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翠水晶石の採取依頼を出血大サービスしつつも無事に終え、ミナルにて報酬金を受け取った2人はリエステールへの帰路を進んでいた。まー別に家とか無いのでミナルで野宿も可能なのだが、依頼が終わればリエステールへ帰るのが2人の一応の決まりになっていた。

辺りはすっかり暗くなり、夕日も地平線に僅かに頭を覗かせているだけとなった。

今夜は新月。月が夜空に飲み込まれ、月光の届かないこの大地の闇の力が、もっとも強くなる夜だ。

そこで、

「せっかくだからもうひと稼ぎしていこうぜ」

と、ライトがそう言ったのだった。

無論、早く休みたいという抗議の声は、「お前の食費代がバカみたいに高いんだよ」という一言で黙らせておいた。

 

 

大陸南部、グノルより南の陸端。

そこに1つの祠がある。

普段は入って先200Mしかない何の面白味も無い祠で、『有限回廊』という名がついているが、新月、つまり今夜のような夜になると、その隠された闇への扉が姿を見せる。

その名も『無限迷宮』。

欲に目が眩み、己の力量を測りきれなかった幾人もの哀れな冒険者達を呑みこんだ魔のダンジョンだ。

かつてはこの内部で宝を見つけたと言っていた者もいたが、婚約者の父親とその部下達を連れて再びこの迷宮に入った後、全員消息不明になった。

今も尚ほとんど調査が進んでおらず、この迷宮から生きて戻ってきた数少ない者達でさえ、そのほとんどが再び訪れることを嫌がるこの迷宮に、今また2人の人間が挑もうとしていた。

 

腰の左右に双剣を吊るした黒いコートを身にまとう黒髪の青年と、その容姿に不釣り合いな機械のような杖を持った、白い外套を羽織った茶髪の少女。

ライトとティラである。

 

太陽はとっくにその姿を消し、今、空には無数の星々と全てを飲み込むような深い闇だけが広がっていた。

「・・・ねぇ、ライト・・・」

さぁ行くぞと歩を進めようとしたところで、コートの裾を掴まれた。

一体何だと顔をしかめながら後ろを振り向くと、コートの裾を掴んだティラが情けない顔をして立っていた。

「なんだ?」

「やっぱり・・やめないかなぁ?ほら、もっと体調が良い時に出直すとか・・・」

若干引き攣った笑顔で言う、ここに来るまでに約12回は言われた提案は、無論、迷うことなく却下した。

「1週間は間違いなく収入がないんだ。ただでさえ毎日の金に困っているのに、そんな悠長に待っていたら餓死しちまう」

「そんなぁ・・・」

少し泣きそうな顔のティラに背を向け、無限迷宮の入り口へと数歩近づき、そしてまたティラに向かって振り向いた。

ティラは怖がっているようだが、ここまで強気になれるのには一応の理由がある。

新月の夜に特別なのは、無限迷宮や魔物だけでは無いのだ。

 

「大丈夫だって。それに新月はお前の力が1番強くなる日の1つだろ?」

「それは・・そうだけど・・・」

ティラはそう言いながら自分の手を見た。その手が、腕が、全身が、まるで月光のような淡い銀色の光を放っている。

その瞳や髪にも、ほんの僅かだが青い色が入り混じっていた。

これがその理由だ。

ティラはどういうワケだか、新月と満月に近づけば近づくほど、その力を増していくのだ。

ただし、力が増すのは夜中のみだが。

「でも・・・」

「はーい、ストップそこまで!」

小さな声で尚も抗議しようとするティラの前で手を叩き、それを無理矢理止めさせた。

ここに来るまでにかなりの時間が過ぎたのだ。ここで同じことを何度も繰り返していたら、いつ朝日が昇るか分かったものでは無い。

「往生際が悪いぞ。一週間飯抜きでもいいのか!?」

その必殺の言葉に、ティラはグッと顎を引いた。続いて観念したような、それでいてどこか怨みがましい目でライトを見る。

「ご飯抜きは・・・嫌です・・・」

「そうか。じゃあ決まりだな」

「うぅぅぅぅ・・・」

ガクリ、と頭を垂れてトボトボと着いてくる気配を背中に感じながら、祠の中へと入って行く。

いざ、無限迷宮へ。

 

全ては生活費の為に!!

 

 

無限迷宮の内部は噂に違わず鬱陶しいほどの数のトラップが仕掛けられていた。

ライトの能力、トラップシーカーと風読みによってそれらは何無く回避できたが、これら空間把握系の能力を持っている者がいない集団にはかなりキツイものがあるに違いない。

現に、薄暗い通路の所々には古い血痕が大量に残されていたり、わざと発動させた落とし穴の底に、針の山に突き刺さったままの数人分の白骨が転がっていたりしていた。

なんとも面倒臭いダンジョンだ。

「あーティラ、そこの床踏むなよー。死ぬぞー」

「えぇっ!?死!?」

あまりのトラップの多さにげんなりしてきて、どうにもやる気をなくし始めた声で注意をすれば、それにいちいち過剰に反応してくれるのは面白い。しかしだねティラさんや、その元気は羨ましいが、個人的に言えばもう少し大人しくしてくれた方がお兄さん嬉しいかな。あと、どこか抜けているのは分かっているが、あからさまにバレバレのトラップに引っかかるのは止めてください。怖いから。

 

というか誰だ。こんな通路の真ん中にバナナの皮捨てたのは。

 

「・・・!ライト、マキちゃん。すごい発見をしたよ」

「なんだ?」

『なんですかマスター?』

2人(1人は機械杖)の問にティラは思案顔で頷いた後、真剣な表情でこう答えた。

「バナナの皮は滑る」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

さすがだ。頭から生えているアホ毛は伊達じゃないな。

 

「さよか」

『そうですか。よかったですね、マスター』

 

頭にでかいタンコブを作ったティラの答えを適当にあしらいつつも歩を進めると、今度は何もない所でこけた。その手の10センチ先にはトラップの発動する床が。

・・・ほんと、勘弁して下さい。いやマジで。

『大変ですね。ライト』

少し同情するような声がこけたティラの握る杖から聞こえてきた。ええ、まったくです。

 

その後も魔物には遭遇しなかった。いや、遭遇しないようにしていたと言った方が正しいか。何か奇妙な気配を感じ始めたら、そのまま正規のルートを進むのではなく、さり気無く他の壁とはまったく見分けのつかない隠し扉を開けて未知の領域を進んでやり過ごしていたからだ。しかし、そんな捻くれた進み方をしていたからか、ついにそのツケが来たようだ。

「・・・ティラ、すまん」

「え?」

「囲まれた」

そう言った直後、奇妙な音と共に通路の前後に大量の魔物が2人を取り囲むように出現した。

コウモリの様な網膜上の翼、人間に似ているが異形な姿をしたそれは、いわゆる悪魔と呼ばれる種類の魔物だ。

「ええっ!?なんで?今までいなかったのに!?」

突然の魔物の出現に思いっきり動揺しながらも、杖を構えたのは一応合格と言っておこう。

「さっきから監視されていたのは気付いていたんだがな、襲ってこないから妙だとは思ったんだが・・・」

「何時から!?」

「6つ目の隠し扉を通った辺りから」

絶句しているティラに比べてライトはいつも通りに冷静だが、いくら場慣れしていてもこの状況はまずいらしく、周囲を警戒しながら既に双剣を抜いていた。

―――数にして約20体以上。まさに絶体絶命というやつだ。

 

「人間ヨ、ソノ服ノ内側二隠シテアル黒キ力、渡シテ貰オウカ」

先頭にいた悪魔の1人がそう言いながらライトの顔に剣の刃先を向けた。

「うっわ、ばれてるよ」

ライトはそう苦笑しながらも素早く前後の通路に目を走らせ、そして僅かに身を屈めて敵に聞こえない程度の声でティラに囁きかけた。

 

「(あっちの通路の方が、敵が少ない。突っ切るから一度ぶっ放て!!)」

「はっ、はい!!」

ティラはあわてて答えると、ティタノマキアの杖先をライトの示した方の通路に向けた。

「なるべく強いので頼むぞ」

「マキちゃん、リミッター3解除!アタックモード、サブシステムA・B・D・E起動!!」

『OK。リミッター3解除。サブシステムA・B・D・Eに設定。<アタックモード>起動します』

ガシャン!とけたたましい音を立てて杖先の部分が変形を開始。高速で幾つもの部品の収納と展開を繰り返し、わずか2秒で変形は終了した。そしてティタノマキアは4つの穂先をもつ槍のような攻撃的な形状になった。

続いて杖の先端部分の下についている太い円筒部分の3カ所が上部に向かってせり上がり、その隙間から僅かに煙が上がる。

そしてティラが握る力を強めると、キュィィィンと機械が高速回転するような甲高く短い音が響き渡り、杖先の中枢コアのある部分を中心に杖の温度が上昇した。

 

「ウォーティランス!!」

ティラがそう唱えると4つの穂先、杖の先端から水の球体が出現し、それは放たれることなく回転しながら少しずつ膨張していく。

『チャージ開始。目標出力まで、あと9秒です』

「ライト、援護お願い!!」

「よーし、まかせろ」

『残り7秒。・・・6・・・5・・・』

2人が何かをする事に気が付いた悪魔達が、怒声を上げて2人―――特に無防備なティラに向かって殺到した。

鈍く光る鋭い爪が、牙が、刃が、無防備な少女を血に染めんと襲い掛かる。

「残念だが・・・ここは通行止めだぁぁぁぁっ!!!」

だが、それは守りを任されたライトによって阻まれた。襲い来る悪魔に突っ込み、ライトの振るう双剣、黒金の剛爪という名前の黒い水晶剣が、近づく悪魔達の喉笛を引き裂き、その翼を薙いで行く。“攻撃は最大の防御也”今やライトは、まさに双剣を振りかざし荒れ狂う暴風の様だった。

後方の悪魔達が放つ魔法も、ある時はかわし、ある時は双剣で無理矢理弾き飛ばすという人離れした芸当で回避し、尚且つ近づく敵には1つ残らずその剣が唸りを上げた。

やがて、その暴れ狂う竜の様な覇気に悪魔達は如々に動きを鈍らせ始めた。

だが、それで安心する程ライトは馬鹿ではない。

この悪魔達が比較的下位に分類される者達だと既に気が付いているからだ。ここで中位以上の悪魔か魔物が出張ってきたら、さすがにこの拮抗状態も保てなくなる。

さらに言えば魔法を弾く度に腕が痛いです。やめてください。

「ティラ!マキア!急げ!!」

これは、完全に時間との勝負だ。時間が経てば経つ程、騒ぎに気付いた他の魔物が集まりやすくなる。そうなったら完全にアウト。この無限の迷宮に、新たに2つの骸が転がることになる。いや、最悪の場合、骨すら残さず食われてしまうだろう。

『・・・2・・・1・・・0。チャージ完了。目標出力に到達しました』

やたら長く感じたカウントダウンをティタノマキアが言い終わった時、杖先の水球はティラの体の大部分を覆い隠すぐらいに大きくなっていた。

それが、今か今かと放たれるのを待っている。

「ライト!いつでもいいよ!!」

「よしっ!やれ!!」

「はいっ!!メンタル収束、出力最大!!ウォーティランス!!」

ドンッ、という轟音が通路いっぱいに響き渡り、通常の数倍の大きさはあろうかという水の大槍が、通路にいる悪魔達のど真ん中に命中した。放った際、その衝撃でティラの体が少し後ろに後退した。

水の大槍は、そのまま悪魔達を貫き蹴散らしながら通路の奥まで突き進み、曲がり角にぶち当たって粉々に霧散した。

水の大槍が通った後は、綺麗な道となった。

「よし、上出来!!」

「あ・・ありが、とぉぉぉぉぉおおおおお!!??」

後半が驚いたようになっているのは、ライトに荷物でも持つ様に右肩に担がれて走りだされたからだ。

「ラ、ライトさん!?な、何を―――!?」

「何って、このチャンスを棒に振るわけにはいかないだろう。それにお前セイレーンだろ。マージナル系は足が遅いんだから、こっちの方が早い」

赤面しながら降りようとするティラを言葉で押し止める。・・・まぁ、それも理由なのだが、こんな危険な状況で転ばれたりしたら目も当てられないというのが本当の理由だ。

 

後ろに悪魔の罵声や追いかける足音、羽音を聞きながら、先程ウォーティランスがぶち当たった通路の突き当たりに差し掛かる。

そこに着く前に体を横向きにして足を止めて急ブレーキ。ズザザーーッと土煙を立てながらそのまま慣性の法則に従って地すべりし、曲がり角に着いた途端にダッシュをかけた。失敗していたら壁に大激突という愉快なことになっていたが、この状況でそんな馬鹿な真似はしない。

やがて通路の終わりが見え、その先は何かの部屋のようだった。鉄製のドアは突き破られたように壊れて、走ってそのまま入れそうだ。

(あそこまで行ったら、あとは徹底抗戦のみだな)

ライトはそう覚悟を決めて、薄暗い部屋の中へと飛び込んだ。

 

 

そこは何かの実験室のような場所だった。辺りには何か饐えたような奇妙なにおいが充満し、石造りの床には所々に赤い染みの様なものが染みついていた。

そしてその壁際には人が入れるくらいの大きなガラス管がズラリと並んでいて、

しかし、それらはどれもガラス部分が粉々に砕けており、わずかだが下半分が残っている物の中には、うすい緑色の液体が満たされていた。

「これ・・・なんだろ?」

「触らない方がいいな。間違いなく」

 

あまりに奇妙な部屋だった為に、しばらくの間2人そろって見入ってしまっていたが、はっと正気に戻ってみたところ、とある事に気が付いた。

先程まであった悪魔達の気配が、まるでかき消すように消えていた。罠かもしれないと思い、注意深く調べたが、やはり無い。まるでここを恐れていて近づきたくないかのようだ。

(悪魔が恐れる何かがあるってことか・・・?)

今度は一体なにがあるんだ。とライトはティラに気付かれないように溜息をついた。

ここ数日の内に、こうも連続でアクシデントが続くと、溜息の1つも出るというものだ!

今回はオレの所為だけど!!

しかし悲しい事に、既に日常のアクシデントに慣れっこになってしまっていたので、胸の内でブツブツと悪態をつきながらも、すぐに周囲の物色を開始した。

 

室内に金になりそうな物はまったく無かったが、しばらくして広いその部屋の奥に、さらに寒々しい気配が漏れる不気味な部屋を見つけた。この部屋よりもさらに薄暗く、目立たない。注意して見ていないと見落としていたかもしれない。

なにがあるのか分らないので警戒しながら、しかし半ば宝の予感に胸を高鳴らせながら部屋に入ると、狭い部屋の中にやはり先程の部屋と同じ様にガラス管が並べられ、やはり同じように割れていた。しかし、その中で1つだけ、今も緑色の光を放ち、周りを明るく照らしていた物があった。そして、

「これは・・・」

「え・・女の子・・・?」

2人が思わず息をのむ。

その薄い緑色の液体に満たされたガラス管の中には、1人の少女が眠っていた。

年は9歳くらいだろうか、肌は色白で、髪の色は金だった。そして少女の周りには、何の生物の物か分からない体の一部が大量に漂っていた。

「人間・・・を使った生体実験でもしていたのか?」

「周りに浮いているのは何・・・?うぅ・・気持ち悪い・・・」

しばらくの間、その凄惨な光景を見ていた2人だが、だんだんと気分が悪くなっていき、目を逸らそうとした。しかし、その時―――。

 

「なっ・・・!?」

「え?・・・へっ!?」

パチリ、と突然、少女がその双方の眼を開いた。右目はオレンジ、左目はグリーンのオッドアイが、2人の驚いた顔を映し出す。

その瞬間だった。なんの予兆もなくガラス管の中の液体が渦巻き始め、生物の体の一部が一緒になってガラス管の中を踊り狂い、少女の白い体に絡み付いてゆく。

すると、絡み付いたそれらの物が、まるで吸い込まれるように少女の体と同化し、みるみる内にその体に吸収されていった。

2人が呆然と見ている中、ついにはガラス管の中に浮いていた全ての生物の体の一部が少女の体の中へと取り込まれ、ガラス管の内部に残っているのは、さっきと全く変わらない姿の少女と、渦巻くのをやめて静かになった薄い緑色の液体のみとなった。

 

辺りに満ちる静寂。

それを破るように、ビシリ・・・、とガラス管に大きな亀裂が走った。それはどんどん広がっていき、やがてガラス全体に広がった後、中の液体をぶちまけながら粉々に砕け散った。それと同時に、中にいた少女もガラス管の中から押し流され、2人の目の前にベチャリと音を立てて落ちてきた。

 

ゆっくりと上半身を起こし、固まっている2人の顔を再び映し出すオッドアイの瞳。そして―――。

 

「がおー」

 

それが、少女の放った最初の一言だった。