な料理ならできるけれど、この世界に来る前は、まともに作った事なんて一度も無かった。
チョコレートを溶かして固めるだけって言っても、それだけじゃつまらないけど、自分にはそれ以上の事はできない。
そんなつまらないモノを手渡すなんて出来なくて、結局市販のものを買ってきてそのまま渡していた。
甘いモノは得意じゃないと言いながら、笑って食べてくれたあの人。
……きっと、自分がつまらないものと思っていたチョコも、笑って受け取ってくれただろう。
そんな気持ちは、決してムダにせずに受け止めてくれる人だったから。
だったらいっそ、一度でいいから自分で手を加えたモノを渡せばよかった。
(会えなくなってから気付いても、仕方ないんだけど)
色々と心の整理はついてきた今だけれど、こういう日はふとした事で彼のことを思い出す。
何気ない事への後悔は、そのさりげなさに反していつまでも心に残る。
……それをそそげるのは、きっと時間だけなのだろう。
「――帰ったら、チョコ作ってみようかな」
今更どうこうしても仕方ないけれど、今は、とにかく作って誰かに食べてほしい……そんな気分だった。
恋みたいなものはないけれど、できれば、身近な友人達に。
「ママ、チョコレート作れるの?」
「大したものじゃないよ。 溶かして、型とって固めるだけ」
それ以上どう加工すればいいかなんて、分かりやしない。
知ってても、料理に対してそんな細かい技術は持ち合わせていない。
どちらかといえば自分の料理は、『男の料理』と言われたほうがしっくりくるくらいの大雑把なもので……
”それなりに味つけて食べれればそれでいい”
普段からフィールドに出て冒険している身としては、食べ物に対してはその程度の認識しかない。
美味しいものなら、家ではヴァイかディンにでも頼めばわりと高いレベルで作ってくれるし、外に食べに行けばいい。
……まぁ、”家族と食べるご飯”ほどありがたいモノはないとも考えているので、後者はできるだけ避けたいところだが。
「なんだかたのしそう。 ……あたしも、やってみたいな」
「……んー、そだね。 ウチの男連中料理上手いし、帰ったら教えて貰おうか」
「うんっ!」
バレンタインを過ぎてから、女二人で男からチョコの作り方を教わる。
多分それは、何も知らない人から見ればさぞ奇妙な光景に映ることだろう。
でも、自分達が楽しめればいいのだ。



「さって、じゃーそろそろ移動しようか。 コンテストの様子も気になるしね」
「はーい。 どんなチョコレートがあるのかなぁ」
そうしてひとしきり『娘』との会話を楽しみ終えると、その娘の手を握ってステージの方へと駆け出しはじめるティール。
普段クールに振舞う彼女も、一人の女性である。
バレンタインというこの空間は、そんな彼女達の本能に語りかける何かがあるのだろう。
……小走りで駆けて行く彼女の顔は、微笑みで満たされていた。