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リエステール西住宅街。
支援士のアパートなどもそれなりに多く存在する区画は、一般市民のみならず、支援士やクリエイターも多く出歩く姿が見られる。
それゆえに、この区画は比較的それぞれの交流は深いものであるかのような空気が漂っていた。
……そんな区画にある、一つの家の中。
自室のベッドで身体を起こし、一人のアルケミストと話す少女の姿があった。




「体調がよろしいようでなによりです、フィオナさん」
パタン、と薬品などが入っている木箱を閉じるアルケミスト――カネモリ。
その視線の先にいるのは、色白の肌に薄桃色の長い髪をした12歳の少女。
フィオナと呼ばれた彼女のその腕は細く、”今にも折れそうな”という言葉を出されたら、ほとんどの人が納得するかもしれない。
「ありがとうございます。 ……カネモリさん、最近お見えになられませんでしたが、何かしていらっしゃったのですか?」
一般的に、薬品を扱う事が多いアルケミストは医者も兼任している事が多く、こうして家まで往診するのことも少なくない。
フィオナのところに往診に来るのは、これまではカネモリがほとんどだった。
と言っても、二週間に一度ていどの頻度ではあったのだが。
「ああすみません。 実は新しい薬の材料を捜しに旅をしているところでして……少し、町を離れていたのですよ」
「新しい薬、ですか」
「少々珍しいものですので、いつ見つかるか……そしていつ完成するかはわかりませんが……」
来れなかったことを申し訳なさそうにする一方で、どこか気分を高ぶらせているような気配を見せるカネモリ。
それだけでも、その薬とやらにどれだけの情熱をかけているのかはうかがい知れた。
「そのお薬が完成したら、もっとたくさんの人が救われるんですよね?」
「……そうですね。 ただ正直なところを言うと数を作れるようなものではなく――完成を目指すのは、自己満足に近いですね」
「それでも、それがある事で救える人は確かにいると思います。 私の事を気にかけてくださるのは感謝いたしますが、それでカネモリさん自身の夢をおろそかにしないでくださいね」
「……そう言っていただけると、ありがたいです」
ふっと微笑んで、フィオナの言葉に答えるカネモリ。
――が、フィオナ自身に本音を言うならば、この家まで往診に来てくれる者の中ではカネモリが最も信頼を寄せている相手で、それがあまり来られなくなるというのは少し不安だった。
とはいえクリエイター側にも都合というものはあり、場合によっては他の者に頼まざるを得ない事も少なくない。
……まぁ、カネモリも往診先の事を見捨てていくほど割り切りのいい人間でもなく、旅に出る前に友人の製薬型クリエイターに自身が受け持っていた患者達のことを頼んで回っていたという事実があったりするのだが。
「がんばってくださいね」
「ええ。 いずれ、数多くの人を救えるようになりたいものです」
お互いにそんな言葉を交わしながら、笑いあった。
薬は確かに病を治すのに必要だが、何よりも大切ならば本人の気持ちである。
”病は気から”という言葉があるように、生きようと思う気持ちがあれば、重い病で、何も手立てがなかったとしても、多少命は長らえる。
医者が出来る事は、其の上で病を治す手伝いをするだけ――治すための環境を用意する事だけだ、とどこかの誰かが言っていた。
「それでは、仲間を待たせているので、そろそろ失礼します」
「はい。 今度は旅のお話も聞かせてくださいね」
「ええ、私などの土産話でよければ、用意させていただきますよ」
にこりと笑顔を見せて、部屋から出ていくカネモリを見送るフィオナ。
常に穏やかな空気を絶やすことのない彼女のその表情は、見ているとなんとなく安心でき、カネモリもつられるように微笑んでドアの向こうへと姿を消した。
「……」
――ドアが閉まり、彼が階段を降りていく音を確認すると、フィオナは視線をドアから机の上にある棚の方へと映した。
そのにあるのは、数冊のスケッチブック。
何が書かれているのかと尋ねられれば、風景画と答える。
……もちろん、彼女が自分で描いたものではなく、外を出歩くことの出来ない彼女のためにと送られたものである。
「んしょっ……」
ベッドから降りて、その中の一冊に手を伸ばす。
か細いなりにその足はしっかりと自身の身体を支え、ベッドから棚へ移動し……そしてまたベッドまで戻っていった。
「……旅、か」
部屋の中を歩く程度は出来るけれど、外を出歩くような体力は無い。
自分の目で見る事の出来る外の風景とは、窓から見える街並みくらいのものである。
それゆえに、世界中色々な場所を旅するという支援士の人達は強い憧れの対象であり、いつか病気を治して、世界中のいろんな景色をその目で見てみたいというのは、彼女の一番の夢だった。
「フィオナさん、入っていい?」
そんな事を思いふけりながら、スケッチブックのページをめくろうとしたその時、ノックの音と共にそんな声が聞こえてきた。
「空いてますからどうぞ」
カネモリと入れ替わり……と言ってもいいタイミングだな、と思い、特に意味もなく笑みが浮かぶフィオナ。
家から出る事は無くても、顔なじみと言うものができることはある。
今ドアの向こう側にいるのも、カネモリと同様にそれなりに見知った相手だった。
「予約してた本のお届けにあがりましたー」
「ミロさん、いつもありがとうございます」
リエステール中央図書館の司書、ミロ・メラディーネ。
こうして時折図書館から本を数冊持ってきて、貸出しの手続きをお客の家で行うためにやってきている。
さすがにこれは見ろ個人の判断などでは無く、いわゆるサービス業務の一つで、フィオナのように何らかの都合で家などから出る事が出来ない人のための制度らしい。
「ううん、業務時間内に堂々と外で歩ける貴重な時間だからね。 結構私も楽しんでるから」
基本的に司書という立場上、仕事中は図書館の中にカンヅメというのが普通で、外の空気を吸いたくなる時はある――と、ミロは言う。
もちろん仕事の一環なので寄り道などは禁止されているのだが……
先の彼女の言葉通り、仕事中に外出できるだけでも気分を変える事はできるので、司書達の間では人気のある仕事だったりする。
「……ま、カロには任せられないってフィロさんは言ってたけどね」
「カロさんですか……」
フィオナは、その”カロ”という司書には会った事はないが、ミロの話で多少の人物像はつかんでいるつもりだった。
司書長であるフィロの目をどうにか盗んでサボることを生き甲斐にしている……といった感じのものだが、実際どんな人なのか見てみたい、とも思っている。
「――ところで、そのスケッチブック自分で描いたの?」
貸出しの手続きの書類にペンを走らせながら、フィオナの手元にあるそれを話題にあげるミロ。
今開いているページには、穏やかな河の上にある町……ミナルの風景が描かれていた。
「いえ、これは知り合いの方に描いていただいたものです」
「ふーん。 なんかどっかで見たことのあるタッチだけど、もしかして有名な画家さんとか?」
どこか悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ミロはそんな事を口にする。
しかしフィオナはその問いには答える事も無く、ただ笑顔を浮かべてごまかすようにしていた。
もしかしたら本当にそうなのかもしれない……その様子からそれを察し、ミロはそれ以上は追求しない事にした。
―カロなら食いつきそうね―
まぁそう思ったのはナイショである。
とはいえ、もし本当だとしたら、この数冊あるスケッチブックはものすごい値がつくこと請け合いだろう。
「どうかしましたか?」
そんなミロの心中など知るよしもないフィオナは、少し不思議そうな顔でそう口にする。
しかしミロは特に言うようなコトでもない判断したのか、苦笑い気味な表情をしたまま”なんでもないわよ”とごまかした。
まぁ、この二人の間ではよくあるやりとりである。
「さて、と。 そろそろ戻らないと怒られるから、今日はここまでかな」
「あ、はい。 またよろしくお願いします」
「オフならもうちょっとゆっくり話してられるんだけどね」
届け先の住所で、走らずに歩いた場合の図書館との往復時間は司書長も大体把握している。
それを過剰に越えるような事があれば、サボリとみなされても仕方ないだろう。
司書の仕事は、基本的には図書艦の中が主なのだから。
「それじゃ、次はゆっくりお茶でもしましょうね♪」
「楽しみにしています」
”ばいばーい”と最後に言い残して、カネモリと同様に部屋から去っていくミロ。
いつものように残されたフィオナは、新たにこの部屋に持ち込まれた数冊の本を手にとり、ぺらぺらとページをめくり始めた。
――伝記や物語を読むのは、誰かと会話するのと同様に好きな事だ。
自分の知らない世界や、自分では思いもよらなかった世界を見ることが出来るから。






「……ふぅ」
一冊の本の三分の一程度まで進めたところで、しおりを挟んでパタリと閉じる。
時折のめりこんで最後まで一気に読んでしまうこともあるけれど、その後は目や本を持つ手が疲れていたりで、そのまま眠りにつくことが多かった。
我ながら体力が無いな、と一人苦笑いなどしながら、そんな事を思い返していたが……
「やっほ、一息つける?」
突然、すぐ横から聞こえてくる声。
まったく身構えていなかったこともあり、フィオナはビクっとして半ば無意識的にそちらへと目を向けていた。
「あ、アウロラさん……いつからそこに……」
「わりと前からかな。 没頭してたみたいだから、ジャマしちゃ悪いかなって思って」
クスクスと笑いながらそんな事を口にする突然の客人。
世間では画聖アウロラ、などと呼ばれている彼女だが、蓋を開けてみれば、なんということはない年相応な普通の女性である。
ちょっと人を驚かせるくらいのイタズラをしてみたくなるくらいのコトはあるのだろう。
「もう……別に止めてくれても気にしませんよ」
「ふふ。 あんな楽しそうな顔見たら、止める気なんて起きないよ」
「……」
なんとなく恥ずかしいような気分になり、色白の顔を赤くするフィオナ。
誰にでも周りが見えなくなってしまう瞬間というものはあるが、得てしてそういう状態の自分は見られたくないような気がするから不思議である。
「そ、それよりアウロラさん、今日はどうしたんですか?」
これ以上その話題には触れて欲しくないとばかりに、フィオナは話をそらす。
まぁ、彼女がこの部屋に来る理由などそれほど多くないのだが。
「うん、また一冊埋まったから、持ってきたの」
そう言いながら取り出したのは、一冊のスケッチブック。
それはこの部屋の棚にあるものと同じ装丁で、元の持ち主に同じ人物である事がうかがえる。
……つまりは、その棚に置いてある絵の作者は……
「何度もありがとうございます。 アウロラさん」
「いいのいいの。 私は絵を描くのが好きなだけだから」
にこにこと笑って、フィオナの言葉に返事をするアウロラ。
実は画家としてメジャーになる前からのつきあいで、こうして風景画を描いてはフィオナの元にそのスケッチブックを持ちこんでいた彼女。
知り合った理由は、アウロラが町の中央公園で絵を描いていた時に、フィオナの母親がゆずってくれないかと頼んだのが始まりだった。
「……私が見ることの叶わない景色を運んできてくれて……私、アウロラさんにはとても感謝しています」
それは、画家として有名になったいまでも続いている。
勿論収入などは度外視のボランティアで、それらのスケッチブックに関しては御金など一切受け取っていない。
「素直に喜んでくれるのがなによりのお礼だよ。 私は、私の絵を見て貰えばなによりだもん」
ものによっては、一枚で数百万単位にもなる事があるアウロラの絵画。
まぁ数ヶ月に一枚あるかないかのモノなので、実際の年収はと聞かれれば騒ぐほど多くは無いらしい。
……まぁ、このスケッチブックのように、影で発表されていない作品があちこちに点在している事実もあったりするのだが。
「キレイですね……もしかしてオーロラですか?」
そんな彼女の話を受けてか、ペラリとめくったページに描かれた風景に、フィオナは素直な感想を口にする。
「うん、支援士の人を雇って、十六夜の天衣岬まで見物に行ってきたのよ。 二週間張りこんでやっと見れた時の感動は忘れられないなぁ」
なるほど、とフィオナは思った。
それが何に対してかと言うと、このオーロラが描かれたページの前後数ページには、十六夜特有の白銀世界で埋め尽くされていたこと。
中でも目を引いたのは、雪原に広がる樹氷が、夕焼けの赤に照らされて輝いている光景を描いた一枚。
相変わらず、光の表現が上手い。
「さて、それじゃ今日も旅の土産話もいっぱい持ち帰ってきたから、聞いてね?」
そうしてしばらくしてから、ポン、と手を叩くようにしてそんなことを口にするアウロラ。
絵と一緒に旅の中であった事を話すのもこの二人の間ではいつもの事で、フィオナは常に聞き役でしかないが、その時間をいつも楽しみにしていた。



自分の目で見ることが許されるのは、窓枠に切りとられたほんの小さな世界だけ。
しかし、彼女の中の世界はそれまで出会った人の数だけ広がっていく。
会話の中にある世界、本の中に紡がれた世界、絵によってきりとられた世界。
それらはすべて、彼女の中でパズルのように組み重なり、『彼女の世界』を作り上げている。
――これから先のいつかの未来。
彼女が外を出歩けるようになった時、それまで組みあげられたその世界は、彼女にとってどんなものになるのかは分からない。
しかし、少なくとも多くの人との関わりの証として、生涯胸の奥に残り続けることだろう。