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「……端末じゃもう限界ね……」
そこは異空間――と呼ぶにはあまりにも程遠い空間。
なぜそういい切れるかと言えば、まず床はどこの家庭にもあるフローリングの床で、薄い青色のソファーが四角を描くように並び、その中心に背が低めのテーブルがある。
また観葉植物やぬいぐるみ等の飾りもいくつか存在し、全体としてかわいいイメージを見る者に持たせる雰囲気を放っていた。
「私自身が動けなくなるから、本体の起動は控えたかったけど……そうも言ってられないか」
その部屋の主――薄桃色の髪をみつあみに纏め、十字架をモチーフにした模様の服を身につけた少女は、それまでその手に持っていた携帯電話を閉じてスカートのポケットに放り込み……そして、壁と一体化しているテレビにその目を向け、正面に位置するソファに腰かけた。

―IDとパスワードを入力してください―

それと同時にテレビの画面にそんな一文が現れ、彼女の手元には、まるでホログラムのように空中に光でその形が構成されたキーボードが現れる。
――さらに、いつのまにかその頭にはヘッドホンとマイクが装着されており、彼女はためらうことなくそれに向かって口を開いた。
「ID:HIZUMI パスワード:************」

―IDとパスワード、声紋の一致を確認 WORLD MAKER Ver.R-H 起動します―

「起動次第『境間世界』のマップ表示、続けてバグとプレイヤーの位置をマーク」
そして、そこから数秒もしない間にテレビの画面がこの町の詳細地図に切り替わり、同時にその町のあちらこちらに赤い点と、青い点が出現する。
赤い点は密集しているところだとその一帯が真っ赤に見えるほどにあるのに対し、青い点はごくごく少数で、その上一部の密集している点を除けば、ほぼ町中に散らばってしまっている。
「コアクラスのバグが二箇所……」
指を常人では考えづらい程の高速でキーボードの上を走らせつつ、呟くようにそんな事を口にした。
彼女の目に映るのは、マップ上に二箇所存在する、『コアクラス』と呼ばれた赤い大きな点……すなわち、大型のバグがいる場所である。
「プログラム設定変更。 世界全体へのバグ成長抑制処理の一部をバグズ・コアA&Bの正常化・消滅に集中……といきたいけど、私の今の処理能力で相手がこの規模じゃ、どんなにがんばっても弱体化する程度ね……」
手の動きを止めずに、ふぅ、と溜息を一つ。
しかし、考え込んでいる時間は無い。
この世界は、外の世界からは『エリワー学園』と呼ばれている世界を複写したもの……と、最初のメールでは説明しておいた…………が、実際はもう一つ説明していない事がある。
複写という形で世界構造を近いものを創り出し、本来の『エリワー学園』に発生しかけていたイレギュラーをこちら側に逃がす形で、そのイレギュラーによる『エリワー学園』に対する影響を押さえ込んだ。
しかし、それはあくまで応急処置。
閉鎖された世界でもそのイレギュラーは成長を続け、限界を超えれば元々の世界へ溢れ出す可能性が高い。
……それが意味するのは……まぁ、説明するまでもないだろう。
「……頼るしかないか。 メール画面オープン、送信先は……」







ズズズズズズズズズズズズズズズズ…………









「地震!?」

それはセオとはぐれ、鷲のような姿をしたバグとの戦闘を終えてからしばらくして、バグとの戦闘や逃亡を繰り返しながら探索を進めていた中での出来事だった。
突如として何の前触れも無く起こったのは、その揺れを見て知覚できる程に大きな地震。
エンリケはその状態で走るのは危険と判断したのか、ブレーキをかけて車を停止させた。
……状況が状況なだけに、思わずなにか異変でもあったのではないか、と考えてしまうには十分な要素である。
「大丈夫よ、どうやら収まったみたい…………だけど、なんだか胸騒ぎがするわね」
そう口にするのは、エルナ。
だが、共に行動していた全員が彼女と同じ感想を抱いたらしく、今までに無い緊張感と共に、周囲の様子を警戒するように見渡し始めた。
ここは言うならばひとつの『異世界』。
一つの事象が何を意味しているのか、自分達の感覚のみで決定づける事はできないのだ。
だからこそ、何に対しても慎重でいなければならない。
「……え? な、何コレ!?」
――そう思ったその直後だった。
クリアの叫び声に反応するように、全員が車の窓の外にその視線を向ける。
と、そこからは……いや、地面と言う地面全体から、黒い光の粒のようなものが少しづつ吹き出ていた。
しかしそれはなにか特別なコトを起こすようなこともなく、数秒もしないうちに周囲からその姿は跡形もなく消え去っていた。
……一瞬遅れて全員ハッとなって今の現象からの影響を警戒したが、体調がおかしくなったということも無く、周囲にバグが現れたなどという事も無い。
が、そんななにもないという状況が、逆に一同の警戒心を煽っていた。
少なくとも今の現象は、物理的な要素とは一切無縁のものであるということだけは確かである。
「さっきの地震と関係あるのかな……」
「それはわからないわね。情報が少なすぎるわ」
下手に結論付けてしまうと、その他の答えがあった場合の判断が鈍る。
不確定要素が多すぎる現状では、結論は急がない方が懸命だろう。
「……まぁ、わからなかったら気にしてても仕方ないよね。 とにかく、先に進――っとゴメン、電話だ」
まだ一抹の不安を覗かせつつも、軽く笑顔を見せて道を歩き出そうとしたクリアだったが、突如彼女のポケットから聞こえてきたいつもの着メロに反応し、即座にそれを受けた。
この状況で彼女に電話をかけてくる――いや、かけることのできる相手は、ティール、空也、セオ、そしてエルンストの4人だけ。
恐らく、今の異変についての事だろうと一同は思いつつ、彼女の受け答えに耳を傾けていた。
『やほ、クリア。 大丈夫?』
「ティール! うん、今のところ私達は大丈夫だよ。 そっちは?」
『こっちも異常は無いよ。 でもさっきのモヤもあるし、何が起こるかわからないから集合場所を変えるよ』
「うん、わかった……で、どこ?」
コホン、と携帯の向こう側から咳払いの声が聞こえ、ここから改めて重要な用件を始める、という事をアピールしてきたのが分かった。
クリアはこれから聞こえてくる情報を聞き漏らさないように、それまでよりも携帯の向こうからの言葉に意識を集中し始める。
『全員で、一度私の家に来て。 私達も今から戻るから』
の一言だけ。
「…………ティールの家に?」
『学校の前の方が近くてよかったんだけど、さっきのを見る限り……外は危険の可能性が高いから、屋根のある場所で会議でもしたほうがいいと思う。 私の家ならそれなりに人数も入れるし』
「……うん、わかった」
『本当はエルンストも参加してほしいけど、彼の性格を考えると、安静にして欲しいなら今は何も言わない方がいいね』
それは、なんとなくクリアにも分かる気がした。
エルンストは、プライドとかそんなものとは別の次元で気高く、誇りに溢れた青年。
それこそ、物語に登場するような”聖騎士”にふさわしい人間だ。
……異常な事態に気がついたとなれば、自分の体調をかえりみずに出てくる可能性が高い。
「あ、私達はエンリケさんの車で移動できるから先につくかもしれないけど……ティール、家の鍵空いてる?」
『あー、閉まってるかも。 ちょっと待って、今鍵送るから』
「送るって……え? ちょっとどういう意味……」
周囲から見れば、明らかに『はぁ?』とでも言うかのような表情になっていただろう。
まぁそれも当然である。 物理的にかなりの距離が空いているというのに、宅配便やらそんなものも無しに物を送る事が出来るはずもない。
というか、あったとしても待ち合わせて手渡しした方が早いだろう。
そもそもそうするくらいなら、家の前で待っていた方が建設的である。
『……隠し機能、気づいてないみたいだね。 まぁ、メールするからとりあえず進めといて。 そんじゃ』
「ちょっと、そういうのはちゃんと説明してから……って、切れた」
とりあえず常に会話の主導権がティール側にあるのはいつもの事なのだが、時折説明が足りない事があるのが残念だった。
まあ、そういう場合は本人に考える余地を残すため、意図的に説明を削っているという事も多いのだが……
「あ、来た来た。 えーっと……添付ファイルを開いて、キャプチャーシステム起動?」
その意図をいまいち理解できないながらも、とりえあえずメールの文面にある通りの作業をするクリア。
そしてカチカチとキーの操作を続けていくと……キャプチャーシステムの『実体化可能アイテム』の表示画面に、『カギ』という項目が増えていた。