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かくして誰かさんは墓穴に埋まる・後編




競い合いの場と言うと、よほど殺伐とでもしていない限りは出場者もただ見ているだけの者も楽しめるもので、それはそれで立派なエンターテイメントとして扱われる。
特に、こういったお菓子作りなどの分野になると、専門知識がない人間でも、見た目だけで分かる造型の美しさを競う事にもなるので、観客の敷居は低い。
それゆえに会場は人も多く、見やすい位置を確保するのも一苦労だった。

「会場はプロも素人も関係ないのか……」
普通に考えて、パティシエ……お菓子作りを専門にしているクリエイターと、それ以外とではそもそもの実力に差がありすぎる。
なので、このコンテストでは審査の時点でクリエイター部門と一般部門に分けられ、それぞれで順位をつける、という形式がとられているようだ。
とはいえ、どうやら出場登録の時点で既に番号分けされているらしく、舞台の調理スペースは特にクリエイターとそれ以外で分けられているような様子は無かった。
「ママ、チョコレートのお姉ちゃんも出いるの?」
「チョコレートのって……」
少なくとも、今日に限っては舞台で調理している人は全員チョコレートの人と表現する事は出来そうなものである。
……まぁ、周囲がどう受け取られるかどうかはともかく、ティールとイリスの間ではそれで意味は十分通る。
「あ、あそこにいるみたいだけど……さっきと違うの作ってるような?」
ティールに対し、この町までの護衛の依頼をしてきたパティシエの女性。
彼女は確かに舞台の上の調理場の一つでその腕を振るっていたが、その手元で作られているモノは、ぱっと見た限りでは、先ほど二人が目にしたような球状の宝石を思わせるものとは様相を変えていた。
作っているのは、素人目にもわかるケーキ――それも、このコンテストの主旨から考えるに、チョコケーキの土台。
まだデコレーションはされていないので、ここからソレがどう化けるかは全くの未知数である。
「…………ふーん、なるほどね」
しばらくそのまま彼女の作業工程を眺めて、ようやくその真意が掴めた。
今朝手渡された一口チョコは、チョコケーキの装飾に使われるうちの一つ。
それ単体でも完成された作品に見えていたが、それもまた作業行程のほんの一部でしかない、ということだろう。
「さすがプロ……って言うべきなのかな? 料理とか芸術のことなんてよく分かんないけど……」
冒険者的な言い方をするなら、仕掛けの中に仕掛けを施す、といったところだろうか。
……何気なく浮かんだ一言とはいえ、随分と殺伐とした言い回しに思わず苦笑してしまった。
「…………」
「――っと、どうしたの? イリス」
そんな時ふと見下ろすと、イリスが舞台の上のある一箇所を、なにやら難しい顔をして凝視している光景が目に入る。
生まれてから一年もたっていないためか、赤ん坊のように何事にも興味を示すイリスだが、こんな顔をして何かを見つめるということは無かった。
さすがに何事かと思い、自分もその方向へと目を向けて見ると……
「…………ん?」
そこにいたのは、金色の長い髪を黒いリボンで少し無造作な感じに纏め、僅かに水色を含ませた白い衣装に、青系統の色のエプロン、といういでたちの少女。
会場に入る際に受け取ったパンフレットと彼女の調理場の位置を照らし合わせると、プロのパティシエではなく一般の参加者であることはわかる。
「リゼル・エリオン?」
出場者欄の名前は、そう書かれている。
その手際は他の一般参加者よりよく、パティシエのグループと見比べると何段か見劣りするものの、それなりの技量は備えているようだった。
「……なんだろう、どっかで……」
見た事ある?
違う、記憶を辿ってみてもそんな姿をした相手には見た事がない……あったとしても、意識もせず視界に入った程度のものだろう。
その程度のことなら、単なる『背景』としてしか目に入らず、印象にすら残っていない。
だから――変な言い方になるが、きっとこの既視感は外見から来るものじゃない。
「……雷系統の力――この人数の中で、ぼんやりとだけど察知できる。 それなりに力のある支援士ね――」
この世の存在であれば誰しも多少のメンタルは持っている。
ある程度鍛えられた者なら、集中する事で他者が無意識下で発するような微弱なメンタルを気配として察する事ができ、また発せられる気配の強さは当人のメンタルの強さに比例し、力をつけてきた者は、ある程度意識的に抑える訓練は欠かせないという。
クレセントであればその察知能力も高く、逆に無意識のメンタルの放出を完全に消す事ができるというが、自身が強ければ強いほどその技術も高めなければならないため、なかなかに苦難の道であると誰かが言っていた。
「作業に集中して、興奮してるとしても大きい気配ね――でも、これは……」
そして、今ティールが意識を向けているメンタルの波には、覚えがあった。
彼女自身の力ぶどこかで別の何かが介入し、上乗せされている――言わば、一人の人間から気配が二つ重なっているという妙な状態。。
それでいて、その重ねられた力は彼女自身のメンタルと完全に同質化している。
……イリスが難しい顔を見せている理由は、おそらくこれだろう。
その違和感がなんなのかは理解していないだろうが、それが違和感であるということは感じている。
虹の申し子、アイリス。その本能的能力は、そのまま恐ろしい程の才能へと変えられているようだ。
「他のヤツの力が自身の力に上乗せされる――というと、エミィの『氷昌の冠』やヴァイの『沙雪』と同じか。 それで雷の力………… あっ!」
まさに、ピンッ、という擬音が聞こえてきそうな感覚と共に、その姿が頭に浮かんだ。 
「リゼル・エリオン――追加と省略。 なるほどね」
目つきや、その目の色は自分の記憶の中にある”彼女”と同じもの。
遠目で明確に決めつける事はできないが背丈も大体おなじくらいだろう。
とはいえ同じ特徴をもった人間がいるという可能性は否定できないので、それは確定では無い。
だが、”轟雷宮の加護”を得ている人間などそうはいないもので……確定的な証拠は無くとも、その正体に対しての確信は持っていた。

「わざわざ姿変えてまで出場するなんて、かわいいところあるね」







――その後のコンテストの流れは、全体の調理が終わるまで待ち、その後に審査員が外見や味、細工の細かさやコンセプトなどから採点していき、クリエイターとその他に分けて順位を決める、というもの。
今朝別れたパティシエの女性は惜しくも四位と、入賞に一歩届かなかったが、それでも十分名誉なことだろう。
トップに立てば、後は落ちるのみとはよく言ったもので、上があればそれだけ明確に目指すものができるというメリットも、下に立つ者にはあるのだから。
まぁ、それに気付けるかどうかという事もあるのだが、それは些細な事である。

「ねえ、ちょっとお話したいんだけどいいかな?」
表彰式も終わり、コンテスト出場者も舞台から降りて行ったその後。 ティールはイリスを連れて、舞台裏にいる今回の一般部門優勝者――リゼル・エリオンの元へ。
周囲にいた観客が話していた内容を思い返せば、今年で一般部門三連覇という偉業を成し遂げたという。
それはこのコンテストについて詳しくない自分でも、大したものだとわかることである。
ただ今は、そんな事よりも別の興味でティールは大きなトロフィーを抱える彼女へと近付いていた。
「えっ……!? あ、な……なぁに?」
こちらの顔を見た瞬間に見せた、わずかな動揺。
直後に取り繕うように舞台の上でも見せていた笑顔に変えたが、その一瞬の表情の変化を、ティールは見逃す事は無かった。
「リゼル・エリオン――違和感の無いいい名前だと思うけど、もう少しひねるべきじゃないかな?」
「な、何の話かしら? いきなり呼びかけて、わけのわからないことを……」
視線をティールから逸らしつつ、何かを弁解するように言葉を続けるリゼル……を名乗る少女。
恐らく、本人ももう自分の正体がばれているのは分かっている。
それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいということだろうか。 意地でも、隠そうとする意思は明らかに見えていた。
「冷や汗出てる……っていうか、私の動きに気付いてないって動揺しすぎだよ。 リーゼ」
「えへ、やっぱりリーゼお姉ちゃんだったんだ♪」
「……え? ……あっ!?」
はらり、と自分本来の色の髪が視界に入り、リゼル――もとい、リーゼは何が起こったのか理解する。
すでに最初の視界からティールの姿は無く、声が聞こえてきた方へと目を向けると、金髪のロングヘアーを、黒いリボンで纏めた形をしたかつらを手にした彼女の姿があった。
「まぁ、見えててもそんなトロフィー抱えてたら自慢の足も関係ないよね」
そう言いながら、ぽふっと元の位置に戻るついでにリーゼの頭にかつらを被せなおすティール。
――ちなみにイリスは、なんだか楽しそうな笑顔で、呆然としているリーゼの姿を見つめていた。
十中八九、『お姉ちゃんなんだかかわいいな』といったニュアンスのことを考えているのだろう。

「あぅああああああぁぁぁぁぁぁぁ………・・・・・・っ!!」

言葉にならない言葉、とはまさにこのことだろうか?
顔を耳まで真っ赤にして、そんな奇声を上げながらその場にうずくまるリーゼ。
隠そうとしていた理由はなんとなく想像できるが、ここまで分かりやすい反応を見せてくれるといっそ可愛そうにもなってくる。
「き、気づいたって、そっとしてくれたらいいのに……」
「うーん……普段からそっちには引っ張りまわされること多いしさ、たまにはこっちが困らせてあげよーかなーと」
ティール側が引っ張り回される事と言えば、出会い頭に勝負を挑んできた事や、リエステールでいつかあった『黒猫レイの捕獲以来』の時がいい例である。
あの時はなんとなくの流れで対決する事になったが、その後半月ほど意地になったリーゼに付き合わされて、他の依頼を全く受ける事が出来なかった時期があった。
ちなみに、そこまでしてネコを追い回した結果については……各人の想像に任せよう。
「ていうか、そんな恥ずかしいなら、そこまで徹底的に姿を変えてまで参加しなくてもいいんじゃ……」
「…………ボクだって、二年前の一回だけのつもりで! それもちょっと気が向いただけだったよ!! あの時から、お菓子作るのが趣味だって知られたくなくて、名前変えて、変装してやってたけど……」
ティールとイリス――要するに知り合いの顔を直視できないのか、終始真っ赤な顔で俯いたまま語り始めるリーゼ。
アングル的にも目元が見えなくなって、この状態で見ると、完全に別人のように見える。
変装するにしても、まちがいなくこれはかなり徹底的なものだ。
「まさか優勝できるなんて思ってなくて!! また次回もなんて期待されて!! なんか引っ込みつかなくなって!! ディフェンディングチャンピオンとか騒がれて!!」
「……そんな勢いだけで三連覇ってのも凄い気がする……」
クリエイター以外が料理が上手い例は、実のところ捜せばいくらでも見つかるだろう。
ティールのギルド、リトルレジェンドでも、ヴァイとディンがその”クリエイター以外で料理がうまい”タイプに当たる。
ヴァイは酒場で出されるもの――マスターの奥さんで、クリエイターであるヤヨイさんの料理を再現できる域だし、ディンはどんなモノでも、食べられるものなら直感だけで上等な料理に仕上げてしまう。
ヴァイは元々料理に多少の興味はあったのだろうし、ディンは”ダンジョン内で食料が尽きたら、適当なモノでも料理して食えなきゃいけない”と、真剣に言うほどの経験がある。
……結局、目的意識や興味を持つか、必然を迫られれば、本職で無くてもそれなりの力はつけられるということだろう。
少なくとも、”料理”というカテゴリに関して言えば、そうなのかもしれない
「リーゼお姉ちゃん、お菓子作るのが好きなの?」
さっきから変わらず地面へとくずおれたままのリーゼに、そう呼びかけるイリス。
子どもの無邪気な一言は、相手によっては色々と痛い。
それも悪気がないために、責めるに責められないという強烈な精神攻撃である。
「…………はは、笑っちゃうよね……こんなガサツで大雑把で女っぽくないボクが、お菓子作りなんて趣味持ってるなんてさ……」
人間、周囲からの自分への評価を理解していると、それに答えようとして本来の自分が出せない事は多い。
今回の場合は彼女自身の言葉通り、男勝りで男言葉を使ったりしている自分の性格をよく分かっているからこその変装。
「私は別にいいと思うけどなぁ……趣味なんて人それぞれだし、周りがイメージで決め付けるってのがそもそもおかしくない?」
「……そりゃボクもそー思うけどさ……知り合いから”意外とかわいいとこあるじゃん?”とか”女っぽい趣味もあるんだな”とか言われるかと思うと、なんか恥ずかしくて……」
男性のパティシエなんていくらでもいるし、お菓子作りが女の趣味だっていうのも思い付きのきめつけだ。
そういうことが出来る”男”が大陸中にはごまんといるのに、女であるリーゼがそんな事を言ってしまえば身も蓋も無い。
(ていうか、むしろその態度の方がかわいい気がするんだけど)
乙女な(と本人が思っている)趣味がばれたから、と言ってここまで顔を赤くして恥ずかしがる姿は、その服装もあいまってティールには至極立派な乙女に見えていた。
「なんだかよくわかんないけど……お姉ちゃん、あたし、お姉ちゃんの作ったお菓子食べてみたいな」
……そんな中、相変わらずの笑顔のまま、再びリーゼに声をかけるイリス。
おそらく、本当にティールとリーゼの会話の意味は分かっていないのだろう。
でなければ、そんな純粋な笑顔を浮かべたままそんな事が言えるはずがない。
「……イリス?」
「お姉ちゃんのチョコレート、すっごく美味しそうだったから、あたしも食べたいって思ったの」
ティールは何も言わず、そのやり取りを傍聴していた。
自分が出る必要は無い。 もしくは、まだ口を挟む時では無い……そう判断したのだろう。
「おいしそう……だった?」
「うん! キレイで、なんだかキラキラしてて、楽しくって、すごくおいしそうだったよ!」
「……そっか。 へへ、コンテストの作品じゃなかったら、食べさせてあげられたんだけどな」
そう口にした時、リーゼの顔に笑顔が少し差しこみ始めた。
自分の作ったモノを誉められて、嬉しく無い人はいないだろう。
優勝が宣言された時の彼女の笑顔も、少なくとも演技とは思えないほど輝いていたから、ホンモノに違いは無い。
「……ねぇリーゼ。 食べてもらえる相手がいた方が、作りがいもあると思うよ」
――その瞬間の表情を目にしたティールは、それに一押しいれるように言葉を挟んだ。
それに一瞬遅れて反応し、始めて顔を上げるリーゼ。
被せなおしたかつらのせいでまだ別人のような錯覚も覚えるが、そんな感覚は無視して話を続ける。
「”恥ずかしい趣味がばれた”って思うんじゃ無くて、”遠慮なく披露できる相手ができた”って思えばいいんじゃないかな?」
「…………う……」
確かに、ばれてしまえば隠す必要もなく、いっそ思いっきり披露してしまった方が気が楽かもしれない。
「それに、少なくとも私とイリス……というかウチの皆はリーゼの趣味を否定なんてしないと思うよ?」
「……」
ティールとイリスについては、さっきの会話から嘘ではないことは分かる。
リスティとエミリアについては、ちょっと驚きつつも笑って”食べてみたい”といった感じの事を口にするだろう。
ヴァイとディンはいまいち想像できないが、まぁ他人の趣味を頭から否定するような人間では無い。
「それに、私もちょっと教えて欲しいなって思ってたし」
「……ティールが?」
「ママも作るの?」
「うん。 ……まぁ、こんな私でも女なわけだし、こういう日は、思うところもあるから」
――本当に渡したい相手には、もう会えないけど――
ふと言いかけたその言葉は、口には出さずに飲み込んだ。
恋も愛も偶発的な出会いの発展で、自ら求めて手に入る事は極々稀なことで、その時が来るならまた恋もするだろうし、なければ一生独り身なだけ。
そんなドライな考え方をしている自分でも、未だに『彼』の事は忘れられずにいる。
その想いの行き場は無くて、なにか発散できるようなことがしたかった。
「今から帰っても2、3日過ぎちゃうけど、みんなへあげるチョコだし、そのくらい許容範囲かな」
「……まぁ、そういうことなら教えてあげてもいいけど」
そんなティールの心の内を察したのか、少し表情を変えて答えるリーゼ。
イリスはイリスで、『親』とその友人二人からお菓子がもらえるかもしれない、という事に、無邪気に微笑んでいた。








「――・・・・・・命短し~恋せよ乙女~……と言うのは~少し違うかしら~?」
三人がそんな会話を交わしていた舞台裏の、少し離れたところ。
室内、屋外、雨、晴れ関係なくいつも広げているはずの日傘を閉じて、物陰に隠れるように座っている女性が一人。
――言わずとしれた、リーゼの姉。カノン・エルヴィオン、その人だった。
「あの~すっごくおいしいリーゼのお菓子……食べられるのが~私だけというのも~なんだか寂しかったですが~……」
”んー”、と何かを思い返すように手を口元に当てながら、目を閉じるカノン。
直前の一言から察するに、リーゼ特性のお菓子の味を思い返しているのだろう。
「それはそれで~ちょっと悔しいと思うのは~、私にも~独占欲があった~・・・・・・と、いうことでしょうか~?」
……誰に聞いているわけでもない。どちらかと言えば、自問自答。
――自分一人だけが食べる事を許されたお菓子――
その響きは、なんだか自分が特別な存在であると思わせる、中々に魅力的な響きでもあった。
それを考えれば、きっと自分一人だけが知っていればいいと思うのは、ある意味当たり前なのかもしれない。
「まあ、リーゼにとって~いいことなのは確かですし~・・・・・・よしと、しましょうか~」
最後にそう口にすると、クスッと微笑んで立ち上がる。
そうして向かう先は、今まで目の前でコントじみたやり取りをしていた三人の元。
顔を合わせてすぐ、明日の朝にはすぐに帰路につこうと提案した。
友達同士で、仲良く料理をする光景を見たかったから――



END